28話 スイラの指名依頼
今回の嵐で命を落とした人間は奇跡的にいなかった。……即死した人がいなかったという訳である。本当によかったと思う。
しかし街中のあちこちで建物が壊れ、家を失くしてしまった人も少なくない。無事だった大きな建物やテントを並べた区域を一時的な避難所として、復興までしばらくの間皆が苦労するだろう。
私は壊れた建物を魔法と腕力で再建していくという仕事をしているのだが、とてつもない引っ張りダコ状態だ。倒壊する程ではないがダメージを受けた建物くらいだったら『〇日前の状態に戻してくれますか?』という魔法で簡単に直せてしまう訳だが――なんだかもう尊敬を通り越して崇拝のような目で見られている気がする。
リュカは狩りをして人々の食料集めに奔走しているので、私たちは朝それぞれ分かれて活動し、日暮れの頃に街はずれで落ち合うのがパターン化している。
「リュカ! ……怪我してない?」
「ああ、君も疲れてないか?」
「うん、大丈夫」
今日も一日働いて、街はずれで待っていたらリュカも戻ってきた。互いの無事を確認してから二人で並んで歩き、キャンプ地に向かう。
一度彼を見失って不安になった反動なのか、それぞれの活動のため別れる時には心配になり、こうして顔を合わせると安心するようになった。
「氷雪竜のいなくなった平原に多く動物が集まっているから狩りには困らないが……少し奇妙でな」
「何か変なの?」
「ああいう強大な魔物がいた場所には多くの魔力が漂う。普通はそれにひきつけられてくる魔物もいるはずなんだが」
ヒュドラしかり、氷雪竜しかり。巨大な縄張りを持つ魔物が消えた直後は近寄らなかった弱い魔物たちも、数日すればその存在が消えたことに気づき、魔力があふれた土地に集まってくるらしい。魔力が散って環境が安定するまでは魔物同士の縄張り争いも多く起こるというが、それを見かけないと言う。
(うーん……私が魔力を吸っちゃったからかな)
街の人々を救い、またヒトの姿に戻るために魔力を消費した私はあの平原に漂っていた魔力を大いに吸収した。そのせいで安定が早まったのではないだろうか。……まあ、そんなことは言わないけれど。
「白竜の出現と関係があるのかもしれない。……あの竜は謎が多い」
「……そうなんだ?」
「属性竜の中でも白竜は妙な行動が記録されていることが多いからな。それに……他の属性竜と比べて代替わりも多い。今の白竜も、生まれて三百年前後といったところだろう」
先代の白竜については詳しくないが、竜の中でも白竜だけはよく代替わりしていると聞いて驚いた。ヒトに観測されるほど、何度も死んでいるらしい。……竜が死ぬのは心が死んだ時だけなのに。
(白竜は代々繊細だったのかなぁ……私は繊細とは程遠いけどなぁ……)
私は自分をずぶとい方だと思っているので、あまり想像ができない。私が白竜になったからにはもう代替わりせずに人間の味方として存在し続けたいと思っている。
少なくとも私が死なない限り、属性竜のうちの一体はヒトの側に立っている。それはきっと、ヒトにとって力になるはずだ。
「今日の夕食は……新鮮な猪の肉ならあるが、どうする?」
「猪汁!」
「分かった、そうしよう」
私たちは街から離れた河原、つまりリュカの秘密を告白されたその場所にキャンプ地を構えた。家を失くした人のために宿は空けておきたいし、私たちはテント生活に慣れた冒険者だ。朝はここから出発して、夜にはここに戻ってくる。そんな生活がもう一週間は続いていた。
ちょっと苦い記憶のあるこの場所も、こうして毎日を過ごしていれば少しずつ記憶の上書きもできる……はずである。
リュカが猪肉の面倒を見ている間に、私は米を炊く。日本の米のようにもっちりはしていないが、こちらの世界にも米があって嬉しい。それでおにぎりを作るのだけれど、私が自分で握ると「おにぎり」ではなく圧縮された「にぎりすぎ」ができるので、魔法で精霊に握ってもらう。
「料理に魔法を使うのは君くらいだな」
「自分でするより精霊にやってもらった方が上手にできるからね」
「……そんなことを言うのも君くらいだな」
リュカが低く声を殺したように笑ったので、私もつられて笑う。どこかぎこちなかった私たちは、そうして少しずつ元の雰囲気に戻っていった。
そんな復興生活も一ヶ月が過ぎた頃に、ギルドから呼び出しを受けた。なお、ギルドは頑丈な建物だったので壊れていないので、普通に営業中である。依頼内容は復興関連が多いけれど。
「スイラさんに指名依頼が来ております」
「……リュカじゃなくて、私にですか?」
「はい。……エルフ族からですね」
