34話 人を愛する変わり者ドラゴン
「君に訊きたいことが色々あるんだが、いいか?」
「うん、勿論。何でも訊いてよ」
リュカに対しての隠し事が消えて、私は清々しい気分だった。普段使いのポシェットから取り出した圧縮済の服を、精霊に戻してもらって着替えながら答える。魔法の解除に使う魔力は微々たるものなので、魔力の減少すら感じない。
「竜は精霊語を使っているだろう。ヒトの言葉は誰かに教わったのか?」
「ああ、それはジジ……えーと、ヒトには大賢者ジルジファールって言われてるおじいさんだと思うんだけど」
「……大賢者ジルジファールをおじいさん呼ばわりするのは君くらいだが、納得した。だから君の話し方は孫に対する祖父母のような印象を受けるんだな」
「え゛」
リュカの言葉で振り返る。私の着替えを見ないように他所を見ている彼の背中を思わず凝視した。私の言葉がお年寄っぽいと言われた気がするのだが、気のせいだろうか。
「私、普通に話してるつもりだったんだけど……?」
「ジルジファールの口調をそのまま真似ているんだろう? そう違和感のあるものでもないから気にしなくていい。非常に物腰柔らかに聞こえるだけだ」
どうやら私は穏やかな老人のような口調をしているらしい。……知らなかった。早く教えてほしかった。たしかにジジは穏やかな老人ではあったが。
「もしかして伝わってるつもりでも微妙にニュアンスが違ってたりして……?」
「……可能性はあるが……精霊語と人語は全く別の言語だから、どう違うかが私には分からない。……よければ私も精霊語を教えてくれるか? そうすれば、君の言葉を理解できる」
「あ、うん。勿論だよ! リュカも私の言葉に違和感があったら遠慮なく教えてね?」
「ああ、そうしよう」
私が竜であることを知っている人が最大の理解者である環境は、とてつもなくありがたい。私がヒトとして生きることをリュカは積極的に手伝ってくれるようだし、私にできることならなんでも恩返しがしたいところだ。
(何かプレゼントとか……うーん……竜の鱗でいい弓を作ったりできないかな。ゴーンさんのところに行ったら相談してみよう)
私が巨大化したことで腰に巻いていたポシェットはベルトがちぎれたらしい。魔力の回復はゆっくりでまだ本調子ではないが、どうせ使用量など微々たるものだと思い精霊に頼んで直してもらった。……ちょっとくらっとした。なるほど、こちらの方が圧縮解除より魔力を使う。
「……魔力は大丈夫なのか?」
「ん……ご飯を食べれば大分良くなると思う……」
「携帯食料くらいしかないが、ひとまず食べておくといい。……そういえばヒトの食事量で本当に足りているのか? 本来の大きさから考えれば足りないんじゃないか?」
「そこは大丈夫みたい。竜は普段、周囲の魔力を吸って生きてるからね。魔力の濃いところだったらすぐ元気になるんだけどなぁ……足りない分は食べて回復する感じなんだよね。この形はあんまり消費しないのか、いつもの量で大丈夫みたい」
こういった説明もできるようになったのが嬉しい。リュカが差し出してくれた味気ない携帯食料をかじる。……あまりおいしくはないが、食べないよりはマシだ。
なんならジジの作った薬草鍋よりもマシである。しかし物足りなく感じるのは、私がリュカの料理を食べるようになって舌が肥えたせいだろう。
「……リュカのご飯が食べたいなぁ……」
「すぐにでも用意したいところだが……私の荷物は平原に放り出してきてしまったんだ。スパイスはそっちに入っているし……美味しい方がいいだろう?」
「うん!」
「……うん。もうしばらくそれで辛抱してくれ。まずは荷物を取りに行こう」
リュカが先ほどからくれている薬や携帯食料は、服のポケットに収められている非常時のためのものだ。たしかにいつも持っている荷物の大きな袋は見当たらない。……私の荷物は拾ってきているのに、リュカも慌てていたのかもしれない。
自分の鞄にも同じものが入っていることを思い出し、取り出した携帯食料をかじりながら二人で街に戻った。近づくだけで人の騒がしい声がするくらい賑やかで、その声が怒号や泣き声でないことに安堵しながら街の中を歩く。しばらくすると見覚えのある顔を見つけ、あちらも私に気づいたようで駆け寄ってきた。
「スイラ! リュカ! 無事でよかったわよ!!」
突進する勢いで走って私に飛びつこうとした青い髪の女性をリュカの腕が止めた。肩を抱くように動きを阻止された彼女は、顔を赤くしながら自分を受け止めた相手を見上げている。
「りゅ、りゅ……っ」
「スイラは人に触れるのを怖がりますからやめてあげてください、シャロン」
「そ、そうだったわね……」
「貴方もですよ、カルロ」
