31話 オーク討伐
オークはヒトもしくはブタの雌を攫う。それは見た目やにおい、声などで判断しているらしく、本来は竜である私もオークからすればヒトの雌に見えるらしい。
という訳で私がおとりになり、巣から多数のオークを引き付けて移動し、手薄になった巣の方をリュカが処理するという方法をとることにした。
(この貰った服からは女の人の匂いがするし……うん、ちゃんとおとりができそう)
私からはヒトの女性らしい匂いはしないはずだ。何せ竜である上にこの体は無理やり作ったものだ。ヒトらしい香りなどしないに違いない。
作戦の決行は朝方。オークは昼行性の魔物であり、夜は巣に戻り眠る。ヒトのような知能はないから見張りを立てたりもしない。だから早朝であればすべてのオークは巣の中に居るはずなのだ。
彼らが住処としている洞窟の前に躍り出た私は、穴に向かって大きな声を出した。風の精霊に頼み、巣穴の奥まで声を届ける魔法付きである。
「ここにヒトのメスがいますよー!!」
近くの木の上で待機しているリュカから「その台詞はどうなんだ」と言わんばかりの目を向けられた。口に出さずとも言いたいことが分かるのは積み重ねた時間のなせる業だろうか。
数秒すると地響きのような音がして、巣穴からわらわらとオークたちが姿を現した。私を見ると目の色を変えて興奮した鳴き声を上げたので、それを確認してから引き離さない程度に逃げる。もちろん「キャータスケテー」と悲鳴を上げておくのも忘れない。女性の悲鳴に釣られる性質があるから、これで効果抜群のはずだ。
(そういえばオークって……一応豚肉になるのかな……?)
魔物の肉を食べることが当たり前のこの世界に生まれて三百年、ヒト型の魔物はまだ食べたことがない。それを食べるのはヒトとしてはどういう感覚なのだろうと思いながら、目的地まで逃げてきた。
木々を切り開き、開けた空間を作ったのだ。ここでなら思う存分戦ってよし、とのこと。私は立ち止まって、飛び掛かってくるオークを捻った。
オークの体は筋肉の上に柔らかな脂肪がついていて、しかも暴れるので加減が結構むずかしい。できる限り窒息をさせようと思っていたけれど数が多いし、一頭を締めている間に別の個体が飛び掛かってくる。腕を振り払えば赤い霧雨が降ることになるし、片腕では加減を間違って潰してしまうし、まあその、私はオークを綺麗に退治するのが大変苦手だった。
(昨日以上に真っ赤になるなぁ……)
赤く染まり始めた私に尚更興奮した様子のオークの集団を前に、恐怖心がないというのは可哀相なことなのかもしれない、なんて思いながら相手をする。
その一時間後、二百体以上の死体を積み重ねて全身も地面も真っ赤に染め上げた私は天を仰いで息をついた。……これはヒトとオークの生存競争だ。けれど私はヒトではないのにヒトに手を貸した。別段、罪悪感もない。
(……これだけ殺して何も思わないの、私が竜だからなのかな。……結局私も、属性竜ってことなのかなぁ……)
奪うことを当然とし、傷つけることを躊躇わない。圧倒的強者で、生態系の頂点。その傲慢さは、私も持ち合わせているものなのかもしれない。
積みあがった死体に手を合わせた。彼らは何も悪くない、ただ生きようとしていただけ。それがヒトとぶつかって、たまたまヒトの側にいた竜に滅ぼされた。私はそれを後悔しない。このまま放っておけばエルフだけではなく多くのヒトが被害を受けたはずだから、それを止めることを間違いだとは思わない。
(でも私は今日たくさんの命を奪ったこと、忘れないでおく。……他の竜みたいには、ならない)
壊したもの、奪ったもの、竜はそんなものをいちいち覚えていない。エルフ族はリュカに対して竜の獲物の生き残りだからまた狙われるなんて言っているけれど、黒竜はもうエルフの集落を焼いたことすら覚えていない可能性がある。……そういうものに、私はならないようにしよう。
(戻るにしてもこれだけ真っ赤だとちょっと見た目がやばいかな。……雨を降らせる魔法でシャワーみたいにしてみようかな?)
