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19話 高難易度依頼(※スイラ限定)



 一度の失敗でめげる訳にはいかない。そう思いながら森の中を探し、再び見つけたヴァッハモスの幼虫を捕まえては同じ失敗を繰り返す。

 普段私が魔力で保護して壊さないように触れる物体は、私に対して抵抗してくることがないから壊さないでいられるのだ。これですら最初は苦労したのだから、全力で抵抗してくる、しかも柔らかな生き物に対しての加減なんてできるはずがない。


(だ、だめだこれ……柔らかすぎて、逃げないように捕まえようと力入れるとどうしても潰しちゃう……)


 私は全くこの依頼の役に立たないかもしれない。その事実に落ち込みつつ、一人でやっても無理だと判断してリュカと落ち合う予定だった場所まで戻り、彼が帰ってくるのを待った。



「……スイラ?」


「リュカ……」


「……どうしたんだ、そんな顔をして。何かあったのか?」



 ヴァッハモスの幼虫入りの巨大な袋を背負って戻ってきたリュカに、私は起こったことを伝えた。

 本来、これは難易度の高い仕事ではない。ヴァッハモスの幼虫は糸や粘液を吐いて冒険者を足止めし、その隙に走って逃げるくらいしかしないので命の危険は中々ないし、力も弱いので素手で捕まえてしまえる。捕まえた後は逃げられないように袋に入れた後、口を縛って運ぶだけの簡単なお仕事。

 ただ粘液の臭いは酷いものだし、糸はねばついてとるのが大変で、防護服を着ていないと服がだめになる。汚れ仕事だし虫としての見た目がグロテスク気味なのもあって、あまりやりたがる人間がいないだけ。そういうものだったはずなのだ。



「……どうしても……潰しちゃって……」


「…………君は力が強いからな。そうか、こういう弊害もあるのか」


「役に立たなくてごめんね」



 簡単な仕事もできないなんてと軽く落ち込んだ。やはり竜がヒトになるのは難しいのだろう。ヒトにとって難しいことができても、ヒトにとって簡単なことはできない。形を取り繕っても所詮、竜は竜なのだ。



「いいや、君にもできないことがあっていいんだ。むしろ安心した」


「……安心するの?」


「ああ。今回は私が君の分も働こう。そして、報酬は二等分だ」


「でも……」


「いつもそうしているだろう?」



 働いていないのに報酬を半分に分け合ってもらうのは気が引けると思ったが、そういえば私が活躍した依頼でもリュカとは二等分にしているのだ。

 私はそれを気にしたことはなかったけれど、リュカも今の私のように気が引けていたのだろうか。



「私たちは仲間だ。互いを補いあって活動している。……だから苦楽も報酬も半分で、いいんだ」


「……そっか、うん。分かったよ」



 お互いの苦手をカバーして、分担して、できたことがこのパーティーの成果になる。それが対等な仲間というものなのだと、リュカは言ってくれているのだ。

 私たちは対等な仲間だから、苦手なことがあっても支え合えばいい。出来ないことはリュカに任せていいのだろう。それに引け目を感じる必要なんてなくて、私は私でできることを懸命にやって、お互いに感謝しあう。……それが正しい仲間の在り方なのだ。



「ありがとう、リュカ」


「こちらこそ」



 私が笑えばリュカも微笑んだ。なんだか、私は今ようやく、初めて「パーティー」というものを理解できた気がする。

 捕獲はリュカに任せるとしても私にできることがないかと考えて、リュカの背後でうねうねと動いている巨大な幼虫入りの袋に目を向けた。



「……捕まえたヴァッハモス、私が縮小できたら便利かな? 小さい方が運びやすいよね」

 

「それは可能なのか? 生物だぞ」


「たぶんできると思う」

 


 私の体だって縮小しているが特に問題はない。……いや問題がないというのは健康的な意味であって、周囲に影響を与えないとかそういう意味ではないが。とにかく生命活動に影響を与えることなく小さくすることはできるだろう。



「……重さは変わらなくても、かさばらないなら少し楽だな。大きさの割にそう重たい魔物でもない」


「うん。じゃあやってみるね」



 すでに捕獲された状態のヴァッハモスなら、その場から動けないのでゆっくり魔法を使うことができる。こういうのは丁寧に説明しなければ、精霊がどんな失敗をするか分からないから言葉を尽くす必要があるのだ。



『この袋の中のヴァッハモスを、この両手に乗るくらいのサイズまで小さくしてほしいんですけど、細胞を壊さないように、ダメージを与えないように、同じ姿形のままでいいのでお願いできますか?』


『いいよ』



 闇の精霊が私の声に応えると、リュカの抱えていた袋はみるみる小さくなっていく。袋の余った容量の中でもぞもぞと動いているのが見えるので、とりあえず生きてはいるだろう。

 リュカが袋を緩めて中を確認したところ、問題なく小さくなったヴァッハモスがいたらしい。



「これなら一体ずつ持ち帰らなくても済むな。明日からはもう少し小さめの袋を持ってこよう」


「うん」



 その日はひとまず一体のヴァッハモスを持ち帰り、ギルドに納品した。ギルドに渡せば依頼者の望む場所に配送してくれるらしいのだ。

 なお、ギルド内の魔物引き取りカウンターで縮小していたものを大きくする魔法を見せたらどよめかれたのだが、この魔法に関してはすでに別所でも見せているので隠す必要がない。

