表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/65

17話 ひとやすみ




 いくつかの村や小さな町を通り過ぎて、二週間が過ぎた頃。ようやくギルドのある街にたどり着いた。前のギルドより栄えている大きな街で、ヒトが多く魔物車を何台も見かける。私があれに乗ることは一生ないだろうが、車を引いている魔物にはいくつか種類があり、なんだかアトラクションのようで楽しそうだ。……私が人間くらい軽かったらなぁ。体重制限二百キログラムでも余裕でオーバーするし。



「宿を取ったらどうする?」


「リュカ、疲れてるでしょう? 今日はゆっくり休もうよ」


「……なら、少し休んでから町を散策でもしてみようか」


「うん!」



 私は全く疲れていないけれど、ヒトであるリュカには休息が必要だ。大き目のしっかりした宿で別々の部屋を取り、それぞれの部屋で少し休む。

 とはいえ休憩の必要がない私にはすることもない。リュカが作ってくれた一飲(ひとの)みナマズ(というらしい)の燻製を齧ったり、ここは二階の部屋なので、窓を開けて町の様子を見下ろしたりしていた。


(……なんか通行人にすごく見られるな。やめとこ)


 景色を楽しめれば時間も過ぎると思ったが、窓から顔を出す私が目立つのか何人もの通行人が立ち止まってこちらを凝視してくるのでやめた。立ち止まった人にぶつかっている人もいたし、このままでは危ない。そうしてまた部屋の中に一人でいると、なんだか落ち着かなくなってくる。


(ちょっと寂しいかも。最近はずっとリュカと一緒だったからなぁ)


 小さな村や町では部屋の空きに余裕がなかったため、他の客のことも考えて同じ部屋に泊まった。野営の時は交代で休むけれど、テントはすぐそばにあるし気配が分かる距離だ。

 ここは大きな街で宿もたくさんあるから別々の部屋を取ったのだろうけれど、私としては何か物足りない気がするのである。


(リュカは……友達、とはちょっと違う気がするけど、やっぱり仲間だし。結構仲良くなってきたよね?)


 私はリュカと一緒にヒトの冒険者として活動している今が楽しい。リュカも、私という仲間ができたことは喜んでくれているはずである。心配事が多いとは言われているが。

 現状私を心配するリュカに世話を焼かれる私という構図なので、やっぱりまだそこまで深い仲にはなっていない。もっと仲良くなりたい、と思う。……正体を隠してるから、仲良くなるのが難しいのかな。隠し事があると深い話はしにくいもんね。


(んー……やっぱりリュカと話したいな。リュカの部屋に行ってみようかな……? 寝てるかなぁ)


 それぞれの部屋に入って一時間くらい経過したところで、暇に耐え切れずリュカの部屋に行ってみることにした。しかし実際彼の部屋の前に来ると、休んでいるなら起こしても悪いという気持ちが強くなり、部屋の戸を叩こうと持ち上げた手を下ろす。



「そんなところで何してんだい?」


「え? いえ、なんでもありません」



 突然声を掛けられた。旅人風のジン族の男で、見覚えのない人間である。リュカの部屋を訪ねようとしたけどやはり休憩の邪魔をしてはいけないと思いなおし戻るところだったので、特に用事があった訳ではない。

 自分の部屋の方向に歩き出そうとしたら、男が私の肩に手をかけて止めようとしたようだ。しかし私が人間の力で止められるはずがないので、男の方を軽く引きずってしまい「うおっ」と驚いた声が上がる。



「えと……私に何か用でしたか?」


「いや、まあ。暇なら一緒に酒でも飲まない?」


「お酒……まだ明るいですよ?」



 酒を飲んで酔っ払うにはまだ太陽の位置が高いと思う。日暮れまで二時間くらいはあるはずだ。この世界でも昼から飲んでいる人間は少なくて、やはり酒場は夜に賑わうものである。

