14話 デドラ火山
「デドラ火山のあたりで採れる、紅結晶が欲しいんだ。しかし最近、あの辺は魔物が多くて……つーかスライムが大繁殖して、厄介でよ」
依頼内容を話しながらゴーンはため息をついた。スライムはゼリーに似た半透明の魔物であり、属性によって色が違うのが特徴だ。そして自属性の弱点以外の魔法攻撃には非常に強い耐性を持っている。
火には水、水には雷、雷には土、土には風、風には火がそれぞれ弱点となる。ちなみに光と闇は相互弱点であり、他の五属性に対しては強い。という力関係で、これは属性竜の関係にも影響している。
(スライムは小さいと属性関係なく倒しやすくて弱いけど、大きくなると面倒になるんだよね。ヒトからすれば)
スライムの体には核が存在し、それさえ壊せば倒せるのだ。そしてその核は物理攻撃に弱いので、小さいスライムなら平たい板でもあれば体ごと潰すことができるし、もしくは体内の核を斬ることができればいいので剣でも突き刺せばいい。小さいうちは普段戦わない一般人でも倒せてしまうような魔物である。
しかし成長して大きくなってくると、属性によっては武器越しで触れるのも難しい状態であったりするため、弱点属性の魔法を持っていない場合は非常に厄介な相手なのだ。
「俺たちドワーフ族は基本的に火か土の魔法にしか適性がないからな。繁殖してるのは火属性のスライムでよ。最近はそのスライム共が増えすぎたのか大きく強くなっちまって、攻撃したらこっちの武器を熱で溶かして駄目にしやがる。でも熱に強い武器を作る素材の紅結晶を集めるには、スライム共を退治して採りに行かなきゃならねぇ……八方ふさがりで、てんで困ってたんだよ」
ドワーフたちも鉄の槌を振り回して戦ったのだが、数匹ならともかく数十匹になると武器の方がだめになるらしい。それ程の熱を発するようなスライムに成長してしまって、手に負えなくなったようだ。それでギルドに依頼を出したという経緯である。
「なるほど。……私も弓でスライムの核を貫くのは得意ですし、スイラは水属性の魔法も使えますから、適任ですね」
「任せてください!」
水属性の魔法なんて使った記憶はないが何とかなるだろう。精霊と話せる私に使えない魔法などない。
ギルドの町から出発して、十日ほど歩いて移動した先に目的のデドラ火山はある。魔物に荷台を引かせる「魔物車」を利用しようかという話だったのだが、私が乗り物に弱いと主張してどうにか徒歩にしてもらった。……だって、私の重さを小さな魔物が引っ張れるはずがない。
私は下に重さを掛けないように魔力の壁の上を歩いているだけであり、生半可な力では横に動かすことができないのは証明済みだ。乗り物には乗れないのである。
「酒には酔わねぇのに、乗り物には酔っちまうのか。大変だなスイラの嬢ちゃんは」
「酔うっていうか……その、怖くてですね」
「ガハハ! 腕っぷしも酒も強ぇのに、可愛いところあるじゃねぇか」
このような感じでゴーンが笑って許してくれたので、徒歩になって心底ほっとした。私が怖いのは人外であることがばれて嫌われることなので、まるきり嘘という訳でもない。
ゴーンが道案内役として先を歩き、私とリュカはそれについて行く形で目的地に向かうことになった。
「空を飛べたら早いんだけどなぁ」
「……できるのか?」
私の小さな呟きにリュカが反応した。依頼人の前では丁寧語を使っているが、こうして二人で会話する時は普段通りの口調に戻るのが仲間っぽくて少しわくわくする。
リュカの口ぶりからすると空を飛ぶ魔法はできないと思われているものなのだろうか。しかしジジがそれを使っているのは見たことがあるので、存在自体はするはずだ。……いや、ジジの魔法は知られていない可能性もあるのだった。あの人は大賢者と呼ばれる存在だったようだから、特別な人間なのだ。
おそるおそる、小声でリュカに確認してみる。リュカなら知られていない魔法を私が使ったとしても全部祖父のせいだと納得してくれるはずだ。
