1話 小狐、目を覚ます
何だろう……ふわふわして、温かい。
それに何だか、いい匂いで……
「起きたかな」
「……っ!?」
僕は文字通りその場で飛び跳ねた。
とは言え、自分でもそれは仕方ないと思う。
何しろ、目を開いた瞬間には視界いっぱいに美少女の顔面が映し出されていたのだ。
飛んだ瞬間に間一髪で彼女が避けてくれたおかげで、なんとか彼女の顔面と衝突することは避けられたけれども。
「えっと……ここは?」
「私の家だよ。山の中で倒れてて今にも息絶えそうだったから、保護するために連れて来たの。ところで貴方、その体、血だらけだったから勝手に洗わせてもらったけれど、大丈夫だった?」
「あ、はい! 全然大丈夫です! それどころか、その、こちらこそ大変ご迷惑をお掛けしてっ」
ふふっと彼女が笑った。
「ううん、迷惑だなんて思ってないから。それと、そんなに怯えなくても何もしないから、安心してね。あ、自己紹介がまだだったね。私の名前はルイズ。齢は17よ。貴方の名前は?」
「……ルカ、です。13歳です」
「そう、ルカくん。よろしくね。じゃあ仲良くなったついでに一つ、聞きたいことがあるのだけど」
僕が首を傾げると、彼女は心底愉快とでも言いたげな目で僕を見つめた。
「貴方、狐なのに話せるのね?」
「……あっ」
◇◆◇
しまった、変化を解くのを忘れていた。
僕は急いで身体変化の魔術を解き、頭上には狐の耳、腰には尻尾が付いた本来の姿になってから、目をぱちくりとさせている彼女に向き直る。
「その魔術は……」
彼女の言いかけた言葉に、僕は頷いた。
「はい、妖狐族特有の、身体変化という魔術です。そしてこの姿が、僕の本来の姿です」
「と、言うことは……貴方はやっぱり、妖狐族の末裔なのね?」
はい、と僕は再度頷いた。
妖狐族というのは、この世界に何種か存在している獣人族の中でも最も珍しい、魔術を使うことの出来る狐の獣人族のことを指す。世界で狐族は数え切れないほどいるが、妖狐族は僕の一族しか存在しないと聞いたことがある。
だから何があっても絶対、僕だけでも生き残らなくては駄目なのだ、とも。
朧気ながら頭の中に浮かんできた記憶に思わず顔を強ばらせると、彼女が目をすっと細めた。
「──……成程ね。まぁ大体は予想がついたけど」
「え?」
「ううん、なんでもない。じゃあルカくん、その服じゃあれだから、とりあえず目立たない服に着替えましょうか」
「え、着替え……?」
僕は自分の体を見下ろして、あ、と納得した。僕が今着ているのは、ボロボロになった露出の高い民族衣装だ。
彼女の白と黒が基調の落ち着いた衣服とはまるで正反対である。
「……っあの、着替えたいのは山々なんですけど……僕、着替えを持ってなくて」
「それなら大丈夫。私の服を着ればいいから」
「え? 私の服って……はぁっ!?」
叫んだのと同時にソファから起き上がった瞬間、彼女に手を引かれ、慌てて立ち上がる。
「え、ちょ……ちょっと、あのっ」
「ふふ、大丈夫だから」
途中で彼女の手を払う訳にも行かず、そうして止む無くついて行った先はどうやら彼女の寝室のようだった。
その寝室の壁についている取っ手を彼女が引くと、中には大量の衣服が収納されていた。その光景に思わず、「うわぁ……」と感嘆の声を上げる。
「……んーと、ルカくんの身長は……うん、私と大体同じくらいだから、この服で問題無さそうだね。ちょっと胸元が緩いかもしれないけど、……そこは我慢してね。はい、どうぞ」
「あ……」
彼女のその言葉に自然と視線が彼女の胸元へ行き、僕は慌てて目を逸らす。自分でも分かるくらいに顔が赤くなったのを感じ、羞恥心から心を落ち着かせるためにそっと小さく目を伏せて衣服を受け取った。
「……ありがとうございます」
そんな僕の状況を知ってから知らずか、彼女は楽しそうにふふっと笑って更に続ける。
「それじゃあ、着替えたらさっきの部屋に戻って来てね。お腹空いたでしょう? 夕食作っておくから」
「えっ、夕食……!?」
「うん、夕食。メニューは……そうね、パスタ料理と煮込み料理、それから揚げ料理の3品ほど作ろうかな。味はその時のお楽しみでね」
「……!!」
お楽しみ……!!
その言葉に僕の食欲が一気に湧いてくるのを感じた。
かと思えば、次の瞬間、僕のお腹からぐ〜っ、きゅるきゅるきゅる……と音が鳴ったのが聞こえ、僕は先程とは違う羞恥心で顔に熱が集まっていく。
「ぅ、す、すみません……っ」
羞恥心から掠れた声で謝罪の言葉を口にすると、彼女は目をぱちくりとさせた後、ふふっと何故か嬉しそうに笑った。
そのあどけなさを感じさせる笑顔に、一瞬だけドクッと胸が高鳴る。
「うふふ。期待してくれてるルカくんの為にも、頑張って作って待ってるね」
「あ、はい……」
それじゃあ、と言って彼女が部屋から去って行く。
その様子を見届けてから、僕はその場に力無くしゃがみ込み、自分でも分かるくらい真っ赤に染まっているであろう顔を隠すように、両腕で目元を押さえた。
……僕、こんなんでこれから大丈夫かな……。
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