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16.5話 エルフの恋愛観




 リュカとスイラはドワーフ族のゴーンから鉱山採取中の護衛依頼を受けた。スイラは人種の差異をあまり分かっていない節があり、他人種の依頼でも気にならずに受けられるようだ。

 しかしエルフは排他的な種族のため、他種族からは高慢というイメージがつき、苦手意識を持たれていることも多い。今回の依頼者であるゴーンも、そんな他人種の一人だった。


(……なんというか、すごいな。ここまでするすると他人の心の内側に入っていけるのは、才能だろう)


 懐疑的、いやむしろ嫌悪すら浮かんでいたゴーンの目にはいまやスイラへの好意しかない。空になったスイラのジョッキに度数の高い酒を注ぎ、それを顔色一つ変えず平然と飲むスイラの姿に惚れ惚れとしている様子すらある。



「エルフなのになんでそんなに腕っぷしが強いんだろうなぁ」


「それは私が純粋なエルフではないからかもしれません」


「混じり者は特出した力を持ってたりするって聞くが見たことなかったしよ……あの話、ホントだったんだな。しかも酒にもめっぽう強い!」



 そもそも他人種と結ばれる変わり者は極少数だ。そして結ばれても、子供ができる確率は同族と比べてかなり落ちる。スイラのような混じり者(ハーフ)は、存在自体が珍しい。特に子供を作る意思の薄いハーフエルフは歴史上でも数える程しか確認されていないうえ、出自のせいかすぐに死んでしまっている。……同族であるエルフから忌み嫌われることに耐えられなかったのだろう、百年程度で自ら命を絶つものばかりだという。


(スイラは心を病んでいる様子もない。……早世することはないだろう。これだけ強ければ、()()の可能性も低い)


 こういった混じり者たちは秀でた能力を持っているとされるが、その力が次代に受け継がれることはない。次代では結ばれた相手の種族に寄った、普通の子が生まれるからだ。混じり者は数自体が少なく、次代に続くこともないから、実際にその力を目の当たりにする人間も少ないのである。


(スイラの力に関しては……謎が多いんだが。腕力が強いように見えるのも、本当は魔力の多さに起因するものなのかもしれない)


 ゴーンが腕相撲勝負を申し出た時、スイラは少し困ったような顔をしてこう言った。



『私が依頼人を傷つける訳にはいきませんから、貴方が私の手を動かせたら貴方の勝ち……という勝負でも構いませんか?』



 スイラの見た目は儚げな少女であり、対するゴーンの腕はスイラの三倍は筋肉で膨らんでいる。それだというのにこの台詞だ。もちろん、ゴーンはいきり立った。

 しかし机の上に腕を差し出されたスイラの小さな手を握ると、彼の表情は一変した。両手を使ってもピクリとも動かない白い腕と彼女の顔を何度も視線が行き来する。



『嘘だろぉ……?』



 リュカとて同じ気持ちであったのだが、そういえばスイラには絶対防御魔法がある。どういう原理かは謎だが、外から加える力で彼女を動かしたり、傷つけたりできないようになっているようなのである。そのせいだろう。

 ここからゴーンの態度はすっかり変わってしまった。スイラの容姿は愛らしく儚げであり、ゆったりとした動作は冒険者では珍しく品を感じさせ、まるで良家で教育された娘のようにも見える。しかしそれでいて驕ることなく物腰が柔らかで、それなのに物理的にも強く酒にも強いというギャップが豪快なドワーフであるゴーンのお気に召したようだった。



「なあ、ドワーフの国に来ないか?」


「ドワーフの国も楽しそうですね、行ってみたいとは思います」



 翌日以降もゴーンは度々スイラへと誘いをかけている。意味を理解していないであろうスイラは純粋に遊びに来るよう誘われていると思って答えているようだが、それが「誘い」を受け流していることには気づいていないだろう。


(嫁に来ないかと言われているはずなんだがな……ゴーンもそこまで本気という訳でもないんだろうが)


