第63話 正確無比の
ルール自体は、至ってシンプルなものであった。
中央にある、岩で作られた遮蔽物や高台があるフィールドで1v1で撃ち合い、決勝以外はBO3で勝者を決める仕組み。
参加者は常連と新規が半々ぐらいで、4名という多くはない参加者であるが、ダブルイリミネーション(2回負けたら敗退)形式のトーナメントである為、最大4試合、3回勝利すると優勝になる。
参加費は1万リエルと中々の額だが、優勝すれば5万リエル。
費用の割に高いと言える賞金額ではないが、リエルランキングに響く可能性のある額ではある為、俺はポケットマネーからそれを支払った。
「オッケー、じゃあこの誓約書にサインをヨロシク~」
そしてただのメモ帳に書かれた誓約書を確認すると、そこには地下闘技場のことを口外も鳩もしてはいけない、ただし招待をするのであれば以下の条件を満たしていれば――的な内容が書いてある。
まあこれだけ大掛かりなことをして殆ど噂が広がっていないのだから、これぐらいは当然していて当然とは思っていたが――
「だが、こんなの幾らでも改竄出来ると思うんだが信用していいのか?」
「改竄の代償が炎上ならやる意味なくないですか?」
「それは……そうだと思うが」
「それに配信まで禁止にしてる訳じゃないんで~、どうしても心配なら証拠は切り取って貰っていいっすよ」
ていうか私も配信してるし~、と割とどうでも良さげな感じで話す熊本ゆあはを見て、俺は少し意外に思う。
(所詮は遊びの一環、最悪バレてもいい、ということなのか)
とはいえ同意しなければ試合にも参加も出来ない為、俺は同意欄にサインを書くと念の為配信を付けておくことにした。
▼こんな時間に配信とは
▼明日仕事大丈夫なのか?
▼というかここ何処やねん
▼お、これラボが作った地下闘技場じゃね
▼ついにGissyも参戦か、こりゃ楽しみ
するとこんな深夜にも関わらずリスナーがコメントを入れ始め、何なら一部の視聴者はこの場所を知っていたことを理解する。
成程、どうやら俺の視聴者達はちゃんとマナーを守っていたらしい。
まあ鳩は基本的に人気配信者から人気配信者に飛んで行き易いので、弱小配信者である俺所に好んで来たりしないのだろうが。
「んじゃ一回戦はリボルバー対決。武器と防具は右の収納箱に入ってるから、自分の所持品は左の収納箱に全部入れといてねー」
「ああ分かった」
そして一通り説明が終わり、早速一回戦開始の準備となりそうだった為、俺は熊本ゆあはが完全に離れたのを確認してから声を上げる。
「――アオちゃん!」
「はい!」
それに対し、観客席からすっと顔を覗かせてくれるアオちゃん。
「ヒデオンさん、どんな感じだ?」
「取り敢えずボコしておきました」
「え?」
そう言うと彼女は「おい!」とらしくもない声を荒らげてヒデオンさんの首根っこを掴みぐいっと俺の前に差し出してくる。
確かにモロにダメージを受けている顔だが……それ以上にアオちゃんに怒られて明らかに悄気げているような――
「おおぉ……Gissy君やないか……」
「Gissyさんを前にして恥ずかしくないんですか! この……ボケぇ!」
明らかに怒り慣れている感じがしないが、一応ヒデオンさんはアオちゃんのファンボなので罵倒されて割りとショックなのだろう。
まあ喜んでいる可能性も若干ありそうだが。
「アオちゃん落ち着いて――ヒデオンさん、お久しぶりです。暫く見ない間にまたトロールニキに戻ったようで」
「ぐ……い、いやでもな、つ、次は勝てるんや、次こそは――」
「! またダメ男みたいなこと言って――!」
「いや、勝てますよ」
「「え?」」
アオちゃんはともかく、勝てると言っているヒデオンさんが驚くのはどうかと思うが、俺は一つ咳払いをするとこう続ける。