「……いやーどさくさに紛れていけないかと思ったけどだめか」
想い人に触れられて赤くなっているシャロンと、その後ろで両腕を中途半端に上げた妙なポーズのカルロ。そしてさらに後方からゆっくりとモルトンが歩いてくる。
「うちのパーティーメンバーが迷惑をかけたな、すまない」
「いえ、大丈夫ですよ」
「……思ったより勢い出ちゃったのよね。さっきの、白竜の魔法のせいかしら。身体能力が上がってるみたいなのよ。っていうかすごい体験だったんだけど、見たでしょあれ。夢じゃないわよね」
シャロンは興奮気味に私の使った魔法や、黒竜との戦いについて語り始めた。少なくとも彼女は白竜をヒトの味方をした存在として見ているようだ。それを面と向かって言われるのは嬉しくて、なんだかむずむずする。
「っていうか今ならむしろスイラさんと普通に触れ合えるんじゃ……」
「スイラにも同じ魔法がかかってるのでいけません」
「あ、それもそうか。むしろ今のスイラさんは猶更力強くて困ってるんだな。なるほど、リュカが珍しく慌てて止めるわけだ」
今まで以上にリュカは私の理解を深めているので、不審がられないように嘘をついてくれているらしい。
だがカルロの言うように、魔法を使って防御力が高まっている状態なら、触れただけで怪我をさせるようなことは無いのかもしれない。
(あ、そうか。……だからリュカは私に触れたんだね)
今なら傷を負わない自信があったから、彼は私を捕まえたのだろう。さっきは余裕がなくて気づかなかった。ヒトにどうしても触れなければいけない場面というのは思いつかないけれど、魔法があれば多少は触れられるようになるかもしれない。
「この街、前にも白竜に救われてるんですって? 街の人間が言ってたわよ」
「それなら私も実際に見ましたから事実ですよ」
「竜がそんなことをするなんて信じられない思いだが……実際に俺達もさっき見たからな」
シャロンとモルトンの白竜に対する好意的な口ぶりに嬉しくなって、白竜の行動の意図をしっかり理解しているリュカがそれを後押ししてくれている。
こうして少しずつ、変わっていくのではないだろうか。今の私には、ヒトの理解者がいるから。
「いやー単に黒竜と喧嘩しただけじゃ……?」
「それなら街に光魔法使ってから消える理由がないじゃないの。わざわざバフかけてんのよ。光属性の魔法はサポート系だけじゃないんだから。……攻撃にだって、いくらでも使えるのよ。属性を司ってる竜が知らないはずないわ」
「じゃあ黒竜との騒ぎで申し訳ないとか、そう思ってってことか……?」
「それはそれで驚きだがな。……これまで、ヒトを顧みる竜など聞いたこともない。エルフの記録ではどうだ?」
「私も知りませんでしたよ。……ただ、今の白竜はまだ若い。今代が特殊なのでしょうね。ヒトが好きな変わり者なのでは」
自分の話をされているので上手く会話に入れず聞いているだけだが、それでも私は嬉しくてニコニコと笑っていた。
初めてヒトの領域にやってきて、退竜祭というものが行われ、自分を呪う声を何度も聞いたあの日に比べれば今はとても前進している気がする。……やっぱり白竜祭も夢じゃないかも。
「ふふん、教会の反応が見ものね」
「……教会って、治癒魔法を使える人を集めてるところでしたよね?」
「そう、それ。教会がこれは竜の奇跡じゃなくて神の奇跡だーって触れ回って、竜の奇跡だって言い張る人間を馬鹿にしてたわけよ。それでこれでしょ? 決定的な証拠ってやつよね」
「街が二分されて少々空気が悪かったからな……これで大分変わりそうだが」
私たちがエルフの集落に向かってから街では色々あったようだ。通りがかったヒトの国などに治癒魔法を使ったことはあったのだが、どうやらそれを宗教的に利用されていたらしい。初めて知った。
たしかに私は空を飛びながら眼下の街に治癒魔法の息吹を吐いて飛び去っていただけなので、ヒトからすれば原因も分からず神の御業と思っても仕方がなさそうだ。
「いやー……でもまだ信じられない奴もいそうだけどな。ほんと、いまだに夢みたいだよ」
「現実ですよ。……夢みたいだ、と言う気持ちは分かりますが」
確かに夢みたいだ。ほんのわずかな時の間に状況が大きく変わった。私は黒竜と初めて真剣に向き合って、初めて暴力的に抗った。そしてリュカには正体を知られたがそれでも受け入れてもらえた。
彼を見上げると目が合って、優しく微笑まれる。……夢のようだが、夢ではない。これは夢のように嬉しい現実なのだ。
「この街って白竜に好かれてるのかしらね」
「二度も救っているならそうかもしれない。……また現れるかもしれないぞ」
「今度はちゃんと見たいわよね、ちらっと見えたけど結構綺麗だった気がして……しっかり見ればよかったわ」
