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第58話 女帝シオリ

「え……? こ、これをシオリさんが……?」

「ちょ、ちょっとこれ、凄過ぎませんか……?」


 淡路シオリが口にしたスト鯖一の脅威になると言う言葉。

 それは実際、この上ないまでの真理ではある。


 俺達がリエルランキング1位になれる存在であることを知らしめれば、間違いなく潰しにかかってくるだろう。


 その時に備えてこちらも迎撃態勢を取る――単純明快にして一番効果の高い手段であることは言うまでもない。


(だが、これまでも幾度となく言ってきた通り、俺には脅威になれるだけの時間というものを持っていない)


 それは俺程ではないにせよ、菅沼まりんも同様。


 となれば、何処かで頭打ちすることになり、結局脅威になりきれず失敗するリスクがあると思っていたのだが――


 目の前にあったのは、頑丈にしか見えない改築された俺達の家。


「こ、これ……鉄の壁……だよな」


「そうですよー、この壁なら一番強力な爆弾C4を使っても簡単には抜けないですし、そのC4の設計図もラスボスを倒さないと手に入らないらしいですからねー」


「油に金属、食料、銃弾の設計図まで……収納箱もかなりの量に拡張されていますし、中身も殆ど全部詰まって――まさか全部しおりちゃんさんが?」


「ファームは苦ではないのでー、【シオーリカンパニー】発展の為にちょっと頑張らせて貰いましたー」


 そう言ってふふんと胸を張る淡路シオリだったが、俺と菅沼まりんはただただ愕然としてしまっていた。


 いや……これはどう考えてもちょっと頑張るというレベルではない。

 数千どころか数万に及ぶ量の素材を、どうやってこんな――


▼ガチでしおーりはずっとファームしてたぞ

▼因みにしおーりは昨日から寝てません

▼多分もう24時間以上やってるよな

CEO(社長)として社員に威厳を~とか言ってたけど

▼何ならソロでボス周回もしてたからすげえよ


「……シオリさん、寝てないってマジですか?」


「えー? もしかして鳩が飛んでいっちゃったんですか? 言わないのが格好いいから黙っててって言ったのになー」


「じゃ、じゃあ本当に1人でこれを……でも何でそんな急に――」


 と言いかけた所で、菅沼まりんははたと口を噤む。


 そうだ――恐らく淡路シオリは俺達と配信外で話をする前から。


 もっと言えばKeyさんがオフラインレイドをされた時点から、このスト鯖でまだ何かが起きると察知していたのだ。


 となればお金とAKMを持っている俺達はいつ狙われてもおかしくはない、だからこそ早急な対策が必要と考えていた。


 故にまずは、眠らないという選択肢を取った。


(眠りさえしなければ、家はレイドされ辛くなる)


