第66話 闘技場をぶっつぶせ
「ヒデオンさん的に、何が問題でしたか?」
「まあシンプルに受け身になり過ぎたことやろ。ケイからしたら位置は分かっとんねんから、ピークもせず待つ意味がないからな」
「でも普段のぎしーさんならもっと上手くピーク出来たと思うんですけどね」
「まあ不得意なSR戦っていうのもあったと思うで。せやけど俺も不必要に忠告をし過ぎたかもしれん、それは反省やわ」
「いえそれは……ただKeyさん、意図的なのかと思ってましたけど――やっぱりクリアリングが全体的に少し雑でした」
「せやな、もしかしたら思った以上にチャンスはあるかもしれへん」
「決勝は多分武器が変わる筈ですしね」
「――……」
次の試合までまだ少し時間があった為、俺はアオちゃんに促され観客席まで戻ると、何故か俺を差し置いて2人で反省会をしていた。
その姿を見て俺は一瞬呆気に取られてしまったが、同時に悔しさと落ち込みが少し収まったような感覚を覚える。
(……何か、DM杯の時を思い出すな)
刄田いつきを筆頭に、スクリムの後はひたすら反省会をして、皆でああでもないこうでもないと話し合う。
特に俺のミスが多かった時期は当間のように皆俺をフォローしてくれ、改善策を夜な夜な考えてくれていた。
(社会に出てから、あんな経験は本当に無かった)
しがない企業なのもあるにせよ、毎日必死に業務をこなしても褒められる訳でもなく、ただただ新しい仕事が来るだけ。
だのにミスをすれば当然叱責をされる。
とはいえ、それが社会人であると思ってやってきたが――存外そういうものではないということを彼らを見て知った。
(その時から、ずっと意識していることがある)
彼らのような人間でありたいし、彼らのような人の為に頑張りたいと。
配信者の道を辿りたいと思うのならば。
「取り敢えず動きが硬いせいでGissy君らしさが出てへんのは事実やから、次の試合でリズムを取り戻した方がええやろう」
「相手はKeyさんに負けた方ですが、多分エイムはぎしーさんの方が全然上なので、落ち着いてやれば絶対勝てますよ!」
「ああ――分かった。その、二人共ありがとうございます」
「? なんや急にかしこまって。ただ俺は勝てへんとクランとリスナーにボコボコにされるから適当なんてしてられんだけやで」
「全部悪いのはヒデオンさんですけどね……。ぼくは純粋に、Keyさんが相手でもぎしーさんがそう簡単に負ける訳ないと思ってるだけなので!」
「それは流石に買い被りが過ぎるけどな――」
そんな二人のお陰で大分余裕が戻ってきていた俺はそう返すのだったが。
ふいにあることを思い出した俺は、ヒデオンさんにそれをを訊いてみる為にWaveを使って会話を始めた。
『あの、多分疑問に感じてると思うんですけど、何でKeyさんのプレイが雑になる程この勝負に意気込んでいるのか、ヒデオンさん分かりますか?』
『? 何で急にWave使ってそんなこと訊くんや?』
『これはあくまで俺達の想定なんですけど、もしかしたらKeyさんの家を襲った犯人と、この闘技場が関係しているのかと思いまして――』
俺はそう打ち込むと、これまでにあった経緯について、推測を含めてざっくりとヒデオンさんに伝える。
『ふうむ……成程な。確かにこの闘技場に意味があって来てるんやとしたら、ラボが関わっとる可能性は0とは言えん気はするが』
『因みにですがラボさんってどういう方なんですか?』
『いや、よう知らん』
『はい?』
『確かに案件で偶にコラボはするんやけどな、基本はマイペースで自分がしたいと思うこと以外は一切せえへんし、プライベートでも滅多に姿見せへん男なんや。第一配信ですら自分のことは殆ど語らへんやろ?』
『それは……そうですね』
言われてみるとラボさんはかなり特殊な配信者である。
いい意味で配信者らしくないと言うか、これ程までにゲームをすることだけに特化している人も珍しいというべきか。
だからこそKeyさんやヒデオンさんに比べると同接数は落ちるものの、揺るがない固定ファンを多く持ち続けているのも事実。
『ただケイくんはまだ少し交流はあった筈やけどな。せやから何か勘づいてるっちゅうんはまだ理解出来んこともないが……』
とはいえ、そんなイタズラの範疇超えたようなことして1位取っても、ラボに得なんてあるとは思えんけどなぁと、ヒデオンさんはボヤく。
「…………」
仮にKeyさんが優勝を目指すことに意図があるならば、それで騒動が丸く収まるのであれば、俺は負けた方がいいのだろうか。
冷静になった今だからこそ言えるが、極端な話俺が負ける前提でKeyさん全ベットさせるという手はあるにはある。
いくら雑さがあるといえ、現状だとKeyさんが圧倒的有利に違いはない。
それは恐らく、俺のみならずここにいる全員が思って――
(…………あれ、ちょっと待てよ)
最終的な倍率を見なければ分からない、当然そうではあるのだが――
もし仮に、ここにいる観客全員がKeyさんに全額突っ込むようなことがあれば、どうなってしまうんだ?
(ここは運営側が無限資金で作った賭場じゃない。つまりお金の出処は全てラボさんからであると考えていい筈)
となると当然資金は有限、何なら4日目であることを考えたら、ランキングの状況から見ても莫大に吸い上げてるとは考え辛い。
(下手をしたら、ラボさんの資金を大いに削られることになる)
無論全ては推測の話でしかない。
だがもしKeyさんの優勝の狙いが、それなのだとしたら――
(ただそれを八百長も無しに、観客とグルにもならず、ただ己の実力だけで出来る程人の欲を制御するのは簡単ではないと思うが……)
正直若干無理があるというか……まあ1人で出来る限界は当然あるのだが。
ただ優勝に意味があるのだとしたらそれは考えられる。
ならば――
『……ヒデオンさん』
『ん? なんや?』
『例えばの話ですけど、ここにいる観客全員を、決勝で【俺に】全額突っ込ませることって出来ます?』
『は? 何を急にアホなこと……』
唐突な内容にヒデオンさんは意味が分からんと言わんばかりの返答をするが、ややあって俺の意図を察したのか、こう返してきた。
『いや、それが出来たらおもろいかもしれへんな。俺もラボには相当好き勝手やられたし、一発お灸吸えてやりたいと思ってたんや』
『そこに関してはヒデオンさんが悪――いや、兎に角荒れない、何ならエンタメの範囲内で出来る方法はないですかね?』
『まあ確実にやれる保証はあらへんが、やる価値はあるやろ。せやけど、Gissy君に突っ込むなら負けは許されへんくなるで?』
『それはそうなんですよね……』
正直言って俺がその役を担うより、結局はさっき言った通りやられ役になった方が間接的な八百長ではあるが目的は完遂出来る。
ただ懸念として決勝のKeyさんは相当倍率が下げられる可能性が高い。
それだと潰す程までに資金を削るの難しいだろうし……。
後、物凄く個人的なこと言えば、やはりそういう負け方は好みではない。
とはいえ全てが水の泡になるぐらいなら――と思っていると、ふいに現実からこんな声が聞こえるのだった。
「ふぁ……お兄様、まだ起きていたのですか?」
「え? あ、み、misaku――」
『ん……? せや! それや! その手があったわ!』
「は……はい?」