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1話 竜の街



 黒竜の襲来よりさらに一ヶ月。壊れた建物はすべて修復、もしくは新設され、様々な人間が流入し、街はすっかり復興を遂げていた。

 二度も属性竜の襲来に遭ったにもかかわらず復活を遂げた奇跡の街として、人々の間でこの街はもてはやされている。



「え、街の名前が変わるの?」



 キャンプ地としていた河原で旅立ちの支度をしている中、相棒のリュカから気になる話を聞いて尋ね返す。彼は荷物の確認の手を止めることなく、ゆるりと首を振った。



「いや……正しくは通称が変わったんだ。ここは西果てギルドのガルブと呼ばれていたが、最近は竜の街ガルブと呼ばれるようになった」


「竜の街かぁ......」


「二度も属性竜に襲われ、そして二度とも白竜に救われたからな」



 このガルブだけの話かもしれないが白竜への評価はうなぎのぼりだ。本当にこの街でだけならいい話をよく聞くし、記念祭を開くという話も出ている。つまり「白竜祭」まっしぐらである。……ただ、何も気になることがないわけでもない。



()()()は全部教会が持って行っちゃったんだよね?」


「ああ……聖水扱いだったからな」



 私の涙でできた池の水は教会と呼ばれる組織がすべて回収し、売り物にしているらしかった。私としては他竜(ひと)の涙で商売をするんじゃない、という気持ちである。

 そしてもともと神の奇跡を謳っていたはずの教会は、分裂して新しい宗教を作ったようだ。彼らは「聖竜教」を名乗り、白竜をあがめているらしい。


(分裂っていうか……お金稼ぎのために分かれただけで、根本は同じっぽいんだけど)


 神を信仰する者と、これから増えるであろう白竜を信仰する者を取り込むため。表向きの名前が違うだけで、おそらく運営元は同じである。

 私としては不服なのだが、私の名前を使って許容できないほどの悪事をやらない限りは放っておくべきだと思っている。別に信仰や宗教自体は悪いものではないからだ。ただそこに人間の私利私欲が絡むと組織が腐るだけで、信仰すること自体は人が健やかに生きるために必要なものである。


(私が信仰されるっていうのは……ちょっと、なんか、恥ずかしいけど。でも、少なくても白竜がヒトに少しずつ好かれ始めてる証ではあるし)


 いつかはきっと、私が竜の姿のままヒトと交流できる日がくる。そんな日を夢見ながら、のんびりリュカと旅を続ければいい。……この聖竜教が、私の印象を悪くするような行いをしない限りは静観の姿勢だ。



「竜の池跡地なんだが……あの場所にはどうやらグルナ草が生えている」


「グルナ草って……あの?」



 私の涙を回収してぽっかりと穴だけが残っている場所は、現在植物の若芽に覆われていた。それはどうやら魔力の濃い、魔境と呼ばれるような場所にしか生えていない薬草である、グルナ草らしい。ジジ云わく完全栄養食のアレだ。どんな傷や病を治す薬を作るために必要な材料でもある。

 そんなものがヒトの暮らす街のすぐ傍に自生しているのは結構大変なことではないだろうか。



「また教会がいろいろと動きそうではあるが……いざとなったら君が姿を見せて戒めてやればいい。君は、竜の姿でもヒトの言葉を話せるだろう?」


「うん。……そっか、もう話せるんだね。前は……ヒトの言葉がわからなくて、すごく怯えられてね。悪いことしたなって思ってるんだよ」


「ああ……ジルジファールに会う前か。ヒトの領域に出没するが攻撃はしてこない白竜の情報は私も耳に入っていたからな」



 初めてヒトと関わろうと同族から離れた時、私は酷くヒトを怯えさせてしまった。あの時に向けられた恐怖と憎悪の籠った目は今思い出してもトラウマものである。



「今なら……白竜がこの街を訪れても、ヒトを脅かすことにはならないだろう」


「……うん。そっか、そうなんだね……随分、変わったなぁ」



 他の街はまだ分からないが、少なくとも私が竜の姿でこの街に現れても、ヒトは怯えることなく迎えてくれるかもしれない。

 そうして嬉しさのあまり笑顔をこらえきれない私を、リュカもまた優しく笑って見ていた。



「さて、スイラ。そろそろ次の目的地を決めよう。……予定通りドワーフの国を目指そうか?」



 復興はもう私たちが手伝う必要もなくなったし、カルロ達のパーティーは別の依頼を受けてすでに旅立っている。ここに残る理由がなくなった私たちもまた、新たな旅に出ようとしているところだ。

 荷物は話しながらまとめ終え、キャンプ地も綺麗に片付いた。あとはどこに向かうか決めるだけである。



「そうだね、ドワーフの国に……あ、でもちょっと寄りたいところがあるかな。方向的には同じだと思うんだけど」


「構わない。どこに行きたいんだ?」


「ジジ……ジルジファールのお墓のあるところ。挨拶というか、報告というか……お墓参り?」



 墓、というにはあまりにも粗末な墓標のある場所。私とジジが暮らし、そして彼が死んだあの場所だ。私の行く末を見守っていると言ってくれた彼に、今の私を報告したいのである。この世界で死者の霊魂がどういう扱いなのかは分からないが、元日本人の私としてはそうしたい。

