第69話 あまりにも丁寧な0距離射撃
後半3人称視点です
「な、何を言っとるんだあの妹は……」
俺が勝ったら水咲がVtuberになる?
そんな荒唐無稽な話がある訳ないだろう。
(どう考えてもあの台詞は水咲のでまかせではない)
となれば吹き込んだのは間違いなく水咲に園児コスプレをさせたヒデオンさんということになってしまうが――
言い方は悪いが、彼はただのイチ配信者に過ぎない。
大体いくら界隈では有名なLIBERTAに所属していても、Vtuberを抱えているとか、Vtuberに強い事務所ではないし――
「……いや、待てよ」
ヒデオンさんはFPS界隈ではKeyさんと並んでレジェンド的な存在だ。
当然ながら関わりの深い事務所は多くあることだろう。
口利きをするだけなら、一概に無理とは言えないのか――?
(しかも我が妹は意外にファンが多いと聞く)
実際水咲が出現しただけで、俯瞰で見ていても明らかにコメントの速度が上がりまくっているのには気づいている。
もっとmisakuを見せろと、暴動が起きている気がする程に。
(それに……水咲はあまり自分の欲を口にしたりしないが、配信者、特にVtuberに入れ込んでいるのは言わなくても分かる)
憧れから夢へと変わっていても、不思議ではない。
つまりその言葉に、水咲の意思も乗っているのだとしたら――
まあ無論大人の事情が諸々絡んでしまうので、そう簡単な話ではないということだけは断っておくが――
(期間限定……それなら叶えてやりたい気持ちはある……か)
とはいえ、あれだけ小狡い真似をしておきながらヒデオンさんの対Keyさんへの策がただの精神的バフとは思わなかったが……。
「まあ、結局そういうのが一番性に合っていそうなのは悲しいが」
あまり意識していたことではなかったが、どうやら俺は何かを背負えば背負うほど力を発揮出来るタイプらしい。
それは悪く言えば、自分自身の意思で何かをしようという考えは持ち合わせていないとも言えるが――
ただ。
その力は、普段なら決して見えないものが何故か見えてしまう。
「――そう例えば」
前にも言ったが、Keyさんは一見強気に攻めているように見えて、プリエイムを怠らずに詰めて来ている。
だからこそ、初戦の人も俺も簡単にやられてしまった訳だが――
実際は、Keyさんの圧による部分も大きかった。
(戦っている時はピンとこなかったが、やはりヒデオンさんやアオちゃんが言っていた通り、Keyさんは少し強引な詰め方をしてしまっている)
つまりKeyさんの優先順位はあくまで詰めであり、プリエイム、クリアリングは二の次だということ。
故に俺は試合開始から十数秒が経ったタイミングで見張り台へ向かうと、撃たれることなく梯子を使い一番上へと登りしゃがみ込む。
(やはり、一番最初に確認したであろう見張り台はもう見ていない)
つまりこれでKeyさんの圧で判断が鈍る心配はない。
(何故なら見張り台は梯子を登るリスクがあるゆえ使い辛いが――逆を言えば登れさえすれば圧倒的に有利になる)
加えてKeyさんが足音を聞かれぬよう詰めてきているなら――
「いた――――……ヨシッ!!」
想定通り壁際をつたって陣地内まで来ていたKeyさんを見つけた俺は、フルオートで弾の雨を降らせるとまずは1勝をもぎ取る。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
『Gissyの反撃の狼煙が上がったぞおおおおおおお!!!』
『俺達に夢を見せてくれぎしいいいいいい!!!』
「お兄様がカッコ良過ぎる件について~!!!」
その瞬間、異常なまでにぐわっと湧き上がる歓声。
ただ観客は俺とKeyさんが八百長をしていると思っているので、当然素知らぬフリをして盛り上げてくれているのだが――
それにしても演技力というかロールプレイというか……こういうことが平然と出来る配信者は本当に凄いな。
まあ我が妹だけはガチガチのガチなのだが。
(とはいえ、まだ1勝をしたに過ぎない)
それに、二度も同じ手を受けてくれる相手ではないのだ。
当然対策をされる以上、次の手は考えなければならない。
となれば次は――
◯
