第53話 閑話的な方針、訪れる不穏
『ありがとうございましたー!』
『いや、まーじで助かったよ、ありがとう』
『また依頼すると思うので宜しくお願いしますー!』
それから。
俺達シオーリカンパニーは当初の計画通り、ボスに挑むだけの力がないクランや個人への傭兵業務を着々とこなしていった。
報酬の分前は半々といえ、ボスを挑むことが出来ない人達にとってその額は結構多い為、依頼者は皆満足そうな反応を見せ帰っていく。
加えて俺達もビーストベアーを倒すのに慣れたことで、状況によっては1人傭兵の2人ファームという体制まで作れるようになる。
結果現実世界で夜になった頃には、かなりの速度で物資が集まっていた。
「ふっふっふっ……いやー初日は散々過ぎてどうなるかと思ったけど、まさか2日目でここまで大きく巻き返せるとはねえ!」
「何ならリエラ獲得数もわたし達が現状一番だよー」
「いや本当にしおりちゃんさんありがとうございます! ファームも進んでやって下さって感謝しかないです!」
「まーここまで出来たのは脅威の引きでAKMを釣って、皆でクランを組もうと言ってくれたギシーンさんのお陰ですからー」
「え? いや、それを言ったら釣り竿を貸してくれたシオリさんのお陰ですし――それに俺が持ってても宝の持ち腐れでしたでしたから」
あのまま淡路シオリと出会わず、優柔不断を貫いていたら恐らく俺の未来は辞める以外になかったと思う。
だから所詮運が良かっただけでお陰という訳では――と思っていると。
ふいに俺と菅沼まりんの間に入り、ポンと肩を組んできた淡路シオリは、ニコリと笑うとこう言うのだった。
「じゃあ皆のお陰ですねえ、ありがとうございますー」
「え、あ……ありがとう……ございます」
「こちらこそ……ありがとうございます」
しかしそんなことをしてくると思っていなかった俺と菅沼まりんは思わず顔を見合わせ、妙にぎこちない返事をしてしまう。
ただ――これが淡路シオリなのだと、俺は何となく思った。
というのも、彼女はマイペースでも本気でも常に相手に寄り添うのである。
それはあまりにも自然で、気づけば皆受け入れてしまうのだが、だからといってそんな彼女に気疲れをすることは全くない。
(だからこそ、皆彼女の元に集まりたいと思うのだろう)
はっきり言って、これはやろうと思っても中々出来ない。
配信をするべくして授かった才と言っても過言ではないだろう。
「――コホン。とはいえ、問題はここからなんですよね」
そんなことを思っていると、気を取り直した声を上げた菅沼まりんは淡路シオリの肩組みから抜けるとそう言い始める。
「確かにこの傭兵事業は上手く行きましたが――正直な話、これも保って明日までが限界だと私は思っています」
「他のクランも次々ボス周回を始めて、俺達の入る隙が無くなるからか?」
「それも勿論ありますけど、大まかに言ってこのスト鯖の方向性は主に3つに分かれてくるからです」
「3つ?」
「1つは勿論そのボス周回、ボスメインで動く攻略組の台頭ですが、残りもGissyさんは分かっている筈ですよ」
「む……」
そう言われて考えない訳にはいかないので、俺は今まであった話や現象の中から、今後起こり得そうなことを考えてみる。
「まあ――2つ目はまりんさんが言っていたように、ボス攻略以外の方法でお金を稼ごうとするクランが本格化することか」
前にも言った気がするが、お金を得る方法はボスやファームだけではない。
商人的な立場になって素材を売ることも出来れば、菅沼まりんが狙うようにエンタメでお金を稼ぐことも出来るのだ。
そういった方法は一発ハマれば相当な利益を生み出す。となればそんな個人やクランがボスに積極的に挑んだりすることはまずない。
「そして最後は……俺みたいに引退を考えようとする連中の増加」
「そういうことですね。つまりそれだけの要因があれば傭兵事業に先はないということは分かって頂けるかと思います」
「んー、じゃあまた新しい事業を考える? AKMを売ってみるとかー」
「確かに攻略組なら間違いなく買ってくれそうではあるな」
「M41の設計図が手に入ればAKMに拘る必要性が無くなってしまいますしね。ダメージではAKMの方が上ですが、弾さえあればそれは解決出来ちゃうので」
だからやるなら早い方がいい、いいんですけどー……と意外にも菅沼まりんはその金策に難色を示す。
何か別に考えがあるのだろうか……と思いながら俺は見ていると、ふと菅沼まりんはAKMのマガジンを入れ替える動作を見せる。
その姿を見て、俺は無意識にこんなことを呟いていた。
「まりんさんは――俺のことって撃てるか?」
「へ? 何を急に――別に撃っていいなら撃ちますよ? まあクランを組んでいたらキルは出来ませんけど」
「……成程、やっぱりそれが普通だよな」
「は? 何かそう言われるとちょっとムカつくんですけど……」
「んーでも、相手がファンボとかファンガだったら、わたしは少し撃ち辛いかもですねー、いくらVRといえ、割りと出来はいい訳ですしー」
「まあそう言われると……でも何でまたそんなことを?」
「え? あー……その」
そう疑問を呈された俺は話そうか一瞬迷ったが、どうせ配信に流れている以上リスナーに鳩をされると思った俺は刄田いつきとした会話を伝える。
すると、菅沼まりんはあまり意外そうな反応はみせなかった。
「ふうん……? まあDM杯元メンバーというのが大きいんじゃないですか? 私はその辺割り切れちゃいますけど」
「まぁ、俺もそうだとは思っているんだが――」
「それにいつき先輩はVGのメンバー対してもですけど仲間思いな人なので、ミニゲーム如きで変に軋轢が出来るのを嫌がった線が妥当かと」
▼いーや、これはてぇですね
▼野暮なこと言ってんじゃねえぞまりんちゃんよぉ
▼そんなことは俺達だって分かってんだよ
まあリスナーの悪ふざけは置いといて、実際菅沼まりんが言っていることが全てなんだろうとは思う。
ただ――何なんだろうな、この妙に引っ掛かる感じは。
とはいえ、そんなことを言ってわざわざ話を広げても意味はない為、流石に今後の方針について再度話をしようと考えていると。
「…………ん? あれ? あそこにいるのって――」
「? あっ、もしかしてウタくんじゃない!? ウタくんさーん!」
「おーい!」
メインの道路沿いからは逸れた家の前で、1人佇む青髪に黄色のメッシュが入った、ショートカットの見た目のアバターを発見する。
それは間違いなくウタくんこと仮詩であり、俺は(何故か菅沼まりんも)手を振って声を掛けたのだったのだが。
「――――……」
何故かウタくんは俺達を一瞥すると、そのまま俺達のいる方向と反対に向かって走り出し姿を消してしまうのだった。
「……あれ?」
「え……もしかして、Gissyさん嫌われてます?」
「は!? いや待ってくれ、ウタくんとはDM杯以来殆ど話はしてな――」
「――……何かおかしいなー」
「え? あっ、し、シオリさん!?」
すると、今度はそう小さく呟いた淡路シオリがすっと俺達の側から離れると、ウタくんがいた家へと走り出していく。
一体何がおかしいのかと思いつつも、俺と菅沼まりんはその後に続くと――
「――ふーん……成程ですねー」
「成程って何が…………えっ?」
「こ、これって……そんなまさか――」
既視感のある、家の裏側にぽっかりと空いた大きな穴。
それが何を意味するのか、最早言うまでもなかった。