 リュカはそれを聞いて少し驚いた顔をしたあと、優しい顔で頷いた。……どうやらおかしな提案ではなかったらしい。



「分かった、そうしよう。……道中、ジルジファールとどんな暮らしをしていたか教えてくれないか?」


「もちろんだよ!」



 そうして私たちは旅に出た。リュカは私とジジの暮らしを興味深そうに聞いてくれるし、私も隠し事をしなくていいのでとても気楽だ。



「食事はどうしていたんだ? 君は料理ができないからジルジファールが作っていたのか?」


「うん、ジジが作ってくれたんだけど……主食はグルナ草の鍋だったよ。ジジは……グルナ草さえ食べていれば健康でいられるってそればっかり食べるから……私はヒトの食事って余程まずいのかと思って心配になったし……だから、リュカが初めてご飯を作ってくれた時にすごくおいしくて、感動したなぁ」


「ああ……あれはそういうことか。初めて君に食事を用意した時、簡単な調理しかしていないのに喜ぶから余程酷い生活をしていたんだろうと思っていたんだが……納得した。グルナ草は薬に加工せず食べるものじゃない」



 懐かしい話だが、あの時のリュカは私を迫害されたハーフエルフだと思っていた。私の正体を知ったことで、思い出もこうして少しずつ変化していくのだろう。

 しかしそれにしてもリュカもグルナ草は食べ物じゃないと思っているみたいだし、やっぱりジジが特殊な変人だったのは間違いない。


(でもあの頃は、属性竜はヒトにとって災厄でしかなかった。そんな竜の言葉を聞いて、信じて一緒に居てくれたんだから……ジジが特殊な変人でよかった気もする)


 初対面の竜の手の中に収まって大人しく運ばれてくれたことも考えると、本当によく付き合ってくれたものだ。握りつぶされてもおかしくないし、私が加減を間違えていたら死んでいたはずである。


(あ、そっか。リュカはもう私が竜だって知ってるから、ああやって運べば移動は早い……けど、リュカはまだ竜自体は嫌いなはず……)


 いくら私を受け入れてくれたとはいえ、彼は故郷や同胞を竜によって滅ぼされた被害者だ。竜の手の中に収まって運ばれるなんて、彼からすればぞっとする話かもしれない。

 提案するべきかどうか悩んでいる私の様子に気づいた彼に「どうしたんだ?」と尋ねられ、まだ迷いながらも自分だけで悩んでいても答えはでないと結論付けた。



「リュカ、あのね……ジジと暮らした場所はかなり人里離れてて……ジジはこう、手の中に入ってもらって運んだんだけど」


「……手の中にか」


「その……リュカが嫌じゃなかったらそんな移動方法もあるよってだけで……本当に嫌じゃなかったらだけど」



 ちらりとリュカの様子を窺う。リュカはしばらく無言で悩んでいるようだったが、やがてこくりとうなずいた。

 


「正直に告白すれば、私は黒竜を前にした時に恐怖で身がすくんだ。しかし白竜の姿の君を見て、同じ感情は抱いていなかったと思う。……試してみたい」


「うん、じゃあ……試してみよう」



 ヒトの暮らす区域からかなり離れるまでは徒歩で移動し、周囲にリュカ以外のヒトがいないことをしっかり確認してから、私は白竜の姿へと戻った。

 巨大な体ではやはり、存在するだけで周囲の物を壊してしまう。できるだけ開けた場所を選んだのに、それでも周囲の木々は何本かなぎ倒してしまった。……やはり竜は災害である。


(……リュカ、怖がって……ない、かな……?)


 この姿では目を合わせることすらできない。私は遥か下にいるはずのリュカをそっと見下ろした。彼は特に表情を変えることなく私を見上げている。……恐怖している様子はないので、そこは安心した。

 以前、ジジと話した時のように首を曲げて頭を地面に近づけ、リュカの隣まで顔を下ろす。



「リュカ……怖くない?」


「ああ。……触れてみてもいいか?」


「うん、大丈夫」



 彼の手が、私の鼻先にそっと触れた。普段はリュカから私に触れてくることはほとんどないし、私から触れることもない。ヒトの小さな体に今の姿を圧縮していると、周囲に及ぼす影響も圧縮されて局地的に強くなるし、制御も難しいからだ。

 けれど今は本来の姿なので、私もそこまでリュカを傷つけそうだという心配をしなくていいのである。この姿ならまだ、力加減もしやすい。



「やはり、白竜なら大丈夫だ。私が君を恐れる理由もないからな。……ジルジファールの墓所まで、運んでもらってもいいだろうか?」


「もちろん。一応、魔法で防御力あげておくね」



 そうして私はリュカを手の中に収めて、ジジと暮らした懐かしの地へと飛んだ。

 この移動手段を使うことが増えたせいもあって、後の世に白竜に乗って現れるS級冒険者リュカという伝説が生まれたりするのだが、今の私たちはまだそれを知らない。



続・スイラとリュカの旅。

ドワーフの国に行ったり、まだ見ぬ種族に出会ったり、教会が何かしたり、黒竜となにかあったり。色々やっていく予定です。

他の作業や仕事の合間に書いていくので、更新はゆっくりめの予定ですが、また読んでいただけたら嬉しいです。

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新連載はじめました。お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。
マンドラゴラ転生主人公が勘違いを巻き起こす『マンドラゴラに転生したけど花の魔女として崇められています。……魔物ってバレたら討伐ですか?』
― 新着の感想 ―
[一言] わーい後日譚開始ありがとうございます! 白竜なら大丈夫とさりげなくスキンシップを増やすリュカ氏(*´▽`*) ふたりの旅をゆっくり楽しみに読みます♡
[一言] 祝!後日譚(≧∀≦) あとがきを読んで、更にわくわくしてます!!!!
[一言] 更新ありがとうございます。 最高です! 推しを摂取して寿命が延びました。
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