第51話 読み合い、愛
「…………」
「…………」
ボスを目の前にしながら、如何ともし難い空気が二人の間に流れる。
そりゃ、オッサンチアボーイが隣にいたらそうなるとは思うが……。
せめて嘲笑はしてくれんと俺が浮かばれんて。
「えー……あー……んー……おー……」
何なら妙な譫言まで吐き出しながら後退りまでし始める刄田いつき。
最早どう足掻いてもDM杯の熱き絆はこのチアボーイによって崩壊したのだと、悲しみすら抱きそうになった時だった。
「お? あれ? もしかしてGissy君とちゃうの!」
ふいに背後から声がして振り向くと、そこには紫のロングの髪色に、色気のある大人な雰囲気を醸し出す女性が1人。
そしてこのヒデオンさん程ゴリゴリではない関西弁は――
「あれ、くるる先輩じゃないですか」
「おーくるるーん、久しぶりー」
「ん? あらま、まりんとしおーりまでおりますやん、もしかしてクランでボス討伐しようとしてたん?」
「正確には私とGissyさんとしおりちゃんさんの3人がクランで、このお二方は別でクランを組んでる感じですね」
「わたし達のクラン【シオーリカンパニー】がボスを倒せない人達のお手伝いをしてあげているんだよー」
「はー成程、要するに傭兵みたいなことをしてるってことか、でも何でまたチアガールなんてけったいな格好しとんの?」
「それ言い出すとくるる先輩も大概じゃないですか」
「そらセーラー服と銃は合うって古典にも書いてるからよ」
「いや書いてないでしょ」
しれっとボケる伊地知くるるに俺は思わずツッコミを入れてしまうが、しかしこれは厄介なことになってしまった。
当然ボス討伐にルールなど存在はしないが、被ってしまった以上はどちらかが譲ってリスポーンを待つ必要が出てくる。
だがボスを倒す時間とリスポーンまでの時間を合わせたら、恐らく30分以上は待ってしまうことになるだろう……。
(その時間はあまりに無駄だし、何より依頼主の時間まで拘束させてしまう)
しかもこれからボス攻略を狙うクランは確実に増える。
そうなればリスポーン待ちで混雑は必至。なれば美味しく周回出来る数少ないこの時期を逃す訳にはいかない。
つまりここは是が非でも俺達に譲って欲しい所ではあるが、当然伊地知くるるも刄田いつきも同じ考えだろう。
「因みにですが――先輩達はこのボスは攻略済みですか?」
「いやー1回挑んだんやけど負けて撤退してもうてね。で、ファームしてたら現物のリボルバー数丁と弾の設計図拾ったから物資整えて再挑戦って感じよ」
「ナルホド。ということはいつき先輩と2人で挑戦する感じで」
「ホンマはクラン全員で行こうって話やってんけど、まあリボルバーなら立ち回り次第で2人でも行けんちゃうかなーって」
「いや、それは甘いですよ先輩」
すると何かを察したのか、目を光らせた菅沼まりんが伊地知くるるの発言に対し、こんなことを言い始める。
「この【ビーストベアー】、私達も色々話を聞きましたが正直リボリバーでも3人――いや4人はいないと厳しいらしいです」
「え? そうなん?」
その台詞に意外そうな声を上げる伊地知くるるだったが、一応菅沼まりんは嘘をついている訳ではない。
あくまで依頼者の話を聞いた上での推測でしかないが、やはり取り巻きのトラがかなり厄介そうなのである。
事実AKMなら頭3発で倒せる所を、リボルバーでは火力の差で約5発は当てなければ倒すことが出来ない。
当然外したり胴に当たればもっと時間はかかる――つまり弾の消費が激しい為、取り巻きを倒し切る間にボス分の残弾が殆ど無くなるということ。
おまけにリボルバーは遠距離には当然向かない為、近距離戦を強いられるという面でも苦しいと言える。
「無論銃弾のストックがあれば不可能ではないかもしれませんが、わざわざ序盤で2人ということは先輩、まだそこまで量産出来ていませんね?」
「う……相変わらず鋭いなぁ、まりんは」
「ということでー、ここは一旦譲って貰って、リスポーン後にAKM持ちのわたし達と一緒にボスを挑みませんかー?」
