第25話 #伝説WIN
「――兄様、お兄様!」
「あぐ……えぐおぐ……」
深淵の底で眠る俺に、女神の声が届いてくる。
それに対し俺は導かれようと身体を動かすのだが、手にも足にも枷が付いているのか全く動くことが出来ない。
(重い……何だこれは、しかも声もまともに出せない)
「――きてください! 遅刻しますよ!」
「あえ……? ちごぐ……?」
それでも尚語りかけてくる女神は何やら俺を急かしている。
もしかして天国行きに乗り遅れるのか? いやしかし、こんな俺が天国になど行ける筈がないし……。
そんなことを思いながらも、それでも変わらず身体は動けずにいると――ふいに神の息吹が俺の鼓膜を激しく揺さぶる。
「フォオオオオオオオオオオオオアーーーーーウッ!!!!!!」
その瞬間、俺はあまりのむず痒さに秒で飛び起きていた。
「え……あ……へ……? み、水咲……?」
「ああ良かった……お兄様おはようございます!」
「あ、ああ……おはよう……って何だその格好」
どうやらいつまで経っても寝ている俺を水咲が起こしてくれたようだったが……それにしては何だか水咲の姿がおかしい。
鉢巻を巻いて法被を羽織り、両手には七色に光るサイリウム。
そして何故か頭には猫耳まで付いていた。
成程、どうやらこの女神は下界の戯れに相当お沼りらしい。
「何だ、今からアイドルのライブにでも行くのか」
「違います! 【伝説WIN】の気持ちを身体で表現してるんです!」
「そうか――表現出来てるのかそれ」
「因みにこの猫耳は動きます」
「おい、この妹可愛過ぎやろ」
まあ、そんな兄妹の戯れはさておいて。
今日は第5回Deep Maverick杯StylishPeria部門、本番当日である。
と言っても、俺はつい数時間前まで起きていた身なので当日という言い方も変な感じではあるが――
「んーーーーーーーっ……今16時過ぎか……」
「大会は18時からでしたよね」
「ああ、今日が予選で明日が本戦だな、ふぁ……」
「お兄様――流石にまだ眠たそうですね……」
「3時間しか寝てないしなぁ、それでも全く寝てないよりはマシだが」
現役プロに骨の髄までしゃぶられ、最終的には4000人も集まった24時間配信だったが、俺は終わるや否や糸が切れたように眠ってしまっていた。
ただひたすらにスタペと向き合った24時間、そりゃ疲れるのも当然ではあるのだが――正直達成感も感慨深さも何一つとしてなかった。
とはいえ、後悔と言えるものも何一つとしてない。
だから後はDM杯に全てをぶつけるだけである。
「確かにそうですね――はぁ、何だか私も緊張してきました……」
「おいおい、何で俺が緊張してないのに水咲が――」
そう言いかけてふと気づく。
自分があまり緊張していない事実に。
(成程……荒療治もいい所だと思っていたが)
どうやらヒデオンさんが最後に用意してくれた公開処刑は、少なくとも俺にとっては効果があったらしい。
「……まあそれに、どれだけ負けようと皆がキャリーし続けてくれたからな。だから報いたいという気持ちの方が俺は強いのかもしれん」
「いつきさんもヒデオンさんも仮詩さんもアオさんも――皆さん配信で見ていた通りの素晴らしい方ばかりでしたね」
「こんな素人をずっと庇うんだから最早聖人でしかねえよ」
「皆さんの優しさが本当にもう……あ、思い出すとまた涙が――」
「おいおい水咲、泣くのはせめて優勝してからにしてくれ」
「そ、そうでしたね――でも、だからこそ【伝説、お見せします】が全チームの中で一番纏まっていると思います。ここまでのチームは他にないかと」
「全敗しているのにか? 流石にそれは言い過ぎだろう」
「全敗しているからこそ皆さん勝利に飢えているとも言えますし」
「あー……それあるにはあるか……とはいえ全員が飢え過ぎてトロールだけはしないようにしないとな」
「ふふ、それは大丈夫だと思いますけど――……お兄様」
