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第39話 夏、兄妹の戯れ

 夏。


 学生の夏といえば誰であろうと嬉しいものでしかない。


 無論高校生までは宿題というものがあるが、それでも学校に行かなくていいというのはどう足掻いても幸せでしかないだろう。


 アウトドアな人間は毎日外へ遊びに行き、インドアな人間は毎日家でゲームをして過ごす――だが社会人にそんなものは一つとしてない。


 唯一あるとしても、それはお盆休みの期間のみ。


「何で中日に出勤しないと行けないんや……」


 だが薄黒さを感じる企業においてはその貴重過ぎるほど貴重なお盆すらも、何かしらの理由で出勤しないといけない。


 まあお盆など存在しない人よりはマシかもしれないが――それでも中日に休出を入れられたのは辛い以外の何者でもなかった。


「とはいえ……四連休をした代償みたいなものか」


 だからと言って何一つとして納得している訳ではないが、俺は深い失望感と共に仕事をこなすと、今日も今日とて22時前に帰宅する。


「お兄様おかえりなさい!」


 そして実家の玄関扉を開けるなり真っ先に出迎えてくれるのは、愛すべき優秀な妹こと崎山水咲。


 高校3年生である彼女は受験シーズン真っ只中ではあるが、それでも夏休みのお陰かその目はキラキラと輝いているように見えた。


 嗚呼、何と純粋な……水咲だけには俺のような覇気の欠片もない瞳にはなって欲しくないものだ……。


「ただいま水咲――絶対俺みたいにはなるなよ」

「え? んー嫌です、お兄様みたいな人に私はなりたいです」

「なんでやねん」


「当たり前じゃないですか! あの20万人以上の同接を記録した! DM杯でお兄様は優勝とMVPを獲得してるんですよ!」


 プンプンと言わんばかりの表情で、両手で拳を突き上げそう不満を訴る水咲。


 あれからもう2週間以上は経っているというのに、未だに彼女のDM杯熱、いやDM杯ロスは一向に収まる気配がない。


「あの優勝を決めたガチ解除……私は瞼を閉じると今日のことのように鮮明に映ります、お兄様の努力が詰まった奇跡の結晶――」


「そうか、ちゃんと英単語が映るように早く書き換えろよ」

「? 難関国公立模試でオールA判定でしたが何か」

「う~ん今日も俺の妹は優秀だぁ」


 いやマジで優秀過ぎんだろ。何であれだけ毎日のようにスクリムを見て本番も見て、何なら配信も見てその成績が取れる。


 俺なんて学校であったセンター模試(今は共通か)すら受ける意味もない頭だったし、志望校は大体C判定だったというのに――


「だがそんな水咲が最高でしかない」

「いーえ、お兄様の方が最高です!」

「いや、そんなことはな――」


 と、今までならそんなことはないと断言出来た筈が、DM杯を通して目に見える結果を残してしまった俺は若干それが憚られる。


 まあ無論あのチームだったからこそというのは変わらないのだが――俺を他人視点で見たら厭味にしか聞こえないからな……。


「しかもそれはちゃんとSpaceの登録者数にも現れています、あの0だったお兄様が今や2万人! 同接も平均1000人です!」


 そう嬉々と語る水咲だったが、実際DM杯特需は凄いことになっており、たった2週間弱でとんでもない勢いで登録者数が増えていた。


 いやいや2万って、と思われるかもしれないがそもそもSpaceは配信特化サイトでBuetube程人口が多くない為、2万でも十分過ぎる程に多いのだ。


 まあ流石に同接は一時的なものだと思うが――ただ、ここまで急激に増えてしまうと俺もどうすればいいか分からなくなる問題があった。


「でもソロスタペなんてマジで喋れないからな……何をしたらいいか最近マジで困ってるんだよな……」


 この上手く喋れるか否かという点は、前にも言ったがゲームが上手いことよりも重要な要素である。


 無言で勝ちまくるトップランカーとリスナーを笑わせまくるゴールドランク配信者なら断然後者の方が人気になる。


 つまり危惧していたことがそのまま浮き彫りになったということ――よくトップストリーマーは『視聴者が0人でも喋り続けられないといけない』と言うが、今の俺を見ているとまさにその通りだと痛感していた。


