第42話 楽しい時間、新たなる刻
結論から言えば、人混み中で一際目立つ巨大化した妹の正体は、ヒデオンさんに肩車をされた水咲だった。
だがその状態はあまりに目立ち過ぎな上、何なら写真まで撮ろうとしている人までいた為俺達は慌てて会場内へと戻る。
そしてヒデオンさんが水咲を降ろした所でようやく一安心すると、俺は即座に頭を下げて開口一番にこう言った。
「本当に申し訳ないです……ウチの妹がご迷惑を――」
「いやいや違うんよ。何や会場のスタッフの対応が悪くてな、俺がグッズ売り場に顔を出しに行ったら興奮した客の波に妹ちゃんが流されてもうて」
「私が倒れて動けなくなった所をヒデオンさんが声を上げて助けて下さったんです。それはもうモーセみたいにぶわっと人が割れて――」
「成程……そういうことでしたか」
間近で見て改めて思っただが、ヒデオンさんの見た目は完全に海外の映像で見る厳つ過ぎるボディーガードである。
確かにDM杯の時にも言ったと思うが、そんな元プロゲーマーとは思えない彼に注意されれば、言う事を聞かない方が無理というもの。
「わざわざ妹の為にありがとうございました――でも何でまた肩車を」
「そらファンサやがな、あの場で注意するだけで終わってもうたら折角来てくれた人の気分が悪くなるやろ?」
「それはまあ……そうですね」
「後は俺のファンサは腕っぷしを見せるのがデフォルトなもんでな、相手がええと言ってくれたらそういうことをさせて貰ってるんや」
「ヒデオンさん本当に力持ちでビックリしました! ボールを持つ感覚で私のことをひょいと持ち上げて――」
「椅子にしか座ってないと身体が訛ってしゃあないから鍛えとるんやで、女の子1人持ち上げるくらいなら朝飯前や」
何なら両腕に二人とも掴まってもろて持ち上げることも出来るで! と快活に笑うヒデオンさんだったが、あまりのパワー系具合に俺は若干引いてしまう。
(しかし、こんなモンスター級の恵体の持ち主でも、ゲームではプレッシャーでミスするんだから怖いもんだ……)
まあだからこそ鍛えることが習慣になっているのかもしれないが――全くプロは大変な世界だな……。
「それにしても、君がGissy君とはなぁ……」
そんなことを思っていると、ヒデオンさんがじろりと俺を覗き込んでくる。
「あ、お会いできて光栄ですヒデオンさん。――いやホント、ただの普通の人で何だか申し訳ないです」
「いや? 寧ろ思っとった通りの見た目って感じやな」
「? は、はあ……」
「まあそんなことはええんやけど、ところでGissy君なんや慌ててる感じやったけど、何かあったんか?」
「え? ああそうでした――水咲、お前ゲストパス持っていくの忘れてただろ」
俺はヒデオンさんにそう言われはっと本来の目的を思い出すと、手に持っていたゲストパスを水咲へと差し出す。
「あ――も、申し訳ありませんお兄様……!」
「これがなかったら自分もだけじゃなく他の人にも迷惑がかかるんだから、浮かれる気持ちは分かるがもう少し気を引き締めて――」
「成程そういうことか、でもそれやったらわざわざ探しに行かんでも、入口付近待っといたら良かったちゃうか?」
「――……それは確かに」
どうやらあの女の子との奇妙過ぎる会話に引っ張られたせいで、俺は冷静な判断を失ってしまっていたらしい――
「これは流石に情――って、あれ? あの女の人は……?」
「? 女の人……ですか?」
「そんな子Gissy君の近くにはおらへんかったで」
「は……? そ、そんな筈は――」
しかし周囲を見渡してみるも、確かにその子の姿は何処にもない。
ついさっきまで隣にいた筈なのに、ど、どういうこだ……?
