第40話 一方的な邂逅
眼鏡にマスク、そしてネットで購入した緑のワンピースを身に纏ったあたしは、関係者入口からゲストパスを貰うと会場へと入った。
(大丈夫かな、バレてないかな)
基本的にこういった大会とかイベントで、Vtuberが直接出向くことはまずないというか、殆どあり得ない。
まあVGは比較的他のVtuber事務所と比べて現実感を出しても怒られたり、リスナーに失望されたりしないから、その辺緩くはあるんだけど――
(それでも、Vtuber以外の普通のストリーマーさんに身バレしてしまうのはあまり好ましい話ではない)
だから完全プライベートでこっそり会場に行くつもりだったんだけど――あたしは今関係者が通る通路を歩いている。
(流石につのださんに招待されて断る訳にはいかないしね……)
DM杯優勝の記念と称され招待されたSCL現地観戦。
色々配慮をしてあげるとのことでつい乗ってしまったけど、いざ会場内に入るとあたしは緊張で挙動不審になってしまっていた。
(嗚呼、早く席について一息つきたい――あ、LIBERTAの選手だ)
しかし根っからのスタペオタクなあたしは、そんな状態でありながらも周囲で話をするプロチームやストリーマーに視線が泳いでしまう。
因みにLIBERTAはヒデオンさんが所属しているプロゲーミングチームで、スタペでは世界3位の実績もある超強豪、当然人気も中々に高い。
何なら他にはKeyさんが所属するTeam Questもいれば、熱狂的なファンが多いで有名なつのださん率いるDeep Maverickの姿も。
(わ……凄い凄い、こんなに間近で見たの初めて)
そんな模様に当てられたあたしはいつの間にか緊張していることを忘れ、まるでミーハー女子のように心をワクワクとさせながら周囲を見渡す。
「いやー悪いけど今年もウチが優勝させて貰うで」
「おいおい、オンライン予選でTQが全勝なこと忘れてないかい?」
「でもオフライン経験の浅さが――」
「いやでも今年は――」
「!」
すると今度は、選手がいる場所からは少し離れた所でヒデオンさんとKeyさんが談笑する姿が視界に入ってくる。
(あ……本当はDM杯のお礼も兼ねて挨拶したいけど――というかヒデオンさんでっか、ホントに190ぐらいなんだ)
一度暴れたら誰も手が付けられないんじゃないかってぐらいの威圧感に若干緊張してしまうも、しかしあたしは顔を伏せつつ脇を通り過ぎる。
(でも……やっぱり何も出来ないのはもどかしいな……やっぱりプライベートで行った方が良かったかも)
目の前に沢山美味しそうな料理があるのに、何故か自分の前に見えない壁があって食べられないみたいな、そんな気分。
そんなお預け状態に段々ワクワクから悶々とした気分になり始めていたあたしは、そこでようやく関係者席まで辿り着く。
(ちょっと疲れたな……あ、つのださんが言ってた通り、関係者の出入りが殆どないエリアだから人もいないし落ち着いて見れそう)
よしよし、これなら気分を切り替えて楽しめそうだと、あたしは座席にゆっくりと腰を掛けたのだった。
が。
「すげえ、実際に見ると滅茶苦茶豪華なセットだなぁ」
「凄いです! あの中央ステージで試合をするんですね!」
「!!!!!?????!!!??!?!?」
◯
「はっ、わっ……! お兄様、私こんなに大きな会場初めてです」
「水咲、はしゃぎすぎるなよ」
お盆休み、中日の休出を終えた翌日。
俺は水咲と共に関西から新幹線に乗りこむと、電車を乗り継ぎ関東にあるアリーナ施設に来ていた。
開場は11時からということもあって朝から沢山の来場者で賑わっており、購入したグッズを早速着用したり、特製の応援うちわやボードを用意して楽しそうに写真を撮る人達があちこちで見受けられる。
そしてその会場の入口に掲げられるは『STYLISH PERIA CHAMPIONS LEAGUE 20XX』の文字。
「最早ライブだなこりゃ……凄い時代になったもんだ」
「でも確か仮詩さんのライブがあるんですよね」