「シャロンはビビッて縮こまってたもんなーいてッ!」
スパァンといい音が響いて、背中を叩かれたカルロがつんのめった。モルトンはそんな二人を「やれやれ」と言いたげに見ていて、やはりこの三人は仲が良くて楽しそうだ。
街を見れば様々なヒトが動き回っている。魔法で身体能力が上がっているうちに色々と片付けたいことがあるのか忙しなく動く人々の姿からはかなり活気を感じられた。
(うん、私はこの街を守れてよかったよ。……リュカに秘密も打ち明けられたし)
これで本当に、心の底から仲間だと胸を張れる。自身を持って、私はリュカの相棒を名乗れるだろう。
「すみません、私たちは用があるのでそろそろ失礼します」
「そうなの? ……せっかく会えたのに」
「シャロンは二人に会いたくてここの復興依頼を受けたからな。ここで復興を手伝ってると言う話を聞いたのに、到着したら二人は別の依頼ですでに発っていて会えずに落ち込んでいた」
「も、モルトン……! そういうのは言わなくていいのよ!」
「おーおー照れることはないだろ。俺たち三人とも、リュカとスイラさんに会いたかったのは事実だし」
顔を赤くしたシャロンを見つめるとそっぽを向かれてしまった。その顔が赤くなっているので、カルロの言う通り照れているのだろう。
彼らは私とリュカに会いたくてここに戻ってきたようだった。三人は私が竜だとは知らないが、それでも冒険者のスイラを好いてくれているらしい。
「スイラ、どうしたい?」
「夜ご飯はみんなで食べるのはどう?」
「君がそうしたいなら、そうしよう。……三人の予定は?」
「おー、もちろんいいぜ。じゃあ日暮れ前にギルド前集合ってことで」
三人とは一度別れて、私とリュカは平原へと向かった。永遠の別れになると覚悟した場所だったが、そうはならなくてよかったと思っている。
途中で私の涙によって出来上がった大きな池の前に出た。魔力が濃縮されている気配がする。……これ、放っておいて大丈夫なんだろうか。
「光属性の魔力なら問題ないはずだ。聖水になるだろう。……君の涙でできていると思うと胸が痛いな」
「でも私、今は嬉しいよ。黒竜とは分かり合えなかったけど……」
「……そういえば、黒竜とは何を話したんだ?」
ここで黒竜と話した内容を思い出す。私は黒竜が嫌いで、ヒトが好きであることを伝えた。……そうしたらヒトナードラゴン呼ばわりされた訳だが。
「私はヒトが好きだって話をしたんだよ。だから、それを壊す黒竜は嫌い。……でも竜は口で言っても分からないんだって。噛まれなきゃ嫌がってるのも分からないって言われてびっくりしたよ」
「……君はやっぱり、竜として随分異質なんだな」
「そうだね、同族とは合わない。……だからリュカがヒトの世界に連れてきてくれたことに、すごく感謝してる」
いつか言いたかった感謝を伝えることができて、とても胸の中が温かくなる。竜の姿でジジに出会って言葉を覚え、ヒトの姿でリュカに出会いヒトの世界を教えて貰った。きっとこの二つの出会いがなければ、私はヒトと共に生きることはできなかっただろう。
「ありがとう、リュカ。私はリュカに出会えてよかった」
「私こそ、君という存在に出会えてよかった。……私は君が好きだからな」
「うん。私もリュカが好きだよ」
「…………ああ。ありがとう、改めてこれからもよろしくな。……今なら君の魔法があるから、大丈夫だろう?」
「うん、大丈夫だと思う。……改めて、これからもよろしくね」
その時のリュカの笑顔は奇妙だったというか、複雑そうに見えた。それでもそっと手を差し出されたので、私も優しく握ってみる。今は彼の身体能力も上がっていることもあって、私は初めて緊張せずにヒトと握手を交わすことができた。
これからも私はリュカと共に冒険者として、ヒトと共に暮らしていく。ヒトを愛する竜として。
……なお、もちろん、ヒトナーと言う意味ではない。
これにて完結。たくさんのご感想やいいね、ブクマ、評価に励まされておりました。ありがとうございました!
『ヒトナードラゴンじゃありません!』本編はここで終わります。しばらく休んでからこの後の二人、恋愛要素多めの話を書きたいと思っています。
むしろ『ヒトナードラゴンになりました』みたいな内容になる予定ですし本編はここまでじゃないとタイトル違いになるので…。
あとは教会絡みとか…黒竜とか…書きたい話はまだいっぱいあるんですよね…。番外編というか続編みたいなのはそのうちやる予定です。そのあたりを書いた時には、また読んでいただけたら嬉しいです。
それではここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!