3話 ドワーフの国
ドワーフの国は地下にある。以前、ゴーンに教わった通りの目印を探し、私とリュカは地下に通じる洞窟へと足を踏み入れた。
その洞窟自体も入り組んでいるため、道を知らなければ迷うだろう。ゴーンは「遊びに来てくれ」と言うだけあって、詳しい地図を渡してくれていたので私たちはそれを頼りに進んでいる。
「あ、あそこ明かりがある」
「ああ、到着だな」
洞窟内を照らしていた光魔法の明かりとは別の光が奥の穴から漏れていた。どうやら出口についたらしい。地下なのに随分明るく、洞窟から出た瞬間に視界が開けた。
そこには巨大な地下都市があった。天井を支えるような巨大な柱を残してくりぬいたような空間に、頑丈そうな石の建物がたくさんある。
そしてあちらこちらに煌々と輝くのは光る鉱石だ。この光る石をまんべんなく大量に配置しているおかげでこの空間全体を照らしているらしい。
この出入り口はちょうど全体を見下ろせる高さにあるので、この国を一望できる。すぐそこにある壁沿いの階段を下りて行けば街に入れるのだろう。……これが、ゴーンの暮らすドワーフの国か。
「地下なのにすごく明るいし、なんだか綺麗だね」
「光蓄石のおかげだな。ドワーフがこの石を集めているのは知っていたが……こうして自分たちの国を照らす光とするためだったのか」
光蓄石には様々な色があるようで、似た色合いの光で区分けされているように見えた。赤い光の地区、黄色の光の地区、青い光の地区と別れているので見ていて綺麗だ。中央区はすべての色が集まっているのか、一番明るく見える。
そんな街をしばらく感心しながら見下ろしていると、あわただしい足音が近づいてくるのに気が付いた。
「おい、てめぇら! 何者だ!?」
その階段を一人のドワーフが駆けのぼってきて、斧を構えながら声を張り上げる。私たちの姿が見えて慌ててやってきたのだろう。
ドワーフしか知らないはずの道を通って出てきた、どう見てもドワーフではない二人組だ。警戒して当たり前である。
「私たちは冒険者です。ここに暮らすゴーンというドワーフからこの国へ招かれていましたので、会いに来たのですが……」
「ゴーンさんの? ……エルフの冒険者と……もしかしてそっちの嬢ちゃん、ハーフエルフか?」
ゴーンの名前が出た途端構えた斧を少し下げたドワーフに尖った耳を見せるため、私は軽く髪をかき上げた。これを見るとヒトは私をハーフエルフだと判断してくれる。……少なくとも竜だと判断する者はいない。
そんな私の耳を見た彼は、険しい表情をあっさりと崩して豪快に笑いだした。
「なんだ、アンタたちが噂のエルフ二人組か! おう、よく来たな。ゴーンさんのところに案内してやるよ」
「ありがとうございます」
どうやらゴーンからエルフ二人組の冒険者が来るという話は伝わっているようだ。ゴーンの信頼がそのまま仲間内にも広まっているようで、すっかり態度が丸くなった彼は道案内をしながらいろいろと話しかけてくれた。
「アンタが酒も腕っぷしも強いっていうスイラの嬢ちゃんか。そんな風には見えねぇのにな。ゴーンさんを酔い潰して、力比べも圧勝だったんだって?」
「ああ、懐かしいですね。そんなこともありました」
「ワハハ! そんなエルフがいるなら見てみてぇってんでみんな楽しみにしてたんだよ。今夜は是非、飲み比べ大会を開催しようや」
ドワーフは豪快な性格の者が多いのかもしれない。ゴーンもこんな感じのヒトだったな、と懐かしみつつ階段を下りて街の中を進む。
道行く者は男女ともに背が低く、それでいて骨格が太く幅のある体つきをしているのが彼らの特徴らしい。私たちを見て驚くが、エルフの二人組だと気が付くと「ようこそ」「よくきたな」などと声を掛けてくれた。……ゴーンは国中に一体どんな話をしたのかとかなり気になるところだ。
「君の人気がすさまじいな」
「ゴーンさん、話を盛ったのかな。こんなに歓迎されるほどのことをした覚えがないよ」
「……盛らなくても十分強烈だ。マグマスライムを一振りで倒しただろう?」
「おう、マグマスライムを退治した話も聞いてるぜ。俺も見たかったなぁ」
そういえばそんなこともあった。まだ一年は経っていないが、そろそろあの山も巨大スライムが生まれていないか確認しに行くべきかもしれない。
にぎやかな街の中を三人で歩く。色分けされた区域によって職人の傾向が違うらしく、明かりの色が変わると店らしき建物にある物の種類ががらりと変わった。ジン族の街やエルフの集落とは全く違う雰囲気で、見ていて楽しい。
ドワーフの体格に合わせて建物も低めに作られているので、私はともかく長身のリュカは建物の出入りの際に頭をぶつけないように気を付けないといけないだろう。
「おーい! ゴーンさん! お待ちかねの客がきたぞー!」
「あー? 客だって?」
そうして案内された建物は、赤色の光蓄石があつまる地区にあった。その家から見覚えのある顔が出てきて、つぶらな瞳は私たちを見てキラキラと輝く。そんな彼の様子を見て客に間違いないことを確信したのか、ここまで案内してくれたドワーフは軽く手を挙げ「またあとでな」と来た道を戻っていった。
「スイラの嬢ちゃん! とリュカ! 遅かったじゃねぇか!」
