第47話 持ち過ぎている男
「…………あっつ」
俺が次にリスポーンされた場所は、草も生えない砂漠地帯だった。
照りつける日差しが、別に熱くない筈なのにそんな声を漏れされる。
「にしても、さっきいた場所から相当離れたなこれ……」
ただ砂漠地帯ということもあってか、周囲を見渡してみると何処にも動物らしき姿が見受けられない。
つまりトラ無限ループ編からは解放されたということ。
それを理解した瞬間、思わず安堵の声が漏れた。
「はー……マジで一生前に進まない所だった……」
▼まりんちゃんと何で一緒にやらないの?
▼やればいいじゃん、スト鯖で気を使う必要なんてない
▼クラン組む時なんて皆結構軽い感じでやってるよな
▼正直まりんちゃんの野望がどうなるか見たかったわ
▼Gissyさん真面目過ぎるのマジで良くない
だがそんなことを思っている俺に対し、リスナーが少し不満げとも取れるコメントを乱立させてくる。
「いやでもな、スト鯖全体を巻き込むなんて相当時間がかかるだろう。時間をかけられない俺じゃ足手まといにしかならんって」
▼それでもまりんちゃんが良いつってんだから組めよ!
▼仕事しながらスト鯖してんのお前だけじゃねえから!
▼ウジウジしてんじゃねえぞ! こどおじの癖にせよぉ!
「こどおじは関係ねえだろ」
しかし思った以上にリスナーが菅沼まりんと組むことを期待していたことに、俺は少し驚いてしまう。
ただまあ、ぼっちになった結果リスナーが減るのはどうかと思いながら、自ら脱するチャンスをフイにしてるのはどうかとは思う。
その考えがありながら、足手まといになるのは忍びないと思うのは、人が良いというより馬鹿なんじゃないかという気はするが……。
「まあ次会うことが出来たら、一旦謝罪か――――ん?」
そう口にしながら俺は菅沼まりんの教えを守ってファームをしていると、何やらまたしても視界が赤く染まり始める。
おいおいまさか本当に俺だけトラに襲われる仕様になってるのか――? と思いながら振り向くと、しかしそこにはトラの姿はない。
「? じゃあ何でダメージを食らって――」
▼Gissyさん砂漠エリアは脱水でダメージ食らいますよ
▼湖飛び込んだから脱水止まるから急げ
「成程……ちゃんと砂漠らしい仕様があるのか――」
リスナーがいなかったら危うくまたランダムリスポーンの餌食になる所だったと、無知極まりない俺はダッシュで南下するとそのまま崖下の湖へとダイブする。
「ふう、助かった――って、こ、これ怖過ぎるってえええええ……!」
しかし勢いで飛び込んだはいいが、所詮はVRと侮るなかれ。
想像以上深さと、リアリティのある広大な湖に、恐怖心が爆発かけた俺はプチパニックになりながら猛スピードで岸へと戻る。
そして何とか波に乗って岸に打ち上げられた俺だったが、思わず天を空を仰ぐとこう呟いてしまうのだった。
「俺……VR向いてねえわ……」
「わー、人魚彦だー」
「……ひこ?」
だがそんな絶望感に浸る俺に対し、何やら上空から声が聞こえてくる。
よく見ると、左手にある岩場の一角で、誰かがこっちを見ていた。
(あれは……)
▼おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
▼しおーりだ
▼まさかのしおーりエンカウントかよ
限りなく白に近い淡紫色のおかっぱ頭に、ぺたんと折れた猫耳というよりは犬耳と、ほわほわという表現が一番しっくりくる顔をした女の子。
フルネームは確か――淡路シオリ。
Vtuber黎明期から数多くの有名タレントを輩出してきたことで知られる大手事務所、『Two Live』所属のVtuber。
Buetubeでは152万人の登録者数を抱える超人気配信者である。
「…………どうもこんにちは」
「こんにちわー、今日も暑いですねえ」
「暑……大丈夫ですか、結構すぐ脱水しますけどここ」
「危なくなったら湖に飛び込んでるんで大丈夫ですよー」
「随分とワイルドなご生活をされているようで」
「飛び込むのも意外と楽しいですからねー」
