29話 エルフの集落
エルフの集落は基本的に深い森の中にあるため、ジン族の街からは遠い。氷雪竜のいた平原を超えて、依頼のあった集落を目指しての旅は一ヶ月近く掛かった。
ヒトが移動するには不便すぎる場所だ。依頼は伝書鳥を使って届けられたらしいが、そんな辺境に暮らしていてどうやって私の話を聞いたのだろうか。
「エルフも全く外界から情報を入れていない訳ではない。ジン族の商人とやり取りすることもあるので、そこからだろうな」
「そうなんだ。……どうしても到着まで時間かかるし……被害、酷くなってないといいね」
この間にも被害が拡大していそうで心配だったが、これでも時間はかなり短縮した方だ。ヒトに見つからなさそうな区域からはリュカに魔法をかけて空を飛んだので、かなりのショートカットができたはずなのである。
「しかし面白いな、この……空気を踏める魔法は。少しコツが必要だが」
というのがリュカの談。足の裏でのみ空気を固めるという魔法で、これはジジが使っていた。足の角度によって上ることも下りることもできるし、これに風の魔法を組み合わせるとものすごい速度で飛んでいくことも可能だ。
ただ、私は自分に魔法を掛けようとすると「変化」の魔法のせいか弾かれるので、リュカにのみこの魔法をかけ、自身はいつも通り自分の魔力の足場の上を歩いた。しかし見かけは殆ど変わりないので気づかれてはいない。
そのようにして辿り着いた、エルフの集落があるという場所は巨大な樹木で出来上がった大自然の森であった。
私たちはその森の中に降り立って、エルフの目印だというものを探しながら進んでいく。これはリュカが見つけるのが上手く、私はほぼ彼に案内されただけだった。
道中、何度か三体から五体のオークで構成された隊のようなものに襲われたのだが、まあそれは問題ない。ヒトっぽいとはいえ魔物なので、私も退治することに抵抗感はなかった。……しかし数分おきにエンカウントするのはどうかと思う。すでに五十匹は討伐したのではないだろうか。
「……君に釣られているのかもしれない」
「え?」
「女性を見つけると襲ってくるからな、オークは」
なるほど、私が釣り餌になっているらしい。ヒトの形をとっているだけで竜なのだが、視覚情報ではヒトの女性に見えるので寄ってくるのだろう。
しかしそれにしても数が多い。駆除依頼なので退治しながら進むのは必要なこととはいえ、依頼者の元へとたどり着くまでが長かった。……数が多すぎて加減に失敗した回数もそれなりにあり、結構返り血を浴びたので、私は半分くらい真っ赤になってしまっている。ちょっと見た目がやばいかもしれない。
「……この状態でも襲ってくるのって勇気があるよね」
「……逆に興奮しているように見えるのがな。知能が低い魔物はそういった傾向にあるが」
「これに怯えて近づかなくなるのは結構知能が高い魔物だったんだね……勉強になったよ」
弓を使っているリュカはともかく、素手で戦う私は失敗すると血を浴びる。この姿でエルフの集落を訪れるのはまずいのではないかと思っていると、風切り音がして足元に一本の矢が突き刺さった。
「この先はエルフ族以外の立ち入りを禁じている。立ち去れ」
頭上から声が降ってきたので見上げてみると、巨木の太い枝にヒトの姿があった。淡褐色の髪と長い耳が目に入り、相手がエルフ族であることが分かる。オークを見かけなくなって暫く経つし、集落が近い証拠かもしれない。
「オークの駆除依頼を受けてきた冒険者です!」
「……何?」
「彼女はハーフエルフですよ。耳をよく見てください」
リュカの言葉に合わせ、相手に見えやすいように髪をかき上げて耳をさらした。……まあエルフでもハーフエルフでもないのは事実なのだが。この耳はハーフエルフに見える特徴である。
「そうだったか、来てくれて助かる。……集落まで案内しよう、彼女は水浴びもしたいだろうしな」
頭上の人影は身軽に地面に降り立って、私の前に立った。私より少し背丈が高いくらいの、少年にも見える顔立ちから察するに、まだ若いエルフのようだ。
彼に先導されてついていくと、やがて木製のバリケードに囲まれた場所へと到着した。その手前で暫く待つように言われて、少年は中へと向かっていく。
