第57話 本当の始まり
前半三人称視点です
「ああぁ……ほら見たことか、クソッタレがよ……」
Crudeはログインが出来ない画面を見ると、深く溜息をついた。
あの一件以来ネットは大騒ぎとなり、犯人探しや運営批判が高まったことで早急な対応が行われてしまった。
結果仮詩のアカウントは使うことが出来なくなり、Crudeが行ってきたオフラインレイドはこれ以上の続行が不可に。
「パスワードの変更なんて常識中の常識だろ――……ま、これは俺の所為ではないからどうでもいいがな」
そう。
この一連の騒動を巻き起こしたのは、他ならぬこの男だった。
菅沼まりんの家を、Keyの家を火炎瓶を使って破壊し、レアリティの高い物資以外を海に捨てたのは全てCrudeによるもの。
ただし、これらの行為にこの男の意思は一つとしてない。
「しっかし……ストレス解消にはなっても、この生殺与奪の権を握られてるような状態は不快極まりねえなクソが」
要するに彼はただ指示に従っているに過ぎないのである。
とはいえ、この男の自己中心的な性格を考えると、素直に人の言う事を聞くような人間では到底ない。
何ならアカウントを乗っ取るなど、人としてのラインを超えた許されざる行為であることを彼は理解までしていた。
まあチートを使用した人間が何を、という話ではあるが。
だがそれでもCrudeは指示に従うしかない。
それは何故か。
「……ん? ――ッチ、うぜえな、俺の役目はもう終わっただろ」
するとCrudeはそう呟き、Waveから来たチャットを確認する。
相手は言わずもがな『Ragna』からであった。
Ragna:ご苦労さま、順調に任務をこなしているようで何よりだよ。
「は? 何が任務だ、スト鯖を荒らしてるだけだろこんなもんはよ」
Ragna:おや、まさかそんな言葉が出てくる日が来ようだなんてね、荒らすのは君の十八番だというのに。
「……ッチ。お前のせいでそれも出来なくなったがな」
Ragna:責任転嫁は感心しないな。そもそも君がチートを使わなければ今頃変わらず配信は出来ていた筈なのだから。
まあチートを使っていなかったとしても、あの敗北では視聴者を取り戻せたとは思えないがね、と嫌味を言うRagnaにCrudeは苛立ちを覚える。
(くそ、クソが……言わせておけば……)
Ragna:何なら私は自分を聖人とすら思っているよ。任務さえこなせば君の不正を暴露しないでやると言っているのだから。
「…………」
実際、彼のチート使用疑惑は一部界隈で広まりはしたものの、実はそこから大きく拡大はしていなかった。
何なら一度としてDM側から調査の連絡等はなく、違和感すら覚えてしまう程に凪の状態が続いている。
それはこのRagnaが止めているからなのか、それとも。
(……まあ、Ragnaの野郎が本当に俺のチートを使った証拠を掴んでいるのかっつー疑わしさはあるにはあるが――)
しかしながら刄田いつきを捲った実績がある以上、下手に反抗的になるのはあまり得策とは言えない。
いずれにせよ、癪であっても言うことさえ聞いていれば、Crudeはまだ配信者としての道が絶たれずに済むのだ。
それだけが、この男が大人しくしている唯一の理由。
しかも。
Ragna:何なら任務を果たした暁には、新たな暴露情報を携え復帰させてやると言っているんだ、こんな好条件普通はないと思わないか?
「だから言われたことはやってんだろ。だが仮詩のアカウントはもう使えねえ、そこはあいつらの前に姿を晒せと言ったお前のミスだろ」
Ragna:ミス? 誰がいつそんなことを言ったんだい?
「……? どう見てもミスだろこんなもん」
Ragna:私が炎上した末にアカウントが使えなくなることを想定していなかったと思っているのなら、それはとんだお笑い草だよ。
「……なんだと?」
Ragna:全ては想定の範囲内で行われたことでしかない、故に君にはまだまだ働いて貰うから次の指示があり次第頑張ってくれ給え。
そうRagnaはコメントを残すと、Crudeの返答を待たずそのままアバターを消しオフラインとなってしまう。
「はァ……相変わらず偉そうな野郎だ。だがこのスト鯖を破壊しようって腹積もりなら面白え、俺もこんなもんはクソだと思っているしな」
それなら次は、刄田いつきかGissyのアカウントを持ってきたら最高なんだがと、彼はそう思いながらSpaceの画面を開く。
「さて、Keyはあれからどうなってんのかなっと――あん?」
◯
「ううん……そんな安直なことでスト鯖を荒らしたりします?」
「いや、普通はしないだろうな」
「は? じゃあ何でそんなことを急に――」
そんな返答に対し、怪訝そうな声をあげる菅沼まりんだったが、俺は自分が思う可能性について話を続けていく。
「だが現状だけを見ればそれが一番だとは思わないか?」
「……まあ、確かに私もスト鯖を巻き込むビジネスをしたいと口にはしていましたし、Keyさんもソロとはいえ、ボスは旨味があるので周回し続ければランキング上位に入れる可能性はありそうですけど」
「でもそれならもっと慎重にやるべきな気がするけどねえ、補填されちゃったら何の意味もない訳だしー」
「だからこそ、今までのは実験な気がするんですよね」
どのラインまで攻めるとバレてしまうのか、逆を言えばどのラインなら誤魔化し通せるのか、その見極めが終わったから姿を晒した。
何故なら姿を見せれば問題は解決に向かい、皆終わったと勘違いするから。
まだ、ここからが本番だと誰も気づくこともなく。
「まあ……Keyさんの現状を鑑みればそれは有り得ると思いますが、でもそこまでしてランキングで1位になりたい意味って何なんだろ」
「一応上位には賞品が出るみたいな話でしたよねー」
「賞品は貰えたらそりゃ嬉しいですけど……他の人の足を引っ張ってまで欲しいものなんて無くないですか? リスクもあるのに」
まあその点に関してはその通りというか、ランキングで上位に、もっと言えば1位になることに何があるのかは俺にも分からないが――
「いずれにせよこれに気づいている配信者は恐らく少ない。ただ気づいた以上はどうにか対処しないと大変なことになると俺は思ってる」
「でもランキングが目的なら相当慎重になる気がしますけどね、流石に犯人もスト鯖を中止にはしたくないでしょうし」
「何なら行動を監視して罠に嵌めてくる可能性だってある。俺達も分かりやすく行動は出来ないだろうな」
「じゃあ運営にお願いしてと言ってもー、明確な証拠や異常がない限りは運営もおいそれと中止にはしたくないだろうしねー」
だがこうしている間にも着々と物事が進んでいるのだとしたら、どうにか打開策を考えないといけない。
とはいえ安易に配信者に助けを求めるのもな――と思っていると、ふむと小さく声を上げた淡路シオリがこんなことを言うのだった。
「まーでもあれですねえ、あれこれ考えても答えはすぐに出ないと思うのでー取り敢えず一番犯人を引きずり出し易い方法から始めませんかー?」
「? そんなのがあるんですか?」
「簡単じゃないですかー、ぬまりんの言う通り、わたし達はエンタメに則ってこのスト鯖で一番の脅威になれば、勝手に向こうから顔を出してくれますよ」