22話 他人種との違い
「私とスイラはいつも同じ部屋です」
「えっ、いやそれってつまり……そういうことか!?」
私とリュカが同じ部屋に入ろうとしたところ、カルロに引き留められた。シャロンは一人部屋を取っているので部屋が離れており、ここにはいない。カルロの後ろではモルトンが呆れたようにため息をついている。
「私たちはエルフですから。……以前も言ったでしょう、私たちとジン族では違うと」
「い、いやぁそうだけど……でも、ええ……羨ましすぎる」
「カルロ、いい加減にしろ。……リュカ、スイラ、悪いな。遠慮なく休んでくれ」
「えと……はい、おやすみなさい」
「……うむ」
モルトンが何やらショックを受けているようなカルロを引きずって部屋に入っていったので、私とリュカも自分たちの部屋へと戻った。
リュカと二人きりになるとなんだかようやく落ち着けたのだが、リュカも同じなのか小さく息を吐いている。
「ジン族の距離感に驚いただろう?」
ジン族の距離感。あれがジン族にとっては普通の態度らしい。やたらフレンドリーというか、距離が近いというか。……ジジは私からある程度距離を取っていたけど、それは私がヒトではなく竜だと知っていたからなのだろうか。それなら、私は初めてまともにジン族と交流していることになるのかもしれない。
「うん。……あのね……カルロって、私に興味持ってる?」
「ああ、間違いないな」
「そっかぁ……」
一応、私の勘違いではないか確認したのだがリュカも同じように感じているならそうなのだろう。カルロは私に異性としての興味を持っているらしい。……一目惚れというやつなのだろうか。今日出会ったばかりなのに、黒竜を思い出すよ。
「それで……シャロンは……」
「彼女は私に興味があるらしいな」
「……そっかぁ」
私がシャロンからやたらと睨まれるのは、リュカのことが好きだから。彼と親しい私を見て、妬いているのだろう。
リュカが片方のベッドに腰かけたので、私ももう一つのベッドに座った。ちなみに体重をかけないように魔力で壁を作っているためベッドの柔らかさは分からない。
「疲れなかったか?」
「うん、大丈夫。……リュカは?」
「大丈夫だ。……いっそ、恋人だとでも言った方がよかったかもしれないな。ジン族には、私たちの距離感が理解できないから」
恋人でもない男女が平然と同じ場所で寝泊まりしていることが、ジン族には分からない。それならば恋人と偽っておけば、余計な口出しはしてこなかったかもしれない。リュカは「付き合ってるのか?」と尋ねられた時、その方が都合がいいかもしれないと思っていたようだ。しかしそんな嘘を吐くには私と打ち合わせしておく必要があるし、結局何も言えなかったという。
「えーと……明日からじゃ遅いかな?」
「もう遅いだろうな。先ほどのやり取りで気づかれているだろうから」
「そうだよね。……ちなみにリュカは、ジン族と結婚する気は……」
いつかリュカが私に尋ねた内容を、私も彼に尋ねた。リュカがシャロンと恋愛する気があるなら私も応援しようと思ったからだ。……まあそんな気はないと思うのだが、念のためである。
「ない。君と同じだ。……寿命が違い過ぎるし、距離感も違う。長い期間仲間として活動するのも難しいことが多いからな」
「そっか……そうだよね」
やはり彼にその気はないらしい。むしろどちらかと言えば苦痛なのだろう、眉間にしわが寄っている。私といて気楽だと彼がよく口にするのは、ジン族とのこういう価値観の相違が大きいのだと実際に目にして理解できた。
「えーと……戦力としてはどうなのかな。ジン族って、魔法苦手だよね。戦い方知らないや」
「シャロンはジン族としては優秀な魔法使いだな。カルロとモルトンは……経験を積んでいるから、ジン族の中でも成長している」
「……成長?」
リュカから話を詳しく聞くと、ジン族の特徴として魔物を多く倒せば倒す程身体能力や魔力量が上がる傾向にあるらしい。
経験値やレベルアップのようなものだろうか。なるほど、元の世界の人間に一番近いと思っていたがやはり異世界人だ。全然同じではなかった。
「しかしジン族の活動期間は短いから、成長できるのも精々四十歳程度までだろうな。冒険者もそれくらいで皆引退してしまう」
「……時間、短いよね」
「ああ。……あっという間だ。彼らはいつも置いて逝く側だから、簡単に他人種を好きになる。置いていかれる者のことも考えてほしいな」
この世界にはあらゆる人種がある。その中で最も短命なのがジン族だ。しかしそのせいか繁殖能力が高く、他人種と結ばれることが多いのもジン族である。種族的に恋多いというか、ヒトを好きになりやすいのかもしれない。……たとえ相手が、自分よりずっと寿命の長い存在でも。