「す、凄いです! ヒデオンさんに言われた通りの言葉を口にしたら本当にお兄様が勝ちましたよ!」
「え? あ、そ、そうやな……」
水咲もといmisakuは隣にいたデオンに対し目を輝かせそう言うと、彼は少し動揺したような声で返答する。
(いや……勝ってることは勿論ええんやけど、こういう感じになる予定では無かったんやけどな……)
そう。
実はヒデオンがmisakuに口にさせた言葉は、Gissyをバフさせる為ではなくKeyをデバフさせる為のものだった。
(あいつのVtuberの原石への推し活は相当や。何せ時には100万単位の投げ銭も平然とする男やからな……)
加えてKeyは以前EDGEスト鯖を運営する林との会食で話をした際、misakuをかなり推している様子だった。
つまり彼女からそういった言葉が出てくれば、Keyはわざと負けるべきか迷い判断を鈍らせると思ったのだが――
(Gissy君が強くなっても、Key自身の動きは何も変わっとらん)
要するに彼にはヒデオンの心理的デバフは一切効いていない。
となれば――やはりKeyにはスト鯖というエンタメの世界を超えてまで、AceLabに拘る理由があるのか。
「…………」
「……ヒデオンさん、ちょっといいですか」
「ん? どうしたんやアオちゃん」
そんなことを考えていると、若干真剣な面持ちを見せる青山アオが小声で、misakuには聞こえない音量で話し掛けてくる。
「あの、百歩譲って心理的バフはいいんですけど、まさか勝つ為に適当を言わせたとか、そういう訳じゃないですよね?」
「え? そ、そんな訳あらへんよ……」
「ならいいんですが――もしこれでmisakuちゃんの気持ちを弄んだだけでしたら、ぶちのめすだけでは済まなかったので」
「……ハイ。ソレハモチロン」
見たことのない青山アオの圧に、思わず棒読みになるヒデオン。
無論可能であるからこそ提案したのは事実だが――かと言って一切の話を通している訳ではない為、鋭い眼光がやけに突き刺さる。
(と、取り敢えず早めにつのだには連絡を入れておこか)
「あ、2戦目が始りました! お兄様頑張って~!!」
そう恐々としている間に2戦目が始まった為ヒデオンは視線をフィールドへ戻すと、Gissyが勢いよく相手陣地へ詰めていく姿が見える。
「ぎしーさん、今度は大分強気ですね」
「まあいうてARやからな、インファイトに持ち込みたいっちゅう算段は別に間違っては――いや」
特に疑いもなくヒデオンはそう口にしたが、よく見るとGissyはKeyがいる位置とは反対の壁沿いを慎重さもなくグングンと進んでいる。
(どういうことや……? そっちにケイはおらんと分かっとるんか?)
そしてKeyに察知されることなくGissyはKey側のスタート地点まで来てしまうと、相手陣内の見張り台を登り始めたではないか。
「おいおい、何やそのラークみたいな動きは」
「でもこれで完全にKeyさんの裏を取って――」
「お兄様…………――! ナイスです!!!」
結果Gissyは見張り台からM41を構えると、背を向けてしまっているKeyに対し銃弾を撃ち込み難なく2戦目も物にする。
つまりこれでマッチポイント。
準決勝で負けた時のGissyとは、まるで別人であった。
「まさかこんなエグいバフがかかるとはな……」
「……そういえば」
「? どないしたんやアオちゃん」
「いえその、ぎしーさんはAOBでアジア1位の記録を出した時にも、一部から言われていた言葉があって――」
「『ウォールハックを使ってる』ってことやろ」
ヒデオンの発言に対し、青山アオは小さくうなずく。
「正直ぼくはただの妬み嫉みぐらいにしか思ってなかったですけど――でも、今ならそう言いたくなるのも少し分かります」
「…………まあな」
ヒデオンも1回戦を見た時から確信していたことではあったが、それでもKey相手にこれはあまりに読みが鋭すぎる。
正直こんなプロと戦うことになったら、ゾッとする程度には。
(もっと早くFPSに嵌ってたらと、思わずにはいらへん)
だが。
経験の差というものは、そう簡単に追い越せるものではない。
「わっ……! い、今の分かってたんですか……?」
「ここに来てKeyさんが落ち着いた感じがしますね……」
