第6話 神保陽毬は布教中
「あれ? 崎山さんってVtuber好きなんですか?」
翌日、職場休憩室にて。
仕事の仕様上一斉に休憩を取ることが出来ない為、俺は14時前になったタイミングで昼食を済ませると、昨夜ボコられ散らかした刄田いつきの動画を見ていた。
だが徹夜の影響で眠気が凄まじく今にもスマホを落としそうになっていると、ふいに声を掛けられる。
「――え? ああ……神保さん」
「うわー涎ダラダラだ。お疲れですねえ」
神保陽毬は俺が勤務する会社でコールセンター勤務の契約社員である。
歳は俺より3つか4つ程下。茶髪のミディアムストレートにくっきりとした可愛らしい顔立ちと、明るく元気な性格は社内でも好評。
「いや朝方までゲームをしててな、それでまあ、眠い」
「あー分かります。楽しいとつい夜更かしますよね」
「そうそう。社会人にはご法度なんだがな」
流石に配信をしていたとは言えない為、俺は濁した表現をする。
こう言ってはなんだが神保とは所詮知り合い程度の関係、変に広められ上司の逆鱗に触れてクビなんて話になったら全く笑えない。
「何のゲームをしてたか当てましょうか? スタペでしょ?」
「……? 何で分かったんだ?」
「だって刄田いつきと言えばスタペですから」
「刄田いつきを知っているのか、意外だな」
偏見を言うつもりはないが、神保は所謂陽キャラである為、この手の界隈は知らないどころか毛嫌いしているとさえ思っていた。
しかし神保は人差し指を立て横に振ると、こう言うのだった。
「甘いですね崎山さん。昔は偏見も多かったみたいですが、今オタク文化は若者の間で市民権を得ているんです。陽キャでもストリーマーやVtuberの話は普通にします」
まるで俺の心を読んだかのような発言に違和感を覚えたが――社会に忙殺されている内にそんなに世情は変わっていたのか。
「それにスタペは10代の間でも人気ですから。彼女の解説動画は初心者にも分かりやすいで有名なんですよ」
てっきり炎上の件を真っ先に持ってくるかと思いきや、刄田いつきのコーチング力を最初に持ってくる辺り、普通に詳しそうだな。
「ふうん、やっぱり刄田いつきは人気なんだな」
「まーVtuber全体で見たら中堅がリアルな所ですけど、所属している『Virtual Gaming』の中ですとトップクラスですね」
「バーチャルゲーミング?」
「Vtuber事務所の一つです。ゲーム配信を売りにしている所で、オンライン大会でも結果を残している実力派の集まりなんですよ」
「へえ、そういう事務所もあるんだな」
「キャッチコピーは『強くて可愛い』、パソコンゲームの人気も相まって今急速に伸びている事務所ですね」
「無茶苦茶詳しくないか」
「いや、これぐらいは基礎知識ですよ」
「そう……なのか?」
「何なら崎山さんが時代遅れまであります」
「うーん……?」
沼にハマるとはよく言ったものだが、今の若者は皆肩まで浸かってるんだなぁとボンヤリ思っていると、神保が今度は自分のスマホを弄り始める。
そして数秒した後画面を見せてきたので覗いてみると――そこにはピンク色のウルフカットに、青い瞳とキュートな笑顔が特徴的なキャラクターで映し出されていた。
「因みにVGの中なら私の一推しはこの子です」
「……菅沼まりん?」
「3ヶ月前にデビューしたばかりで、登録者はまだ2万人ぐらいなんですけど、軽快且つ豪快なキャラクターで面白いんですよね~」
「普通は有名どころを推しそうなもんだが、まだデビューしたての子を選ぶ辺りガチって感じがするな」
「だから布教してるんですよー、切り抜きでもいいんで見たら感想下さいね」
「この子はスタペをしてるのか?」
「してますよ、今はマーシナリーの2ですね」
今更ではあるが、スタペはエンペラーを除くと8ランクに分けられており、その内訳が【モブ→ブロンズ→シルバー→ゴールド→プラチナ→ダイヤモンド→マーシナリー→ブレイバー】という流れになっている。
そこから更にモブ以外のランクは全て3→2→1と細分化されており、これで如何にエンペラーが凄く、俺が雑魚かが分かるだろう。
「3ヶ月でそのランクは凄いな」
「VGでデビューする子は殆ど最初からゲームが上手い子ですよ。何かしら個性や一芸が無いと事務所も採用しませんから」
「そりゃそうか。実際そんな才能があっても生き残れる保証はない訳だしな」
「その通りです。なのでナニトゾ菅沼まりんに清き登録を」
そう言われると応援してやりたい気持ちに駆られた俺は菅沼まりんのチャンネルを開き登録ボタンを押そうとしたが、はたと手がとまる。
「どうしました?」
「あー……いや、先に刄田いつきから登録しとこうかなと」
「えぇ!? 崎山さん推しなのに登録してないんですか!?」
「別に推しという訳ではないんだが……」
ただ刄田いつきには随分と世話になった。だのに彼女を差し置いて菅沼まりんを登録するのはどうにも気が引けたのである。
まあそんなこと、言わなければ分かることもないのだが。
「登録高評価投げ銭サブスクは推しへの三大義務です。ちゃんとして下さい」
「はい……すいません――三大?」
「でも――いつ復帰するんでしょうね彼女、ファンも心配してますよ」
「ん、ああ……エンペラー事件の話か」
「私は外野の袋叩き程無価値なものはない――という考えなんですけど、当時彼女の配信って最大4万人同接もザラだったんですよね」
4万人など、トップButuberでも中々お目にかかれない数値だ。
ましてやそれで人気に火がついたとなれば――
「野次馬の目に触れ過ぎたことで収拾がつかなくなったんだな」
「そういうことですね。なので復帰した際はいちファンボとして是非とも投げ銭で応援して下さい。あ、勿論まりんちゃんもお忘れなく」
「分かった分かった。まあ、復帰しない可能性もあるかもしれんがな」
「いーや? 案外そうでもないらしいですよ?」
「? 何か情報でもあるのか?」
「そういう訳じゃないんですけど――実は復帰するならこのタイミングではないか、っていう噂が流れてるんですよね」
◯
「――……はい。体調は問題ないです」
『良かったです。スタペはもうプレイされましたか?』
「何度か、ブランクもそこまでなさそうかと」
『分かりました。では週明けから復帰という流れでお願いします』
「了解しました」
『最初はアンチや野次馬が多く来られると思いますが、基本はコメントを読む必要はありません。誹謗中傷が酷い場合もこちらで対応します』
「……ですね。あまり見ないようにしておきます」
『決して無理をする必要はないので、自分のペースで大丈夫です。それと、DM杯の件についてですが――』
「お手数かけますが、参加の方向でお願いしていいですか?」
『分かりました、ではその旨を――』
「ただその、1つ条件が」
『? はい。やはりリーダー枠のことでしょうか』
「いえ、そのリーダーとして、なのですが」