「ああそうだな」
実はSCL初日のオープニングアクトを務めるのはウタくんであり、それもまた大会を盛り上げる一つの要素になっている。
「しっかし……改めてこんな規模の場所で当たり前のように前座を務める人とDM杯に出ていたなんて俄には信じれんな」
「何だか私も未だに夢を見ている気分です。それも関係者としてSCLが見れるなんて、やっぱりお兄様は凄い世界にいたんですね……」
「水咲、分かっているとは思うが――」
「はいっ、勿論です! ミーハー心は全て家に置いてきました!」
水咲にはSCLに連れて行く条件として、出演者、関係者に迷惑をかけない、関東に来てもちゃんと勉強をするという約束をさせている。
まあ水咲ならそれぐらい大した制約ではない筈だが――ニコニコと敬礼をする辺り妙に浮ついている気がして心配だな……。
とはいえ今更帰るという当然選択肢はなく、俺達は関係者入口からゲストパスを貰い会場内に入るのだったが――
慌ただしいスタッフと神妙な面持ちの選手の姿に緊張が走る。
「……俺達は隅っこを歩いた方が良さそうだな」
「そ、そうですねお兄様……」
本当にただ遊びに来ただけの2人が、到底ヘラヘラしていい場所ではないと悟った俺達は俯き加減でそそくさと座席の方に向かって歩いていく。
ただ始まる前にヒデオンさんとつのださんには挨拶をしておかないとな……と思いつつ、俺達は通路を抜け座席のあるアリーナ内に入ると――
視界に入ってきた舞台セットに、思わず感嘆の声を上げた。
「すげえ、実際に見ると滅茶苦茶豪華なセットだなぁ」
「凄いです! あの中央ステージで試合をするんですね!」
規模は約2万人ぐらいだろうか、その観衆に囲まれ試合をする舞台の形に、普段家や事務所で練習をする選手にとって相当なプレッシャーを与えるように思える。
勿論勝ちたいからこそが一番のプレッシャーだとは思うが――正直この人数に見られる状況ではそりゃあんな顔にもなるのも仕方がない気がする。
「まあ選手の方達にはそれを跳ね除けて頑張って欲しいものだが――水咲、取り敢えずトイレ休憩をしたらヒデオンさんを探しに――!?」
「――――――――――――……………………」
「はい分かりまし――どうかしましたかお兄様?」
「えっ? ああいや何も……」
てっきり俺達しかいないと思って気を抜いていたが、よく見ると俺達とは真反対の、端っこの席に座っている黒縁眼鏡にマスク姿の女性にじっと見られていることに気づき、俺は声を上げそうになる。
(何だ何だ……もしかして五月蠅かったか?)
いや、だとしても俺達の声より会場の音楽の方がずっと大きい。
となれば自分一人でこのエリアを独占出来ると思ったら、突然俺達が入ってきて不機嫌にでもなったのだろうか――
何だか妙に不気味な感じだが……まあ、あまり気にしない方が良さそうだな。
「――あ、お兄様……私先にグッズを見に行ってもいいですか?」
「ん? まあまだ時間もあるし構わんが――……1人で大丈夫か?」
「お兄様……流石に過保護が過ぎます。私もう18歳ですよ、第一迷子になったらスマホで連絡を取ればいいのですから問題ありません」
「そりゃそうか。じゃあ俺は少し休憩してトイレに行ったらヒデオンさんを探してくるから、連絡したらすぐ戻ってこいよ」
「はい! 分かりました!」
妹はそう言うとパッと席から立ち上がり、軽快な足でその場を後にする。
「グッズも売り切れたら可哀想だし……少しくらい羽は伸ばさせてやらんとな」
「――あの」
「!!」
と、そんな気持ちも束の間。
突然背後から声を掛けられた俺はビックリして後ろを振り向くと――そこには先程俺達を見ていた女性がすぐ傍に立っているではないか。
え……な、なんだ……? やっぱり何か不満でもあったのだろうかと、俺は少し身構えてしまうのだったが――
彼女はふいと人差し指を下に向けると、こう言うのだった。
「……妹さん、ゲストパス置き忘れてますよ」
「…………え?」