 さらにその翌日二体のヴァッハモスを納めた時にはどよめきも減っていたし、翌々日に三体持ってきた時には誰も反応を示さず静かだった。さらにその次の日に四体を納品したら笑い声すら聞こえていたくらいだ。ヒトは慣れる生き物である。


(これが当たり前って顔で普通のことにしていけばいいよね)


 他のギルドでもやって、この魔法を珍しいものではなくすればいいのだ。もし誰かに聞かれたら、闇の精霊に語り掛ける言葉だって教えるつもりである。それなら他の者も使えるし、広まっていけば私は目立たなくなるはずだ。


 四日目には依頼数である十体の捕獲も終わってしまった。私とリュカが共に行動して、私が五感で見つけ、リュカが捕獲、私が小さくして運びつつまた探す――とするとかなり効率が良かったのである。

 ヴァッハモスのいる森と街までは往復四時間かかるため、納品のため街まで戻るという作業がなければかなり時間の短縮ができる仕事だったのだ。



「結局、君の力にかなり頼ったな」


「でも私じゃ完了できない依頼だから、リュカのおかげ」


「……この早さと収穫量は君のおかげなんだから、私たちの手柄だ」


「……そうだね!」



 私たちはこの依頼を通して一つ仲良くなれたような気がする。仲良く、というかパーティーを組んだ仲間らしくなった、という感じだろうか。

 結局二十体のヴァッハモスを納めたところで依頼を完了することにして、ヴェロニカの店に報告に向かった。掛かった日数としては八日だったので、ヴェロニカの期待には応えられたはずである。


 彼女の名刺にあった店は、大通りに大きく構えられた服屋だった。ファッションに疎い私から見てもお洒落な人々が出入りしている店で少し入りにくい。

 リュカと共に入店すると、店員が駆け寄ってきてすぐに奥の部屋へ通される。やたら腰が低くて逆に驚いた。


(なんか、高そうな部屋……)


 しっかりとした応接室だ。直接ソファに座っている訳ではないので分からないが、きっとこのソファも柔らかいのだろう。

 リュカと二人、ソファに腰かけた状態でいるとすぐにヴェロニカがやってきた。



「二人とも、感謝するわ。……ありがとう、おかげで仕事が捗るわよ」


「いえいえ、どういたしまして」



 まず私たちに深く頭を下げてから、ヴェロニカは向かいのソファへと腰を下ろした。飼育中のヴァッハモスの幼体が様々な理由で減っていたので、補充をしたかったのだが受けてくれる冒険者がなかなか見つからず、工場の稼働率が落ちていたらしい。

 これから寒い時期がやってきて服の需要が高まる前に何とかしたかったし、一ヶ月以内に数がそろえば何とか――というところを一週間程度で二十体納品されたので非常にありがたかったと言われた。



「おかげで余裕を持って準備できそうよ。本当に……感謝しているの。ハーフエルフの貴女のお名前、訊いてもいいかしら?」


「私はスイラといいます」


「そう、スイラさん。……ねぇ貴女、私の専属にならない? 素材を集める冒険者を雇いたいと常々思っていたのよね」



 専属の冒険者、と言われて首を傾げた。リュカの方を見てみると、ほんのりと眉間にしわを寄せている。私が見ていることに気づいたら、その皺は消えたのだが。



「……冒険者との直接契約も珍しいことではありません」



 ギルドを通さず直接依頼をする、雇われ冒険者というのもいるらしい。ただ私は彼女の希望に応えられないので、その説明を聞いて無理だと確信した。



「私は一人でヴァッハモスを捕まえられませんし……リュカがいないとまともに生活もできない未熟者ですから、ごめんなさい」


「あら……そうなの。残念ね」



 私は本当に「ヒト」として未熟だ。リュカが居なかったら今頃きっと、まともな生活ができていなかったに違いない。ヒトの常識が分からず、何か盛大にやらかして、追い出されていた可能性も高い。



「貴女たち、とても仲が良いのね。……今後二人が系列店で買い物をする時は割引するようにしておくから、気軽に服を買ってちょうだい。エルフとハーフエルフの二人組なんて、貴女達しかいないもの。スイラさんに私のデザインした服を着てもらえたら嬉しいわ」


「はい、ありがとうございます」


「……では、依頼書にサインを」


「ええ、もちろん」



 こうしてヴェロニカのサインをもらい、私たちはギルドへ依頼書を提出してこの依頼を終えた。今回は私の弱点も分かり、やはり仕事はいろいろとやってみるべきだと学んだし、次の依頼は何にしようかと掲示板に向かおうとしたら受付嬢に呼び止められる。



「リュカさんへ、指名依頼が来てますぅ……」



 リュカへ指名依頼。次の依頼はどうやら、これになりそうである。



慣れたんじゃなくて訳わからなくて半笑いになってただけだと思いますよ。

仲間としての在り方が分かってきたスイラ。

次回はヴェロニカ視点です。



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[一言] まあブチュッっと潰れて虫汁まみれにならなかっただけでヨシとしよう…
[一言] 専属契約……これって半分以上モデルとして欲しがってますよね?w ところで圧縮されたヴァッハモスって密度が増えたぶん頑丈になったり身の丈に似合わぬパワーで袋を破ったりしないでしょうか。それこそ…
[良い点] 異世界系はバトルだったり、貴族の争いだったり戦略だったり色々あって殺伐としていることが多いですが、この小説はほのぼのとしていてとても和みます。 スイラのおっとり加減も! [気になる点] 風…
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