「しかも1000人に向けて話すのは本当に難しい……お陰で最近はランクも停滞気味でリスナーから励まされる始末だし――」


 幸いリスナーは上手く喋れない俺を責めたりはしないのでそれだけは救いだったが、それもこのままだとひっそりフェードアウトされてしまうだろう。


「確かにそれはそうですね……やっぱり私も一緒にやりましょうか?」

「いや、水咲はちゃんと受験勉強を頑張れ」


 配信を始めてからというもの、水咲は成績こそ落ちていないもののパソコンの前に座ることが増えたのは紛れもない事実。


 その姿に流石の両親も心配の声を上げることが増えていた為、俺のせいで受験を失敗されたらたまったものではないと釘を差していたのだった。


「ですがこのままでは良くはないですよね……」


「別に人気になりたいという訳ではないんだが、楽しみに来てくれているリスナーを失望させるのは流石にな――――ん?」


 そう呟きつつ俺は自室に入りパソコンを付けると、Waveにヒデオンさんから通知が来ていることに気づく。


「あ――もう大会も終わって別に連絡をする必要なんてないのに……こうして連絡をくれるなんて有り難い話だな」


「お兄様のこと心配して下さっているんでしょうか? それともゲームでコラボのお誘いとか――」


「いずれにしても嬉しいことに違いはないな。そういうことなら恥を忍んで相談してみるのも一つか――あ、もしもしお疲れ様です」


 と、俺はヒデオンさんが配信をしていないのを確認してから通話をすると2コールぐらいでヒデオンさが出る。


『おーお疲れさん、すまんなもしかして仕事やったか?』

「ええまあ、でももう帰ってきたので大丈夫ですよ」


 配信でもいつも見ているのに、その声は妙に懐かしさを俺に感じさせてくる。


 何だかんだおれもロスが抜けていないんだな……と思いつつ、取り敢えず用件を聞こうかと思っていると。


 ヒデオンさんはこんなことを言い出すのだった。


『ああ悪いな、いや実はな、来週の盆休みSCLがあるのは知っとるやろ?』

「あーそうですね、見たいなとは思っていたんですが」


 SCLとは予選を勝ち上がってきた日本のプロゲーミングチームが世界大会への出場権を掛けて戦う大会であり、二日間かけて行われる予定になっている。


 確かアリーナを抑えてやる程大規模であり、俺は現地でウォッチパーティをするヒデオンさんの配信を見ようと思っていた。


『それやねんけどな、良かったら現地観戦にこうへんか?』

「えっ? そ、そんなの大丈夫なんですか?」


『そら俺とGissy君の仲なんやから、ちょちょっとつのだに言うて運営に圧かけてもろたらちょちょいのちょいよ』


 それはつまりヒデオンさんではなくつのださんのお陰なのでは……と思ったが、それは口にしないでおく。


 というか、現地観戦などしたことが無かった為当然興味があった。


「いや、是非行きたいです。こんな機会もうないと思うので」


『? 別にそんなことはないんちゃうか? まあそれやったらまた追って連絡させて貰うわ――ああそれと、妹さんも連れてきいや』


「えっ? misakuをですか――――あっ」


 そこまで言って、しまったと俺は口を噤む。


 丁度水咲には勉強に集中しなさいと言ったばかりだというのに、当の兄はそんな妹を差し置いてイベントへと赴こうとしている……。


 とはいえそれは責められるような話でもないのだが、当然横で話を聞いている妹は概ね察していることだろう。


 自分も行ける筈なのに、行かせては貰えないのだと。


 そう思うと急にぞわりとした悪寒を覚えた俺は、恐る恐る視線を背後にいる水咲へと向けてみると――


「――……」


 まるで何かを悟ったかのような、実に寂しい表情で顔を横に振る水咲。


 今一度言うが、俺は妹のそういう態度には滅法弱いのである。


「おう、妹さんもスタペ好きみたいやし、折角やったらちょっと一緒に来てもろて羽を伸ばしてもろたら――ん?」


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…………!!!!!」


「なんや!? Gissy君どないしたんや!? 生まれるんか!? それとも急に進化するレベルまで上がってもうたんか!?」




 故に結果どうなってしまったのか。

 それは最早語るまでもない。

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