第61話 それぞれの思惑
「え? これって――」
「うーん、思ったのとは違う結果になりましたね~」
「まあでも……一応仕掛けることは出来たんじゃないですか?」
日付が変わって3日目、というより4日目。
いよいよスト鯖も折り返しに入った所で、俺達はこのEDGE内で何かを起こそうと企む犯人に対し挑戦状を叩きつけようとしていた。
その手始めとして行ったのが、リエルランキングで1位を取ること。
最終日前日以外は全てプレイヤーネームが表示される為、俺達は1位を取り続けることで圧を掛けようと試みたのである。
故に傭兵業務を含めたボスの周回分、そして淡路シオリの無限ファーム分、更には豪農青山アオの布の一部販売で手にしたリエルを全て淡路シオリの、【シオーリカンパニー】の共同金庫へとぶち込んだ。
(正直これは、大差で1位になってもおかしくない)
無論50万リエルはアオちゃんが入ってくれたのが一番大きな要因ではあるが、3日目でこの金額は相当な自信が俺達にはあった。
故に俺達は一旦配信を切って、発表を座して待っていたのだが。
蓋を開けてみると、想定とはまるで違う結果だった。
【第3位 Itsuki_hata 215000LEL】
【第2位 AceLab 500000LEL】
【第1位 Shio~ri 512330LEL】
「2位との差があまりに無さすぎますね……」
「……いつきさんのクランは割りと真面目にボス周回をしてる筈だよな。となると本来の上位のボーダーは20万前後……」
「いや――この時点ではまだクランで一箇所にお金を集めていない可能性があるので、これが全てとは言えないかと」
言われてみればクランを組んでいても、集計は各々が持っている金庫からしか金額が算出されない仕組みになっている。
つまり全員が持つお金を一纏めにしていなかったら、正確なクラン単位での金額は分からない訳だが――
「ただ、それでも本来は大差だと思うけどねー」
「じゃあつまり……ラボさんもぼく達と同レベルのことをしている、という話になるんでしょうか?」
「ううん……でもラボさんってクランを作ってるとか、ボス周回してるとか、そういう話は聞いたことがないような……」
確かにAceLabことラボさんの話題というのは、同じくソロでプレイしているKeyさんとは違って全く聞いていない。
まあそのKeyさんは今は行方知れずなのだが……。
何ならラボさんはスト鯖に参加していなかったのでは? と思うレベルだったので、この突然のランクインはかなり意外だった。
「しかも50万リエルジャストっていうのがまたミソだよねー」
「……どう見ても全額金庫に預けてる感じじゃないですよね」
「となると、全てを合わせたら抜かれている可能性も……?」
「――俄には信じられんけどな」
ボスも周回せず、商人もやらずしてこんな金額など稼げる筈がない。
それでもあるとしたらエンタメを提供する以外にないが、前述の通りラボさんがそんなことをしているという話も一切聞いていない。
考えれば考えるほど謎は深まるばかりで、俺達は思わず黙ってしまっていたのだったが――最終的に淡路シオリがこう言うのだった。
「まーでも、予想とは違いましたけどエースさんが1位なのは悪くはないですけどねー、極論わたし達でなくても犯人さえ上位に入らなければいいので」
それはその通りではある。
おまけに配信者界隈でKeyさんヒデオンさんに次ぐ人気を誇るラボさんなら、安心して上位争いを任せられると言ってもいい。
(ただ――なんだろうなこれは)
ラボさんの参戦は彗星の如く現れたというよりは、底に潜んでいたのがヌルリと這い上がってきたとでも言うべきだろうか。
そんな感覚が、どうにも俺はしてしまうのだった。
◯
それから。
24時間以上起きていた淡路シオリは流石に眠気が限界だということで落ちた為、俺達は配信外で活動を再開することに。
やはりあれだけ1人で頑張ってくれたのだ。彼女の秘めたる恐ろしさを抜きにしても、じゃあ俺達も寝ますなどと薄情なことは流石に言えない。
(まあ俺と神保さんの明日の仕事は死んだも同然だが)
そういう訳で神保さんもとい菅沼まりんはアオちゃんの畑の強化へ、俺は【シオーリカンパニー】の現状について教えるのと、元々の予定だった栽培の自動化の為にアオちゃんと雪山ファームをしていた。
「にしても――まさかまたぎしーさんと同じチームというか、クランになれるとは思いませんでした!」
「そうだなぁ、しかもまたお世話になりまくってるしな」
「そんなことはないですよ。それにぼくは役に立てることが好きなので、その方がこう――やる気が出るんですよね!」
そう言ってニコニコとしながらブレーカを使ってズガガガと岩を削る姿は妙にシュールであったが、それはそれで可愛らしいので良しとする。
「ですので1位を維持する為にガンガン布を売っていきますよ! ――まあでも、ぼく的にはぎしーさんのカッコいい所がスト鯖でも見たいですけど」
「へ? 格好いい……?」
突然よく分からないことを言い出すアオちゃんに俺は頓狂な声をあげてしまうが、彼女はキラリと光る瞳を俺に見せるとこう続ける。
「そうです。ぎしーさんは普段もカッコいいですが、銃を持った時は更にギャップがこう……どんな女の子でも落とせる異次元さが出てくるので」
「まあ意味は分かるが、その言い方はややこしいな……」
要するに、FPSをしている時の俺はイケてると言いたいのだろうが。
とはいえ……彼女はいつものファンガムーブが炸裂しているだけな気がするので、話半分に聞くのが無難ではある。
無論嬉しくないと言えば嘘にはなるけども……と思っているとふいに空が橙色に染まり始め、EDGE内が夕暮れへと差し掛かった。
「おっと、そろそろ焚火をしないとまずいな」
「あ、そうでしたね。夜になると気温が下がって体力の減りが早くなるので、では焚火デートと洒落込みましょう」
と、ニヤニヤとご機嫌そうに言うアオちゃんに少しドキリとするが、ふいにこの彼女に振られたヒデオンさんの顔が浮かび冷静になる。
(そういえば、まだヒデオンさんとは一回も会ってないな)
あれぐらい社交的な人なら確実に好立地な場所に家を建て、当然クランも組んで自由奔放に交流していそうなものなのに。
というかトップストリーマーが挙って行方不明過ぎないかと思いつつ、俺は焚火に手をかざしていると、ふいに彼女が「あっ」と声を上げた。
「何だ? どうした?」
「いえその、あそこにプレイヤーが……それも沢山いたので」
「んん? ――……ホントだな」
アオちゃんの視線の先に目をやると、確かにいくつかの人影が見える。
それも1人や2人などではなく、恐らく10人前後。
当然平原であればいくらでも見受けられる景色だが、この殆ど人がいない筈の雪山で、しかも夜に差し掛かるこの時間帯は奇妙でしかない。
「何をしてるんだろうな」
しかしこの距離では夕暮れなのもあってうまく視認出来ない為、俺達はAKMに取り付けた6倍スコープでその様子を観察する。
するとご存知ない人もいるが、名前を知っている配信者が何名か、何やら洞窟みたいな所へ続々と入っていく姿が見えるのだった。
「隠しダンジョンでもあるでしょうか……?」
「でもそれにしては表情が何か――……!」
「ぎーさん?」
「……ヒデオンさんがいる」
しかも何故か、異様なまでに深刻そうな表情をして。