 しかしスイラが冒険者をやめて誰かと結婚したいというのであれば、リュカには止める権利などない。仲間の幸福を祝福する気はあるけれど、せっかくできた仲間なのだからもっと一緒に冒険者として活動したい――と、どうしても思ってしまう。


(誰かのサポートに徹するなんて、いつ以来か。……それこそ、同族を失う前ぶりかもしれない)


 冒険者になったリュカは最初から飛び抜けた実力があった。それも当然だ、ジン族の冒険者は三十年も生きていない者が多く、リュカはその時点で五十年は弓を引いてきたのだから、技術に差があるのである。

 リュカが仲間を引っ張り、仲間がリュカをサポートするのが当たり前だった。自分が若造であったエルフの集落とは違って、ジン族の中ではリュカが年長者だ。


(スイラは……若いが私よりも戦闘力が高い。ただそれ以外が……その、なんだ。いろいろと足りないから、支えがいがあるな)


 戦闘面ではスイラが主力、それ以外ではリュカが主力。このパーティーはお互いを支え合って出来上がっていて、居心地がいい。

 スイラと出会い、こうして仲間となって冒険者をやっている。それはリュカにとって、奇跡のような出来事なのだ。この奇跡ができるだけ長く続いてほしいと願っている。

 


「……私より戦闘向きなエルフが冒険者になってくれるなんて、奇跡だろう。肩を並べられる仲間が出来て嬉しいと、思ってるんだ」



 ゴーンが採掘をしている間、スイラと話す機会があったのでその本音を少しだけ漏らした。それを聞いた彼女は、リュカの言葉を肯定するように頷いてくれた。



「私も嬉しいよ。これからも一緒にたくさんの冒険をしようねぇ」



 彼女はまだしばらくリュカと冒険者をしてくれるつもりでいるらしいと直接聞けて、本当に嬉しかった。


 その後、帰り道で出会った危険度Aを軽く超えるであろうマグマスライム。それに襲われたスイラは服を焼かれてしまっていたが、白い肌には傷一つ付いていなかった。しかし服が焼けた分半裸を晒してしまった彼女に、慌てて自分のマントを着せる。

 エルフはほとんど性欲を覚えないとはいえ、他の種族は違う。ゴーンなど彼女の体に視線が釘付けになっていた。……スイラはどうやら着やせするタイプのようだ。普段は幼げな少女のように見えても、女性らしいラインははっきりと出来上がっている。それだというのに羞恥心がないのだから問題である。



「結婚してくれ」



 そう言って両手を差し出し、ドワーフの求婚をしているゴーンに頭が痛くなる。スイラはその手の意味を知らないようで、首を傾げながら彼の手に自分の手を重ねようとしていたが、途中で気づいたのか上げかけた手を下ろした。……そしてリュカも制止しようとした手を下ろした。



「俺は本気だぞ。ドワーフの国にこないか、スイラの嬢ちゃん」


「申し訳ありません、私はまだ冒険者としてリュカと冒険したいのです。……いつか、普通にドワーフの国に遊びに行ってはいけませんか?」



 真剣なゴーンからの誘いを、スイラははっきりと断った。リュカとの約束を優先して、だ。……正直に言えばそれに安堵してしまった。スイラが他の誰かを選ばなくてよかった、と。


(恋愛感情もないのに、そう思うのは傲慢だな。……私も所詮エルフということか)


 仲間を取られたくないだなんてまるで子供の我儘だ。さすがにこれは、自己嫌悪せざるを得ない。……スイラが離れたい、と言った時には素直に身を引くのだと、最初から決めているではないか。

 まだリュカも過去を話す勇気がないのは、この居心地の良さから離れがたくなっているからだろう。もう少し、互いのことを知ったら話そうと思ってはいるのだが――せめてスイラが誰かと結婚するなど何かしらの理由でパーティーを抜けるよりは先に話したい。


(しかしエルフの恋愛観と他人種の恋愛観の違いは教えておいた方がよさそうだ。……私たちと他の人種はまったく違う)


