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2話 魔法は難しい



 意気揚々と渓谷を飛び出した私はヒトが暮らしている地域へとやってきた。とりあえず目に入った海岸沿いの、それなりに栄えた街を見下ろして、この巨体が人間を押しつぶさないように砂浜を選んで着地する。羽ばたきの風圧で波を起こしてしまわないように飛行魔法だけを使い静かに降り立つ配慮までした。



『はじめまして! ヒトの皆さん!』



 そうして私を見上げる人々に期待を込めつつ挨拶をしたら、全員悲鳴を上げて逃げ出した。取り残された私は唖然とし、そして長い首をがくりと落としながら無念のうめき声を上げる。


(そりゃそうか、生きる大災害が突然現れたらこうなるか……ううん……)


 ヒトにとっては災害が生物の形をしているような存在が竜なのだから、逃げ出して当然だ。しかしここで大人しく待っていたら、害意も敵意もないと分かって交流を図ってくれるかもしれない。


 そんな気持ちで数時間待っていた私の前に現れたのは、完全武装の軍隊であった。全員が死を決意したような沈痛な面持ちで武器を手に取り、恐怖と憎悪の眼差しを私という存在に向けてくるのである。……ああ、敵意と殺意が突き刺さるようだ。



『あの……私、敵意はないんです。攻撃するつもりとかそういうのは……』


「ε§¶Θー!! δΦΔー!!」



 あ、だめだ。瞬間的にそれを悟った。……言語が違いすぎる。

 私に向けて砲弾や、攻撃魔法が飛んでくる。人間で例えるなら羽虫が体にぶつかる程度の衝撃で何も痛くないはずなのに、心が痛かった。



『驚かせてごめんなさい……』



 興奮状態の彼らは話しかけても私の言葉を理解しようとは思わないだろう。ひとまずその場を離れて、別のヒト種の国を目指してみた。どこかに言葉の通じる国があるかもしれないと思ったからだ。

 しかしどこへ行っても人間たちの反応は同じで、言葉も通じない。竜が使っている言語はきっと、ヒトとは全く形態の違うものなのだ。何度か同じ失敗を繰り返した私は結局、ヒト種の里が遠くに見える程度の山に一度腰を落ち着けることにした。


(全然だめだ……竜の姿のままじゃ、どうやったって怯えられる……人間に……なんでもいいからヒト型にならないと……)


 この世界には魔法がある。魔法でなんとかこの体を人間の姿にできないものか。この世界には様々な形のヒト種が存在するのだから、その中のどれか一つにでも化けられたら、きっと。


(魔力だけなら豊富にあるんだからどうにか……)


 魔法を使うためには魔力がいる、というのは大前提として。この世界の魔法とは、辺りを無数に漂っている"精霊"という存在に頼んで、この世の事象を書き換えてもらうものである。

 彼らに対価として渡すのが魔力であり、精霊はそれを元に世界を構築し直してくれている――電気を供給すれば自動計算してくれる計算機のようなものとでもいえばいいだろうか。

 自分の属性の魔法だけなら精霊を頼らずとも感覚的に使えるのだが、他の属性を扱うとなるとさっぱり理解ができないため、膨大な魔力を持つ属性竜と言えど魔法を使うならやはり精霊頼りになる。


(でも竜が人間になる魔法って何属性だろう?)


 私の持つ光の属性は、回復や能力向上(バフ)が得意な属性であり、あとは幻影なども扱える。しかしこの巨体を幻影で人間に見せたとして、実体は巨大な恐竜だ。おそらく体長五十メートル近いこの巨体でヒトの町を歩こうものなら人も建物も破壊しまくることになる。

 体自体を縮めなければならない。魔法ならきっと何か方法があるはず、と思うものの他属性の魔法について詳しくない私は悶々と一人(一竜?)で悩み続けていた。



『白竜』


『……うん?』



 ふと、下の方から何か聞こえた気がして視線を向ける。するとそこには一人のヒトが立っており、逃げるそぶりもなく私を見上げていた。

 白いローブに身を包んだ、老人である。長いひげを蓄え、大きな杖を握りしめているが腰は曲がっていない。種族としては転生前の世界の「人間」と同じもの。そんなお爺さんがたった一人で、人里離れた山奥にぽつりと立っているのである。……もしかして幽霊? と訝しんでいると彼は口を開いた。