 まあ私も先日はゴーンと午前中から飲み勝負をしたのでヒトのことは言えないのだが。



「まあそういわずにさ。エルフでも飲める美味い酒を教えてあげるよ」



 エルフは酒が苦手だと聞いている。この男は、私の少し尖った耳を見てハーフエルフであることが分かったのだろう。

 リュカはお酒が好きではないというし、私は大量に飲めるけれど彼が飲まないなら飲む必要もないと思っている。しかしもし、リュカも楽しめるお酒があるなら知りたい。お酒を飲んでワイワイできれば仲良くなれる、というのはゴーンの一件で学んだばかりだ。



「えっと……それなら……」


「スイラ。……そちらは誰ですか」



 私の背後で扉が開き、寝起きなのか普段より少し低いリュカの声が聞こえてきた。振り返るといつも結んでいる髪を解いて、ラフな格好をしている姿が目に入る。

 寝ぼけているからなのか、私にも敬語で話しかけてきた。無表情で見知らぬ男を見る整った顔立ちからは冷たい印象を受ける。エルフの顔は作り物のように整っているから、表情がないと迫力があってヒトによっては怖いかもしれない。



「あ、リュカ。この人はさっき話しかけてきて……」


「あー! ツレがいるのか! すまないすまない!」



 男は何故か謝りながらいなくなった。勢いよく階段を駆け下りていく姿を見送ったが、何がしたかったのかさっぱり分からない。



「エルフでも美味しいお酒を教えてくれるって言ってたのに……」


「……スイラ。それはエルフを酔わせてよからぬことをしようとしているという意味だ」


「あ、そうなんだ。……私、酔わないからなぁ」



 いわゆる女性を酔わせて連れ帰ろうとする類のナンパだったようだ。けれど私は酒に酔うことがないので、その考えがなかった。たしかに本来酒を飲めないエルフに酒を飲ませようなんて、そういう意味でしかない。……私、本当はエルフじゃないからそのあたりが抜けてたな。



「……じゃあなんでわざわざエルフの飲める酒を飲もうと?」


「リュカも楽しく飲めるお酒があるなら知りたいと思って」



 そういうとリュカは表現に困るような表情になった。嬉しいのを堪えているような、それでいて困っているような、なんともいえない顔である。



「……私のためなのは嬉しい。けれど、知らない人間に気軽について行こうとするのはやめてくれ」


「うん、分かった」


「それで……私に何か用だったか?」



 もうすっかり目が覚めたようで、恰好以外はいつものリュカだ。完全に起こしてしまったことを申し訳なく思い、なんだかバツが悪くて無意識に指先を軽く合わせた。



「えーとね……ずっと一緒だったから、リュカがいないことが落ち着かなくて。用があった訳じゃないんだ、起こしてごめんね」



 おずおずとリュカの顔を見上げると、彼は少し驚いたように片眉をあげた。そして迷うように視線を動かした後、小さく息を吐く。……呆れられてしまっただろうか。



「君に求婚者が相次ぐ理由がわかる気がするな……お互いにエルフじゃなかったら勘違いしているところだ」


「……勘違い?」


「君はかなり好意的に見えるから、勘違いするんだろう」



 好意的に見える、と言われて首を傾げた。好意的も何も、実際私はリュカのことが好きだしそれが態度に出ているだけだと思う。



「私、リュカのこと好きだよ?」


「……そういうところだぞ。……つくづく、私は君の仲間になれて良かったと思うよ」



 苦笑に近い顔で笑っているけれど、リュカは私と仲間になれてよかったと思ってくれているらしい。私も彼が仲間になってくれてよかったと思っているので、同意のために頷いた。



「私もリュカが仲間になってくれて嬉しいから、一緒だね」


「…………ああ、そうだな」


「…………あれ、違った?」


「いや、違わない。……君がいてくれて嬉しいのは私も同じだからな」



 今度は少し楽しそうな顔だ。リュカは普段あまり表情を動かさないことが多いように思うが、最近はいろいろな顔を見せてくれている気がする。気を許してくれている証拠かもしれない。