「あやつは昔から窮地の時こそ冷静やからな――」
あれだけ立ち回りを読み、裏をかき続けていたGissyだったが、その上を行く経験からの読みで、今度はKeyがGissyの立ち回りを潰していく。
気づけばGissyの圧勝かと思われた決勝は2-2となり、次勝利した方が優勝という接戦の展開に。
『『『…………』』』
ただのスト鯖内での遊びが、まさかここまで白熱するとは誰も思っていなかったのか、あれだけ声を荒らげていた観客も言葉少なくなる。
何ならこの試合で儲けることなどすっかり忘れ、この試合の行く末がどうなるのか固唾をのんで見守ってしまっていた。
「これ……もうリエルとかどうでも良くなって来ますね」
「お兄様――……!」
そんな空気感の中始まった最終試合。
お互い強気な攻めは見せず、膠着した状態から始まる。
「これは……Gissy君ももう流石に万策尽きたか?」
「ただKeyさんも手の内がある様子はなさそうですね」
「となると――」
「はい」
残すは実力が拮抗した状態での、純粋なエイム勝負のみ。
「……ヒデオンさんはどうなると思いますか?」
「正直全然分からへんな、総合的に見れば流石にケイの方が上やとは思っとるんやが――うおぉっ!」
だがそんな予想を裏切るかのように、Gissyはほんの一瞬ピークしただけのKeyを見逃すことなく、頭に一発銃弾を当てる。
「バフされたんは反射神経もか――」
「というより、確信を持って決め撃ちしたみたいな感じでしたね」
まさに一瞬のミスが命取りとなるような、そんな状況。
ただしそれはGissyに対しても言える話であり、互いに撃って撃たれては包帯で回復し回復され、位置を移動してはまた同様の流れを繰り返していく。
「み、見ていて息が詰まりそうです……」
しかしそんな一進一退の攻防を繰り返していれば弾よりも先に包帯が尽きるのは当然であり、それを皮切りにいよいよ試合は終盤戦へと入った。
「ぎしーさん…………あっ!」
「これは――流石に不味いか……!」
そんな中で先手を取ったのはKey。
Gissyよりも前へ詰めていたKeyは、彼の決め撃ちのミスを逃さず即座に頭、そして胴体に一発ずつ銃弾を入れる。
あと一発でも当たれば負けるという体力。流石にGissyも下がらざるを得ず、しかしそれを好機と見たKeyは一気に詰めていった。
「こ……これまでか――」
「う…………いや! 待って下さい!」
だが一旦下がったかのように見えたGissyは、遮蔽物の裏でその歩みを止めると銃を構えKey迎え撃つ体制を取る。
「逃げたフリをして不意を突くつもりですよ!」
「いや、せやけどKeyも流石にそれは分かっとる筈――」
何故なら遮蔽物の裏で待ち伏せるのは然程珍しいことではない。
つまりそれが分かっているならKeyはGissyのいる位置にそのまま突っ込むのではなく、膨らむように動き遮蔽物の裏を決め撃ちする筈なのだが――
「違う。ケイの奴そのまま突っ込んで決め撃ちするつもりや」
恐らく体力差的にそこまでしなくとも勝てるという算段だったのだろう。
その為Keyは膨らむことなくそのままGissyのいる場所へと詰めていく。
のだが。
その判断は、結局の所最後の最後まで自分が強引なプレイをしてしまっているという証明であることに他ならなかった。
何故なら。
「――――!」
Gissyはギリギリまでその場で待ち伏せていると、あと一歩でKeyに自分の姿が見えるという所で突如オーバーピークをする。
それはKeyの視点から見れば、目と目が合う程の距離でGissyが通り過ぎたように見えたことだろう。
無論反射的にKeyはフルオートでM41を撃つも、その距離感ではGissyの後を追うように撃ってしまっている為銃弾は一発も当たらない。
結果その作り出した僅かなズレでKeyの横に立ったGissyは冷静にストッピング(キャラを瞬間的に止める)すると、Keyの頭にエイムを合わせる。
それは例えるなら、あまりにも丁寧な0距離射撃だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「さ、流石にこれは痺れ過ぎですよ……!」
「やっぱりお兄様は最強ですううううううう!!!!!!」