「この先に集落があるんだよね」
「……そうだな」
少し硬い声が聞こえたので表情を窺うと、やはりリュカはどこか緊張した様子だ。彼はきっと、この場所より先に進ませてもらえなかったのだと思う。……救援に来たのだから、今度は入れてもらえると思うのだけど。まさか助けに来た相手を追い返しはしないはずだ。
そうしてしばらく無言のまま二人で待っていると先ほどの少年が戻ってきた。
「水浴びの用意が出来ているので、まずお前はその血を落とせ」
「えっと……」
「行ってくるといい。君もそのままだと不快だろう?」
「……うん。じゃあちょっと行ってくるね」
少年の指さした方向へ歩いていく。バリケードを抜けるとそこには小さな集落があった。木の上に家があったり、木と木を通路でつないでいるような、樹木を利用して作られた集落だ。
上から数名に見下ろされている視線を感じつつ、集落の端の小川横に張られた天幕の傍に立つ女性に手招きされているのでそちらに歩いていく。
「依頼を受けたハーフエルフって貴女ね。……汚いから早くここで洗って」
「あ、はい」
すらりと背の高い女性からは小汚い物を見る目を向けられたが、汚いのは事実なので否定できない。天幕の中には小川が通っており、その横にいくつかタライが置いてある。ここで水浴びをするのがエルフの習慣なのかもしれない。
直接川に入ったほうが早いと思って服を脱ぎ、小川に入って体についた血を落とした。服の方はどうしようかと思っていたら、先ほどの女性が天幕に入ってきて「これを着なさい」と服を渡してきた。
「……その穢れた服は処分しておくから。……貴女、かわいい顔してるのね」
「ありがとうございます……?」
「その服はあげるから、すぐに着替えなさい。あまり長く水に浸かると体調崩すわよ」
彼女は天幕に入ってきた時、私を見て少し驚いた顔をしていた。血を洗い落としたら冷たい目を向けられることもなく、むしろなんだか優しい目を向けられていた気がする。……やはり血まみれは不審でいけないということか。
(……エルフの民族衣装っぽい服……初めて着るなぁ)
女性は血まみれの服を回収して出ていったので、私は残された服を手に取った。エルフを名乗りつつ一度も着たことがなかった衣装に袖を通す。
私はそもそも服を下手に破かないために服と肌の間に魔力の柔らかな壁を作って保護しているので着心地などはいまいち分からない。鏡もないので似合っているかどうかも不明だ。……これを着ていればエルフらしく見えるだろうか。
血を洗い流してさっぱりした状態で天幕を出て、リュカと別れた地点まで戻ろうと歩く。その途中で案内をしてくれた少年が私を待っていたのだが、何故か私を見た途端口が半開きになった。
「どうしました?」
「あ、いや……印象が……なんでもない。お前の部屋は用意してるから、案内する」
「ああ、それならリュカも……」
「いや、あれは中に入れない。竜の獲物の生き残り、追放者リュカだぞ。俺も知らなかったが、お前も知らなかったのか?」
そう言われて私は固まってしまった。この少年はまだ若く、リュカのことを知らずに集落の傍まで案内してきたのだろう。私と別れた後、リュカはどうなっているのか。心配になって駆け出すと、後ろから「あ、おい!」と呼び止められたが止まる気はない。
リュカが待っているはずのバリケードの外。そこに彼はいたけれど、もう一人別のエルフもいた。二人で何か話していて、リュカがなんだか居心地の悪そうな顔をしているのが見える。
「貴様を呼んだ覚えはない。追放者はさっさと去るがいい」
そんな言葉が聞こえてきて、つい、普段無意識でやっている魔力の操作を誤った。ドンッと派手な音を立てて地面に足がめり込んで、音に驚いた鳥たちが木々の間から飛び立っていく。リュカや彼と話していたエルフがこちらを驚いたように見ていた。
……こんなことするつもりはなかったのに。くっきりと地面に残った足型のせいで、私の感情は一気に焦りへと塗り替えられたのであった。
200トンでドンッ!
血まみれの不審者の姿から可愛い子が出てきたらギャップで吃驚しますよね。
スイラはエルフの美的感覚からしても「愛らしい」容姿なので…。