第59話 無自覚系豪農Vtuber
「お? アオちゃん」
「アオ先輩じゃないですか」
おさげの青髪に少し幼さも感じる可愛らしい見た目と、舌っ足らずな明るい声。
それは何処からどう見ても、青山アオ以外の何者でもなかった。
「わぁ! やっとぎしーさんに会えました! それにまりんちゃんとシオリさんも――もしかして一緒のクランなんですか?」
「そうだよー、アオちゃん久しぶりだねえ」
「はいお久しぶりです。ええと、最後に一緒に遊んだ――というより、V王の時以来でしたでしょうか」
「それで合ってるかなー、あの時はいい勝負だったねえ」
V王とは『Vtuber王座統一戦』のことであり、ハイレベルな闘いを制してきたVtuberだけが参加出来る人気大会の一つである。
詳しく話すと長くなってしまうので割愛するが、昨年優勝争いをしたのがこの2チームで、接戦を制したのが淡路シオリだった。
DM杯だけでなくV王と、ひとたび大会に出れば注目され結果も残してしまうのがやはり彼女の恐ろしさ。
もしかしたらそういった揺るぎない実力的な部分も、彼女に自ずと従ってしまう要因なのかもしれない。
「あれは悔しかったですけど、でも今年は負けませんからね! ――と、それはいいんですけど、もしかしてボスに挑んでたんですか?」
「ああ、丁度今【ガンエレファント】を倒した所だな」
「おお、それは凄い! 流石はぎしーさんですね!」
「いやいや、そこは俺だけじゃなくて皆のお陰なんだが――」
謙遜ではなく事実として、3人で力を合わせて何とか勝利したに過ぎない為、俺ははっきりと明言しておく。
まあ彼女は俺のガチファンボという奇跡の存在なので、するっとこういう言葉が出るのは仕方がないのだが――
「ところで、アオ先輩もボスに挑むつもりだったんですか?」
「いや違うよ? 農業をやってるんだけど規模がおおきくなってきたから、栽培と収穫を自動化したいなと思って素材を集めにいってるとこ」
「ん――ああそうか、だからダウンを着て」
雪山はダウンを着用していても体力が減る為、砂漠同様住むには不向きなエリアなのだが、その分平原よりも圧倒的に鉱石が多いらしく、銃火器製造やアオちゃんのように電気設備を構築する為に登る人もいるのだとか。
「平原エリアはすぐファームされて中々鉱石が取れないので……少々リスクがあっても登るしかないんですよね」
「そりゃまた――……あれ、ということは」
「アオちゃんもしかしてソロでやってるのー?」
「はい。実は用事があって出遅れてしまって……でもせっかくのイベントなので何かしたいなということで商人をしたいなと思っています」
確かに商人ならソロであっても十分成り立たせることが出来る。
ただその分地味な作業であることは事実で、コレジャナイと思ってしまうと中々続けられず引退を余儀なくされるのだが――
「1人で電気設備まで考える程大きく出来るなんて凄いな」
「いやあ、ぼくはこういうコツコツやるタイプの作業が好きなので――あ、もし良かったら見に来ませんか?」
「ほう、それはいいな」
そう言われて見に行かない、というより純粋に興味がそそられた俺達は、さっとボスの物資を漁ると、アオちゃんの農園にお邪魔することに。
農園は、場所で言えば南西の海岸沿いに位置していた。
俺達のいる好立地のエリアからは離れている為、殆ど人が見受けられず少し物悲しくはあったが、恐らく近くに湖があるから選んだのだろう。
一体どんな感じなのだろうかと、恐らく俺だけでなく菅沼まりんや淡路シオリも軽い期待感を持って向かったのたが。
「――――え? で、でっかぁ……」
「こ、これを本当にアオちゃんが1人で……?」
「わー、これはとんでもないですねえ」
イメージするとすれば、田舎でよく見る広大な田畑というべきか。
見渡す限り一面に、数えきれない程の作物が植えられており、それは恐らく一回の収穫で数万は固いレベルの量になっていた。
