第41話 誘導尋問という名の
ゲストパスとは、簡潔に言えばこれさえ持っておけば自分は関係者であると証明出来る通行許可証みたいなものである。
つまり逆を言えば持っていないと部外者という扱いになってしまい、当然ながら自由な行き来が出来なくなる。
だのに、水咲はそれを持たずに会場外にあるグッズ売り場に行ってしまった。
「何をやっとるんだあの妹は――」
「まあまあ、初めての経験ですから仕方ないかと」
浮かれているのがあまりに丸出し過ぎる水咲の振る舞いに、俺は深く溜息をつきそうになってしまう。
とはいえこの子がいる手前でそんな態度をとる訳にもいかず、俺はそれをぐっと堪えながらスタッフや選手を掻き分け出口へと進んでいた。
因みに電話はかけたのだが恐らくスマホを鞄の中に入れているらしく、通話音は聞こえるが一向に取られる気配がない。
「グッズ売り場は出て左奥だった筈です」
「申し訳ない――というか、これは俺達の不注意が原因ですから、もう席に戻って貰って大丈夫ですよ」
「いえ。いくら居場所が分かっているとはいえ混雑してる筈ですから、2人で探した方がすれ違いを回避出来るかと」
「それはそうですけども……」
あんなにジトジトした視線で俺達のことを見ていたというのに、やけに親切なその振る舞いに俺は変な気分になる。
顔も俯き加減で、喋り声のトーンも不自然な程低くてぶっきらぼうだし、失礼を承知で言えば言っていることと態度が噛み合っていないというか――
(ただ……随分と綺麗な人だな)
三つ編みの黒髪に、黒縁眼鏡とマスクと地味な様相なのに、その瞳から隠しきれない美しさのようなものが垣間見える。
加えて体型もスリムだし――もしかして有名モデルがお忍びで来ているのだろうかと思ったが、それにしては歩き方が少々不格好なのも気になる。
見れば見るほど、不思議な雰囲気に吸い込まれそうだった。
「…………? どうかしましたか」
「あ、いえ、何でもないです……」
しかしそんな姿をつい見惚れてしまっていると、訝しげな表情を向けられてしまい俺は思わず視線を逸らす。
まあ本当に有名な人変装しているのかもしれないし……だとしたらあんまりジロジロ見るのは良くないか。
故に、俺は当たり障りが無さそうな話題を振ることにする。
「ええと……因みに今日は推しのチームの応援で来たんですか?」
「――いえ、チームというよりはスタペが見たくて来た感じですね」
「あ、スタペが好きなんですね」
「はい、リリース当初からやっているぐらい好きです」
「ほーそりゃ凄い、自分はまだ初めて4ヶ月ぐらいでして」
「知――……そうですか」
え? もしかして今俺死ねって言われかけた?
いや、でもそれもそうか……。
まだスタペを初めて4ヶ月の若輩者が、関係者席で大会観戦などコネ野郎がと思われても仕方がないというもの。
とはいえ、実は私DM杯で優勝とMVPを――と言うのは超絶にキモいしな……。
ベタなこと言ったつもりが、完全に質問する内容を間違えてしまったと俺は少し後悔してしまっていると。
今度は彼女からこんな質問をされるのだった。
「ところで……差し支えなければ、貴方は何故ここに?」
「む? あー――」
やはり4ヶ月という台詞が気に障ったのか、芯を食った質問にどう返答をしたものか少し困ってしまう。
ただ――よくよく考えると、この会場の関係者は大体何かしらの理由で招待された人ばかりな筈。
ならば変に誤魔化さず喋った方がいい……か。
「いや実は今回SCLに出場するチームのオーナーさんに招待されて、折角ならということで妹と一緒に来ていまして」
「ああ――……成程、そういう……」
「……? どうかしましたか?」
「いえ何でもないです」
そう口にした彼女の眉間が、一瞬ギュッと寄ったように見える。
気の所為か……? とも思ったが、先程から妙に態度がおかしい彼女に、何だかこれ以上話をするのは危ないような気がしてくる。
だがそんな考えとは裏腹に、更に彼女はこんなことを訊いてきた。
「ということは――貴方は配信者界隈の人であると」
「ええまあ……そういうことになりますね」
「成程――ではストリーマーの配信もよく見てらっしゃると」
「は? そ、それはまあ勿論……」
「結構色々な人を見ている感じで」
「は、はい……」
え? ど、どういうこと? もしかして尋問でもされてるのか……?
止まらないどころか、寧ろエンジンすらかかっていく彼女の質問攻めに、俺の嫌な予感は増々強くなっていく。
何ならこの質問次第で俺は強大な権力に踏み潰されるのかと、若干の恐怖すら感じてしまっていたのだが。
彼女は少し間をおいて、最後にこんなことを訊いてくるのだった。
「――――で、では、どなたか推してる配信者はいるのですか」
「え? ――えー……そう……ですね。最近ですと一番よく見ているのはVtuberの刄田いつきさ――」
「ほぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……!」
「へっ?」
「いえ失礼しました」
急に機関車でも走り出したのかと言わんばかりの謎めいた声。
な、何なんだ……俺は一体何を推し量られているんだ……。
「ち、因みにですがそれは何でまた……」
「い、色々あるんですけど……端的に言えば人として好きだから――」
「そ、そそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそれはまた……」
実際DM杯を通して、俺は一層彼女の人柄が好きになっていたので、一応そこは素直に口にさせて貰う俺。
だが目を見開いてよく分からない声を吐き出す彼女に、いい加減怖くてしょうがなくなってくる。
いや……もうこれ妹を探すとか言ってる場合じゃねえぞ……変に身バレする前にまずは人混みに紛れて逃げた方が――
「……ん? ――――――!?」
だが、そんな俺の状況に更に追い打ちをかけるかのような光景が、俺の視界に広がってしまっていた。
(あれ……? もしかして俺は夢でも見ているのか……?)
人で溢れ返るグッズ売り場に、一箇所だけ出来ている人集り。
その中心にいるのは、俺の妹である水咲の姿――
だが水咲の身長は150後半である為、人混みの中で水咲を即座に視認出来るなど普通に考えてあり得る筈がない。
あり得る筈がないなのだが――
「何か……俺の妹クソでかくなってね……?」