 そして多分貴重な物資は全て自分が持ったまま、ひたすらファームを繰り返し、家を強化することに務め続けた。


 あまりにも頭が下がる思い――いや膝折って然るべきなのではと、俺と菅沼まりんは目を見合わせ態度で示そうとしたのだったが。


 それを察した淡路シオリはこう言うのだった。


「あーいやいや、これはわたしが勝手にやろうと思ってしたことなのでー、感謝なんてする必要は一切ないですよー」


「しおりちゃんさん、流石にそういう訳には」


「んーというよりー、もっと言えばこれはわたしの信条に基づいた行動でしかないんですよねー」


「信条?」


 淡路シオリはそう言うと、いつの間にかスキンでお洒落になった中世風の椅子に腰を掛けると、視線を上へと向ける。


 その姿は妙に様になっていて、俺は少し息を飲んでしまった。


「ギシーンさんには言いましたが、わたしはワクワクすることが好きなんですよねえ、だからワクワクすることには全力を注ぎたいんですよー」


「それはまあ……気持ちはよく分かりますケド」


「でもー、それに水を差すような、邪魔をするような行為は割りと嫌いなんですよねえ、だからー――」


 と、天井に向けていた視線を彼女は俺達へ戻し、ざっと見回すと――

 狂気にも見える笑みでこう続けるのだった。


「それ相応のことはさせて貰う、それだけですねー」


「「…………」」


 この台詞が、リスナーに対してどう映ったかは分からない。


 もしかしたらスト鯖でまだ何か起こるのかと勘づいた人もいただろうし、単純に淡路シオリらしいなと思った人もいるかもしれない。


 だが悪寒の走った俺は、恐らく菅沼まりんもこう思っただろう。


 おいこれは、寝てる場合じゃねえぞと。


       ◯


「右右右右右右右右右右右右右ィ!!! 右来てるって!!」

「うるさい! 分かってるけど数多いんだって!!」

「わー、これはワクワクしますねえ」


『おい、聞いたか、【シオーリカンパニー】の噂』

『何か無茶苦茶ボス攻略に精を出しているとは聞いたが』


「!! 止まった止まったぞ! グレを投げまくれ!!」

「次はわたしが引き寄せるので頑張って下さいー」

「オラァ! 死ね死ね死ね! このパオーン如きがよォ!」


『何でももう【ウインドガイ】を倒してしまったとか』


『【ウインドガイ】って、6体のボスで2番目だろ? フルなら倒してるクランもいなかったか? 別にそこまで凄いとは思わないが――』


『【シオーリカンパニー】は3人でしょ? まあAKMは持ってるけど……でも今はもう3番目【ガンエレファント】に挑んでるらしいよ』


「そろそろガトリングぶっ放して来ますよー」

「ッ! しまっ――――」


「ちょっと何やってるんですかァ!! あーもうこれは全部私としおりちゃんさんの手柄ってことでいいですかねぇ!?」


「死んでも近くに寝袋置いてるからすぐ復活出来るだろ! デスの回数で優劣つけるゲームじゃねえからこれぇ!」


 それからというもの。


 俺と菅沼まりんは何かに、いや淡路シオリに取り憑かれたかのように、血眼になってボス討伐を繰り広げていた。


 無論それは俺達が脅威的な存在になる為の第一歩であり、ひいてはこのスト鯖に潜む悪を引きずり出すことに繋がるのだが。


「! 逃げたぞ!! 雑魚復活される前に絶対にやりきれ!!!」

「言われなくても分かってますよ!!!!」

「ごーごーごー!」


 俺と菅沼まりんの中で先行していたのは、決してそんな正義的なものではなく、大義的なものであることは確かだった。


(今更ではあるが、淡路シオリの切り抜きでこんなコメントを見たことがあった)


 しおーりのファンは、まるで女帝に忠誠を誓っている兵士であると。


 ただ、そんなものは所詮アンチが揶揄する為に使った言葉に過ぎないと、俺はそう思っていたのだが――


(今ならその意味が何となく分かる)


 あの絶大なまでの包容力と先導力があるからこそ、彼女が見せるギャップと真意に俺達は狂わされてしまうのだと。


 悪いがこれは、体感してみないと決して分かることはない。

 まあ、体感した頃には手遅れなのだが。


「よおおおおおおおおおおおおっし!! 倒しましたよ! 私のお陰――いやしおりちゃんさんのお陰で!!!」


「うーん、皆のお陰ですねえ」

「はい、その通りです」

「こいつ……」


「でもこれでボス攻略の先頭には並ぶことが出来たんじゃないでしょうかー、とてもいい傾向ですねえ」


 とはいえ、なりふり構わずボスに挑んだことが、更に俺達の注目を浴び始めているのは間違いないと言っていい。


 それに淡路シオリの果てなきファームのお陰でまだ余裕はありそうだし……ここはシオリ様の喜びの為に更にボス戦を――


 と、明らかにおかしくなり始めている俺だったのだが。

 ふいに飛んできた懐かしい声が、俺の自我を僅かに取り戻させるのだった。




「ん――――あ! ぎしーさんだ!!」

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