第27話 邂逅せずに終わる男
3人称視点です
『え? いつきさんのチーム4連勝してるん!?』
『これスクリムの時から完全にチーム変わってるぞ……』
『GissyさんのACS300超えて1位だって』
『マジで? いやでも、確かにその片鱗はあったな……』
「…………ッチ」
Crudeはマイクをミュートにすると、不快感を抑える為に一つ舌打ちをした。
(4連勝だと……? あの全敗していたチームが?)
俄には信じ難い事実に、考えれば考えるほど激しい苛立ちが彼を襲ったが、それで事実が変わる訳でもない。
ただ、彼が苛立つ理由はもう一つあった。
『次の試合相手、伝説だったよな……』
『ここで負けたら決勝トーナメント進出はかなり危ういね』
『よりにもよってこのタイミングかぁ、クソォ~……』
『まあまあ! 勝てばええんやから! それだけだよ!』
『そうですね――ここまで出た修正点を改善すれば勝てない相手ではない筈です。皆さんならきっと出来ます』
(は? 修正点を改善出来てないからこんだけ負けてんだろ)
というのも、CrudeのチームFこと【くせのあつまり】は現状1勝3敗とかなりの苦戦を強いられてしまっていた。
しかも刄田いつきのチームに敗北すれば負け越しは確定、決勝トーナメント進出はかなり厳しいものとなる。
当然コーチもチームも負けたくない気持ちはある。だが仮に刄田いつきチームを越えたとしてもその後には同じく全勝中のKeyチームが控えている。
それを考えれば、トーンが落ちるのも無理はない。
だがそれでも、Crudeにとって負けだけは許せなかった。
(このままじゃ俺のトップストリーマーへの道が消えるだろうが……)
ヒデオン、Key、AceLab、日本三大トップストリーマーの仲間入りを果たし、四天王となる夢が潰えてしまう――
そんなものは露程もあり得ない話だったが、優勝して名を挙げ、Gissyを吊るし上げればそうなれると、この男は本気で思っていた。
ストライカーの中でK/DもACSも最下位だというのに。
(しかもあの2人に負けるなんてこれ以上ない屈辱……こうなったらもう、アレを使うしかねえ――)
だが、目先の欲しか見えていないCrudeは一旦配信画面を暗転させると、とあるソフトを起動させる。
それは言うまでもなくチートツールだった。
とはいえ、目に見えて分かるようなものでは簡単にバレてしまう為、彼が使ったのはHS率のみが上がるチート。
(露骨にHS率を上げるんじゃなく、あくまで自然な弾道でプロレベルのHS率になるチートだ……これなら絶対にバレない)
何なら大会中に覚醒したと言われ、注目される可能性も……とCrudeはあまりに愚かな妄想まで掻き立て始めてしまう。
境遇を見れば彼とGissyは似ている筈なのに――
たった数日であまりに絶望的な差がついてしまっていた。
『――では、ボムの解除音はもっと早く鳴らすようお願いします。ここが正念場なので本当に頑張って下さい……Crudeさん?』
「――……ん?」
『大丈夫ですか? 先程から何だか静かですが……』
「? はっ、大丈夫に決まってんでしょ。何なら俺がGissyをぶっ壊してやりますから、まあ見といて下さいって」
『は……はぁ……』
『『『………………』』』
『……ま、まあ! 勝とうと思ったらそれぐらいの気持ちは大事やからね! よーし……皆諦めずに頑張でー!』
チームとは皆が同じ目線でなければ決して成り立たない。
コーチの話も聞かず、チームの輪にも加わろうとしない者がいる時点で勝率は言うまでもなく下がる。
しかし悲しいことに誰もCrudeを咎めたり、まともに話し合ったりしようとする者はいなかった。
それは彼に対する嫌悪感も少なからずあったが、それ以上に下手なことを言って炎上させられたくないから。
それでもスクリムで勝てていたのはCrudeもスタペの基礎知識はあったということと、仲間が必死にキャリーしていた為でしかない。
故に、この試合でも彼らはその皺寄せを受けることになる。
(は……? おい……何だよこれ……)
βでGissyを落としてやろうと意気込むCrudeにリリィのサーチが入り位置が割れ、Crudeは下がろうとする。
だが即座に入ってきたダリアのスタンとペチュニアのフラッシュを同時に食らったことで身動きが取れなってしまう。
『駄目だ! これ下がれないし行けない!』
『まずいまずい!』
加えて後続がいる洞窟と脇道をアネモネのモロトフが塞いだ結果全員が動けなくなり万事休すに――
(ヤバい、やられる――!)
そこに聞こえてきたゼラニウムの高速移動の音で、流石のCrudeでも窮地を理解したが最早手遅れ。
1人、そしてまた1人と落とされた所で後続も入り、気づけば十秒もしない内に全員落とされ、ラウンドを取られていた。
チートツールなど何の役にも立っていない、一瞬の出来事。
『ちょっと待ってや……何も出来へんかってんけど』
『あれ……プロが使ってるセットアップじゃないか?』
『た、確かに……じゃあいっちゃんが仕込んだってこと?』
『この短期間で……ならまたβか? いやでも――』
(くっそ……いや待て、こんなモン不覚だっただけだ。分かってしまえば対策は出来る、そこから俺がやってやれば――)
無論、その考えは間違っていない。
だが馬鹿の一つ覚えみたく同じことを繰り返すチームならば、そもそも4連勝などしていないだろう。
(はぁ!? ドライピークだと……?)
