25.5話 A級パーティーの魔法使いと伝説の片割れ冒険者
シャロンは十二歳で冒険者を始めた。家系的に魔法が得意なものが生まれやすく、魔法適性の一番高い子供が冒険者になるのがしきたりだ。
『うちはな、なんとあのリュカが初めてパーティーを組んだ冒険者の子孫なんだぞ』
それが父の口癖だった。S級冒険者であるリュカの存在は吟遊詩人の語る物語で知っているが、相手は二百年も活動しているという伝説の存在である。伯父は実際にリュカとパーティーを組んだことがあるらしいし自慢話も聞かされるけれど、実感はわかなかった。
幼馴染であったカルロとモルトンも同じ理由で冒険者になることが決まり、三人で登録をしてパーティーを組んだ。そうして活動を始めたばかりの頃に、本物のリュカと出会い――はじめは尊敬と憧れだった。それがいつからか、恋に変わった。
(リュカ、どうしてるかしら。ヒュドラの単独討伐をしたのは聞いたけど……元気そうでよかった)
エルフは老いることがない。その肉体は最盛期で止まるのだから、彼の冒険者としての実力が衰えることはないだろう。二十歳を超えた自分は、あと十年くらいしか冒険者として活躍できないだろうが、その間は彼とパーティーを組んで戦うことができる。
(エルフに……リュカに恋をしたって不毛なのは分かってる。でも、簡単に消せる気持ちなら恋じゃないのよ。私は、片思いでいいの)
一人で戦い続ける孤高の存在、それがリュカだ。誰も彼の隣に立てないのなら、片思いでいい。そう思っていたのに。
風の噂でリュカが固定のパーティーを組んだことを知り、シャロンは内心穏やかではなかった。
「私たちだって何度もパーティーには誘ってるのに……」
「あーでもリュカがパーティー組んだの、エルフらしいからな。同族だからじゃないのか?」
「ああ……やはり、人種が違えば色々と勝手が違うからな」
リュカが仲間として選んだのはエルフ族らしい。
エルフはあまり自分たちの領域から出てこないため、かなり珍しい存在である。リュカのように外に出て他人種と関わりながら生きている例を、他に聞いたことがない。
(……それならリュカが仲間になるのも仕方ない、のかしら。…………私もエルフだったら、もっとリュカと親しくなれたの……?)
まだ見ぬリュカの仲間に対し、いろいろと思うところはあった。そんな中、国からの依頼で下位竜の討伐を行うことになり、久々にリュカと会えるということでシャロンは喜んでいた。
噂の仲間も見ることができる。リュカの隣に並んでいてもおかしくない、頼りになりそうなエルフを想像しながら会った相手が、まだ幼さの残る少女だった時は愕然とした。
「こちらは、スイラ。ハーフエルフで、全属性の魔法を使います。肉弾戦も得意ですね、稲妻牛を素手で絞め殺せます」
リュカのそんな紹介で、もう一度驚かされた。シャロンよりも背の低い、線の細い少女である。美形揃いのエルフらしく非常に整った愛らしい顔立ちで、それでいてモルトンより怪力で、シャロンよりも優れた魔法使い。そんな紹介をされておきながらリュカの陰に隠れようとする姿に、少し苛立った。
強いなら、そんなに縮こまることはない。堂々とリュカの隣に立てばいいのに。
(何よ……か弱いふりなんてして)
スイラは冒険者の中では浮いて見えるほどゆったりとした動作で、何に触れるにもまるで貴族の娘のように優しく扱う。強いなら相応の態度というものがあるだろうに、周囲にばかり気を遣っているところが癪に障る。
……いや、違う。そうではない。
(……リュカが……リュカの顔つきが、違うのが、むかつく)
そんなスイラを見つめるリュカの瞳が、表情が、今まで見たことのないもので――それが、シャロンの心をざわつかせる一番の理由だ。
スイラの紹介をしたリュカはどこか誇らしげだった。自慢の仲間なのだと、伝えたいようだった。何度も臨時でパーティーを組んでいても、シャロンたち三人はリュカから仲間だと思われていないのに。
