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11話 特別な魔法と勘違い



「貴女の周りにはいつも複数の精霊がいますが、その中にかならず光と闇の精霊がいるのが気になりました。その二種類は数自体が少ないので、見かけない場所も多いのに貴女の傍には必ず一体ずつはいますから」



 探偵に追いつめられる犯人のように、私は冷や汗をかきながら言い訳を探した。精霊の見える種族であるエルフに、ずっと魔法を継続して使っていることを隠し続けるのは無理があったのだろう。


(でも竜だなんてバレたら……嫌われるかも)


 ほんの数年前に人を襲いに来た白竜。記憶に新しい災害。賢者によって退けられた悪竜。それが私のイメージなのだ。何も言えないでいる私に、リュカは優しく笑いかけた。



「祖父から秘密にしているように言われたのでしょう? その絶対防御魔法は」


「え……」


「常に防御魔法を張っているのでしょう? だから稲妻牛の突進にもビクともしなかった。ロン少年が貴女の手を掴んだ時も、魔法障壁に阻まれて動かせなかった。……そういうことですね」



 全く予想外の答えを向けられて数秒思考が停止したが、その言葉を理解してすぐこくこくと頷いた。そうだ、そういうことにしよう。私が魔力の壁を張っているのは自分の防御のためではなくむしろ周囲を守るためだが、壁を張っているのは嘘ではない。



「しかし、このような魔法があるのですね。ずっと継続使用できるとは……相当な魔力量があってこそでしょう。もしかして全属性の魔法なのでしょうか?」


「えっと……はい……」


「知られない方がいい、という貴女の祖父の考えを私も支持します。この魔法は、あまりにも特殊で強力ですから」



 ……本当は全く別の魔法なんだけどね。勘違いしてもらっていた方が都合がいいとはいえ、嘘を吐いている罪悪感があった。

 しかし常識的に考えて、竜が複雑な魔法を使って無理やり人型に変形しているというよりも、人間が複雑で強力な防御魔法を使っているという方が自然なのだろう。私の強さの秘密がそこにある、とリュカは考えたようだ。



「ジン族には精霊が見えませんし、集落を出ているエルフはほぼいませんから、ジン族の多い場所で活動していれば気づかれる可能性は限りなく低いです」



 なるほど。精霊が見えるエルフは殆ど自分たちの領域に引きこもっている。リュカのような例外でなければ、私が特殊な魔法を使っていると見抜ける者はいないのだろう。それなら彼が勘違いしてくれている今、よほどのことがなければ私が竜であるとバレる可能性は低――いや、そんなことはないか。そもそもの性能が人間と違い過ぎるから、気を抜けば何かおかしいと思われるのは間違いない。これからも気を引き締めていこう。



「……貴女の祖父は、貴女をどうしても守りたかったのでしょう。貴女がエルフの集落ではなく、ジン族の区域に向かうよう誘導もしていたのではないですか?」


「……そうかもしれませんね……」



 リュカは私が「おじいさん」と言ったジジのことを「祖父」だと思っている。この世界のヒトの言葉も日本語のように「高齢男性」と「祖父」で同じ発音の単語を使うから起きた奇跡だ。

 なんだかいろいろと勘違いされているのだが、否定するわけにもいかず俯いた。嘘を吐くのは落ち着かない。本当は竜なんだと、正体を明かしてしまいたい。


(……リュカは私を人間として尊敬してくれてるって言った。だから、いつか……もっと仲良くなれたら……)


 竜として、本当の自分のまま、受け入れてくれる誰か。分かり合える仲間が、私も欲しい。

 リュカには嫌われていないと思う。私の性格や、価値観は彼に受け入れられているはずである。ただ「竜」という存在を彼が受け入れてくれるかどうかはまだ分からない。



「問い詰めてしまって、すみません。……怖がらせてしまいましたか?」


「いえ、大丈夫です。……私は嫌われるのが怖いだけ、なので」



 そう、私が怖いのはそれだ。ヒトに嫌われること。私は自分がヒトに近いと思っているから、ヒトが好きだし、ヒトに好かれたい。だからそんなヒトに憎まれ、怯えられ、殺意を向けるくらい嫌われることが怖い。



