第65話 やられたら
▼Keyさん巧過ぎんだろ……
▼チート使ってると言われても信じるレベル
▼でもこの理不尽さがKeyさんなんだよなぁ
▼寧ろスタペの時が丁寧過ぎるまである
「これは……流石に負けを見越した方がええかもしれんな」
ルーザーズサイドの試合が行われている中、一旦観客席に戻った俺に対し、開口一番ヒデオンさんはそう俺に告げた。
因みにルーザーズサイドというのは1度負けたプレイヤーが移動するトーナメントの山のことで、仮に準決勝で負けた場合は俺もその山に移動することになり、ルーザーズサイドの準決勝に臨むことになる。
とはいえ、当然ながら俺はその山に行くつもりは毛頭ない。
無かった、のだが。
「いいえ、ぼくはぎしーさんを信じますよ」
「無論それは自由や。せやけど1回戦の勝率が仮に80%やったとしたら、ケイ君との試合は10%切るかもしれんのは覚悟した方がええで」
「そ、そんなことは……」
「…………」
アオちゃんはそれでも尚抵抗しようとしていたが、ヒデオンさんの言葉に俺は反論の余地が無かった。
実際あの異様なまでのフィジカルは、お前の小細工など通用せんぞと言われたような気分になってしまっていた。
しかも2戦目も全く同じ突っ込み方で、一発も被弾せず完封。
まあ2戦目に関して言えば、相手も流石にKeyさんが裏をかいてくる筈だ、という読みが外れただけだったが……。
「あいつはな、昔からチームで戦う時は丁寧に頭を使ってプレイするんやが、ソロになると感覚の比重が大きくなるんや」
それこそAOBを配信してた時なんか、結構強引なキルムーブもしとったからな、と語るヒデオンさん。
「つまり……今のKeyさんはセンスが強く出ていると」
「ですが、それだとリスクも高くなりませんか? 確かAOBでキルムーブしてる時のKeyさんって初動死も多かったですし」
「そらそうや。せやけどあの試合を見た限り現状は噛み合っとる。つまりその状態のあやつを無視してまでGissy君に乗っかることは悪いが出来ん」
これは長年Keyさんを間近で見てきたヒデオンさんだからこその台詞だろう。
上振れた時のKeyに、お前が勝てる程甘くはないと。
だがそれを理解してない程、俺も自意識過剰ではない。
だから。
「……分かりました。ここは一旦様子見しましょう」
「ぎしーさん!」
「その信頼は有り難いけど、流石にヒデオンさんの助言は無視出来ない。いくら予想を外し散らかしてるヒデオンさんでもだ」
「最後のは大分余計やろ」
「まあそれに――仮に負けてもルーザーズで勝って、しっかり方策を立てた上で決勝でKeyさんに勝てば3回勝つことには変わりはないしな」
だからここは、一旦賭けるのは中止しようと俺は言った。
「――――……分かりました」
すると無茶苦茶不満そうに、何なら頬まで膨らませるアオちゃんだったが、一応俺の提案に同意はしてくれる。
(とはいえ……対策もクソもないのがな)
となれば色々考えても仕方がない、まずはどれだけ俺がKeyさん相手にやれるのか、それを見極めるのが先決だろう。
対策はそれから考えても多分遅くはない筈。
「はぁーい、じゃあいよいよ準決勝開始だよぉ」
そう考えている内にルーザーズの試合が終わり、熊本ゆあはのアナウンスでいよいよKeyさんとの試合の時間に。
準決勝で使う武器は、SRの代名詞とも言えるkar。
SRはARよりもエイムの精度が要求される武器であり、実はFPSが上手くてもSRは苦手という人も少なくはない。
かくいう俺も、スタペではヒデオンさんに任せた程度には不得意。
(となると、余計に俺に全ベットしなくてよかったかもな……)
ただまあ、KeyさんもあまりSRが得意というイメージはないが……と思いつつ俺はkarを構えると、準決勝がスタートする。
銃声が鳴ったと同時に俺はスタート地点から一番近くの遮蔽物に移動すると、真っ先に6倍スコープで高台の梯子を覗く。
(SRなら、広く見渡せる高台を使うのが一番いいのは当然)