ゴーンが両手を挙げて嬉しそうに近づいてきた。それにどうすればいいのか分からず首を傾げていると、リュカが小さな声で「両手を軽く叩き合わせて挨拶をするんだ」と教えてくれた。なるほど、ハイタッチをすればいいらしい。
私からぶつけると何があるか分からないので両手を軽く持ち上げてゴーンが手を叩き合わせるのを待った。もちろんしっかり魔力でやわらかめの保護壁を作っているので、思いっきり手を叩かれたところで彼の手を痛めるようなことにはならなかった。
リュカとも同じ挨拶を交わしたゴーンは、変わらぬ笑顔で私を見つめている。
「活躍は噂で聞いてるぜ。下位竜討伐してA級に昇格したんだろう? 今夜は祝いに酒を飲みかわそうぜ!」
「ああ、それならさっき案内してくれた方が飲み比べ大会を開くと……」
「おおそいつはちょうどいい! 今日こそスイラの嬢ちゃんを飲み負かしてやるぜ。だがまあ、疲れただろ。それまでゆっくり休んでくれ」
そう言ってゴーンは私たちを家の中へと招いてくれた。リュカはやはり背が高いので、扉をくぐる時は少し屈んで中に入る。室内では天井に頭はぶつからないものの、彼にはこの部屋が狭く感じるかもしれない。高さはないが広さのある部屋で、ゴーンの性格なのかドワーフの習慣なのか、様々な鉱石や魔物の素材が入った箱がいくつも置いてあった。
(リュカは他のヒトがいるとあまり喋らなくなるよね。二人の時は結構喋るし、話すの好きそうなんだけどなぁ……)
彼は意外と寂しがりなのでやはり寿命の違う種と親しくならないようにしているのだろう。私の場合は同族だと思っていたから親しくなってくれたし、竜だと知られた後も寿命の問題がないからそのままなのだと思う。
ドワーフの寿命は三百年ほど。ジン族に比べれば長くても、エルフからすれば短い。リュカもゴーンと親しくなる気はなさそうだ。
「ほら、これでも飲んで一息つきな」
ゴーンはグラスに注いだ飲み物を私たちに差し出しながらそう言った。私とリュカはそれぞれお礼を言いながらグラスを受け取った。色付きの綺麗なグラスはしっかり冷えていて、中に入っている透明な液体は水のようだ。ただなんとなく甘い気もするし、大変おいしい。地下水というやつだろうか。
「何か作ってやる約束だったよな。リュカは、矢なら作ってやれるぞ。それならいくらあっても困るもんじゃないだろ?」
「ああ……それは、助かりますね。矢は消耗品ですから」
弓はともかく、矢は欠けたりなくなってしまうこともあってどうしても補充する必要が出てくる。ドワーフの作った鏃なら早々欠けることはないし、失くさなければ長期間使えるだろう。
「おう、じゃあリュカは好きなだけ矢を補充していけ。そっちで使う鉱石を選んでくれ。……スイラの嬢ちゃんは相変わらず素手か? せっかく遊びに来てくれたんだから何か作ってやりてぇんだがな」
「あ、それなら一つ作ってほしいものがありまして……」
リュカはゴーンに指示された箱の中から矢に使う鉱石を選んでいる。あれでおそらく属性矢などが作れるのだろう。少し離れた場所なので、小声なら聞こえないはずだ。それを確認してから私はゴーンの耳に顔を寄せた。
「リュカの弓を作ってほしいんです。材料はあるので……その、リュカには内緒で」
「ほほーう……?」
立派な髭を撫でながら、意味ありげに私とリュカを交互にみたゴーンはにやりと笑った。……なんだろう、からかうような視線に思えるがなぜそんな目をするのかが分からない。
「よし、任せろ。詳しい話はそっちの作業部屋で聞く。……おいリュカ。スイラの嬢ちゃんちょっと借りるぞ。隣の部屋にいるから、材料を選んだら呼んでくれ」
リュカに聞こえないよう配慮した小さな声で引き受けてくれたゴーンは、そのあと大きな声でリュカへと呼びかけた。
「スイラを……?」
振り返った彼の翠玉色の目が心配そうに私へと向けられる。大丈夫かと問われているので、問題ないという意味を込めてうなずいた。……まだ不安そうな顔をしている。さすがにそろそろ私もやらかしは減ってきたと思うので、安心してほしいのだが。
「なに、ちょっと荷を運ぶのを手伝ってもらうだけだ」
「わかりました。……すぐに行きます」
「おう。奥の方にもいい石が転がってるかもしれねぇし、ゆっくりでいいぞ」
そうして私とゴーンは隣の部屋へと移る。作業場というだけあって、様々な道具があった。ひときわ目を引くのはやはり、一番大きな窯だろうか。
「で、素材ってのは?」
「今出すのでちょっと待ってください」
ポシェットの中に縮小して入れてある鱗と鬣を取り出して、精霊へと語り掛け元の大きさに戻してもらった。ヒトからすれば一枚の鱗でもかなり大きいのだ。できるだけ大きな鱗を選んだしこの姿では抱えるほどのサイズである。これだけあれば弓にも加工できると思いたい。
「白竜の鱗と鬣です。これで弓が作れませんか?」
鱗の後ろから顔を出してゴーンを見てみると、彼はあんぐりと口を開けたまま固まっていた。……あれ、白竜の素材なら手に入ってもおかしくないんじゃなかったっけ?
手に入らなくもないけど、一生お目に掛かれない確率の方が高いですからねそれ
週に一回くらいは更新できるようにしたいなぁと思っています。