第29話 盤外戦
『あ、どうもどうも! いやすいませんね、初日が終わったばかりなのに』
「いや……まあ、それはお互い様ですし」
繋いだ途端軽快な声で挨拶をしてくる菅沼まりんに、俺は何故かエネルギーを吸い取られそうな感覚が走ったが、何とかそれをギリギリの所で耐える。
(それにしても……)
お互い全勝だったからこそ分かるが、勝ち続けるのには相当神経を使う。
普通ならグロッキーでもおかしくないのに、随分と元気なことだ。
『こちらから連絡しておいて何ですけど、今お時間大丈夫そーですか?』
「ああ、それは全然。一応配信もしてないからご心配なく」
『おー、Gissyさんも配信者らしくなってきたんですね~』
「……まあ、迷惑はかけれないですから」
その言葉に俺はありきたりな返事をするが、心の中では別のことを考えていた。
(断定は出来ないが……やっぱり声は神保さんによく似ている)
普段の神保さんの声というよりは社員に対して明るく振る舞っている時の、声のトーンが高い神保さんに似ているのだ。
それに――これはあくまで勧められたから少し調べた為というのを前置きさせて貰うが、まず菅沼まりんは自分の住まいが関西だと何度か言っている。
(しかも実家暮らしであるとも、これは神保さんも同様だ)
何なら神保さんと【こどおじとこどおばですね~】なんて会話をした記憶があるので、ほぼ間違いないと言っていい。
(そして極めつけは彼女の配信時間)
彼女は刄田いつきやアオちゃんと違って、配信時間が休日を除き大体18時から深夜1時ぐらいまでの間と決まっている。
無論彼女は【概算】18歳というテイなので、社会人をしていると明言したことはないのだが――
(考えれば考えるほど、菅沼まりんが神保陽毬にしか見えてこない)
『? どうかしましたか?』
「あーいや、でも本当に大丈夫かなと思いまして」
『え? 何か問題でもあります?』
「ほら、一応大会期間中ではあるので、あんまり他のチームと話をするのも良くないんじゃないかと思ったもんで」
『いやー? 大丈夫なんじゃないですか? まあ感想戦みたいなことはしない方がいいと思いますけど、単純にお互い得がないですし』
「それもそう――ですか」
ふむ、となるとチームDのスパイ的な訳でもないのか……。
だがそうなってしまうと増々嫌な予感が巡り始めてくる。
(俺でもこれだけ菅沼まりんを神保陽毬と疑っているのだ。彼女がGissyイコール崎山義臣であると疑っていても何ら不思議ではない……)
つまり、それを使って俺に脅しをかけようという可能性も――
【ふへへ、貴様が会社をサボってゲーム配信をしていることを社員にバラされたくなければ決勝でトロールをするのだ!】
(いやいや、だとしても俺も彼女の弱みを握っているのだ)
つまりこんな所で暴露合戦など共倒れもいい話。
ならば、一体彼女なんの目的で俺に通話を――
と、俺は変に浴び続けた注目と疲労のせいで、自分でもよく分からないぐらい疑心暗鬼に陥り始めてしまっていると。
菅沼まりんは俺に対しこんなことを言い出すのだった。
『まあそれはいいんですけど、まずはすいませんでした』
「……ん? 何で謝るんだ?」
『ほらそのー、勝利者インタビューでGissyさんを名指ししてしまったので、もしかしたら迷惑をかけたんじゃないかと思いまして』
「あぁ……それでわざわざ」
『いや~本当に接戦の勝負でしたから勝てた時はつい興奮しちゃいまして……いやはや重ね重ね申し訳なかったです』
「いやいや、全然大丈夫ですよ。やっぱり嬉しいものは嬉しいですし、もしかしたら俺もそういうことを言っちゃったかもしれないですから」
どうやらこの様子だと、自分の失礼を詫びにきた感じらしい。
とはいえ別にそれぐらいで目くじらを立てる話でもない。暴言を吐いた訳でもないのだからわざわざ直接謝る必要もないと思うが……。
しかしこの律儀さこそ彼女の良さとも言えるのか。
(いずれにせよ、俺を脅すつもりでは無さそうで良かった)
どうやら俺も杞憂が過ぎてしまったようだ。
それならお互いに健闘を称え合い、【次は負けないぞ!】ぐらいの会話で終わらすのがベストだろうと、俺は気を取り直したのだったが――
『まあGissyさんに勝ちたかったというのは本当ですケド』
「…………む?」
唐突なカウンター攻撃に、場の空気が一変する。
「あー……まあ、お互い推薦枠でロールはストライカー、しかも全勝同士だしな、俺も意識していなかったと言えば嘘にはなるけども」
とはいえ、そこで急にバチバチとやり合っても何も意味はない為、俺は完全に借りてきた言葉を使って上手く躱そうとする。
だが彼女は闘志が燃え滾っているのか、尚もこう言うのだった。
『まあそれもあるにはあるんですけど、私は貴方のそのふざけた強さに関して一つも納得をしていないものでして』
「何だ何だ、まさかチートでも疑ってるのか?」
『いえ? 流石にあの立ち回りを見れば使ってないことぐらい分かりますよ、寧ろそれが上手いからこそあり得ないとでも言いましょうか』
「……つまりあまりに仕上がり過ぎだと。だが俺もこの3日間死ぬ気で練習したからな、単純にその成果が出ているだけだと思――」
『初心者が3日死ぬ気で練習しても、普通はそうならんのですよ』
そうやって菅沼まりんは被せ気味に言ってくると、やや語気を強め立て続けにこんなことをいうのだった。
『何れにせよ、私は貴方のようなぽっと出の素人が大活躍するなど認めていませんので! 必ず決勝で叩き潰しますから覚悟しておいて下さい』
「――……まあまだ決勝に上がれると決まったわけじゃないが」
『うっせー! なら決勝までにくたばんな! 兎に角私がGissyさんを叩きのめすからまずは生き残れ! じゃあなこのサボり野郎!』
と、どうやら菅沼まりんの逆鱗に触れてしまったらしい俺は普通にキレられると、そのままブツリと通話を切られるのだった。
「おいおい……リスナーと喧嘩してる時ぐらいキレてたな」
まさに敵意剥き出し、まさかここまで敵対視されていようとは。
しかしまあ――要約すると彼女の言いたいことはこういうことだろう。
配信者として、ストリーマーとして、成功したいとも思ってないような奴が大会で注目を浴びるんじゃねえと。
一見するとそれは横暴ではあるが、しかし彼女が言うのであれば俺は仕方がないんじゃないかという気持ちもあった。
(神保さんの前では言わなかったが、実は彼女は2度の転生経験がある)
一度目も、二度目も、活動期間は2~3年ぐらいだが、中々結果が出ずに泣く泣く引退している背景があるのだ。
つまり菅沼まりんとは、やっと手にした三度目の正直。
「それをこんなぽっと出の男に話題を掻っ攫われたら、何としても叩きのめしたい気持ちになるのはおかしな話じゃない」
まあだからこそ、俺は脅される可能性もあると思ったのだが――
「だが、俺もそれで手を抜くつもりは一切ない」
俺にもチームの為に、リスナーの為に、そして何より刄田いつきに優勝を届ける為に負ける訳にはいかない事情があるのである。
ならばもう、全力でぶつかり合う以外の道はない。
「そして今度は俺が――――――……ん? サボり野郎?」