「……少なくとも私は、貴女の人柄が好きですよ」


「!」


「貴女は人として、とても輝いています。自信を持ってください」


「……はい、ありがとうございます!」



 元気づけるように笑いかけてくれたリュカに、私も笑顔で返した。

 私も優しくて親切な彼の人柄が好きだ。彼も私に好感を持ってくれているなら、きっと仲良くなれる。そしてリュカが私の中身を理解してくれた後ならば、竜であることを明かせるかもしれない。


(希望が持ててきた。まずはリュカと仲良くなって、この人に本当のことを話すのを目標にしよう。……あ、でもリュカとはもうすぐ別れるのかな?)


 私と彼は冒険者として仲間になった訳ではなく、指導教官と新人の関係である。指導が終わったら私は仲間を探すことになるようなことを言われた。

 リュカは目立つS級の冒険者なので、目立ちたくないなら私も彼とは一緒に居ない方がいいと思っている。


(別の仲間が出来ても、リュカは私とまだ話してくれるかな。……折角知り合えたし、仲間は欲しいけどリュカとも仲良くしたいな)


 そんなことを考えながら、ププ草を採るために崖を登った。魔力の壁で足場を作れば早いのだが、人間はこういった純粋な魔力操作の魔法を使わないと聞いているから、リュカの前では崖を登ったフリをしなくてはいけないのだ。

 本当の私の体重をかけようものなら掴んだ先から崩れるので、わざわざ魔力でボルダリングのような突起を作って登っているように見せかけている。


 そうして上った崖の途中の土地には、たくさんのププ草が生えていた。それを採り尽くさない程度に採取して、崖から飛び降りる。……もちろん、着地の際には魔力の壁に着地したのでクレーターなど作っていない。触れていないので土煙ひとつ立っておらず妙な光景だろうが、リュカは解体をしていて見ていないから、大丈夫のはずだ。



「……? ああ、スイラ。採取は終わりましたか」


「はい。なので私も解体を手伝いますね!」



 空気を切り裂きながら落ちてきた音に反応して怪訝そうに振り返ったリュカが、歩いて向かってくる私を見て表情を緩めた。

 そのまま二人で稲妻牛という魔物を解体する。肉は防水性のある布に包み、角や毛皮などの素材は圧縮してポーチにしまった。



「スイラ、見てください。魔物からはこのように、魔石が採れることがあります。小さな魔物からはあまり出てきませんが、強力な魔物や大きな魔物からは出やすいですね。これは高額で買い取られるので、覚えておくといいでしょう」


「はい、わかりました」



 稲妻牛からとれた魔石は私の手よりも大きなひし形の、半透明で黄色い石だった。そういえば竜として過ごしていた頃、大きなスライムを食べた時、中心部の堅いものをかみ砕いたら美味しかったので、私は巨大スライムが好きだった。もしかするとあれは魔石だったのかもしれない。

 一年くらいのスパンで大きなスライムが湧く場所があったので、それを食べに行くのが毎年の楽しみだったことを思い出した。……この魔石も噛み砕いたら美味しいかも。ヒトの姿なのでやらないが。



「お肉も大量ですね。腐ったらもったいないし、ロンさんたちに分けたら喜んでくれますかね?」

 

