第15話 ガチファンガ青山アオ
「只今帰りま――あれ? お兄様、お仕事は?」
「んー」
翌日。
俺はパソコンの前で齧りつくように動画を見ていると、学校から帰ってきた水咲にそんなことを言われる。
「仮病を罹ったから休んだ」
「成程、仮病なら仕方ないですね――って、なんでやねん!」
「いって」
別にボケをかましたつもりはないのだが、まさかの妹にノリツッコミを受けてしまう俺。
「……いや仕方ないだろう。このままだと本当に俺はチームの顔に泥を塗って、背中に弾を撃たれながら大会を去る羽目になるんやぞ」
「あ――それは、申し訳ございません……」
「? 何で水咲が謝るんだ」
「だって、私もDM杯の出場には賛成でしたから」
「――別にそうだった記憶はないけどな」
寧ろあれだけ配信者になれと言っていた水咲にしてはかなり控えめで、何なら俺と刄田いつきのやり取りを遠くで眺めているまであった。
ただその理由は何となく分かる。
このやり方では俺が炎上するかもしれないと危惧していたのだろう。
それでも賛成していたと言う辺りが我が妹らしいが。
「私も浅はかでした……まさかこんなに反感の声が多いとは思わず――」
そう言って水咲は深く頭を下げると、こう続けた。
「……ですがお兄様はあまり意に介していない様子でしたので、私がどうこう言うのは違うと思ったのですが――あっ」
「それが分かっているなら問題はない、流石は俺の妹だ」
俺は悄気げる妹の頭をポンポンと叩くと、優しくそう言う。
「俺は人に言われたからやるような事はしない、それが例え水咲であってもな。大体外野が煩くて支障をきたすなら最初から参加してないさ」
「お兄様……」
確かにここまでとは……という気持ちはあるにはあったが、叩かれること自体は想定の範囲内である。
大体有名配信者ですらちょっとした言動で荒れるというのに、無名の自分が大丈夫と思っていたら幾ら何でも能天気極まりない。
ただ、そうなると刄田いつきも気にしているのだろうか――
「何れにせよ、俺が決めたことで水咲が気に病む必要はないんだ――第一、俺がもっと闘えていれば風向きは違うかっただろうしな」
だからこそ、俺は週明けの自分に仕事も上司の厭味も全て押し付けた。
皆が真剣に闘う中で、遅れたままではいたくないから。
「私はお兄様が闘えていなかったとは思いませんが――ですが、配信で見ていて改めてレベルの高さは思い知りました」
「皆ちゃんと知識を持っているんだよ、スタペは座学が重要だしな」
その点は本当に思い知った部分。
つまりメンバーとの差を少しでも埋める為には動画やサイトを見て勉強、実践し、いつでも使えるようにならねばならない。
「だが分かっていても情報量が膨大過ぎて、どう手を付けたら――ん?」
すると、ふいに画面右下からWaveの着信マークが現れる。
誰かと思い確認すると――それは青山アオからだった。
「すまん水咲、ちょっと通話が入ったからまた後で」
「あ、分かりました――お兄様、応援しております」
「ああ、ありがとう。――もしもし?」
『あっ、ぎ、ぎしーさん! おはようございますっ!』
「おは――まあいいか。青山さんどうも」
『あ、えっと、ぼくのことはアオでいいですよ、あと【当面18歳】なのでけいごも全く必要ないです』
「え? あ、ああ……分かった」
暫定といい当面といいVGのアバウト18歳設定は何なんだと思ったが、訊くのは野暮でしかないので黙っておく。
『そういえば、連絡しておいて何ですけど本日はお仕事じゃ?』
「その予定だったんだが――迷惑を掛け散らかしたからサボって座学中」
『あ……』
「いや全く、昨日は本当に申し訳なかった」
『いやいや! ぎしーさんが悪いとかそういうことは一切ないですから、本当に気にしなくていいですよ!』
「それは流石に無理があるだろう。正直優勝する為なら、もっとはっきり言って貰った方が助かるぞ?」
『んー……でもぎしーさんがもっとやりやすい状況にしてあげれれば、結果は違ったと思いますし』
「……仮にそれでも撃ち勝っていた気はしないけどな」
『そんなことはないです。少なくともメンバーは皆ぎしーさんが一番撃ち合いが強いと思ってます――何ならAOBであれだけ強くなれたなら、スタペは同じか、それ以上になれるとぼくはかくしんしてますし』
「悪いけど贔屓が過ぎるって、何処にそんな根拠が――」
『こんきょならあります、ぎしーさんのAOBに』
と、アオちゃんは突然Waveのチャット欄にズラッと画像を貼り付け始める。
一体何事かと思い、俺はその画像を1枚拡大してみる。
「……これは」
それは俺のAOB時代全シーズンの戦績だった。
「な……何で持って?」
『ご、ごめんなさい。AOBはプレイヤーのせんせきを見ることが出来るので、ぎしーさんのは全部スクショしてまして――』
「いや、まあ……それは構わないんだが」
『ただこれこそが、ぼくがぎしーさんのファンになった理由なんです』
「はい……?」
アジア1位ではなく、俺の戦績が理由……?