 エルフの恋は、他人種に比べると穏やかなものだと外に出てから知った。他人種は恋をすると肉体関係を迫ってくるし、なんなら恋でなくても迫ってくるので男女を同じ空間に二人きりにしてはいけない。……エルフ同士なら何もなく過ごせるはずの夜に怯えなくてはいけないとは思わなかった。スイラにも教えてやらねば、同じ目に遭うかもしれない。


(私たちにはそういった欲がほとんどないからな……)


 恋をした相手とは、同じ時間を過ごせれば充分に幸せだ。目を覚まして最初に見る相手であり、眠る前に最後に見る相手であってほしい。一番多く言葉を交わし、一番多く視線を交わす相手であってほしい。時には肩を寄せ合って、互いのぬくもりを感じながら二人だけに聞こえるような小さな声で、ひっそりと話がしたい。

 ――と言うとジン族の男には「子供か」と大笑いされるのだが、エルフは全員がこれなのでリュカからすれば他人種の方が理解できないのである。

 まったく欲がないわけではないけれど、それで満足できてしまうことがほとんどなのだ。だからエルフは子供がなかなか生まれず、故郷の集落でも百歳に近かったリュカが最年少であり、次に若いのは四百歳のエルフだった。


 ゴーンと別れて二人きりに戻ったところでそれを教えると、はじめのうちはあまり理解できていなかったスイラも真剣な顔で頷いて「気を付ける」と頷いたので分かってくれただろう。

 リュカとスイラだけなら野宿をしながら寝場所の心配をする必要も、夜に忍び込んでくるのではないかと不安になる必要もない。やはり同族とは感覚が近いので余計な気を張らずに済む。


(全く、気楽な二人旅で助かる。……楽しいしな)


 リュカが簡単な調理をしただけの料理を喜ぶスイラの過去は悲惨なものであっただろうに、それを感じさせないほど彼女は明るい。

 魚を捕ってくるから料理をお願いしたい、と愛くるしく願われてはやる気を出すしかあるまい。


(魚に合うスパイスは……)


 そうしてカバンの中身を確認したリュカの視界の端で、スイラが泉に飛び込んだ。服を着たままで泳ぎにくくないのか、溺れないのかと心配でそちらに目を向けてしばらく見ていると、突然泉から巨大な魚が飛び出してくる。

 全長十メートルを超えた、巨大な魚。人飲みナマズである。このまま落ちてくればせっかく設営したこの野営地がめちゃくちゃになる――と身構えたところで、水面から勢いよく上がってきたスイラがそのナマズを受け止めた。



「魚、捕れたよぉ!」



 水を滴らせながらいつも通りの笑顔で、のんびりと間延びした口調で、自分よりも何倍も大きな魚を掲げている白髪の少女。その光景を理解するのに約十秒。


(……別の意味で寝場所の心配をする必要はあるようだな)


 あまりにも突飛な仲間とのこれから先の旅をほんのり心配しつつ、それでもこれ以上に面白い仲間もいないかと笑って、リュカは魚を捌くために大振りのナイフを手に取った。




スイラが物を壊さないようにそーっと動いている時は、はたから見るとおしとやかに見えます。


スイラはヒトを恋愛対象に見れてないだけなので、エルフとはまたちょっと違うんですけどね。

好きになったらいろいろ違うと思います。


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新連載はじめました。お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。
マンドラゴラ転生主人公が勘違いを巻き起こす『マンドラゴラに転生したけど花の魔女として崇められています。……魔物ってバレたら討伐ですか?』
― 新着の感想 ―
[一言] まあ確かにエルフが恋愛的な意味で肉食ばかりだったら寿命が長い分どんどん増えちゃいますよね。 しかし10m超えのナマズ。ナマズはクセのない白身魚で美味しいことが多いのですが、いきなりそんな量の…
[良い点] 「魚、捕れたよぉ!」のスイラが可愛すぎて頭撫で回したくなりました……状況は可愛いなんて物じゃないですけど…笑 スイラの仕草が周りからはお淑やかに見えるのと同じで、口調も他視点の時はのんびり…
[良い点] 読み始めたらどんどん続きが気になり、最新話まで来てしまいました。 続きが楽しみです。
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