そんな風にして菅沼まりんが上手く交渉を進めようとしていると。
今度は見計らったように間に入ってきた淡路シオリが、伊地知くるるに対しそんな提案までしてくる。
(特に話し合った訳でも無いというのに、このアシスト力……)
普段はマイペースを貫くが、ゲームになると途端に本領を発揮する。
淡路シオリの恐ろしさを、まざまざと見せつけられた気がした。
「うーん……いやでもな、実は最初に3人で弓とクロスボウで挑んで、【ビーストベアー】を倒しかけてるんよね」
「え? くるる先輩、それ本当なんですか?」
「だから立ち回り次第ではって言ったやろ? 何せウチには優秀なマエストロがおるんやから。な? いつき」
「――……え、はぁい」
「……いつき?」
しかしどうやら伊地知くるるも一歩も引くつもりはないらしく、そっちが火力ならこちらは知力だというアピールを仕掛けてくる。
「大体まずはクロスボウでトラ狩りをして、ビーストベアーはリボルバーで挑むっていうことも出来る訳やしなぁ」
「ま、まあ……それは――」
「第一私らは出来る限り最速で、クランで全ボスを倒すという名目で動いとるから。そう簡単には譲る訳にはいかないんよ」
「むむむ……」
「なら仕方ないのでー、ここは1v1で決めませんかー?」
「1v1?」
「はい。ほら丁度あそこに岩の遮蔽物がいくつかあるのでー、リボルバーで撃ち合って勝った方が先にボスに挑めるというのはどうかなと」
「ふむ……ゴチャゴチャ言い合うぐらいなら実力で決めようって話か。おもおろいやん、ほなウチは当然いつきを出すで」
「――……え? あ、あたしですか?」
「そらそうよ、私やったら流石に負けてしまうやろし」
「……まあ、分かりました……」
「ほならこっちはギシーンさんで行かせて貰うでー」
「……ん? え? お、俺ですか?」
「まあGissyさんはフィジカル担当みたいな所はありますし」
「ええ……? いや……それはそうか」
実際交渉面は全て彼女達に任せっきりで、俺がしたことと言えばファームか建築だけなので正直強く反対するだけの要素を持ち合わせていない。
しかし相手は俺が知る中でも最強のFPSプレイヤーである刄田いつき。
何ならFPSたるものを徹底的に俺に仕込んだのは他ならぬ彼女であるから、ちょっとしたミニゲームといえ全然負ける可能性はある。
(シレっと決まったにしては相当なプレッシャーがあるぞこれ……)
「ギシーンさん頑張れ~」
「大丈夫です。その見た目の時点で緊張より羞恥が勝ってる筈です」
『変態さん頑張って下さーい』
『変態いけー!』
しかしそんな俺の心情など知ったことかと言わんばかりの不本意極まりない声援が飛び交う中、俺と刄田いつきはあれよあれよと岩裏の位置に着かされ、伊地知くるるから借りたリボルバーを構える羽目に。
ぐぐ……こうなったら、先手必勝でやるしかない。
始まった瞬間置きエイムをして、ピークしてきた瞬間頭を抜く。
何せ、下手に読み合いに持ち込んで勝てる相手ではないのだから。
「ほなBO1で倒したら勝ちで、ヨーイ――……どん!」
「よし、速攻で行くぞ――……!?」
だが。
始まった瞬間俺は岩場からピークしたにも関わらず、そこには既に身体を全て出して銃を構える刄田いつきの姿があった。
(まさか……最初から岩裏に隠れていない……!?)
言うなればそれは、オーバーピークというよりノーガード戦法。
しかしながらエイムを岩場に置くつもりだった俺にとっては完全にオフアングルであり、つまるところほぼ負け確を意味する。
完全に読み合いでの敗北。
くそ……やはり強過ぎると、俺は死を覚悟したのだったが――
「…………」
「…………?」
何故か銃を構えた刄田いつきが一向に俺を撃ってこようとしない。
何だ? もしかして回線の調子が悪いのか……? と思っていると、リボルバーを降ろした彼女はこんなことを言うのだった。
「あの――【ビーストベアー】がこっちに向かって来てるんですけど」