今頃スト鯖では様々な思惑が渦巻いているだろうに、実にゆるい口調でマイペースを貫いている彼女。
だがこれが淡路シオリなのである。
のんびりゆったりと、自分のペースで配信するのが彼女のスタイル。
しかしそのガツガツしていない姿勢が癒やされると人気が人気を呼び、気づけばTwo Liveの中でも屈指の人気Vtuberに。
(加えて凄いのが、彼女は相当なゲームセンスの持ち主でもある)
FPSをすると人が変わると言われるぐらい真剣になり、スタペを含む様々なFPSゲームで最高ランク踏んでいる経験がある。
何なら今回は出なかったが、DM杯でも優勝経験がある天才なのだ。
「……――あ、申し遅れました。自分はGissy――」
「知ってますよー? ギシーンさんですよねー」
「え? ――ま、まあ概ね合っていますが……何故ご存知で」
「DM杯見てましたからねー。ガチ解除も格好良かったですけど、個人的にはLMGで無敵ゲーミングの勢いを潰した所が痺れましたよー」
例えるならそう――ランボーでしたねえ、と淡路シオリはいつの間にか視線を湖に戻してそんなことを言ってくれる。
▼まさかしおーりにも認知して貰っているとは
▼Gissyさん実はかなり有名人になっている模様
▼なお本人は
「それはどうも……ありがとうございます」
「いえいえ――――お、釣れたー、どれどれ……? あー鮭かー」
「? 釣りをしてるんですか?」
「そうですよー。取り敢えず食料をと思って始めたんですけど、リスナーさんによれば釣りを効率化すると結構なお金になると聞きまして」
「ほーそれはまた」
「しかも極稀にティアの高い設計図も出るらしいので、のんびり釣りで一攫千金を狙ってるんですー」
成程、ただ自由に遊んでいるだけかと思ったら、どうやら彼女もちゃんとEDGEというゲームをプレイしているらしい。
しかし1人だと流石に効率が悪そうだなと思いながら、俺は何となくその様子を見守っていると、淡路シオリはちょいちょいと手招きをしてくる。
「?」
「良かったら一緒にしませんかー?」
「――いいんですか?」
「別にいいでしょ~――あ、でももしクルッポさんがそっちに行ったらいつでも言って下さいねー、特定して永久BANしますのでー」
「え? あ、鳩のことですか……」
【鳩】とはスト鯖等で配信者がしている物事を、リスナーが他の配信者の所に言って教えることであり、荒らしなどもそれに含まれている。
つまり鳩はゲーム性をつまらなくしたり他の配信者に迷惑をかける為、基本的にご法度とされているのだが、特定までして永BANとは中々容赦ない……。
実際よく見ると、同接も300程度だったのが1000にまで増えている。
つまり彼女のファンが俺の所に流れてきているということ。
凄い影響力だ……流石に言動には注意しないと……。
「ええとじゃあ――取り敢えずお言葉に甘えて」
「あ、釣り竿どうぞー、作り過ぎて余っちゃったのでー」
「どうもありがとうございます」
故に俺は言葉を気にしながら彼女から少し離れて釣りを開始するも、相変わらずどんな話を振ればいいか全く思いつかない。
もしかして俺って意外とコミュ障なんだろうかと、そんな自分に若干嫌気を感じてしまっていると――
「ふんふんふーん♪ ふふんふーん♪」
「…………」
そんな俺の状態などまるで意に介さず、鼻歌交じりに釣りをしている彼女に、妙な安心感を覚える。
(何か……変に気を遣わなくていい雰囲気があるな)
もしかしたらこれこそが彼女の魅力なのだろうかと思っていると、針を入れて間もないというのに急に竿がクイっと動き出す。
「お! ギシーンさんいきなり持ってますねー!」
「よしよし……俺も魚を釣って生存時間を伸ばすぞー……お?」
「がんばれー、がんばれー! ……あ! 設計図ですよー!」
何と、まさかの一発目で設計図が釣れようとは。
まさにビギナーズラック炸裂。しかし流石にクロスボウとかその辺の、序盤にあると悪くない程度の武器だろうと思いながら俺は拾い上げる確認すると――
「ふむふむえーと……AKM――……?」
「え……? ギシーンさんそれ……ティアSですよ」
「……え?」