スイラを見つめる彼の目は、別人のように穏やかだ。彼は普段もっと冷めた目をしている。そんなに温かい目を向けられたことは、少なくともシャロンの記憶にはない。
(リュカは……女嫌いのはずなのに)
女性を避けている節があることには気づいていた。エルフは異性に対しての関心が薄いから、異性に迫られることを苦手としているのだろうと。
しかしスイラに対してはどうだろうか。同室を取って休むほどに気安い関係を築いている。
(ずるい。……ずるいわよ)
そうして醜い嫉妬心を抱いたシャロンに対して、スイラが親切であることがもっと腹立たしく、自分が情けなくなった。
彼女はシャロンがどれだけ睨みつけても、少しばかり困ったように笑うだけ。その余裕がエルフ特有のものなのだとしたら、自分だってエルフに生まれたかった。
(しかも何よこの魔法……見たことも聞いたこともないわよ)
スイラが魔法の詠唱をするのは聞いていたが、全く知らない呪文だ。そして引き起こされる現象も、目を瞠るようなものである。
物を壊すことなく縮小する魔法。周囲の温度を変える持続魔法。それらには膨大な魔力を消費しているはずなのに、彼女は平然としている。
「良ければ小さくする魔法の呪文をお教えしましょうか?」
しかもこのようなことを言い出す始末だ。人に知られていないような魔法は、それこそ魔法使いの財産である。魔導書として売り出せば遊んで暮らせるし、弟子にだけ伝えていく秘伝のものだってある。
彼女が使っている魔法はその類のものであるはずなのに、簡単に教えようとしてくるのだからたまったものじゃない。……同じ魔法使いとして、尊敬するなと言う方が難しい人格者。格の違いを見せつけられているようだ。
しかも二人きりになった時にたまらず本音をぶちまけたシャロンを宥めて、笑って受け入れられる度量がある。……もう、なんというか。人として完全敗北したと思っていた。
(それ以上があるとは思わないじゃないの…………)
氷雪竜の討伐で、スイラは自分の何倍もの大きさがある氷雪竜を投げ飛ばした。……そう、投げ飛ばしたのである。馬鹿力にもほどがあるというものだ。
いくら怪力だと聞いていたって、自分の二十倍は体重がありそうな巨体を投げ飛ばせるのはどういうことなのか。竜がまるでただのトカゲのような扱いである。
そして倒した竜を縮小して一人で運び出すのだからもう笑うしかない。口から勝手に漏れた笑い声を聞いた彼女が何を勘違いしたのかにっこりと笑いかけてきた時にはもう、人どころか生物として負けた気がしていた。
(勝負するような相手じゃないわ……張り合ったって仕方ないわよこれ)
これならリュカの隣に立っていてもおかしくないというより、リュカぐらいでないと彼女についていけないだろうという認識に変わった。それくらい、彼女は特出した存在だ。
「それだけ力が強かったら普段気を遣うでしょ?」
「ええ、壊してしまわないか、傷つけてしまわないかと不安になります」
「……大変ね」
「そうですね。……けれど、人と暮らしたいですから、これくらいの努力はいくらでも」
今は彼女のゆったりとした動作が他人を傷つけないために気を遣っているのだと知って、か弱いフリをしているなどと思っていた自分を恥じるばかりだ。力が強いために苦労していることもかなり多いだろう。
それでも愛らしく明るく笑ってそんな健気なことを言うのだから、人として出来すぎではなかろうか。シャロンなどはもうスイラを尊敬してしまっているというのに、まだ異性として可愛がりたい欲求を漏らしているカルロの後頭部を叩きたいくらいだ。
ギルドへ竜の死骸を丸ごと持ち帰った時にはもちろん騒ぎになった。伝説の冒険者であるリュカと、縮小魔法という特異な魔法を使ったスイラには近寄りにくい冒険者たちがシャロンたち三人に詰めよってくる。