髪と服と服から覗く素肌は真っ赤だ。服と肌の間は魔力の壁があるから汚れていないが、服が赤いので見た目の上では全身真っ赤である。……せっかくもらった服だったのだが、完全に血を落とせるか怪しい。もう着ることはできないかもしれない。
ヒトが見たら悲鳴を上げるような姿だ。服の色は戻せないにしろ、せめて髪や肌の色は戻しておくべきだろう。
死体の山は魔法を使って燃やした。周囲には美味しそうな焼き肉の香りが漂っている。……やっぱりオークってヒトより豚に近いんじゃないかな。脂で火が躍ってるし。
「ああ、無事だったな」
「あ、リュカ……リュカも水浴びする?」
「……頼む」
精霊の作り出した小さな雨雲の下で水浴びをしていたら、仕事を終えたらしいリュカがやってきた。彼も彼で土や血に汚れているようだったので提案してみると、疲れた様子で頷かれた。
同じ魔法で服を着たまま水に打たれている彼から、赤い泥が落ちていく。……彼の仕事は巣の駆除である。力のある成体は私が引き付けて片付けたけれど、リュカは巣に残っていた幼体の始末をしたはずだ。魔物であっても気持ちのいいものではないだろう。
「今回は、疲れたね」
「……そうだな」
「しばらくは依頼を休んで、二人でゆっくり旅でもしたいなぁ。ゴーンさんにも会いたいし、ドワーフの国に遊びに行ったりとか……」
「ああ、それはいいな。……そうしよう」
そんな風にこれからの話をしながら汚れを流したはいいが、二人ともぐっしょりと濡れていたので、温風で水気を飛ばして乾かした。
水で洗って風で吹き飛ばして、嫌な気持ちも少しだけ一緒に消えてくれた気がする。……服はちょっと色が変わってしまっているので、捨てるしかなさそうだ。
「……集落に報告に行かなきゃね。よし、頑張ろう」
「オークを退治するより気合が入っているな」
「オークを退治するより気合がいるんだよ」
肉体的な労働よりも、精神的にきついのがエルフとの対話だ。私にとってのエルフ族はリュカのイメージが強かったので、頭の中の想像と噛み合わな過ぎて混乱しそうになる。
しかし相手は依頼主、依頼完了のサインをもらわなければ、この仕事は終わらないのだ。少々重たい足取りで集落へと向かった。
集落のバリケードにたどり着く前に、一人のエルフと目が合った。あの少年のような若いエルフである。……今は彼が見張り役をしているなどの理由で、外でよく会うのかもしれない。
「ああ、調子はどうだ?」
「依頼は終わりました」
「おわ……もう終わったのか?」
「はい。サインをお願いしたいので長のシュノンさんを呼んでいただけますか? ……それからこれ、ありがとうございました。美味しかったです」
返そうと思って持っていた土鍋を少年に渡した。彼はそれを受け取ると私とリュカを見比べて、私に顔を近づけてくる。口の横に手を立てて、ひそひそと内緒話でもしたいようだ。
「エルフが外で生きるのは苦労すると聞く。……お前が暮らせるように、俺が長に口利きしようか?」
小声で心配そうに尋ねられた。彼はきっと、親切心で言ってくれているのだろう。
リュカが言っていたようにエルフは同族の年少者を大事にしたいと思っていて、彼も年下に見える私に対して優しくしようとしてくれているのだと思う。……けれど、私にはその優しさは必要ない。
「私はリュカと旅を続けますよ、リュカと暮らせない場所には住むつもりはありません」
「……お前たちはそういう関係だったのか、それなら無理だろうな。じゃあ長を呼んでくるから、柵の内には入らずに待っていろ」
……そういう関係ってどういう関係だろう。去っていく少年の背中からリュカへと視線を移して尋ねようとしたら、リュカは疲れたように顔を覆ってため息をついていたので、それ以上訊けなかった。
その後現れたシュノンはすぐに書類にサインをすると忌々し気にリュカを見つめ、そして私を見るときには険の取れた顔になり「感謝する」と礼を述べて、大きめの袋を渡してきた。
中には大きな鉱石が入っており、換金するとかなりの額になる。これが今回の報酬だ。
「依頼の確認、しなくてもいいんですか?」
「そなたは嘘など吐くまいよ。……それだけ力が強いのだ、虚勢を張る必要などなかろう」
彼には地面に穴を開けるところも周囲にわらわらと集まっている精霊も見られているので、私の力量を信用されているらしい。……年少者に甘い、という部分も出ているのかもしれないが。
「そなたであればこの集落で受け入れることもできる」
「いえ、私はリュカと暮……」
「スイラ、もういい。……行こう」
「あ、うん。……ご厚意だけ頂いておきます。それではお元気で」
私の言葉を遮るほどここに居たくないのなら長居する必要もないと、先に歩き出したリュカを追って私もシュノンに背を向けた。エルフの依頼をなんとか終えて、私たちは日常に向かって歩き出す。
ただ、報告へと戻った街で待っていたのは圧倒的な「非日常」だった。
一緒に暮らすってそういう意味なんですよエルフからすると。
エルフの夫婦は引き離せないですからね。
三章はここまでです。次回から終章に入りますね。