第44話 前途多難
「――あーくそ、もう始まって約4時間か」
週末、スト鯖初日。
俺は仕事から帰宅すると食事と風呂をそそくさと済ませ、自室へと戻る。
時間を見ると既に0時を迎えようとしており、こういう時に限って残業が伸びることを疎ましく感じるが文句を言っても仕方がない。
因みに今回プレイするのは【EDGE】というサバイバルゲームである。
元々はPCゲーらしいのだが、今回VRでリメイクがされたことで話題となっていたらしく、その完成度の高さに評判も上々なのだとか。
「一応完全初心者だし……再度仕様は確認しておくか」
因みにゲーム性自体は至って分かりやすいものである。
やることといえばマップ内でファームをして素材やお金を集め、それで家や、道具や、武器等を作ったり買ったりする。
というか、極端に言えばマジでそれだけなのだが――本来はそこにレイド、PvPの要素が入る所、スト鯖である為そこはメインではない。
「じゃあ何をするのかって話なんだが――」
スト鯖の主たる狙いは配信者同士の交流をリスナーに楽しんで貰うこと、そこに変わりはないのだが何か目標が欲しいのも事実。
そこで競い合う対象となったのが【お金】。
ゲーム内通貨である【リエラ】をサーバー解放期間で集め、稼いだ額に応じて順位を付けることこそが今回の目玉になっている。
集め方は勿論自由。
つまるところクランが強ければ1位になれる訳ではないというのが、このルールの面白さでもあったりする。
「……とはいえ、前の炎上を意識してる感じではあるよな」
前回はボス攻略がメインであった為、強ければ強い程良かったが、お金がメインならやり方次第で1人で1位を取ることは不可能ではない。
その辺は俺にとっても救いがあるような気がした。
「しっかし、このVRゴーグル……マジで凄いな」
流石にスト鯖が始まる前に試しに別ゲームで使ってみたのだが、仮想現実もいよいよここまで来たかという程のクオリティ。
何ならキャラクリも画像や写真があれば精巧な2次元キャラとして自動生成出来る機能もあるらしく、かなり凄い事になっている。
ただこの頂いた最新鋭のVRゴーグルは調べると1台50万超の代物で、中々一般人では手を出すことは出来ない。
「しかもこれ、招待者全員に送ってるんだよな……」
参加人数を考えると、これだけで数千万は下らない。
正直いざゲームを初めたら、ログアウト出来ずにデスゲームが始まってもおかしくないレベルのお金のかけ方ではあった。
「エンタメに全振りする人の考えることは分からん……」
だがこんなものを貰っておいて一回もやらないなどという選択肢はない為、俺はゴーグルを取り付けるといざEDGEを開始する。
余談だが水咲はSCL観戦をしたことで両親から若干目を光らされている為、そもそもあまり参加が出来ないので悪しからず。
「――……! マジですげえなこれ……」
そしてキャラクリを済ませいざスト鯖の世界へ飛び込むと――ランダムでスポーンされた広大な自然の景色に俺は言葉を失う。
勿論操作はキーボードマウスであるし、画面を見ているという感覚もある。しかしそれでもこの没入感は普通ではなかった。
「こんなのずっとやってたら、現実との境目がつかなくなるぞ」
▼お、きたきた
▼Gissyさん乙
そんなことを口にしながら俺は周囲を少しウロウロしていると、Spaceと連携したことで画面右下にリスナーのコメントが出てくる。
同接は現状で、約300人程度。
以前にも話したと思うが、やはり配信者が同時に同じゲームを始めると人気の配信者に流れる為同接数は大きく下がる。
何なら俺はスタートが遅れている身だというのに――それでも300人が見ているのは奇跡のような気がした。
「お疲れ。これ本当に凄いな。7割ぐらいはこの世界にいる気分になる」
▼配信者皆似たようなこと言ってて草
▼配信だと普通の画面だから全然分かんないんだよね
▼羨ましいわ、俺もやってみたいけど高過ぎ
「俺も頂いて無かったら流石に買ってないよ――と、それはいいとして、まずはマップを確認しておくか」
俺はそう言うとマップを開き、この世界の全容を確認しておく。
タイプ的にはバトロワ系のゲームでよくある海に囲まれた孤島で、北は雪山、南は砂漠、中央付近が今いる平原というのが大まかな形。
そしてその中には施設や、ボスがいるエリア等もあり、いくらお金の勝負と言ってもちゃんと戦闘を楽しめる要素も組み込まれている。
というより、ボスを倒すことでティアの高い武器やリエラがドロップする可能性がある為、普通に挑む人は多いだろう。
「とはいえ、取り敢えず俺はまず――……ん?」
▼Gissyさん後ろ! 後ろ!