『ドウカ、話、聞ク、欲シイ』


『喋った……!?』


『言葉、理解、デキル?』


『分かります!』



 非常に片言で分かりにくいがそれは紛れもなく私が普段使っている言語である。嬉しくなってつい尻尾を振ってしまい、それが背後で木を二、三本なぎ倒した音で我に返った。巨体で喜びを表現してはいけない、災害になってしまう。



『落チ着ク、欲シイ』


『ああ、ごめんなさい。ヒトと話せたのが嬉しくてつい……』



 聞き取りにくいうえに人間の声は小さいため、私は長い首を曲げて頭を地面に近づけた。こうするとその老人のすぐ隣に私の目がある形になる。



『何故、ココ、居ル?』


『ヒトと仲良くなりたいんです。でも皆に怖がられるから、少し離れた場所で……ヒト種みたいな姿になれる方法がないか、考えてるんですけど』



 老人は驚いたように目を見開いて、そして次第に表情を和らげて笑った。そこで気づいたが、彼はその瞬間まで体が強張っていて、かなり緊張していたようだった。

 話しかけてくれたことが嬉しくてあまり考えていなかったが、もしかして竜の生贄に差し出された人とかだったのだろうか。それとも竜と同じ言葉を話せるから、交渉役に選ばれたとか。どちらにせよ、会話のできるヒト種が現れたことは私にとっては渡りに船である。



『ヒト、変化、手伝ウ、デキル』


『え、本当ですか?』


『条件、アル。ココ、離レル』


『もちろんいいですよ!』



 それから片言の老人としばらく話をした。彼は魔法を深く研究しており、私の望みを叶えるために使えそうな知識があるから手伝ってくれるということ。付近の人々が怯えているため、人里離れた場所まで移動してほしいということ。そして移動先へ一緒に連れて行ってほしいということ。

 もちろん二つ返事で了承した。場所にこだわりがあるわけではない。人型に変化する魔法が使えるようになるなら、それで充分だ。



『背中は危ないから、ここにどうぞ』



 老人の体よりも大きな手を差し出すと彼は少しびくりとしたが、私の手の中に納まった。絶対に握りつぶさないようにと気を付けつつ空へと飛びあがる。

 そうして人里を離れ、老人を連れて人間の住む地域からもっと離れた山間部へと降り立つ。ここは周囲を山に囲まれている盆地のようなので、誰かに見つかる可能性は限りなく低いだろう。ついでに黒竜にも見つかりにくそうだ。



『ここでどうですか?』


『イイ』



 老人の許可も下りたので、私と彼はその場所でしばらく共に暮らすことになった。

 さっそく変化の魔法について教えてもらう。彼の話では体を縮める魔法はいわゆる能力低下や呪いの魔法であり、闇属性の領分になるという。その属性を司る黒い竜の顔が浮かんで一瞬辟易としたが、魔法や属性に罪はない。

 ただ闇属性だけでなく、創造が得意な土属性の魔法も混ぜた方が良いと彼は言った。複合魔法と呼ばれる、複数属性を操る魔法だ。



『なるほど、じゃあやってみます』


『精霊、伝エル、難シイ』



 ヒトが魔法を使うのに苦労するのは言語が違うからだろう。魔法研究の第一人者という老人ですら、このように聞き取りづらい片言なのだ。しかし私たち竜は精霊と同じ言語を使っているため、魔法を行使する際の会話が容易である。

 精霊は実体を持たない意思を持ったエネルギー体であり、どこにでも存在しているものだ。この場所にもたくさんの精霊が居て、そのあたりをふわふわと漂っている。そんな精霊たちに私は話しかけた。



『体を小さくして、人型になりたいんだけど頼んでいいですか?』


『うん、君の頼みならいいよ』



 魔法を使うのに必要なのは会話だけである。精霊が頼み事を了承すれば勝手に必要な魔力を持っていくのだ。

 魔力が抜けると共に私の体はみるみる縮んでいく。これでようやくヒト型になれる! と喜んだのもつかの間だった。

 私の体は確かに小さくなった。元の体長から言えば半分くらいである。つまり身長が二十メートルほどの巨人の姿だった。そしてヒトに近い形をしているものの、見下ろした肌はびっしりと鱗に覆われている。


(全然人間じゃないんですが!?)


 これではただの怪物、悲しきモンスターである。そんな私を老人がどこか残念そうな目で見上げてこう言った。



『精霊、伝エル、難シイ』




言葉だけで正確なイメージを伝えるのはとっても難しい。


この世界にはたくさん人の種類があります。エルフとかセイレーンとかですね。

まとめてヒト、人間と呼んでいます。



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新連載はじめました。お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。
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