表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/65

26話 秘密



 私とリュカは街を離れて河辺を歩いていた。吹き抜ける風に金色の髪が攫われ、川の水面と一緒に夕日を反射して輝いて綺麗だ。

 竜の性質の一種なのか、こういう光るものには目を奪われる。宝石をため込む黒竜の気持ちは分からないでもない。……まあ、ヒトから奪おうなんて私は思ったことないけどね。



「……ここなら邪魔は入らないな」


「そうだね」



 街からは大分離れているし、この時間帯なら大抵のヒトは家に帰ろうとしているはずだ。せせらぎが響くだけの静かな河原で歩みを止めたリュカが振り返ったので、私も足を止めた。



「話したいことがある、と言ったのは覚えてるか?」


「うん、もちろん」


「……その話をしたい。聞いてくれるだろうか」


「なんでも聞くよ」



 いつになく堅い表情をしているからきっと大事な話だろう。私も話さなければならないことがあるし、少し緊張している。……リュカの話を聞いたら、私も打ち明けるつもりだ。

 お互いに大事な話をしたら、きっと。その時私たちはまた一段と、仲良くなれるはずだから。



「私がこうして一人で冒険者をやっている理由、なんだが……実は、私はエルフの集落に入れてもらえないんだ」


「……それは、リュカと他のエルフの価値観が合わないから?」



 これは私も予想していたことなので左程驚きもない。彼は同族(わたし)と居たがるのに、エルフの集落へ行こうとする素振りは見せないのだ。そうして二百年もの間、ジン族の多い区域で他人種に交じって冒険者をしている。理由があるだろうことは薄々感づいていた。



「たしかに今はあまり合わないだろうな。……ただ、今の私の価値観は外に出てからできたもので、同胞と共にいた時はたいして変わらなかったと思う」


「……じゃあ……なんでリュカは集落を出たの?」



 彼は寂しがりな一面を持っている。そんなリュカがわざわざ家族や同族たちと暮らす集落を出る理由が思いつかない。……私はそのおかげで助かったけれど、余程のことがなければ取らない選択だろう。



「私自ら同胞の元を去ったんじゃない。……私の同胞は、一日で皆いなくなった」


「……え……?」


「私の故郷はある日突然、なくなった。……黒い竜が、私の住む場所も同胞もすべて、焼き尽くした。私だけが生き残ったんだ」



 喉がはりついたように乾いて、言葉が出ない。私はふと、私が生まれてしばらくたった頃から黒竜のアピールの仕方が変わったことを思い出す。

 ずっとすげない態度だった私に、力を誇示するようになった黒竜から聞いた言葉。初めてそのアピールをされた時は驚いたから今でもよく覚えている。


『エルフの里を焼き払ったぞ! たった一吹きでだ! どうだ、すごいだろう?』


 細かい年数は覚えていない。けれどたしか、二百年くらい前のことだ。……時期を考えると合致する。リュカの故郷は、私のために黒竜が滅ぼしたものではないだろうか。



「それから他の集落を訪ねたんだが……竜の獲物の生き残りなど入れられるか、共に居れば我々も狙われると追い出されてな。私は他の集落には入れてもらえない。追放者リュカと呼ばれているらしい。君に出会って……君が、私を知らなかったことに安心した」



 彼は今、笑っているのに笑っていない。微笑みから伝わってくる感情があまりにも悲痛だ。リュカが同胞を失い、同族から追放された原因の大本は私であるとも言えるだろう。

 私がいなくてもあの竜はヒトを襲っていただろうけれど――それでも。その時リュカの故郷を滅ぼした理由は、私にあったのだから。

 その上彼は同族から追放されて、孤独になった。寂しがりのリュカを孤独にした原因の私が、彼の孤独を埋めているなんて皮肉な話だ。



「君といるのが楽しくて、なかなか言い出せなかった。……すまない」


「そんなの……リュカは悪くないよ」


「……でも、竜は恐ろしいだろう?」


「竜を怖いと思ったことは、ないよ」



 だって、私自身が竜なのだ。彼の故郷を滅ぼした黒竜と同族の、白竜である。怖いはずがない。私とあの竜は、同じ存在だ。

 私に怖いものがあるとするなら、それは私が竜であることを理由に、大事な存在だと思っている彼に憎まれることである。



「そうか。……よかった」



 微笑むリュカに「なにもよくない」と、浮かんだ言葉を声にすることなどできずに飲み込む。

 竜に襲われ、大事なものを全て失くしたヒト。目の前にいる相手が竜だと知れば、どう思うだろうか。



「……リュカは、竜を恨んでる?」


「……ああ」



 彼に嫌われるのが怖い。私にとってもリュカは大事な仲間で、仲間として大好きだ。

 私がヒトから逸脱している姿をこれだけ間近に見続けているのに一度も否定せずに受け入れてくれて、恐れたり崇拝したりというような態度の変化もすることない。ヒトの姿で最初に出会ったのが彼でよかったと思うし、彼なら竜であっても好きになってくれるのではないかとすら思っていた。