「? どうした?」
「私は【伝説、お見せします】を愛しています。ですから自分の部屋からにはなりますが全力で応援しますね! 伝説WIN! 伝説WINです!」
すると水咲はそう言うとニコニコとサイリウムを振り回し始める。
(あ――)
その姿に、俺はふとあの頃を思い出していた。
(……そういえば52キルを取った時もこんな感じだったな)
序盤は嬉々と応援していた水咲が、途中から緊張で声も出なくなって、でも達成した瞬間嬉し泣きした表情は今でも鮮明に覚えている。
『お兄様……私頑張ります! だってお兄様が頑張ってくれたんですから!』
無論今とはまるで環境も状況が違うが――それでもあの時の喜びはきっとDM杯にも通じている筈。
(なら今度は皆と一緒に、それを分かち合いたい)
そう思うと、自然と熱いものがこみ上げ武者震いするのだった。
◯
「はぁ……流石にちょっと緊張してるかも」
4回大会の時は初出場というのと、足を引っ張れないから来る緊張があったけど、今回は全く理由が違っていた。
ここまでやったんだから絶対に勝たせないといけない、あたしが引っ張らないといけないという使命感があたしにぐっと重圧を掛けてくる。
「いや落ち着け、状況的にはあたし達の方がチャンスはあるんだし」
別に全敗しているからといって手を抜かれる訳ではないけど、それでもその事実は必ず相手に慢心を生ませる。
そういうメンタルの部分は、コーチでも改善するのは難しい。
「それに……あたし達はどのチームよりも練習をしてきた筈」
配信内に限らず外でも、皆には時間がある時に少しでも練習をして貰うよう沢山のことをお願いしてきた。
「まあGissyさんにだけは段違いの負担を与えちゃったけど」
けど、彼はそれに応え続けてくれた。
何度顔を下に向けようとも、最後は前を向いてくれた。
だからこそ、彼は誰よりも才能が開花したと確信している。
「だから後はあたしが、そしてまずは勝利を――って、そんなことを考えてたらまた緊張してきた……あーもう最悪――」
というか、このままうんうんしている方がどう考えても良くないと思ったあたしは、パソコンを立ち上げるとスタペを起動する。
「一生BOT撃ちしてれば、多少は気も紛れるでしょ……」
そう口にしながらあたしは練習場に入ろうとすると――
ふと、フレンド一覧に並ぶいくつかの名前に違和感を覚える。
「なんかこの名前変…………って、もしかしてこれ――」
・DOS_説 → ヒデオン
・DOS_W → 青山アオ
・DOS_I → 仮詩
・DOS_N → Gissy
それを理解した瞬間、あたしは変な笑みが溢れた。
別に名前の頭に、チーム名の略称を付けるのは珍しくない。
何なら結束感も出るからと付けるチームは割りとよくいる。
ただ――流石にネームまで変えて結束感を出すチームは初めてだった。
「【伝説WIN】……いやいや、どんだけ自分達のことアピールしてんの、どう見ても頭のDOSだけで十分でしょ」
しかもこの名前から察するに、完全にあたしのネームは『DOS_伝』にしろと言われてしまってるし。
「あーもうそれは何かダルいし恥ずかしいって……」
スクリム全敗したチームが、何処まで馬鹿なことやってんのと、声を大にして言いたいまである。
あったんだけど。
「はーぁ…………何か緊張してる自分が馬鹿らしくなったわ」
まあ実際、これがあたし達らしいと言えなくもないか。
どれだけ負けても分裂することはない、喧嘩もしない。
苦しくなっても皆でフォローし合ってきたのがあたし達。
それなら、DM杯も皆で乗る切るつもりでいた方がきっといい。
「それが【伝説、お見せします】、か」
そう思うと、途端に熱いものが込み上げたあたしはキーボードを叩いてさっと名前を『DOS_伝』に変更する。
そして自分の頬を強く叩くと、こう叫んだのだった。
「ぜったいに皆で勝つ!! いや、伝説しか勝たん!!!」