「……それは、喜ぶでしょうね。この肉なら売ることもできます」


「よかった、お土産もできて。じゃあさっそくププ草とお肉を届けに戻りませんか?」


「ええ、そうしましょうか」



 その後、ププ草と稲妻牛の肉を届けたらロンの母親に泣くほど喜ばれた。ロンも大きな肉の塊に目を輝かせている。

 大きな肉にテンションが上がる気持ちは分かる。成長期なのだから、たくさん食べてほしい。



「本当にありがとうございます。何とお礼を言っていいのやら……」


「いえいえ、ロンさんの依頼を受けただけですから。……依頼完了のサイン、お願いしてもいいですか?」


「うん! これ、お礼です!」


「はい、たしかに受け取りました」



 ロンの依頼書に彼のサインをもらった。そして彼のお小遣いが詰まった巾着も手渡される。あとは依頼書をギルドに提出すれば、依頼は完了である。

 ヒトとして立派に仕事をやりとげたのだと、明るい親子の表情を見てとても誇らしい気持ちになった。



「お姉ちゃん、お名前訊いてもいい?」


「はい、スイラといいます」


「スイラさん。……あのね、大きくなったら僕も冒険者になるよ。それで、すごい冒険者になったら……絶対に会いに行くから、それまで待ってて……!」


「分かりました、楽しみにしていますね」



 微笑ましそうな顔をした母親と、笑顔で大きく手を振っているロンに見送られ、リュカと共に歩き出す。報告をするため、そして手に入れた稲妻牛を売るためにギルドへと向かった。



「……スイラ、ジン族と結婚する気はありますか?」


「え? ……うーん……考えたことなかったですね。寿命が違いすぎますし……」



 道中でリュカが唐突な質問をしてきた。何故そんな質問をしてきたのかは謎だったが、それで気づかされたことがある。


(ヒトと仲良くなりたかったけど……恋愛とか結婚とかは考えてなかったな。だって、私は……)


 ヒトではない、竜だから。寿命も違うし、何より力が違いすぎる。相手を傷つける可能性が高いし、子供だって出来ない。

 私はヒトをそういう対象で見ていないことに気づいた。……私の価値観って、本来の人間からも離れてきているのかな。

 


「なるほど。……無自覚は怖いですね」


「え?」


「いえ。……貴女はすぐS級の冒険者になるでしょう。この稲妻牛も、危険度B相当の魔物ですが貴女の手にかかればベビースライムと変わりません」



 なんとなく話をそらされた気がしたが、それで訊きたいことを思い出した。

 そう、冒険者の等級のことである。新人がB級から始まるなんて不思議な慣習だと思っていたのだ。



「そういえば新人ってB級スタートなんですね。一番下のランクがFなのに」


「いえ、本来はF級スタートです」



 驚いてリュカの顔を見つめた。私は登録してすぐB級だったわけだが、これは特別扱いだったということだろうか。……どうしよう、これも周囲に知られたら目立ってしまうのでは。



「ただし登録時に実力を示していれば、階級を上げて登録されることはあります。私もB級からスタートしました」


「へぇ、そういう仕組みなんですね」



 なんとリュカもB級から始めたらしい。ならおかしなことではなく、普通の範囲内だろう。一瞬慌ててしまったが安心した。前例があるなら私が特別扱いという訳でもなさそうである。


(なんだ、普通のことなんだ。よかった!)


 そして稲妻牛を持ち込んだギルドはどよめきに包まれた。……あれ、この牛ってもしかして新人が倒せるレベルじゃない魔物だったのかな。



S級冒険者のリュカが普通な訳ないんだなぁ……。



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新連載はじめました。お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。
マンドラゴラ転生主人公が勘違いを巻き起こす『マンドラゴラに転生したけど花の魔女として崇められています。……魔物ってバレたら討伐ですか?』
― 新着の感想 ―
[良い点] 絶対防御魔法(ただし守られるのはまわりの方)! そもそもの性能が違うからこれからも気を引き締めていこう、と決意した直後に普通はF級からを聞いてびっくりしつつB級開始をリュカさんと同じだから…
[一言] 関わる周りのレベルが高すぎて、結局普通が迷子になってますね。
[一言] 無自覚に少年の心をがっちりつかんでしまった。スイラは罪な女ですね。 スイラの味覚は人間だったころと同じだと思っていましたが、それは記憶によるものであってドラゴンならではの嗜好もあるのでしょう…
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