依頼者の情報を聞いて、思わずリュカと顔を見合わせた。エルフ族から私個人に対しての指名依頼とは、一体何事だろうか。
「集落の周辺に住み着いた、オークの巣の駆除依頼です」
「オーク……というと、豚の魔物ですよね」
「はい。繁殖力が強い上に、女性を攫う性質があるので厄介な魔物です」
オークは二足歩行で人と豚の中間ような、いわゆる獣人の姿をしているが、人語を解さない程度の知能であるので、ヒトではなくヒト型の魔物として分類されている。獣人族とは全く別の生き物だ。
しかも人種に構わず女性を攫う習性がある。オークはヒトもしくはブタとの間で子供を作るという変わった魔物で、オークとしてはオスしか生まれないため、胎を借りているだけで寄生して増やしているという説がある。聞いているだけでかなり怖い繁殖方法である。
猪を相手に繁殖することもあるので、オークの天敵となる存在のいない地域に出てきてしまった場合、大繁殖することがあり、今回はそのケースのようだ。
(エルフも同族を守るために必死、なんだろうな……でも他人種には頼りたくないのかぁ)
増えすぎて困ってしまったエルフの集落は、自分たちで駆除しきれないがジン族にも頼りたくないし、他の集落も手伝ってはくれないため、最近噂を聞くエルフの冒険者に依頼をすることにしたというような説明をされて苦笑した。受付嬢が少々不満そうに見えるのは気のせいではないかもしれない。
(リュカはエルフの集落から嫌われてるはずだけど……一緒に居る私に依頼をしてるのはどういうつもりなんだろう)
追放者となったリュカが居てもいいから助けてほしいというくらいの窮地なのだろうか。エルフ側の事情はそこまで説明されなかったので分からない。
「ちょっとリュカと相談してきてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
受付嬢に確認をしてからその場を離れ、他人に会話が聞かれないような場所へと移動する。エルフ族とリュカの関係が良くないことを知っているのは私だけだし、彼もそう他人に明かしたい事情ではないだろう。
「リュカ、どうしたい? 私はリュカの気持ちを優先したい」
一番辛い時に同族から手を離されてしまった彼が、同族に手を差し伸べたくないと言うなら私はそれを尊重するつもりだった。
困っている誰かはもちろん助けたい。けれど、リュカを傷つける方が嫌だと思ってしまう、そんなエゴが私の中にはできてしまっている。……まあその、リュカにばれないようにこっそりオークを焼き払いに行くくらいはするかもしれないけど。
少なくとも「リュカの仲間のスイラ」としては、あんな話を聞いた以上、彼の気持ちを踏みにじってまでエルフを助けたいとは言えない。私は種族としてヒトが好きだけれど、リュカのことはヒトだからではなくて、仲間として好きなのだ。特別扱いもしてしまうというものである。
しかしリュカは私の言葉に少し驚いた顔をして、そして何故か穏やかに笑った。
「ありがとう、スイラ。……私は構わない。君こそいいのか?」
「うん、リュカが嫌じゃないなら」
「私も君が嫌でないなら、いい」
……彼はやっぱり優しいと思う。私はそんなリュカが好きだし、これ以上傷ついてほしくない。
エルフはわざわざ私たちのパーティーを指名したのだ。もしかするとこの依頼をきっかけとして、彼がエルフの集落に戻れる日がくるかもしれないと、そんな淡い期待を抱きながら、受諾の意思を伝えるために受付へと戻った。
「依頼を受けるのは構わないんですが、こちらの復興は……大丈夫でしょうか?」
「ええ、もうお二人には充分力を貸していただきました。氷雪竜の素材もあちこちで買い取られて資金もできましたし、他からの応援もそろそろ集まりますからお気になさらないでください」
この世界では日本のように迅速な支援など行われない。しかしそれでも氷雪竜を売り飛ばしたおかげで資金が出来て、救援の依頼をすることが可能になった。
そうして呼んだ「教会」の光魔法使いや、買い集めた物資、依頼を受けた冒険者などがそろそろ到着する頃合いらしい。……ここは普通の竜被災とは状況が違うし、応援が着くなら私たち二人くらいいなくなっても大丈夫そうだ。
「分かりました、ではその依頼引き受けます」
こうして私とリュカは復興中の街をあとにして、オークに平穏を脅かされているエルフの集落を救うために旅立った。
「貴様を呼んだ覚えはない。追放者はさっさと去るがいい」
……助けに来た相手にそんな台詞を吐き捨てられるとは、露ほども知らずに。
という訳でエルフの集落へ向かいます。