「……いなくなったら寂しいよね」
「……ああ。親しいジン族の子孫であっても……本人ではないからな」
「だからリュカはもう、ジン族とはパーティーを組まないの?」
「……そうだ。だから、君と出会えたことに感謝しているんだ」
彼が私をパーティーに誘ってくれた理由は予想していたし、おおよそその通りだった。ただはっきりとリュカの口からそれを聞けたのは大きい気がする。
詳しい理由は分からないがリュカはエルフの集落に戻る気がない。そんな彼が外で出会えた貴重な同族が、私だった。……やっぱり私は言わなければならない。寿命が長いのは事実だけれど、エルフではないことを。
「スイラ、この依頼が終わったら話したいことがある」
「私も話したいことがあるよ」
「……相手は竜だが、君が居れば怖くないな。必ず無事に生き残れる」
「うん、大丈夫だよ」
誰も怪我をしないうちに先手必勝で沈めればいい。下位竜が属性竜である私に敵う訳などないのだから。……目立ちたくはないが、人命が優先だ。そもそも敵意を向けてくるものに加減ができたためしがないし、倒してしまった時はもう仕方がないというか。
「そろそろ私は装備の確認をするが……」
「あ、じゃあ見てていい?」
「分かった。……君も飽きないな」
リュカはそう言って笑って、弓矢の点検を始めた。私はそんな彼が扱う武器を眺める。彼が使っているのは弓なのだが、木製の簡易なものではない。撃ち出す力を強くするために工夫された、特殊な素材でできているらしい。
ヒトが使うこのような武器は魔力を多く含み属性を持った鉱石や、魔物の素材から作られている。組み合わせで武器の威力や効果などが変わって、それを有効に使い戦っているらしい。
今回は氷雪竜という水属性の魔物が敵なので、弱点である雷属性の素材が使われた矢を用意してある。ちなみにリュカは雷と風の精霊に好かれているので、その二属性の魔法が得意だ。
「リュカが矢を撃つ時って魔法を使ってるよね?」
「そうだな。今回は風で打ち出すだけでなく、雷を纏わせればかなり有効だろう。……もちろん、君が先に倒してしまってもいい。そんな顔をしないでくれ」
「あれ、どんな顔してた?」
「他の者の活躍を奪ったら悪い、と言う顔をしていた。何よりも命が大事なのは皆同じだ」
私だったら恐らく一撃で沈められるのでそうしようかと思っていたが、あの三人は私が思っているより強そうだし、皆がせっかくこのような準備をしているなら私がやってしまうのは申し訳ないかもしれない。あまり前に出ないでサポートをしたほうがいいのかな、なんて考えていたらリュカにそれが伝わったらしい。
「……リュカは私の心が読めるみたいだよね」
「君は顔に出やすいんだ。……それに、私たちもそれなりに共に活動してきた。お互いの性格も分かってきただろう?」
「たしかに」
リュカは優しくて親切で、その印象は今も変わりない。ただ、今ならそこに"少し寂しがり"という性格を付け加えられる。
私も人のことは言えないのだけれど、だからこそ分かる。彼も彼で、私が傍に寄ってくることに安心している節があると。……一人でいるより、私と居たいのだと。
「今のうちに言っておこうと思う」
「ん、何?」
「私は君が好きだ。君といると楽しくて、明日が楽しみになる。……君と、これからもこうして冒険者ができたらいいと思っている」
まるで別れを覚悟しているかのような告白だ。この「好き」に恋愛感情がないことは、これまでの彼を見ているのでよく分かる。純粋に、私はヒトとして好かれているのだろう。
「私も、リュカが好きだし……これからも一緒に冒険したいと思ってる」
「ああ。……だから、氷雪竜の討伐は気を抜かないようにしよう」
「うん、もちろん。……私が居れば大丈夫だよ」
本当は竜である私がいれば、死なせることなんてない。だからそんな、まるで死を覚悟したようなことを言わなくていい。そんな思いを込めて言ったのだが、リュカは明るく笑うだけだった。
「君がいて負ける気はしないな」
……じゃあなんであんなこと言い出したんだろう。そんな疑問を抱えながら、私たちは氷雪竜の討伐に赴くことになった。
リュカには竜に襲われた過去を話したら同族みたいに避けられるかもしれないって気持ちがどこかにあるから、別れを覚悟した言葉のように聞こえますね。
でもジン族にこれを言えば愛の告白だと捉えられて大変なことになる。スイラ相手だから言えること、ですね。