「メインは布を作る為の麻と葛ですね、布は武器や回復系を作る上でよく使われるらしいので――あ、後服も売りたいんですけど」
「…………」
「野菜類のエリアもありますが、あんまり需要は無さそうなので主に自分用――たぶん包帯の設計図が入れば多分野菜は止めますね、それと海岸沿いは自動釣り機を並べてますが、魚というよりは設計図狙いで――皆さん?」
「「「…………」」」
あまりの凄さに、開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。
一体どれだけの時間を掛けたのかは分からないが、それでもここまで徹底的に農業に従事した配信者は1人もいないだろう。
真面目にコツコツとやれる、アオちゃんだからこそ為せる業。
豪農と呼ぶに相応しいVtuberの姿が、そこにはあった。
(――だが、これは間違いなく狙われそうだ……)
彼女が自分の口で言った通り、布の需要はかなり高いのである。
これらをまともに販売し始めたら、瞬く間にアオちゃんの資産が膨らみ上がるのは言うまでもない。
つまりリエルランキング上位となり得る存在を、菅沼まりんやKeyさんを襲った犯人が放っておく筈がないということ。
(もしアオちゃんの農園が補填も出来ない方法で荒らされたら、流石に俺も穏やかではいられないかもしれない――)
というか、仮に補填されてもこの修復は相当骨が折れるだろう。
なれば絶対にどうにかしなければと――俺はぐっと気持ちが入ってしまっていると、すっとアオちゃんの前に立った淡路シオリがこう言うのだった。
「アオちゃんもし良かったらだけどー、わたし達のクランに入りませんか?」
「えっ?」
しかしそこは流石淡路シオリ。
恐らく俺と同じ考えに至っていた彼女は、アオちゃんに手を差し伸べると即座にクランへの加入を勧めていた。
あまりにもナイスな判断に、俺は思わず声を上げそうになる――
だが、意外にもアオちゃんは少し困ったような顔を見せた。
「うーん……凄く嬉しいお話なんですけど。その、実はぼくスト鯖の期間は安定して時間が取れないかもしれなくて、入っても迷惑が――」
「いや、その心配は一切ない、時間で言えば皆ずっと出来る訳じゃないからな。勿論ソロでやりたいなら無理強いはしないが――」
「いやいやいやいや! 一緒にやれるなら普通にといいますか、ちょーぜつに嬉しいんですけど……でもぼくなんかで大丈夫でしょうか……?」
農園だけじゃ、そんなに役に立てるとは――とアオちゃんはモジモジしていると、すかさず菅沼まりんがこう説明を入れる。
「いやアオ先輩、自覚が無いようならお教えしますけど、はっきり言って先輩はこっちから頭を下げるレベルの存在ですよ」
「へ? そ、そうなの……? てっきりこれぐらいのレベルなら他にもしてる人はいると思ってたんだけど……」
「絶対にいないです先輩。悪いですけどこのレベルの量の布を平均より安い価格で売ったら、間違いなく布市場の支配者になれます」
「そ、そんなに……?」
どうやら自分がそこまでのことをしていたとは思っていなかったらしく、アオちゃんは少し唖然と顔を見せる。
だがその言葉が後押しとなってくれたのか――くっと意を決した表情になった彼女はこう言ってくれるのであった。
「で、では……ぼくで良かったらぜひ入れて下さい! あの――ホントを言うとずっと1人だとちょっと寂しかったので」
「そりゃ勿論、こちらこそ【シオーリカンパニー】にようこそだ」
「アオちゃんなら部長待遇ですよー」
「え? ――まあ流石にこれは文句の言いようがないですけど……でもアオ先輩が入ってくれるのは相当心強いですね」
まあ後々アオちゃんにも説明することにはなるが、結果的に彼女を守れることになったのはあまりにも大き過ぎる。
アオちゃんが萎えて止めるなど、絶対あり得ないからな――と思っていると。
何やらふふんと笑みを溢した淡路シオリが、こんな宣言をするのだった。
「そうですねー、ではそろそろここで一発、かましにいくとしましょうかー」