「黒竜以外の属性竜も、みんな恨んでる?」




 だからこそこの質問をするのは怖かった。これを肯定されたら、私は本当のことを言えなくなってしまう。



「ああ、そうだな。……だから今回の討伐も、思うところはあった。でも君が一緒だったから……普段よりずっと穏やかでいられたな。ありがとう、スイラ」



 私のおかげだと言う彼に、私のせいだと伝える勇気はなくなった。これまで本当のことを打ち明けようとしてきた覚悟があっけなく打ち砕かれて、口を引き結ぶ。



「私の話を聞いてくれてありがとう。……君も話があるんだろう?」


「……私の話は……今日は、やめとくよ」


「……そうか」



 リュカは残念そうに、そしてどこか諦めたように呟いた。少し傷ついたようにも見える端正な顔から眼をそらすと、夕日を反射して赤く輝く水面が目に入る。

 彼は竜に焼かれた故郷をまだ覚えているだろう。私が黒竜の台詞を覚えているくらいだから、憎悪の感情と共にはっきりとその光景が目に焼き付いているはずだ。


(言えないよ。……私も同じ竜だ、なんて……)


 私はヒトを攻撃したことなどない。ヒトが好きだし、ヒトと価値観が近いと思っている。

 だからこそ、彼が竜を恨む気持ちをよく理解できる。別の個体だとしても、同種だ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、なんてことわざが元の世界にはあるくらいだから、別個体でも目にすれば憎しみが湧くだろう。……私は、リュカに嫌われたくない。


(せっかく、仲良くなれたのになぁ……これからも冒険するって約束もした。……ずっとだまし続けていくのかな)


 竜になってから私は強くなった。肉体的にだけではなく、おそらく精神的にもだ。この体になってから泣いたことなんてなかったのに、こんなにも悲しくて泣きそうになったのは初めてかもしれない。

 いつかは明かすつもりだった秘密は、一生言えないものになってしまった。……いや、分からない。これから先、長い長い時間をかけて、いつかもっと信頼できるようになったら――言える日はくるかもしれない。


(それもこれも全部あの黒竜のせいだよ。今度会ったら文句言ってやる……)


 今度会ったら一発くらいかましてやらないと気が済まない。リュカの分も思いっきりあの格好つけた顔面に一撃を入れたら、そうしたら……少しは、認めてはくれないだろうか。白竜(わたし)のことを。



「……リュカ、街に戻ろう。日が暮れちゃうし」


「……いいのか?」


「うん」



 私自身の話は本当にしなくていいのか、と尋ねられたと思う。それに頷くと翠玉の瞳はしばらく戸惑うように私を見つめて、やがてゆっくりと瞼の中に隠された。

 話すつもりでいたことを結局隠してしまったことで、リュカを傷つけてしまったかもしれない。……けれど今はきっと、話す方が傷つける。

 今から少しずつ、彼の黒竜とそれ以外の属性竜に対する認識を変えていけるよう、特に白竜がヒトの味方であることを伝えていくつもりだ。……それが出来たら正体を明かすから、もうしばらく待っていてほしい。



「スイラ、私は少し風に当たってから戻ろうと思う」


「……そっか、分かった。じゃあ宿で待ってるね」


「……ああ」



 とても申し訳なさそうに見える彼の表情が気になったけれど、一人になりたいのだろうと察して彼に背を向けた。

 しかしリュカは夜になっても宿に戻ってこない。眠る必要もない私は起きたまま宿で待っていたのだが、夜明け前程の時間。突然、轟音と共に建物が揺れた。


(なにごと……!?)


 慌てて窓から外を確認すると、先ほどまで雨音一つしなかったというのに豪雨と強風、いやむしろ竜巻がいくつも発生して小さな建物や荷車などを巻き上げている姿が目に入る。

 急激な天候の変化、突発的な大災害。こんなことをするのは、竜しかいない。おそらく水竜と風竜の仕業だ。……これは子殺しの報復か。いや、氷雪竜がこの二体の子供だったとしても、親を知らない属性竜に子に対する愛情などないから関係ない。ならば偶然か、何か機嫌でも悪かったのだろうか。


(これじゃ、リュカが危ない……!)


 前世の私は台風の日に死んだ。こんな豪風では建物が壊されて、ヒトなんて簡単につぶされてしまう。慌てて宿を飛び出そうとしたら、崩落した向かいの建物の瓦礫で玄関先が塞がれていたくらいである。勿論力づくで外に出て、リュカと別れた河原の方へと走った。


(……竜は、理不尽な生き物だから。圧倒的強者で……奪う側の存在だもん。大した理由がなくても……こういうことをするんだよね)


 その嵐はほんの十分程度で過ぎ去った。その十分で、ヒトの街一つが、壊滅的な打撃を受けてしまった。

 そんな街を背にたどり着いた河原では、リュカには会えなかった。……彼はどこに行ってしまったんだろうか。

 


お待たせしました、ちょっと不穏な感じですが連載再開します。

出来るだけ毎日更新できるよう、頑張りますね。

また読んでいただけたら嬉しいです…!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載はじめました。お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。
マンドラゴラ転生主人公が勘違いを巻き起こす『マンドラゴラに転生したけど花の魔女として崇められています。……魔物ってバレたら討伐ですか?』
― 新着の感想 ―
[一言] こう言う感想は良くないとわかってますががっかりです。 言うべきだと思います。
[一言] 更新ありがとうございます 予想はしていましたがやはり言えませんよね…… 属性竜の暴走みたいな災害もありますしリュカがちゃんと帰ってくるか心配です
[気になる点] ナイショ話の相性が史上最強に悪過ぎた! [一言] スイラちゃん打ち明けやめちゃったから変に誤解しないと良いなあ… 黒竜やっつけても死ななそうですよね 黒竜めー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