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16話 依頼後のナマズ



「じゃあな、二人とも! エルフにも面白い二人組がいたってみんなに伝えとくから、遊びに来いよー!」



 そう言ってゴーンは帰路についた。このデドラ火山からそう遠くないところに彼の住むドワーフの国はあるらしい。場所や入口の目印も教えてもらったので、いつか遊びに行くと約束した。

 ゴーンの背中が小さくなるまで見送って、私たちも別の方向へと歩き出す。私が登録したギルドのある町とは別の町が目的地だ。あちこちのギルドを経由しながら、色々な場所へ行ってみようという話になっている。

 デドラ火山を離れて深い森の中を行く。私は方向なんてよく分からないけれど、リュカは長く冒険者をやっていて地理の把握が完璧なので、案内は彼に任せている。



「ドワーフの国って地下にあるんだね、面白そう」


「いつか行こう。……ゴーンが無償で道具を作ってくれるらしいからな」


「お酒の勝負で勝っただけなのにいいのかなぁ」


「いいんだろう。ゴーンは君を気に入っているようだから」



 結婚の申し入れまでされたのだから気に入られてはいるのだろうけれど、ゴーンが好きなのは「ハーフエルフのスイラ」で、竜の私じゃない。嬉しいけれど、やはり騙しているようで悪い気がする。ハーフエルフでは珍しくても、竜が大酒飲みで怪力なのは当然だからね。



「……本当にどこも辛くはないか? 魔力の消費しすぎて具合が悪いとか」


「ないよ。リュカは心配性だね?」


「……あれに耐えられる方が尋常ではないんだがな。君はなんというか、計り知れないな」



 そう言いながら安堵したように笑っているので、私が普通でなくてよかったと思ってくれているようだ。リュカは私が強すぎることに「おかしい」と疑う目を向けてくるのではなく、安心してくれるからありがたい。



「でも今日は無理せずに、休んだ方がいい。しかし今日中にたどり着ける村や町はこの付近にないし、どうしても野宿になってしまうな……君がゆっくり休めるよう、宿に泊まれればよかったんだが」


「じゃあせっかくだから飛んでみる? それなら早いかも」


「……私は君に休んでほしいのに、何故魔力を使おうとするんだ」


「あ、そういえばそうだったね。……でも私、野宿好きだよ。ずっと山暮らしだったし、なんなら町についても野宿でいいくらい」



 というかそもそも竜だから、外で寝るのが当たり前だった。最近宿で眠るようになったものの、ヒトの道具の上で普通に休めないので結局魔力を敷いて寝ている訳で、それは外の地面でも同じこと。外でも室内でも変わりないのである。寝ぼけて建物を破壊しないか心配がいらないだけ外の方が気楽かもしれない。



「君が強いのは疑いようがない。眠っている時に魔物に襲われても、傷一つ負わないんだろうから」


「それは、うん。そうだね」


「ただ、人間のいる場所でも襲われる可能性はある。……君は、とても愛らしい容姿をしている自覚がないようだから言っておくんだが、他人種はエルフと違って異性への興味が強い」


「……うん?」



 私の体は精霊に「ヒトが見て不快にならない容姿」を作ってもらっているはずだが、どうやら「愛らしい」と形容されるようだ。

 リュカはまるで幼子に不審者対策を教える親のようなぼかした言い回しでその後も説明してくれたのだけど、逆に分かりにくい。……彼は私が子供ではないことは承知のはずなのに、私が子供のように無知なふるまいをしてきたので同レベルの知識だと思われているのだろう。

 私だって一応男女のそういう機微は知っている。何せ生まれた日に「卵を産んでくれ」と迫られるような竜生を送ってきたので。



「……外で寝ていて、気づいたら知らない男に覆いかぶさられていたら怖くないか?」


「ああ……それは、怖いね。気を付けるよ」



 目が覚めた時に知らない誰かが自分に覆いかぶさっていたら。びっくりして振り払う自信がある。そうすると相手はどうなるか。答えは簡単だ、マグマスライムのように消滅する。

 完全に殺人事件である。なんなら相手は人間なので、現場がスプラッターになる可能性が高い。あたり一面真っ赤に――うん、これは怖い。絶対にそんな事件を起こしてはいけない。



「分かってくれてよかった。私たちエルフにはあまり分からない感覚だが、他の種族は違うからな。……私もこの二百年で学んだんだ」


「……リュカも大変だったんだね」



 エルフというのはどうやらあまり子供を作らないらしい。寿命が長いので、繁殖の意思が薄いというのは理解できる。逆に寿命の短い種族はその短い間に子供を産み育てなければならないから、どうしても欲が強くなる。元世界の人間でも三大欲求に数えられ、本能とされるものだからそれは仕方ない。

 竜である私も子供が欲しいという欲求を感じたことはないし、長命種のリュカもそうなのだろう。そして私たちのような者からすれば、子供が欲しいと迫ってくる相手は困った存在に他ならないのだ。……黒竜とか、黒竜とかね。同族のはずなのに何故あれは子供を作りたがるのか全く分からないよ。