「3回です。全勝するので3戦全額俺にぶっ込んで下さい、そしたらプラスに転じるか、最悪ファームで負けは取り返せるでしょう」
「お前……」
「ただし――もし俺の言った通りになったら貸し1でお願いします。非常に悪くない提案だと思いますが」
「――――……」
大分臭い台詞ではあるが、暴走してしまったヒデオンさんを止めるにはそれぐらいは言った方がいい。
このまま1人でやっていたら確実にやらかす未来しか見えないしな――と思っていると、アオちゃんも俺の発言に呼応してくれる。
「ぼくはぎしーさんを信じているので全額いきますよ。絶対はないですけど、99.9%勝てる勝負に突っ込まない理由がないので」
「…………分かった。ええやろう! その男気見せられて乗らん訳にはイカへんからな、これで負けても文句は言わん! たぶん!」
「そこは絶対っていえ!」
「アオちゃん堪忍やて! 体力無くなる! けど嬉しい!」
と、ヒデオンさんをぶん殴るアオちゃんは最早何かの漫才に見えたが、まあ彼女が見張ってくれているなら約束を反故にはしないだろう。
(さて……これで絶対負ける訳にはいかなくなったな)
一回でも負けたら、その時点でヒデオンさんはどマイナスになる。
まあその時は優勝出来た際の賞金で補填するか、最悪淡路シオリに頭を下げるしかないだろうが――
(――いや、そんなことは考えても無意味か)
勝つか勝つか、それ以外の選択肢はない。
(それに、優勝することはヒデオンさんを救う以外にもメリットがある筈)
だからと、俺はリボルバーと防具以外を全て収納箱へ入れると、ゆっくりとスタートラインに立つ。
(オッズから察するに、恐らく相手の方が実力は下――)
それでも、多分このゲームの経験者である可能性は高い。
となれば地の利は相手の方にありそうだが――
「それじゃあいくよぉ、よ~いスタート!」
そんなことを思っている間に、どうやら投票が締め切られたらしく、熊本ゆあはは合図と共に天井に向けリボルバーを一発撃つ。
それと同時に、観客の怒号がぐわっと湧き上がった。
「さて……と」
相当強気な発言をしてしまったが、一応虚勢ではない。
無論これがスタペだったら流石に勝てるとは言えなかったが、形としてはミニゲームだし、ボムの解除も必要ない1v1と来たもの。
(何ならスキルすらない、つまりどちらかと言えばこれはAOB)
となれば勝機は大いにあるし、もっと言えば相手がそこそこFPSの出来る配信者なら、適当なことは流石にしてこないと考えられる。
(例えば一箇所からしか顔を出せない遮蔽物は殆ど使わないだろうし、加えて相手から見て左手からピークをしてくる可能性も低い)
何故ならEDGEに左利きの機能はないから、左から顔出すと身体を大きく出す必要がある為撃ち合いで不利になってしまうのだ。
(ただまあ、それでも裏をかく可能性は十分ある)
なればまず、確率の高い方に相手を誘導するのがベスト。
故に俺はフィールドの中央まで早めにクリアリングを済ませると、決め打ちをしたように見せかけ遮蔽物の右側(相手から見て)に2発撃つ。
これで俺のエイムは右側に向いていると相手は考える筈。
後は、俺が刄田いつきにされたことをするだけである。
『………………――! しまっ――』
「ドライピークって、やられた方はマジで萎えるよな」
相手はフィールドの形状を理解しているからこそ、ドライピークをしている俺の方にエイムが向くことはない。
つまりそのラグがあれば、俺の置きエイムしている場所が間違っていたとしても、ピークしてくる場所は絞れている為即対応出来る。
「おいおい……!」
「流石ぎしーさん!」
後は一発でヘッドショットが決まれば、まずは1-0である。