「次から部屋は同室をとろうか? 私も以前の癖で別室がとれるならとこうしてしまったが、エルフ同士で何か起きるわけもないから必要なかったな……」



 若い男女を同室にしても何も起きないのはエルフという種族のみの特徴のようだ。……実際のところ私はエルフではないのだが、おそらくそのあたりの欲求に関しては同レベルである。

 そもそも私は、異種族であるヒトを恋愛対象として見られるのかどうか不明だ。同族を好きになれないのは価値観の相違の問題であって、私が竜として生まれていることに変わりない。本能的に、ヒトを愛せないという可能性は充分ある。

 私はただ、自分の価値観を否定されない居場所が欲しいからヒトの世界に来た。そしてそれは、叶いつつある気がする。……リュカと居るのは楽しいし、とても気安いから。



「宿代もそのほうが安く済むよね」


「そうだな……なら次からそうしよう。充分休めたし、散策に行こうか?」


「うん! あ、リュカが準備するの待ってるね」


「そうだな、ロビーで…………」



 リュカは宿のロビーにつながる階段がある方に目を向けながら途中で口を閉じてしまった。先ほどの男が消えていった方角だが、今はもう誰もないはずなのに何を見ているのだろうか。



「……やっぱりここで……いや、中に入ってくれ。すぐに準備するから」


「うん、分かった」



 そして私はリュカの部屋で彼が着替えるのを大人しく待ち、支度が終わった後は二人で街に出かけた。

 そしてふと、元の世界なら考えられない状況だと考えた。恋人でもない若い男女が同じ部屋になるなんて――。


(いや、私もリュカも別に若くないね。私、三百歳くらいだもん。リュカも冒険者を二百年してるっていうし……イメージとしてはおじいちゃんおばあちゃんだよね?)


 見た目が若いだけで、中身は全く若くない。三百歳のおばあちゃんと少なくとも二百歳以上のおじいちゃんが同じ部屋にいて問題など起きるはずもない。縁側でほっこりやっているだけである。……たぶん、エルフとはそういう感覚で生きているのだ。

 しかし元の世界の男女の感覚がこの世界のジン族に近いなら、この距離感はまずい。彼はよく「勘違い」と口にするがその通りだろう。自分にそれだけ気を許すなら、特別なのだと勘違いするかもしれない。だからエルフと他人種とでは恋愛観が違って問題になるのだと予想できる。


(エルフがエルフ以外と生きるのって苦労が多いんだなぁ……)


 ならばリュカが私と居て気楽なのは本当だろう。私も似たようなものなので、なんとなくわかる。……私たちは種族が違うけれどどこか似た者同士で、いつかとてもいい相棒になれそうな気がした。




「私は(勘違いしないしスイラの天然たらしにやられた男がいることをスイラにも教えてあげられるから)君の仲間になれてよかった」ですね

リュカは自分なら間違いが起きないと思っている。……ほんとに起きないかどうかは別として。


コメントいただいたので。「人飲みナマズ」が正解です。スイラは「一飲みナマズ」だと思っています。これも偶然音が一緒のタイプの言語です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載はじめました。お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。
マンドラゴラ転生主人公が勘違いを巻き起こす『マンドラゴラに転生したけど花の魔女として崇められています。……魔物ってバレたら討伐ですか?』
― 新着の感想 ―
人族視点 -> 人を呑む ドラゴン視点 -> 一飲みで飲める、一口分 という事ですか
人飲みを一飲みと覚えるスイラさんほんとドラゴン
[良い点] とてもニコニコしながら読み進めました。 天然たらしのスイラさんの人誑しっぷりをばんばんその身で感じてロビーで待っててもらおうとしていや、目を離すと何があるか分からんな……とばかりに部屋の前…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