ならばその高台に登るまでの梯子にエイムを置いておけば、手堅く1戦目は取れると踏んだのだったが――
「…………!! ぐっ! あ、あっぶな……」
針の穴を通すかのように、何ならそこしか射線はないのではないかという場所から唐突にピークしたKeyさんに気づいた俺は、瞬時に身体を引っ込める。
だがギリギリ躱しきれなかった銃弾が腕に当たったことで、俺の体力が一気に半分まで減ってしまうのだった。
「くそ、まさかそんな位置をもう気づいて……」
しかし俺は慌てて1試合で10回まで使える包帯を3本使うと、何とか体力を全回復させることには成功する。
「SRと言えばヒデオンさんと思っていたが――やっぱり元プロが不得意な武器なんてある訳ないんか……」
しかもこれで、Keyさんが何処に移動したのか分からなくなってしまった。
前に詰めてきたのか、高台に移動したのか、それとも位置を変えずに俺がピークするのを待っているのか――
「まずい、どれが正解か分からない……」
取り敢えず、左からピークするか? いや、それぐらいならKeyさんは当然読んでる、だったらまた同じ右側から、いや駄目だ……。
考えれば考えるほどKeyさんの考えが見えてこず、同時に俺の思考力もどんどんと悪くなっていく。
(こうなったら……このまま動かずに待っていれば、Keyさんが痺れを切らして突っ込んで来てくれるかもしれない)
足音が聞こえた所で、近接勝負に持ち込めばワンチャン――
だが、その判断はあまりにも甘かった。
そもそも、針の穴を通すかのような射線が見えているということは、Keyさんはこのフィールドの構造をちゃんと理解してるということ。
加えてこの観客の歓声は中々に大きい、実際は思った以上に近づかないとちゃんと足音は聞き取れないのである。
「…………え?」
結果。
足音が聞こえないよう壁際を伝い、距離を意識しながら近づいていたことに気づかなかった俺は、唐突な銃声と共にガクンと身体が崩れ落ちブラックアウトする。
(まさか、俺の陣地内の高台にいたのか……?)
馬鹿な、いつの間にそんな所までと焦る俺だったが、至極単純にKeyさんの圧にやられ、視野が狭くなっていただけである。
だがそんな事さえ気づかない程余裕が無くなっている俺は、何とか1-1に追いつかなければと、今度はグイグイと前へ行ってしまう。
SRで強気に詰めて、どうするんだという話でしかないのに。
「――――いた! よし! 行ける――……クソッ!!」
勝負事でメンタルが弱ってしまうと、往々にしてパフォーマンスはガタ落ちしてしまうものである。
故に、運良く自分が警戒した位置からKeyさんがピークしたものの、落ち着いてストッピングも、エイムも合わせなかった俺は銃弾を胴に当ててしまう。
対して終始落ち着いていたKeyさんは、しっかりとヘッドラインを合わせ、丁寧に俺の頭を撃ち抜く。
あっという間に0-2での決着。
最早語るに値しない、完膚なきまでの敗北だった。
「……すいませんでした。もう少し善戦出来れば」
「いやこれはしょうがないわ。寧ろ全ベットの判断を取らなかったのは賢明でしかないやろ、何なら決勝に関しても最悪――いや」
「…………」
ヒデオンさんの言わんとしていることは分かる。
所詮こんなものはただの遊び。ならば極端な話、決勝はわざと手を抜けばヒデオンさんのマイナスは回収出来るかもしれない。
無論炎上してまでそれをするのかという話は出てくるが――ただ、それ以上に俺はこう思っていた。
(ただの遊びでも、相手が元プロだとしても、こんなに悔しいとは)
シンプルにサクっと、何なら無様に負けたことがただただ悔しい。
それはもしかしたら、知らない間にゲーマーらしくなって来ていた証拠だったのかもしれないが――
だからこそ、俺はそれに対し上手く返事が出来ずにいると、隣りにいたアオちゃんがふいにこんなことを言い出すのだった。
「ぎしーさん」
「……? なんだ」
「どんまい、です! 次は倍返しでGGですよ!」