全く意味が分からず返答に困っていると、アオちゃんはこう言い出した。
『これ、ぎしーさんはS2からAOBを始めてますけど、S5まではキルレが1未満ですよね、平均ダメージもぜんぜん高くないです』
「ああ……そうだな」
確か水咲とデュオでプレイすることが多い時期だった筈。
AOBにおいてキルレは1を越えたら初心者卒業と言われているのだが、そこからも分かる通り俺は約1年近くもの間全く撃ち合いに勝てず、水咲にキャリーされる日々を送っていたのだった。
『でもAOBはスタペほど座学はいらないので、FPSけいけんがある人なら大体2シーズンあれば最高ランクまで行けるんですよね』
「言われてみればプロになった人は1シーズンで行ってたな」
『はい。だからAOBがはじめてのFPSだとけっこう時間がかかります。それこそ全然慣れなくてゴールド辺りで辞めちゃう人も意外と多いです』
「うむ、全くその通りだ」
実際俺のランクは水咲キャリーがあるのにゴールド、プラチナを延々とエスカレーターしている。
対して妹は半年経たず最高ランク、何度自分に才能がないと思ったか。
『だからこのせんせきはふつう――ライト層なら尚更です』
「そういや途中からエンジョイ勢と化してたな……」
『なのにです』
そう言った所で、アオちゃんの語気がやや強くなる。
『S6からS9にかけてのせんせきがすごいんです、総試合数もきゅうげきに増えて、キルレも平均ダメージも尻上がりになっています』
モチロン時間は掛かっていますが――それでも練習と座学を積んでいないとこうはなりません、と彼女は言う。
「…………」
そうだ……懐かしいな。色々と落ち込みやすい時期だった水咲を喜ばせる為に、毎日動画を見ては練習して、ランクに入り浸っていたんだった――
正直この頃は大学も殆ど行っていなかった筈。
『そしてS9で最高ランク、S10でアジア最多キル――これを見てぼくは震えました。とくべつじゃなくても頑張れば一番上に立てるんだって』
「――! ……」
一見すると揶揄しているように聞こえるがそうではない。
彼女は、恐らく自分を重ね合わせているのだ。
(アオちゃんはデビューして暫くの間、ゲームが上手くなかった)
その為初期の配信は対人ではないゲームや雑談、歌配信の方が人気で、VG所属でありながらアイドル寄りな振る舞いをしていた。
だが、今から約3年程前に彼女は『VGの一員ならFPSを頑張りたい』と宣言し、そこからずっと地道に努力を重ねていったのだ。
だからこそ、青山アオは【がんばり屋さん担当】として支持されている。
「そうか。じゃあアオちゃんは――」
『ぎしーさんの動画がなかったら、今ぼくはVGにいません。だから――――あ! ご、ごめんなさい、ぼくの話は関係なかったですね』
「いや、そんなことはないよ。話してくれてありがとう」
要するにアオちゃんは『ぎしーさんは頑張れば絶対上手くなるから、あんまり自分を悪く思わないで欲しい』と言いたかったのだろう。
(……確かに持ち上げられた後に落とされて、焦っていた部分はあったな)
まあ自分で勝手に持ち上がって落ちただけなのだが。
とはいえ、焦った所で状況は何も変わる訳では無い。
(それに――もしかしたら案外絶望的でもないのかもしれない)
良い捉え方をすれば、つのださんは優勝を狙えるからこそ俺のDM杯出場を許可してくれたとも言えるのだ。
でなければ、【可能性のない人間を招待などしない】なんて言い方はしない。
つまりやり方次第ではチャンスはあるということ――
『いえいえそんな! ぼくもぎしーさんには感謝しかないので――』
「感謝される自覚はないから変な気分ではあるけどな」
『それは――あ、そういえばなんですけど』
「ん?」
『もしかしたらぎしーさん、1人で練習しようとしてました?』
「? そりゃあな」
『あの、ご存知とは思いますがスタペはチームゲームです。こじん練習を悪いとは言わないですが、期間的にこうりつは良くないですよ』
「分かっているが……でも皆忙しいだろうしな。視聴者から意見を仰ごうにも総スカン状態で配信もままならないし」
『いえ、コメペラーの意見を聞く必要はないです。ぼくも一時期きいていましたがけっかてきにランクがていたいしたので』
「え? あ、お、おう」
コメペラーとはエンペラーのようにコメントをする視聴者のこと。
配信者からこの言葉が出た時は大体揶揄である。
……どうやらアオちゃんもコメントに悩む時期があったらしい。
「しかしそうなるとなぁ……」
『確かにいっちゃんは復帰したばかりで忙しいですし、ヒデオンさんも毎日案件や配信で忙しいですし、うたさんもレコーディングが重なってると聞いてますし……それにぼくたちのチームはコーチも呼んでないですしねえ』
「……ならやっぱり1人でやるしか――」
『いやいや何を言っているんですか!』
どう考え直しても八方塞がりな状況に、結局一人以外の選択肢は無いと思い至っていたのだが。
アオちゃんはやけに自信気な声を上げると、こんなことを言うのだった。
『ここに暇で暇でしょうがない練習相手がいるじゃないですか!』