「おじいさんが使ってて……私もできると思うんだけど、珍しい魔法なの?」
「……ああ、珍しいからそれはあまり知られない方がいいな。使える者が少なくて貴重な魔法で……君が権力者に囲われたくないなら、他人には見せるべきじゃない」
「あ、うん。じゃあリュカと二人きりの時にしか使わないようにするね」
権力者に囲われるのは、長寿の生き物にとっては遠慮したいことである。だって、権力者は代替わりすれば思想が変わる。その時自分を重宝してくれるか、疎ましく思うか分かったものではない。私はそんな不確かな居場所が欲しい訳ではないのだ。
そんな私の返答を聞いたリュカは少し驚いたように目を大きくして、どこか困ったように眉尻を下げた。
「私も出会ったばかりなのに、そんなに信用していいのか?」
「え、でもリュカは酷いことなんてしないでしょう?」
彼が優しくて親切な善人なのは疑いようがない。今もこうやって人に見せない方がいいものを教えてくれるだけで、利用しようなんてしないのだから。
私がそう思いながら見つめていると、彼はたじろぐように目をそらした。
「……君は無自覚すぎる」
一体何が無自覚なのか。首を傾げたけれど、リュカから答えが返ってくることはなかった。
十日の旅路では特に危険もなくスムーズに進んだ。出てきた魔物を私が一撃で屠るので、ゴーンは大喜びしていたし、その度にドワーフの皆も歓迎するからと国に誘ってくれたくらいだ。
そうして辿り着いたデドラ火山の麓。見上げた山に緑はなく、赤茶色をしていて今にも燃えだしそうに見えた。……しかしこの山、なんとなく見覚えがあるような。
「よし、ここからは赤スライムが出てくるからな。頼んだぜ、スイラの嬢ちゃん」
「はい、任せてください」
いまから山を登っていくので、その間は私が先頭を行く。ゴーンを間に挟んで殿はリュカだ。背後から方向を指示するゴーンの案内に従って歩き、赤いスライムを見つけたら水の魔法を使って処理をする。
『あの赤スライムを逃げられないように水で閉じ込めて貰えますか?』
『いいよー』
火山帯のせいか水精霊の数は少ないが、私の周囲には契約精霊を除いても数体漂っている。魔法を使うためには一体いてくれれば充分なので、不自由はしない。
赤スライムは水の檻に閉じ込められると、しばらくは暴れているがそのうち力を失くして溶けるように消える。水の魔法には本当に弱いようだ。
「ここまで簡単そうに魔法を使うやつは初めて見たぜ」
「スイラの魔法適性は飛びぬけていますから」
「ほーう。ますます俺たちの国に来てほしいもんだな。ジン族の領域にいるのはもったいねぇよ」
「……それはスイラ次第でしょうね」
そんな会話が聞こえてきたが、またまたスライムを見つけて精霊へと語り掛けている途中だったので参加できない。……というか、本当にスライムが多い。
私も物陰から飛び出してくるスライムを見落として、襲われそうになった。吃驚して側面から飛び掛かってくる赤い塊を見ていたら、風切り音と共に飛んできた矢がスライムの中心部に浮かぶ核を貫き、スライムは矢の飛ぶ方向に流れながら消滅していった。
(スライムの核ってぐるぐる動くんだよね。一撃で正確に貫けるのはすごいなぁ……)
振り返ると弓を構えたリュカの姿があり、目が合うとこくりと頷いてくれた。後ろは任せろということだろうか。……なんだかとっても仲間らしいやり取りが嬉しくて、私も笑顔で頷き返した。
そんな感じでゴーンを護衛しつつ、しばらく草一つない岩だらけの山を登っていく。視界に入ってくる分かりやすいスライムは私が水魔法で、岩陰や窪地に潜んで飛び出してくるスライムはリュカが処理し、問題が起きることなく順調に進んだ。すると斜面に大きな穴が開いているような洞窟が見えてきた。
「おお、そこの洞窟だ。中にもスライムがいるかもしれねぇから気を付けてな」