「……まあ、な。君にはそんな思いをしてほしくないから、口うるさくなった。すまない」



 その口ぶりからするに、どうやら彼も無理やり迫られたことがあるらしい。ヒトからすればエルフはかなり美形だというし、死闘のあとの人間は生存本能が強くなると聞いたことがある。冒険者という危険と隣り合わせの仕事をしていく中で、何かあったのは想像ができた。……リュカがソロ活動をしていたのはこれも理由の一つなのかも。



「ありがとう、リュカ」


「いや。……君との旅はその点気楽でいいな。他の心配ごとは多いが」


「あはは……頑張って常識を覚えるね……?」



 つまり、私たちのパーティーでそういう男女間のいざこざは心配しなくていい、ということだ。私は安心して純粋にリュカと友情や仲間としての絆を深められるということである。

 ……まあエルフも子供が生まれない訳じゃないから、全くそういう感情がないということはないんだろうけど。それでも、他の人種に比べれば問題になる確率は低いだろう。



「あ、水の音がする。近くに水場があるね」


「……君は本当に五感が鋭いな。確か近くに泉があったからな、今日はそこで休もう」


「うん」



 音の方向へ進むと、岩場から湧き出る水が流れ落ちて小さな滝の元に水がたまり、小川へと流れ出ている泉を見つけた。綺麗な水で、魚もいるようなのでヒトの飲料にも適している。リュカによるとここは冒険者の休憩場所としてよく使われていたところらしい。



「野営の準備だね、薪を集めてくるよ」


「頼んだ」



 私が薪を集めて戻ってくるころには石を組んだかまどができており、何か触れると音で知らせる仕掛け網もキャンプ地を囲うように張られていた。この仕掛けは動物避けの臭いがするので、引っかかるとしたら魔物だけだ。これで危険を察知できるため、休みやすくなるのである。

 私たちは二人しかいないから、夜の見張り番は二人で交代しながら休むしかない。……正直、私はあまり寝なくても大丈夫なのでリュカにたくさん休んでほしいが、寝ずに動き回ったら怪しまれるのでちゃんとヒトらしく眠っている。



「スイラ、テントを出してくれ」


「うん」



 小さく圧縮していた組み立てテントを取り出し、魔法を解いて復元したら一緒に組み立てる。

 テントは私のポーチにしまっていたので、熱で溶けたり壊れたりしていたらどうしようかと思ったが、ポーチの中見はテントを含めてすべて無事だった。

 しかしよく考えてみればこのポーチは中に入れたものの重さで壊れないようにガチガチの防御魔法を使って頑丈にしてあるので、中身ごと守られてマグマスライムの影響を受けなかったのかもしれない。中身が絶対保護されるなら重要なものはこれに入れておくべきだろうか。



「食料は……魚が捕れそうだな」


「そうだね。……捕ってこようか?」


「……釣るんじゃなくて、か?」



 長年道具を使っていなかったので釣るという発想がなかった私は、リュカに尋ねられてぽんと手を叩いた。なるほどその手があったか。ヒトは魚を捕るのではなく、釣るものだ。



「まあ捕れるならそれでもいいんだが……」


「じゃあちょっと捕ってみるよ」


「……疲れないか?」


「うん。だからリュカは料理、お願いします!」



 食材係は私で、調理担当はリュカ。それが普段の私たちの役割だ。いままで魔物をそのまま食べる以外してこなかった竜の私は、この世界の料理が分からないし、ジジはグルナ草の汁ばかり作っていたし、リュカがまともな料理を出してくれた初めてのヒトなのである。おかげで私は胃袋をがっちり握られてた。



「……分かった、任されよう」



 私が彼の手料理を喜ぶせいか、リュカもなんだか嬉しそうだ。そして私は意気揚々と泉に飛び込んだ。……そしてすぐに巨大な魚と目が合った。


(……なまず?)


 ヒトを丸飲みできそうな、ナマズにも似た頭が大きくひげの生えた巨大な魚。それが牙の並んだ口を大きく開いて突進してきた。水中で身動きがとれない、ということはないので魔力の足場をつくり沈まないようにしてナマズを待ち構え、私に届いたところで口の端を掴んで上に軽く投げた。……ちょっと思ったよりも勢いよく飛んで行ったため、慌てて地上に戻る。

 水辺から上がったところでちょうどよく降ってきたナマズをキャッチして、せっかくリュカが作ったかまどを壊すのはなんとか免れた。



「魚、捕れたよ!」



 成果を見せながらリュカに笑いかけたのだが、その笑いかけた相手はこちらを見つめながらたっぷり十秒ほど固まって、私が首を傾げる頃にようやく瞬きをした。



「……………食べきれなさそうだな」


「あ、そうだね。保存食にできないかなぁ」


「……残った分は燻製にしてみようか」


「うん!」



 リュカが微笑みながらナマズを捌き始めたので、私は濡れた服を乾かしつつ出来上がる魚料理を待っていた。



リュカ、ツッコミを諦めないでほしい。

と言う訳で無事にドワーフの依頼、完了です。

次回はここまでのリュカ視点。

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