「黒縁眼鏡に三つ編み姿の、マスクを付けた女性がゲストパスを忘れたことを教えてくれて、一緒に探してたんですが――」
「いや、そんな子はGissy君を見つけた時点でいいへんかったな」
「ということは……も、もしかして幽霊ですか!?」
「ははは! 妹ちゃんはロマンがあってええ子やなぁ!」
「……? ヒデオンさん、何か足震えてますよ?」
ヒデオンさんと言えば夏のホラゲー配信は最早定番であり、いい年したおじさんが悲鳴を上げるだけで3万人が来る大人気コンテンツである。
まあ要するにその足の震えは思いっきりビビっている訳なのだが――悪いが今はそんな話をしている場合ではない。
「ううん……もしかしたら無事見つかったのが分かって戻ったかもしれないので、一応確認だけしてもいいですか?」
そう言って俺は一旦元いた席まで戻るも――やはりそこに彼女の姿はない。
(おかしいな……間違いなくあそこに座ってたのに――)
まさか本当に俺にしか見えない幽霊で……? とは流石に思わなかったが、それでも疑問は膨らんでいると、いつの間にか大会が始まる時間が迫ってしまう。
仕方なくこれ以上探すのは諦め、俺と水咲はウォッチパーティーをするヒデオンさんと別れて試合を見ることに。
「すげえ……あの状況からクラッチするのか」
「やっぱりプロは1段も2段もレベルが違いますね……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「大逆転でDMの勝利です!」
だがいざ試合が始まると、白熱したプロの、意地と意地のぶつかり合いに終始興奮し続けてしまう俺達。
正直試合の間はすっかり忘れてしまっていたが――結局初日が終了しても彼女は一度も戻ってくることはなかった。
(いくら不気味に思ったとはいえ、お礼の一つはしたかったんだがな……)
とはいえ、一体彼女は何者だったのだろうか。
◯
それから。
俺と水咲はDM杯の関係者を中心に挨拶回りをしていた。
ありがたいことに俺と、何なら水咲のことも知ってくれる人は沢山いて、おまけに嬉しい言葉まで貰った俺はひたすら頭を下げっぱなしだった。
何なら食事も一緒にどうかと誘われたのだったが――水咲のことを考えると色々心配があった為、断腸の思いで断らせて貰うことに。
「――いや、すまなかったね。挨拶が遅くなってしまって」
「いえそんな、こちら方が遅くなって申し訳ないです」
そして会場にいた観客も殆ど帰り始めた頃。
もう帰ろうかという所でようやくつのださんと会うことが出来た俺は、初めて直接顔を合わせて話をしていた。
因みに水咲は持ち前の愛嬌でヒデオンさんを筆頭に色んな配信者に可愛がって貰っているので心配は無用である。
「この度はご招待頂き本当にありがとうございました。間近で見るプロの闘いは本当に凄くて終始楽しかったです」
「楽しんで貰えたなら何よりだよ、DMもまだ優勝を狙える状態にあるし、醜態を晒さずに済んで良かった」
「自分達は明日の朝には帰りますが、優勝出来ることを祈っています」
「ああ、ありがとう――しかし、どうせ泊まって帰るのであれば明日も見て行けばいいんじゃないのかい?」
「一応それも考えたんですが、何分妹が初めての経験ではあるので」
いずれこういうことは1人で当たり前にするようにはなるだろうが、幾ら18といえ流石にまだまだ心配は残る。
ならば名残惜しい程度で終わらせておくのが丁度いいと思ったのだ。
「それに自分も帰った次の日から仕事があるので――ですが気持ちはここに置いていくつもりで応援させて頂きます」
「そういうことなら――ああ、そういえばだが」
「? はい」
「VRゴーグルは無事届いていたかな?」
「ああはい。届きましたよ、まだ開封はしてませんが」
今から1週間ぐらい前だったか、俺はトロフィーやお金の件で住所を教える必要があったのだが、その際別件で荷物を送ると言われていたのだった。
その時に送られたのがVRゴーグル――だがなんの用途で使うのか知らなかった為、取り敢えず自室に放置された状態だった。
「あれ、どうしたらいいんですかね?」
「? まだ連絡は行っていないのかい?」
「別に何もなかったと思いますが……」
「そうか……もう既に大分匂わせている筈なんだがね、おかしいな」
「……? 何かありましたっけ」
「いやまあ、いずれ詳細な連絡はあると思うが、もう少ししたらストリーマーサーバーが開かれる予定でね、それで今回はVRゴーグルを使う予定になっているんだ」
「ああ――そういえば……」
ストリーマーサーバー、通称【スト鯖】とは、基本的にオープンワールドのサバイバルゲームを使って配信者限定のサーバーを作り、招待した配信者同士で期間内を遊んで貰うというもの。
ゲーム内では様々なギミックが用意されているが、基本的に強制ではなく、何をするのも自由――この自由というのがミソである。
つまりどういうことかと言えば配信者が自分達のやりたいことを自由に、色んな人達と交流しながらすることで多くのドラマが生まれるのだ。
これがスト鯖人気の秘訣であり、大人気コンテンツと呼ばれる所以――俺も切り抜きで少し見たが、人によっては感動の物語すらあった。
「それを今回はVRの世界で――……って、もしかしてですけど、それに俺が招待されたんですか!?」
「そうだよ? 何なら妹さんの分のゴーグルも入れている筈だ」
「へ? み、水咲も……?」
「ああ、恐らくDM杯での活躍が影響したんだろう、地味ではあるが妹さんも話題にはなっていたし」
「――……」
「しかし君も中々ラッキーな男だ。こうも立て続けにチャンスが到来することなんて中々ないからね」
「そ、そうですね……」
……確かに、スト鯖はDM杯同様有名になる人が出てくる。
しかしDM杯と決定的に違うところを上げるとすれば――それは純粋なストリーマーが有名になることだろう。
とはいえ、それでも絶好な機会であることに違いはない。
違いはないのだが――
「……折角のご機会ですし、勿論やらせては頂きます」
「ああ、基本はただ遊ぶだけだからね、気楽にやればいい」
「――まあ仕事があるので、あまり時間は取れないかもしれませんが」
そう口にする俺は、妙に歯切れが悪い。
別に心の底から有名になりたいと思っている訳ではないのだから、つのださんの言う通り気軽にやればいい筈なのに――
しかしそれを言うことは出来ずにいてしまうと――つのださんの背後から関係者と思しき人の声が聞こえてくる。
「おや、じゃあそろそろ私はこれで、今日は会えて嬉しかったよ」
「いえそんな、こちらこそありがとうございました」
「ではまた――――――ああそうだ」
と。
話は終わり、つのださんは俺に背を向け歩き出したのだったが。
2、3歩あるいた所で急に立ち止まり、俺に向き直ったかと思うと。
彼女はこんなことを言い出すのだった。
「もし望みがあるならDMに来るといい、君ならいつでも歓迎するよ」




