0話 世界一のロウェル技師、小狐を拾う
小説初投稿です!
分からないことばかりで時にはご迷惑をおかけすることになるかもしれませんが、よろしくお願いいたします!
ロウェル技師。
正式名称、“精密機械技術師”。
辞書的な意味合いにおいて、ロウェルは小歯車のことを指すが、小歯車と言えば時計、時計と言えば精密機械、などといった連想が世界的な共通認識であるが故に、今となっては精密機械全般を世界共通でロウェルと称され、そしてその技術師も“ロウェル技師”と呼ばれるのが一般的である。
そしてこの私もまたロウェル技師だ。
両親の代で大々的に繁栄したロウェル店を受け継いで以来、私と同じような平民から、まさかの一国の王族まで、数え切れないほど多くの顧客を抱え、繁盛させてきた。
当然ながら、顧客が多いということはつまり、毎日が予定に詰まっているということでもあり。
今日は、そんな風に忙殺されている私の、かけがえの無い休日である。
いつも通りの仕事着と編み上げブーツに、外出時には欠かせないお気に入りのベレー帽を頭に被り、軽い足取りで向かった先は街はずれのとある低山の平地だ。
何年か前に初めてこの場所に来た際に見つけた穴場で、予想以上に居心地の良い場所だったので、二度目に来た際にはこの場所にテーブルと椅子を置き、その上には何枚もの大きめの木板を木々の枝に引っ掛けて屋根を作ることで、快適に過ごせるように環境を整えたのだった。
以来、この場所で静かに過ごすのが、私の中での午後の休日におけるルーティーンである。
今日も毎度の如く、持ってきたトートバッグからテーブルクロスを取り出し、テーブルに皺の無いように敷いた。それからクッションも取り出し、椅子の上に置いて座る。
次に取り出したのは羽根ペンとインク壺、そしてスタイラスの入ったペンケースと、白紙をまとめた白紙帳や蝋板、それから機械式計算機だ。
スタイラスとは先の尖った細い金属棒で、尖った方とは反対方向にヘラが着いている筆記器具であり、蝋板と併せて使用する。蝋板はいくつもの蝋の層が重なった書字板であるので、スタイラスで蝋を削ることで文字を書くことができ、また、文字を消したい際にはスタイラスに付属しているヘラで文字の部分だけ削ることで文字を消せるので、スタイラスと蝋板は筆記量の多い高度な計算の場面に役立つ筆記用具だ。
一方、機械式計算機は父から譲り受けたかけがえの無い仕事道具だ。四則演算は勿論、計算対象の数の桁数が多くなっても正確な計算を可能とする。段付き歯車を使用した計算機で、父曰く、私からして父方の曽祖父によって作られた物だとのことだった。
以上、これらの仕事道具を用いて、私がこれからする事と言えば、それは勿論計算だ。主に歯車に関する計算である。
心躍る気分でスタイラスを手に取り、機械式計算機と向かい合って作業に没頭した。
一体何時間程経っただろうか。
日が沈みかけ、辺りも大分暗くなった頃、私はテーブルから顔を上げ、ようやく帰る支度を始めた。
低山と言えど夜の森は侮ってはならない。
いくらランプを持って来ているとは言え、ここは帰るに越したことはないだろう。
トートバッグの中に予め入れて置いたコートを羽織り、荷物を纏め、ランプに火を灯す。
温かな橙色の火が周辺を照らしたのを確認してから、トートバッグを肩に掛け、帽子を被り、ランプを持って黄昏時の山道を歩き始める。
帰り道の方向からは夕日が照らされるので、自然と木漏れ日が私を照らす。
「夕日が、綺麗……」
思わず呟いた、その瞬間だった。
──ガサッ。
私の足音とはまた別の物音が近くの草木から聞こえ、私の視線は自然とその方向へと誘われる。
逃げようと思えば、逃げれるのに。
何故か、足が動かない。
「……何かそこにいるの?」
何故か不思議と恐怖心はわかず、それとは正反対であるはずの好奇心に駆られ、持っていたランプでその方向を照らす。
「……? ……あ」
何かしらの反応を期待して黙って待っていると、小さな呼吸音が私の鼓膜を揺らしたのを感じた。
「もしかして、貴方……」
足が動くのを確認してから、その音の方向へと歩みを進め、生い茂っていた植物を掻き分けると、そこには一匹の小狐が横たわっていた。
「っ」
私はその小狐のこの世のものとは思えないほどの美しさに、為す術なくただ息を呑んだ。
明らかに弱っているのに、そしてその体には赤黒く固まった血がこびり付いているのに、それすらも、とても綺麗。
その体躯を覆うシャンパンゴールドの柔らかな毛の中から、チラリと覗いたペリドットの瞳に、私の目は釘付けになる。
そして気付けば、私はいつの間にか口走っていた。
「助けてあげる」
自分で呟いたはずのその言葉にハッとしたのも束の間、私は羽織っていたコートを脱ぎ、そのコートで彼の体躯を優しく包んで、両腕に収めた。
その小さな温もりに、たちまち私の心も温まっていく。
「じゃあ、歩くよ」
出来るだけ振動を伝えないよう気を付けつつ、出来るだけ早足で歩き出す。
……まさか休日の出掛け先で、こんなことになるなんて。
私はクスリと笑って、呟いた。
「……そう、ね。この子になら、託しても良いのかもしれない」
ルイズ・エルヴィ・シャンデル、17歳。
世界一のロウェル技師である私は、この日、運命的な出会いを果たしたのだった。
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