第62話 怪しすぎる世界へ
「というか、こんな所に洞窟があったんだな……」
「マップで見ると全然分からなかったですね」
俺達はヒデオンさん達が洞窟内へと入っていく姿を見た後、足音を立てずにそっと洞窟の前まで辿り着いていた。
外観だけ見ると、何の変哲もないただの洞窟。
だが覗いてみるとその奥には元からあったとは思えない、鉄の素材で作られた堅牢な扉で塞がれていた。
「ダンジョンというより……家かこれ?」
「ストーブが作れるなら住むこともできると思いますけど……でもどちらかと言えば鉱石採掘用の拠点という方が正しそうですけどね」
言われてみるとこんな交流も無ければ効率も悪い場所に、メインで住むのは流石に考え辛いものがある。
となれば、ヒデオンさん達は一旦掘り終わったから、この拠点に鉱石を預けに来たと考えるのが自然だな気もするが……。
「でも10人ぐらいいたのはやっぱりおかしいよな」
「クランは5人までしか入れませんしね。まあどうしても10人で動きたいからクランを2つ作った可能性も考えられますけど」
それは十分有り得そうだが、だとしたらそんな巨大クランが目立たず動いているのは相当不気味でしかない。
そう思うと、途端に俺とアオちゃんの間に緊張が走る。
「…………ど、どうしましょうか」
「え、ど、どうするも何も――」
ヒデオンさん達を見張って、彼らの目的を探り出す?
実際それを知ることが出来れば【シオーリカンパニー】の勢いをより加速させることに繋がるかもしれないが――
しかしあの顔を思い出すと、それはパンドラの箱を開けようとしているのではないかと思ってしまい、次の一歩が踏み出せない。
「こ、ここは、見なかったことにしてファームに戻りますか?」
「そ……そうだな、何なら知らないフリをして偶然を装った方が――」
「あれェ~! もしかしてギシギシとアオ先輩じゃなーい?」
「うぐおおおおおっ!?」
「ヒンッ!」
だがそんな俺達の方向転換を防ぐかのように、突如背後から聞こえてきた声に俺とアオちゃんは情けのない声を上げてしまう。
何をゲームで……と思うかもしれないが、実は日が経つにつれて段々と現実との境目がおかしくなり始めていたのである。
区別がつかないとかそういう話では流石にないが、VRの世界に対し現実に近い感覚を持ち始めているというべきか――
「……って、熊本ゆあは?」
「ゆーちゃん! 何でこんな所に!?」
唐突に【熊本ゆあは】とは何ぞやと思うかもしれないが、彼女はアオちゃんの後輩でありVG所属のVtuberである。
茶色から金色にグラデーションがある、パーマのかかったログヘアをお団子にし、可愛らしいがギャルっぽい雰囲気を放つ女の子。
実は彼女、DM杯で24時間配信をした際に、刄田いつきが俺の成長の為に呼んでくれた練習相手の1人である。
ただまあ、彼女は煽りの達人みたいな所があるので、ボコられまくった俺は若干苦手意識があるのだが――
「こんな所にって、私は受付嬢みたいなことをしてるんですよぉ、ていうかアオ先輩も招待されたから来たんですよね~?」
「……?」
「――……」
熊本ゆあはの言葉の意味がよく分からず疑問符を浮かべるアオちゃんに対し、俺はこれはもしかして……と思い始める。
(多分、彼女は俺達が招待客だと勘違いしている)
つまりここは拠点などではなく、限られた人間しか知らない、入ることの出来ない特別な場所だと言ってしまっているのだ。
ならここは、それに乗っかってしまった方がいい……か?
「いや――そうなんだ。実はヒデオンさんに良かったらやらないかと言われてて……丁度ファームもキリが良かったから来させて貰ったんだよ」
「あ――……そ、そうだよ! ただ場所がここでいいのか自信が無かったから、ちょっとうろうろしちゃってさ」
「なるほどん、確かにここ分かり辛いよねー。まあまあ、そういうことなら付いてきちゃってよ、私が案内してあげるから~」
すると全く疑う様子もない熊本ゆあはは、そのまま洞窟の中へと歩き出したので俺達はその後をついて行く。
案外こういうのって、上手く行くもんだな……と思いながら俺は口裏を合わせてくれたアオちゃんにサムズアップをすると、綺麗なウインクを返された。
「たださ~、パパも流石に誘い過ぎかなって気はするよね~、負けが込み過ぎて何とか巻き返したいんだろうけどさぁ」
「パパ――……そんなに上手く行ってないのか?」
「望みの薄い勝負をやり過ぎって感じ? 噂によるとクランの金庫にも手を付けたらしいから後に引けないみたいだけど」
と、訊けば何でも喋る彼女から出てくる言葉は、聞けば聞くほどギャンブルの香りしかしてこない。
どうやらこの先には、中々エグい世界が広がっていそうだなと思っていると、熊本ゆあはがロックを解除し扉を開く。
すると、目の前に広がっていたのは――
「これは……闘技場?」
円形に作られた観客席に、その中央でプレイヤーが剣――ではなく銃を持ち、遮蔽物を盾にして撃ち合う姿。
そして多いとも少ないとも言えない観客、もとい配信者が声を、怒号を上げてその勝負を応援しているのだった。
「この地下闘技場は最初からあったんだって。多分運営の遊び心的な? それをラボちんが見つけて賭けも出来るサバゲー会場に改造したらしいよ」
「ラボ――?」
「オラァ! イケイケイケイケ!!!! 殺せェ! いてもうたれェ!!」
「ちょ――」
聞き捨てならない名前に俺は思わず反応してしまうのだったが――それ以上に野蛮極まりない叫び声がそれを遮ってしまう。
「うわ……ヒデオンさん……」
そして溢れる、アオちゃんのドン引き丸出しの声。
まあ俺もその気持ちは痛い程分かるというか、これがゲームで本当に良かったなと心からそう言えることだけは間違いない。
(とはいえ、まさか配信であの姿を晒しているのか……?)
だとしたら相当不味いというか――クランのお金にまで手を付けてあの破滅まっしぐらな感じは下手したら炎上しそうな気もするが……。
「ヨシヨシヨシヨシ! 後一発やろ! 胴にでも当てたら勝てる! イケ! 勝てる筈や! ――……! あ、あああぁ……」
「…………」
「じゃあそろそろ説明しよっかー、一応賭ける側ってことでいいんだよね?」
「? ――……いや、詳しくは聞いてないんだが、もしかしてプレイヤーでも参加することが可能なのか?」
「んー参加費は払ってもらうけどぉ、プレイヤーでも全然おっけーだよ。何なら勝ち続けたら賞金も出るしねー」
「そうか……ならアオちゃんは、一旦ヒデオンさんの所に行って貰っていいか?」
「え? じゃあぎしーさんは――」
別に悪いのは何処まで行ってもヒデオンさんでしかないのだが、俺は彼にはとてつもない恩義がある。
そんな恩人が、こんな怪しさしかないような場所で養分にされた挙げ句、最悪炎上なんてしてしまうのはあまりに忍びない。
ならば。
「ああ、俺はこの闘い――プレイヤーとして勝つよ」