「はい、わかりました」
洞窟の入り口でちらりと中を覗いてみたが、暗くてよく見えない。ゴーンによると魔法で明かりを灯すか、カンテラに火を灯して進むものらしい。
『あたりを照らす光の玉を作ってもらえますか? これくらいの大きさで、常に私からこれくらい離れた距離に浮かせてほしいです』
『いいよー』
自分でやった方が早いのだが、詠唱なしで魔法を使うのは人間らしくない。精霊に言葉で細かい指定をするのは難しいので身振り手振りを交えて説明する。そうすると想像通りに拳くらいの大きさの光の玉が生み出され、私の手が届くぎりぎり先の位置に浮かんだ。私が手を伸ばすとそこから避けるように先に向かうので、腕一本の長さなら調整もできそうだ。
「明かりの準備ができまし……た」
振り返るとゴーンがカンテラの準備をしながらこちらをぽかーんと眺めていた。リュカはやれやれ、と言いたげな様子でゆるく首を振っている。
「光属性まで使えんのか……。でも治癒以外で使ってるの、初めて見たぜ。いやぁ、ほんとにすげぇな」
「魔法が得意なので……」
魔法で明かりを灯す、というのはどうやら光属性の魔法だったらしい。そういえば光と闇の適性者はとても少ないのだと言っていた。そして光の魔法使いは教会に集められているので、こういう場所で周囲を照らす魔法を使うものなどいないのだろう。
その明かりと共に洞窟の中を進んでいく。やはり中にもスライムはいたが、問題なく処理できた。光の魔法の明かりはとても明るく、隅々まで照らしてくれるので見落としは少ない。
「こいつは本気で誘ってみるべきだな……」
「……スイラはまだ冒険者をやりたいと思いますが」
「そいつはやってみなきゃ分からねぇだろ」
そんなよく分からない会話をしている二人と共に採掘場までやってきた。ゴーンがそこで目的の鉱石を採掘している間、私とリュカは周囲の警戒と護衛である。
「……光属性の魔法ってあんまり使わない方が良いのかな」
ゴーンに驚かれたことを思い出しながら、リュカに小声で話しかける。彼は少し考えるそぶりを見せたが、ゆるく首を振った。
「いや。君が全属性なのはギルドも把握しているから、隠さなくていいと思う。使わない方がいい魔法は都度教えよう。……一応、何か魔法を使う前に確認してくれないか」
「うん、わかった。いつもありがとう」
「…………君に感謝するのは私の方なんだがな」
リュカが私に感謝をしている、という言葉の意味が分からなかった。私はリュカに助けられ続けているが、私が彼を助けているような部分はないように思えるからだ。
理由を問うてもいいものか、と思いながら端正な横顔を見つめていると、翠玉色の瞳は堪えかねたようにすっと横に流れていく。
「……私より戦闘向きなエルフが冒険者になってくれるなんて、奇跡だろう。肩を並べられる仲間が出来て嬉しいと、思ってるんだ」
「……そっか」
リュカは一緒に活動できる仲間が欲しかったのだ、というのはなんとなく察していた。それも寿命のかけ離れていない、寿命差で別れることのない仲間が。
私たちはどちらも同族とは合わなくて集団から抜け出し、それでも一緒に過ごせる仲間を求めていた。そのあたりは似た者同士なのかもしれない。……もっと信頼関係を築けたら、私も本当のことを話そう。そうして心から、本当の仲間になりたい。
「私も嬉しいよ。これからたくさん一緒に冒険、しようね」
「……ああ」
嬉しそうに微笑んだリュカにほんのり罪悪感を抱きながら、私は前を向いた。視線の先ではゴーンが楽しそうにツルハシを振り上げ「うっひょお」と謎の雄たけびを上げていたのでいいものが見つかったのかもしれない。……依頼人が楽しそうで何よりだ。
無自覚に人を誑し込むから困ったものだとリュカには思われている。
私事ですが実は本日一つ歳を取りました。
これからの一年もいっぱい小説が書けるよう頑張りたいと思っています。頑張ります!