第5話 ゲームは楽しむもの
『いつきさん、これ恐らくβフェイクです』
「了解。じゃあ中央を抜けてαまで寄って来て」
『洞窟からモクとサーチ入った最低2人』
「OK。α手前と橋側モク焚いた――」
『見えた、1人抜いた』
「えっ? な、ナイス……」
アンレートは基本的に初心者向けな上に遊ぶ人も多いからレベルが低い。
構成も雑で情報の取り方も甘ければ、キルムーブをしたがるプレイヤーが多く、カバーやクロスもなってなければ、プリエイムの意識も皆無に等しい。
ただこの相手はフルパでVCを繋いでいるのか、明らかにプラチナ帯はありそうな連携のある動きで、正直負けると思ったんだけど――
(思った以上にGissyさんの反射神経が早い)
いや、正確に言えばIGLをしたことでGissyさんがより活きるようになった。
(半分終わった段階でもう23キルとか――相手も頭抱えてそう)
悪いけどスキルを使うタイミングは、お世辞にも上手くないのに……。
でも純粋な撃ち合いなら、最高ランクのブレイバー帯は間違いなくある。
(しかもそれだけじゃない)
『――中央はないですね、裏から抜けてαに行ってます』
『奥……ピンを刺した所の左窓です。スナイパーがいます』
『これβです。壁使って止めてます、反対のワイヤーも反応したので3人以上』
misakuさんの情報取りと報告が本当にしっかりしてる。
スタペにおいて情報は撃ち合いと同じぐらい重要な要素。
どれだけ撃ち合いが上手くても、相手に情報量で劣っていれば負けることなんてザラ、故に情報はあればあるだけ有利。
(しかもこのレベルでちゃんとラークも出来てる)
正直プラチナレベルだとラークをやる意味は殆どない。
何故なら独り善がりな動きになっている場合が多いから、それなら味方と一緒に行動してカバーした方がよっぽど勝率を上げられる。
でも彼女はちゃんと情報を取り報告を怠らず、スキルも適確に使う。
おまけに生還率も高いとなれば、使わない方が勿体無いというもの。
ただ。
『っ! ごめんなさい負けました……噴水裏1人です』
妹さんはフィジカルが強くないから基本待ちの姿勢になりがち。
裏取りが出来るくらいエイムが安定すれば、ブレイバーもすぐだと思うけど……。
(いずれにせよ、初めて組んだとは思えないぐらいやり易――)
『ウォオオ!? あーくそ、出待ちされてた』
『! お兄様の敵は私が――! ぎにゃー!』
『misakuゥーー!!』
「……まあ、これさえ無ければだけど」
本気かふざけてるのか知らないけど、配信を見ていた時からこの兄妹は妙な悪ふざけというか、謎の発作トロールをする癖がある。
一応2人のレート帯なら致命傷にはならないけど……。
ただ、そんな二人を微笑ましく思う自分がいるせいで強く言えないから困る。
『1人やった、2人……』
『3、4……5! お兄様ナイスエースです!』
「そしてGGと、15-7、やっぱり上手いですね二人共」
『違いますよ、いつきさんのIGLが完璧だったからです』
「え? 別にそんな――」
『間違いないな、指示が適確だから全く負ける気がしなかった』
「それは……どうも」
『IGLがあるとないとではこうも違うんだなぁ、感謝するよ』
『いつきさんありがとうございます』
まさかこんなに感謝されるとは思わず、あたしは少し面食らってしまう。
ちょっと前までは、【講釈垂れるな】って言われることもあったのに――
「…………」
『ところで随分しっかりした感じだが、いつきさんは今何歳なんだ?』
「え、あ、えっと、丁度今年で――」
『お兄様! 何てことを聞いてるんですか!』
『? 別に年齢を訊くぐらい失礼じゃないだろ』
『はぁ……これだからお兄様は』
『えぇ? ――って、ああ、そういうことか』
「……あ」
妹さんは何をそんなに怒って――と一瞬思ったけど、その呆れ声で意味を理解したあたしは即座に緩んでいた気分を引き締める。
危な……配信してないとつい素になっちゃうな。
『そうです。いつきさんは暫定18歳です』
『暫定ってなんだよ、せめて永遠だろ』
『永遠の暫定、つまり永遠ということです』
『成程深い……いや深くないやろ』
「ぷ……というかさ、二人共あたしを知らない体でいるの忘れてません?」
『あ……ごごごめんなさい……』
『いやまあ――流石にバレてるわな』
「別にいいんですけど、気を遣ってくれてるのは分かってましたから」
実際彼らはあたしをいちリスナーとして扱ってくれていた。
だから不快とかは一切思ってない。
「でもあたしを誘った理由は妹さんの為でしょ」
『いや……まあ、それが理由に無いとここまではやってはない』
「うわぁ……けどそこまで来ると逆に清々しいから許す」
『ただ本意でないのにゲームをやりたくないのは寂しい話ではある』
「――それは」
『だったら俺らみたいな何のしがらみもない連中と、のんびりゲームをやれたらまだ気が楽なんじゃないかと、そう思っただけだ』
……確かに、あたしは事務所の仲間と裏でもゲームはしていなかった。
皆気にかけて、誘ってはくれていたけど――
【一連の炎上に関しては全て我々に責任があります】
【刄田さんの反対を押し切り強制した罪は、必ず償います】
【ただ……このことを知る人間は限られていました】
【仮に疑われても隠し通せる筈だったのですが――まさかあの男が】
【情報をリークしたのは内部の――メンバーの可能性もあります】
「…………」
『いつきさん……? まさかお兄様の台詞がクサ過ぎて気分が悪く――』
『おい、そんな悲しいことがあってたまるか』
「え? あ、ああ! 嬉しいよ、嬉しい嬉しい本当に」
『お兄様……そういうクサさは私だけにして下さいとあれ程』
『お前はクサいのが嬉しいみたいに言うな、ややこしくなる』
「いやでも――本当に楽しかったです」
正直、あたしはスタペをもう一度触るのが少し怖かった。
もしかしたら苦しみながらエンペラーを目指したあの頃を思い出して、またスタペが嫌いになるんじゃないかと思ったから。
でも。
まるで今までずっとプレイしてきたかのようなやり易さと、自然体でいてくれた兄妹が、あたしをスタペに戻してくれた。
「疑ってでも一緒にプレイして良かったと、今は思ってるんで」
『――! あのその、私はずっといつきさんのファンですから』
「……ありがと。でも、その言い方だとちょっと距離がない?」
『え、あ、た、確かに……じゃ、じゃあええと……』
『そうだな。なら距離を詰める為にも、今度はデスマで殴り合いといこうか』
『お、お兄様! 何てことを!』
「ふうん……? まああたしは一向に構わないですけど、さっきの一戦で強くなった気でいるなら痛い目みますよ?」
『ほう、じゃあ負けた方は何でも言うことを聞くにしようか』
「言ったかんね、その言葉忘れないで下さいよ」
『あ、あ……では私も勝っていつきさんに何でも言うことを聞かせます!』
「え? 何で2対1?」
そんなこんなで。
気づけばそれが当たり前かのように、あたしとこの兄妹は明け方までずっとスタペをして遊んでいたのだった。