第31話 窮地
第5回DM杯2日目。
俺達【伝説、お見せします】は刄田いつきから初日のフィードバックとそれに伴った座学を受けると、いざ大会へと臨む。
配信では初日と同じOPが流れ、実況と解説によって大会のルール説明と出場者、そして初日の結果が説明されると、決勝トーナメントと順位決定戦が開始。
相手は予選3位のチームBこと【夏はやっぱり家でゲーム】。
予選ではフィジカルは強いが連携面で隙が見える相手であり、俺達はそこを突くことで勝利をもぎ取っていた。
ただ逆を言えばその点を改善してくれば苦戦は必至――しかし結果から言えば彼らの対策は俺を抑えるというものだった。
(やはり、連携面は一朝一夕で改善出来るものではない)
つまりそれだけ俺達は高い連携力を持っていることになるのだが――とはいえ若干押されはしたものの15-7で勝利を収める。
残すは、決勝戦のみ。
『さて――いよいよ最後やな』
『3位決定戦が終わったらですね、流石にぼくも緊張してきました……』
『相手は当然【無敵ゲーミング】か、予選4位の【SeventhSence】相手に15-2はちょっと仕上がり過ぎてるかもね』
「やっぱり菅沼まりんは今日もノってるか――」
もしや昨日のことが関係しているのか、それは定かではないが――下手に言うことも出来ないのでそこまでは口にしない。
『あの子はSRを出してくるとマジで手強いなからな。強気に落とそうとする姿勢は潰しきれんと一生ラウンドを取られてまう』
そう言うヒデオンさんはその昔DOD時代にSR使いとして活躍したことで、【門真の死霊】という何とも言えない異名を持っていた。
だがその名に違わずヒデオンさんのSRに助けられたラウンドは多かったのは事実で、その彼が認めるということは菅沼まりんのフィジカルは本物ということ。
『しかし、その勢いをKeyさんが与えているとも言えますからね』
『まあ――お互いの能力が相乗効果を生んでるやろな』
『となると、やっぱりけいさんの選択肢を減らさないと……』
『ええ。その為にも本番前にも言いましたが、まず射線がある所はジャンプピークは徹底して下さい』
ジャンプピークはSRを使う相手には特に有効となる技の一つだ。
相手から見て瞬間的にしか身体が見えない為弾を当てづらく、尚且つこちらは相手の位置を視認出来るというのが大きなメリット。
「だが、それでも落としてくるのが菅沼まりんではある」
『はい。なので状況に応じてダブルピークをしたり、スキルを使ったクリアリングも忘れないようお願いします』
『でも、そればっかりだとぼく達がやってるように裏取りされちゃうよね』
そう。
俺が抑えられればヒデオンさんやウタくんが動いてくれるように、当然ながら菅沼まりんが抑えられれば向こうも同様のことをしてくる。
Keyさんの判断力は刄田いつきに引けを取らないのだ。
そうなれば当然相手を上回る戦略が必要になってくるが――
『そこに関しては――ヒデオンさんの腕に賭けてもいいですか?』
『ん? 俺か?』
『恐らくこの試合はどちらが中央を取れるかが重要になります。当然モクやサーチも大事ですが、ヒデオンさんのSRで中央のKeyさんを落として欲しいかと』
『……成程な、ガチンコ勝負っちゅうことか』
つまりそれは、元FAMAST時代のチームメイト同士の対決。
無論スクリムでも予選でも何回も行われてきた事だが――改めてそこが重要だと言われると妙に空気が引き締まる感じがあった。
『――ま、リーダーが言うんやったら俺は従うだけやで』
「…………?」
だが。
これまでどんな状況でも明るく振る舞ってくれていたヒデオンさんのトーンが、若干低くなったような感覚を俺は抱く。
しかし刄田いつきはそれに気づいていないのか、その言葉に『よろしくお願いします』と返すと、そのままこう続けるのだった。
『――では皆さん、必ず笑顔で大会を終えましょう!』
◯
第五回DM杯、決勝戦。
決勝は準決勝の時のようなアドバンテージはなく純粋なBO3となっており、兎にも角にも先に2勝した方が優勝。
因みに他の試合は全て終了し、残すは【伝説、お見せします】と【無敵ゲーミング】のみ。となれば必然的に視聴者は集中する。
公式配信の同接も20万人に到達しようとしており、俺の配信に至っては8000人という、炎上した時以上の視聴者が詰め掛けていた。
『絶対に優勝します! もうそれしかないです』
『スクリム含め全勝優勝は史上初らしいので、必ず達成したいですね』
そして両者リーダーが挨拶を済ませると、いよいよ決勝戦の幕開け。
『屋上1人! ――ごめん! ゼラニウムSR持ってる!』
『えっ! うま――』
『うわ、マジか……』
『何とかボム設置だけでも持っていきたいとこやが――』
『――――くっ、ナイストライです』
俺達は序盤から積極的な攻めを見せ試合をコントロールしようとするが、それに対して【無敵ゲーミング】が圧倒的なフィジカルを見せつけてくる。