「すげぇ魔法使ったよな、なんだあれ。シャロンさんならわかるだろ?」
「あの小さい子何者だよ……!? めっちゃかわいい」
「落ち着きなさいよあんたたち。あと、あの人とどうにかなろうなんて邪なこと考えるんじゃないわよ。氷雪竜だって素手で討伐したんだから。しかもほぼ一人で」
「素手で!?」
「氷雪竜やったのリュカじゃないのか!?」
シャロンは離れた位置にいたため、スイラの活躍がしっかり見えていた。踏み潰そうとしてくる氷雪竜の前足を掴んで逆に投げ倒し、崩れかけた氷の足場を重さなど感じさせないように軽快に駆け上がって、飛び降りる際に魔法でも使ったのか転がる氷雪竜の頭を踏み砕いた。頭を守っているはずの氷の鎧が砕け散り、辺りを氷の粉塵が舞っていて、その中で悠然と気絶した竜を見下ろした彼女は、振り返ると大きく手を振って、その無事をアピールするくらいの余裕があったのだ。
「本当にすごいんだから、スイラは」
「……なんでシャロンが自慢げなんだよ」
「……うるさいわよ。あんたはむしろもっとスイラを尊敬しなさいよ」
「してるよ。してるけど……あの可愛さはもう……ほら……ギャップ萌えってやつ……?」
「気持ち悪いわね」
スイラに対して気持ちの悪いはまり方をしているカルロと同じにはなりたくないが、シャロンもスイラへの好感度がおかしなことになっている自覚はあった。
「氷雪竜の討伐報酬と素材の売却報酬が合わせて千二百万ゴールドでしたから、五等分で一人二百四十万ゴールドです」
「まじか!? スイラさまありがとうございます!!」
この不当な分け方に疑問を抱くでもなくはしゃぐカルロを軽く睨んで、シャロンはスイラに話しかけた。本来なら彼女が八割から九割はもらってもいい報酬を、五等分にしてよかったのかと。
「ええ、だって今回は五人のパーティーでしたからね」
そうやってふんわりと笑う彼女の人の好さが心配になった。……リュカが彼女の仲間になったのはどうやら同族だからという理由だけではなさそうである。こんな子が一人だったら、シャロンだって面倒を見たくなってしまう。
その後、スイラのギルドカードが更新される場面に立ち会ったのだが、てっきりA級だと思っていたスイラがB級の証である銀のカードを出したことに驚いた。
今回の討伐でA級昇格らしいけれど、この実力でA級に留まるわけがない。確実に近いうちS級冒険者へと昇るだろう。
(……そうしたら、S級二人組の伝説の冒険者ね)
依頼も終わったのでスイラとリュカの二人とは別れることになった。カルロが別れの挨拶を、などと言ってスイラに差し出した手を払いのける。スイラは人に触れることを怖がるほどの怪力なのだ、迷惑をかけないでほしい。
「ひでぇ……」
「悪いのはあんたでしょ」
「……うう。じゃあ、二人とも、今回はありがとうな」
「うむ、息災でな」
「また会えたら嬉しいわ。……リュカも、元気でね」
別れの言葉を告げるとスイラはにこりと明るく、そしてリュカはいつも通りの表情で頷いた。
「はい、またいつか」
「ええ、また会いましょう」
二人と別れて、三人で歩き出す。次に会うことがあってもきっと、あの二人は一緒にいるだろう。
振り返って、並んで歩く二人の背中を見つめた。……またいつか。二人との再会を、楽しみにして。A級パーティーとして活躍し続けようと、シャロンは心に決めた。
二十倍っていうか……200分の1くらいですかね……。氷雪竜はギガノトサウルスくらいの大きさなので…。
二章はここまで、ここまでが第一部かなと思っています。
明日から更新を一週間から二週間ほどお休みしますね。たまっている仕事を終わらたらまた再開する予定です。
ここまでたくさんのご感想やいいね、ブクマや評価に励まされていました、ありがとうございました!
再開をお待ちいただけたら嬉しいです…!