第18話 ぎしー改造計画
「ふぅ……まあ、こんなもんでいいか」
翌日。
俺は朝からてんてこ舞いだった。
ネットで買うと間に合わない為、朝から車を走らせ家電量販店と家具店に飛び込むと、オススメのマウスやキーボード等、そしてデスクを買い揃え帰宅する。
帰ってからは組み立てとセッティングをひたすら行い、ようやく一息ついて煙草を口にした頃には昼を過ぎていた。
「10万くらいで済んだとはいえ、やっぱこういうのは高いな……」
本音を言うと、俺はゲーミング系の機材は意味がないと思っていた。
そういうのはプロが使ってようやく意味を成すものであり、素人が使った所で何かが変わる訳でもないと思っていたのだが――
『あんま言いたくないですけど、それでプレイしてる人はトロールです』
刄田いつきのその一言で購入を決意し、今に至っている。
因みにこの出来事は切り抜かれる程話題となり、SNSのトレンド上位に【限界環境】が入るという有様。
「シンプルに恥ずかしいてこれは」
――だが。
【限界環境であれだけ出来るならやはり上手いのでは?】
【限界環境でアジア1位って考えたらバケモンじゃねえか】
【ついにGissyが重りを外す時が来たか……】
【いやウルトラハイセンシが今更下げても手遅れだろ】
【余計に下手になって本番無茶苦茶になりそうだわw】
【つうかこどおじで草】
最後のこどおじだけは水咲が進学するまで実家にいるつもりなだけだと反論したいが――意外にも論争が巻き起こっていた。
まあ要するに、それだけ俺はあり得ないことをしていたのだが。
「しかし感度を変えることに本当に意味なんかあるのか……?」
戦術、マクロ面を練習したことで負けはしたものの兆しは見えた。
ならばより一層カスタムを増やす方がいい気もするが――
「いや、刄田いつきはそれを分かった上で環境改善を指示しているか」
つまりここで変に自我を出す意味はない。
四の五の言わずやるが正解である。
「にしても、ここまで本気になりたいと思う日がまた来ようとはな」
もうそんな感情を抱くことは二度と無いと思っていたのに――と考えながらSpaceを付けると、俺はチームチャットへ入る。
すると、そこには既に刄田いつきのアバターが待っていた。
「あい、お疲れ様」
『あい、お疲れ様ですGissyさん。昨日は寝れました?』
「いやー全然。反省会兼座学が終わったのが午前3時だろ、そこから寝て起きたのが6時ぐらいだから3時間ぐらいか」
『え? 何でまたそんな早くに』
「今日は妹に弁当を作る日でな。別に昼飯代を渡してもよかったんだが――習慣になってるせいか目が覚めたから、それで」
『あー……何かすいません、本当に』
「いやいや、それは皆おあいこ様だしな」
『そういえば会社も休みにしてるんでしたっけ』
「そうだが、こちとら3年以上無遅刻無欠勤、休出もして有給も使えずやってんだから、2日休んだだけで文句言われるならこっちから願い下げだ」
『そういう訳にも――あ、そういえばmisakuさん元気にしてます?』
「ああ、毎日スクリムのアーカイブを見ては励ましてくる程度には元気だよ」
『そうですか……でも妹さんにも申し訳なかったです。本当はもっと期待出来るものを提供したかったですが、結果的に不安を増やしてしまって』
「気にすることはない。今起きていることは全て優勝すれば解決するんだからな」
『……その通りですね。ではそろそろ本題と行きましょうか。まずはスタペを起動して貰っていいですか?』
そう軽い雑談を終えた所で、俺達はいよいよ本格的な特訓へと入る。
『因みに環境を変えてから練習は?』
「まだだな、練習場で調整をするつもりではあるが」
『では1時間ほど取りましょう。感度調整用の動画のURLを送るのでそれを見ながら簡易的に調整して下さい』
「分かった」
『恐らく感度は下がると思いますし、マウスの動かし方も大分変わると思いますが――多分嫌でも慣れる筈なので』
「……? ああ」
実は昨日の反省会の後に、俺は彼女から今日この時間に来るようにいわれていたのだが、何をするかまでは教えて貰っていなかった。
ただ限界環境を改善する話があった手前、普通ならスクリムまでひたすら調整するのがマストだと思うのだが――
その言い方に、妙な引っ掛かりを覚える。
「……野暮なことを訊くかもしれないが、本当に感度を下げるだけで変わるのか?」
『フリックとエイムはかなり安定するんじゃないですかね』
「何かえらく他人事な感じだな」
『あ、すいません。その……実を言うと、単純な撃ち合いだけなら別にウルトラハイセンシでもいいんですよ』
「? どういうことだ?」
『Gissyさんが撃ち合いに強いことに疑いの余地はないです。けどことスタペに限って言えば【ここに敵がいる】って分かってる時に限定されています』
「……つまり想定していない場合だと弱いと?」
『はい。実際アーカイブを見返しましたがGissyさんはハイセンシに頼って強引に行こうとする場面が多い、でもそれだとHS率は下がります』
俺の知識不足もあるだろうが、言われてみると想定外の位置から敵が出てきた時に反応は出来ても撃ち負けることが多々ある。
要はプリエイム、別名【かもしれないエイム】が甘いのだ。
つまり彼女は、感度を下げることで動きの質を高めることが出来れば、俺が相手の脅威となり結果マクロも良くなると考えた。
(色々試していく中で、彼女は着実に最適解を見つけていっている)
刄田いつきは本当に凄いな。
『勿論状況に応じてまた練習は変わりますが――……ただ、現状だとGissyさんにばかり負担を強いて申し訳ないとは思っています』
「事実俺が一番劣っているんだから仕方ないだろう」
『いや――というより逆なんですよ』
「逆?」
『こういう言い方はアレですが、DM杯に出れる人は実力が頭打ちしてるんです』
「頭打ち……?」
『正確にはやっていないとでも言いましょうか。ストリーマーはプロではないので当然ですが、一定のラインまで上手くなると中々それ以上は目指さないんです』
「……それは確かにそうだが」
『つまりここから急激に伸びることはない――でもGissyさんは伸び代もあれば吸収力も高いので、そこに力を入れたいという思いもあるんです』
「そうすれば、優勝が見えてくるからか?」
『あたしの見立てではそうなりますね』
「……そうか、じゃあやるしかない。リーダーは刄田いつきなんだしな」
どの道、俺一人ではここまで考えつかなかったのだ。
それにアオちゃんにしてもそうだが、どうにかしてあげようと思って手を貸してくれるだけ本来ありがたい話でしかない。
だったら、それに応えたい気持ちは当然沸いてくるもの。
『ありがとうございます――では早速ですけど、今から24時間耐久で無限に配信者と戦って貰います』
「成る程、分かった――――……何だって?」