(まさか序盤からSRを使ってくるなんて――)
SRには主に2種類あるのだが、菅沼まりんが使ってきたのは比較的序盤の金銭状況でも買うことの出来る威力の弱いSR。
簡単に言えば確実にヘッドショットが出来ないと一発で倒せないタイプのSRであり、技量が問われる為カジュアル大会ではあまり使われないのだが――
彼女はまるでそれが当然であるかのようにバシバシと俺達の頭を抜いてしまうと、それで金銭的有利を作られ武器差でリードを広げられてしまう。
『ゼラニウム入ってきた!』
「倒した倒した!」
『ナイス! 洞窟にもワン!』
『やりました! あと1人分からないです!』
『ゆっくり! 落ち着いてまずは設置をして下さい!』
「いた! 脇道から出てきてる!」
『――……よおおっし!!』
『ウタくんナイス!』
だがそう簡単にやられてなるものかと、俺達はスキルを駆使して菅沼まりんを積極的に抑えたり、得意のセットアップでラウンドを取りに行ったりしたのだが。
それでも、予選の時以上のデッドヒートにはならず、差が徐々に徐々にと開いて行ってしまう。
その結果。
『Gissyさん! 一旦解除音鳴らして下さい!』
「――……いや顔を出さない、クソッ! 時間が」
『~~~~~~~~っ! ナイストライです……』
菅沼まりんとの1on1を勝ち切ることが出来ず、敗北。
第1戦は9-15で【無敵ゲーミング】の勝利となった。
これでもう――俺達は完全に後に引けなくなった。
『……序盤のまりんのSRが大分効いてしまいましたね』
『完全に隠し持ってたというか、あの武器構成は完全にプロのだね』
『この1試合目のために準備していたということでしょうか……』
『――……』
今度こそは負けないと意気込んでいただけに、想定外の形で敗北したことに完全に意気消沈しまう俺達【伝説、お見せします】
とはいえ、まだまだ優勝の芽は残っている。
いくら不意を突かれようと、匙を投げるにはあまりにも早い。
早いのだが。
(それよりも……明らかにヒデオンさんが中央を抑えきれていない)
俺はストライカーという性質上αやβのエリアに向かう際、刄田いつきかヒデオンさんと行動を共にすることが多いのだが、ヒデオンさんが撃ち負けている回数が圧倒的に増えていたのだ。
つまりそうなると俺自身も下がる回数が増え、中央の相手のエリアを相手に受け渡すことになる為、結果射線が増え負ける可能性が高まることになる。
ただ――今までヒデオンさんがここまで負けることは殆ど無かった。
(恐らく決勝で負けられないというプレッシャーが、責任感がヒデオンさんの精度を下げているかもしれない……)
かつてDODで日本最多優勝をしている彼なのにプレッシャー? と思うかもしれないが、昔がそうなら今も、とは限らないのだ。
現役のプロですらそういった調子の狂い方はいくらでもある。ましてや相手が常勝のKeyさんとなれば余計にとも言えるかもしれない。
やはり――試合前のヒデオンさんの異変は見間違いではなかった。
(だが、問題はそのことを誰も上手く言えないということ)
いくらフランクで親しみやすいヒデオンさんでも、ストリーマーを代表する大御所であることに変わりはない。
ミスの指摘ならまだしも、励ますというのは相当難しいものがある。
そういう意味ではもっと近しい年齢の人がいれば良かったのだが――
『――では、次こそ絶対に勝ちましょう、まだ終わりじゃないですから』
結局、刄田いつきもその点に関しては言えずに修正点を報告するだけとなり、上手く雰囲気を変えることが出来ないまま第2戦へ。
しかし当然中央を抑えられない展開は続き、それをKeyさんが逃す筈もなく、ズルズルと悪循環に飲まれる内にあっという間に0-6に。
流石にまずいと思ったのか、刄田いつきは堪らずタイムアウトを取った。
『いや……一旦落ち着きましょう。大丈夫です、あたし達は誰よりも練習をしてきたんです。そんな簡単に負ける訳がありません』
そう彼女は言うが、声には明らかに余裕がない。
『そう……だよね』
『うん、それは分かってるよ』
『…………』
当然アオちゃんもウタくんも負けがちらついているせいかうまく声が出せず、ヒデオンさんに至っては声も出せない状態まで陥っていた。
だが俺はと言えば――比較的冷静だった。
何故なら負けている理由が戦略的なものではないから。
精神的なものであるなら、キッカケ一つで何とかなる。
ならば――こうなったらまずは俺がキッカケを引き出すしかない。
『えー……取り敢えずですね、行かなくてもいい場面で行ってしまったりとか、その逆も然りな状態なので、もっと声を――』
「いつきさん」
『はい、どうしましたかGissyさん』
「次はバイラウンドだったよな」
『? ええまあ……そうですが』
「LMG、使ってもいいか?」
『えっ?』
「それで俺が流れを変えるよ。だから――皆さん必ずついて来て下さい」