事実スキルを組み合わせて丁寧に攻めてきたかと思えば、今度はスキルを使わずフィジカルだけでCrudeを落とすGissy。
(ふ、ふざけんな……何でこんな簡単に押し込まれてんだ……! さっきから何やってんだ味方はよ!)
『うわごめん……ちゃんと階段警戒したのに……』
『いやしょうがない、切り替えていこう』
『カバーの意識を大事に、Gissyさん1人にやられすぎてる』
しかしGissyへの警戒を強めようとすれば、今度は彼をベイトとして使い、裏取りをしたヒデオンの餌食となる。
『ヤバいこれ……何で……』
成長度合いに差はあれど、上手くなったのはGissyだけではないのだ。
チーム全体を底上げしたことで対策し辛い闘い方が出来るようになっている。それが【伝説、お見せします】だった。
故に、Crudeはおろかチーム全体の士気が落ちていく。
『ああっ! ごめん……右』
『くそっ、ああ……』
『……………………ああぁ~~~!!! すまん、マジですまん……!』
『いやいや、ナイストライだよ~』
『GGだよ、完敗だ……』
「…………」
そして迎えたマッチポイント。
結局最後まで彼らへの回答を見出すことが出来なかった【くせのあつまり】は、3-15という圧倒的大差で敗北。
決勝トーナメントが大きく遠ざかり、嘆くメンバー達。
その中で、Crudeは一人呆然としていた。
(俺、チート使ってたよな……?)
だったら圧倒的な撃ち合いの強さで俺は今注目を浴びている筈だろと、彼は心の中で反芻するが、何度見直しても目の前にはあるのは【DEFEAT】の文字のみ。
ただCrudeの戦績が悪いかと言えば、決してそんなことはなかった。
チートツールを使っただけの効果はあり、この試合だけで言えば負けはしたもののACSはそれなりの数値を出している。
(なのに……何で負けてんだよ)
だが碌に声も出さず、チートに溺れ独り善がりなプレーをしていれば、ただでさえ低い勝率が更に下がるのは必然。
いくらチートを使い撃ち合いが強くなろうとも、それをチームとして活かせなければ何の意味もないのだ。
『あ~~~もっとちゃんと声を出せてれば……』
『いや出せてただろう、寧ろ俺の方が黙って――』
『いやいや俺が――』
すると、チームメイトが遠回しにCrudeを揶揄する声をあげる。
だがしかし、そんなことなど分かる筈もない彼には雑音にしか聞こえず、余計に苛立ちを募らせる。
(はぁ……マジでウゼえ。まさかここまで使えないゴミメンバーだったとは、本番で力を発揮出来ないとかあり得ねえだろ)
ああマジで最悪だ、俺の人生をどうしてくれんだよと、彼は無意識の内に爪を噛んでしまっていると。
「……あ?」
ふとコメント欄の勢いが増していることに気づく。
▼マジで終わってんな、下手すぎ
▼お前の適正あってもゴールドだろ、何で大会出れた?
▼もしかしてコネ使って大会出たんですか?
▼俺と代わった方がマジでマシ。
▼チームの足引っ張ってることをいい加減自覚しろ
▼チームが可愛そう過ぎて泣けてくる
▼くるちゃんに今すぐ謝れボケが
▼下手なんだからせめて声出そうな~?
▼一生暴露だけしてろゴミ、ゲーム辞めろ
▼DM杯のギャラ暴露して貰っていいですか?
▼Gissyを見習え、あいつはずっと練習してたぞ
▼Gissy批判しといてボロ負け奴wwwwwwwwww
▼ついでに刄田いつきにも負けてるし、俺なら生きていけないわw
▼Crudeが叩いた奴覚醒する説マ?
▼で、お前何してたん? シ◯って寝て暴露してただけか?
するとそこにあったのは、怒り満ちたチームメイトのファン、そして野次馬が大暴れしているのだった。
「ぎ……こ、こいつらぁ……!!」
これ以上ない程の因果応報。だがそれでも尚自分が悪いと思ってないこの男は片っ端からBANしようとマウスに手をかける。
「お前らみてえな底辺のゴミが俺に楯突いてんじゃねえよ……ネットでしか粋がれない癖に調子に乗ってんじゃ――――!?」
▼Ragna:君、やったね?
が。
BAN作業の最中で、1人のコメントに背筋が凍る。
(は……? ま、まさか俺がチートを使ったのがコイツにバレた……? いやそんなことがある筈が……)
俺のチートはゲーム画面では絶対に分からない、しかも露骨に使った訳でもない。数試合ならまだしも、1試合で分かる訳が……。
だ、だが、この得体の知れないRagnaなら分かるのか……? と、考えた瞬間Crudeの思考が一気に崩壊し始める。
(え? じゃあ俺がチートを使ったことがRagnaによって暴露される? お、おい、止めろ、もしそんなことになったら……)
炎上だけで終わるような、そんな軽い話では済まない。
Crudeの配信者人生は、完全に幕を閉じることとなる。
「あ、あ…………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
それだけははっきりと理解出来たCrudeは、誰に聞こえるでもない防音室で一人慟哭したのだった。
◯
『ッシャアオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』
「はっ?」
『わっ、いっちゃんビックリした……そんな叫ばなくても』
『まあ相手が相手やからしゃあないよ』
『しかもほぼ圧勝に近い内容だしね』
「? はぁ……」