▼こーれ食われてます
「え? あっ……」
そんなことを考えながら、俺はマップを閉じ事前に調べたことを行動に移そうとしたのだが、何やら画面が赤く染まっていることに気づく。
これは……と思いながら俺は後ろを振り向くと、そこにはゼロ距離で俺を齧り続けるトラの姿があり、間もなくそのまま気絶し死亡。
「おいおい、なんちゅうスタートだ……」
マップ内には人間やボスだけでなくモンスター、というよりは動物がそこら中におり、基本的に一定の範囲に入ると攻撃される仕様になっている。
無論銃等があればただの雑魚なのだが――原始人では正直人を除けばトラは最大の難敵と言ってもいい。
しかもトラは体力が多く移動速度も早ければダメージも高い。その癖大した素材も食料も出ないという最悪のクソキャラ。
▼いきなり喰われるとかGissyさんある意味持ってるな
▼まあ何にも持ってない状態で死んでるから全然ワース
「でもこれ、自分が本当に死んだ気分になって結構気持ち悪いぞ……」
まあ脳で直接やってる訳ではないのでいずれ慣れるだろうが――
ただそれでもこんな気分させられるのは凄いなと関心しつつ、俺はリスポーンをして今度こそEDGEというゲームを遊ぶことにする。
「よし、まずは木材と石を集める所からだな」
木材や石は道具や家を作る上で必須の素材である。
言わば原始人から人間へと文明を発展させていく上で必要な過程と言うべきか。
故に俺は人として最低限の生活環境を作り始めたのだが――
▼あ
▼まずい
「――……おいまた喰われたって」
▼Gissyさんトラ来てますよ
「おいおいおいおいおい逃――……はぁ……最悪や……」
▼次は2匹来てるんだが
「も~嫌や……嫌やって言ってるのに――……」
▼Gissyさん今度は3匹
「もうええってええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」
手を変え品を変え場所を変え、俺は何とか斧と弓と、そして家を作ろうと奔走するが、その度に何故かトラに襲われては死んでいく。
え? 何かもう死ぬことに慣れてません?
いやそんなことはどうでもいい、それより何でこんな俺の行く先々にトラが潜んでるんだよ……他に動物は幾らでもいる筈なのに――
お陰で全く素材が集まらず、気づけばもう一時間を過ぎようとしていた。
「それでも弓と斧は作れたが……このペースだと家が作れん……」
▼ツイてないってレベルじゃねえなこれ
▼もしかして運営さんやってます?
▼家がないとアイテムも保管出来ないしな
▼ベッドも置けないからランダムリスポーンになるのも辛い
▼もうやめたげてよぉ!
▼弓だとトラも倒せないからなー
▼しかも体力ないし脱水してるし、今度は餓死するぞ
「何でか全然人とも出会わないしな……ああ何か俺までひもじくなってきた」
正直リスナーがいなかったら普通に萎えてもおかしくないレベルである。仮想空間マジでこええよ……。
▼あっ
しかしそんな俺の悲痛な思いも虚しく、最早嫌がらせとしか思えないレベルでまたしてもトラさんがご登場する。
「もうこれ以上は死にたくはない……!」
いい加減無駄な時間を過ごせんのだと、俺は猛ダッシュでその場から逃げようとするが――餓死寸前の男にスピードなど出る筈がない。
「うぐぐ……まるで夢の中にいるような気分……」
早く走りたいのに全然進まないという、夢あるあるをまさかVRで体験出来ようとは……いやそんなの全く以て嬉しくないんだが。
「くそ……もう駄目だ――……あ」
もう俺は一生トラに喰われる運命なのだと、何なら運営は俺みたいな小物を甚振って遊んでいるのだと被害妄想まで出始めた瞬間だった。
ふいに目の前に、木で出来た家が現れる。
「や、やった、これなら……!」
家に入りさえすればトラは襲ってこない――
住居人が誰かは分からんが今は助けて貰うしか無いと、俺は何とか襲われる前に玄関に辿り着くと、必死に扉を連打した。
「す、すいません! 助けて下さい! トラに追われてるのとお腹が空いてるのと喉がカラカラなんです!」
「はーい――えぇ? なにそれ……いや、ちょっと待って下さいね」
すると幸運にも中に人がいた為、俺はようやくこの地獄の輪廻を終えられると、ホッと一息をついたのだったが。
「はいはいじゃあ取り敢えず中に入って――――あ」
「いや助かりましたありがとうございま――――あ」
ピンク色のウルフカットに青い瞳が特徴的なアバター。
そしてその頭の上に浮かぶ文字は、【Marin_S】。
何処からどう見てもどう足掻いても、菅沼まりんでしかなかった。