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8話 ※意識しない方がおかしいです。

 自室に帰還してからわずか十分が経過した頃。



「よし!」



 何ということでしょう。


 あれだけ散らかっていたはずの部屋は、匠の手によってすっかり小綺麗な姿へと変貌を遂げていましたた。


 部屋の隅に積んであった漫画本は、きっちりと本棚の中へと番号順に収納され、しかも女子が読んだら引くかもしれないちょいエロな青年向け漫画は間引くという細部へのこだわり。


 パソコンの壁紙も萌え系のイラストから初期の綺麗な背景に変え、ゲームセンターで取ったフィギュアなども収納棚の奥底に。


 もちろん、掃除機をかけたり、ゴミ箱を空にしたりといった基本的な部分も忘れず、テーブルや座布団に加え、お菓子とジュースの準備も済ませてある。


 これでは友達と遊ぶ、というよりは初めての彼女を家に招く時並の徹底ぶりだが、念には念をという言葉もあるのだ。


 やりすぎて損をするということはない。



 ──これでもはや、思い残すことは無いな。



 全ての準備を終えた後は、正座して時が来るのを待つばかり。


 時計の音だけが刻々と流れ、徐々に緊張が高まっていく中、



 ピンポーン!



 その時はついに訪れた。



 ──来たか、友戯……!



 トオルはまるで宿敵が来たかのような心持ちになりつつ、慎重に受話器を取りに行き、



「はい」

『こんにちは、友戯と言います。ひな……トオル君はいらっしゃいますか?』



 迅速に出てみれば、お手本のように丁寧な挨拶が返ってくる。



「あ、俺だよ。今開けに行く」



 受話器を通した機械音声からでも伝わるその可憐なボイスにまず一回ドキリとしつつ、友戯を待たせないよう、一歩、また一歩と玄関へ近づいていく。


 念のためにのぞき穴──否、ドアスコープから外を見てみれば、確かに友戯の顔があった。



 ──さあ、かかってこい。



 唾を飲み、覚悟を決めたトオルが、おもむろにドアを開けると、



 ──あ。



 自然とその先にいた友戯と目が合う。


 一瞬、間が空いて、



「えっと、お邪魔します?」

「ははは……まあ、とりあえず上がって上がって」



 互いに第一声を交わすと、できるだけ平静を装いつつ友戯を玄関へと招き入れた。



「なんか、懐かしいかも」

「友戯がここに来るの、4年か5年ぶりくらいだもんな」



 無難な会話を挟みつつ、友戯が靴を脱ぐのを待つ。


 一見、今のところ上手くいっているように見えるが、



 ──し、私服……ッ!!



 その内心は、不意のドキドキで満たされていた。


 何せ、上に着ているグレーのパーカーはやはり友戯という感じがして安心感があるのだが、



 ──股下ギリギリのヤツ……ッ!!



 その着こなしに関しては、大いに問題があったからだ。


 つまるところ、若干ダボついているそのパーカーは、見事にも股下がちょうど隠れるくらいの絶妙なサイズ感で、



 ──み、見え……。



 故に、靴を脱いでる今も足を上げる度にその下が見えてしまいそうなギリギリのラインを攻めていた。


 おそらく、下にはホットパンツのような見られてもいいものを履いてるのだろうが、そんなことは思春期男子には関係がない。


 重要なのは見えそうで見えないという概念であり、言うなればチラリズムの真髄がそこにはあるというわけだ。


 相変わらずセットのように履いている黒ニーソによって生み出された絶対領域も相まって、意識していなければ意識の全てを太ももに持っていかれてもおかしくなかった。



 ──クソッ、なんて破壊力だ……ッ!!



 まさか、こんな攻めた格好──いや、本人の無表情さを見れば全くもってそんなことは思って無さそうだが、少なくともトオルにはど真ん中ストライクである。


 それに加えて、萌え袖や頭に被ったキャスケット帽がぶかぶかしてて可愛いというおまけまでついている始末。



 ──落ち着け、落ち着くんだ俺。



 しかし、友戯はあくまで友達だ。


 向こうも同じことを思ってるはずで、決してトオルを誘惑するためにこの服を着ているわけではないはずだと、荒ぶる御魂を何とか鎮めていく。



「部屋、確かそこだよね?」

「お、おう!」



 そうこう苦心しているうちに、スニーカーを脱ぎ落えた友戯がすぐ近くの扉を指さしたので、トオルは肯定するために頷いた。


 ちなみに言うと、この家は二階建ての一軒家などという代物ではなく、マンションの一室である。


 なので、一応自分の部屋はあるものの、漫画でよくある二階の広い部屋などではなく、玄関入ってすぐ右のクソ狭い小部屋となっている。



「じゃあ、どうぞ」

「ん」



 今更ながら、こんな部屋で良いのだろうかという疑問が湧き出るが、そこはもう友戯を信じるしかない。


 潔く扉を開け、部屋の中へと誘い入れると、



「わぁ……変わってないね……」



 友戯の第一声は、どこか嬉しそうな一言だった。



「ええ? そうか?」

「うん。あ、でも、物は少し増えたかも?」



 そんな友戯を見たトオルは、少しおどけた感じで応える。


 自分の部屋を女子に見られている気恥ずかしさを誤魔化したかったというのもあるが、一番は友戯の嬉しそうな顔を見て自分までニヤけそうになったのを堪えたかったのだ。



「あ、この漫画まだ続いてたんだっ……こっちは読んだことないけど、面白そう──」



 友戯はと言えば、大きな声こそ出さないが、明らかにテンションが上がっているご様子。


 今は本棚の中にある漫画を眺めているが、どうやらゲームだけでなくそちらもご無沙汰だったようである。



「そんなに読みたいなら、貸してもいいぞ?」



 友戯なら是非も無いと、そう提案すると、



「いいのっ!?」

「っ」



 よほど嬉しかったのか、不意にぐいっと顔を近づけてきた。


 女の子の顔が急に至近距離にきたので、トオルはまたもやドキリとさせられるが、そこは直前に強力な一撃を耐えきっていた男。



「も、もちろんだぜ」



 何ともないとばかりにクールに了承していく。



「やったっ……じゃあこれと、これと──」



 若干、動揺が出た気がしないでもないが、当の友戯は気にした様子もなく漫画漁りに夢中になっているので良しとしよう。



「──ん、こんなとこかな」

「あれ、そんなもんでいいのか?」



 少しして五冊ほどの漫画を手に取った友戯に、遠慮することは無いと尋ねるが、



「うん、あまり持ちすぎてもカバンに入らないし──」



 自身のカバンを指さしてそう説明し、



「──それに、こっちで読むものが無くなっちゃうでしょ?」



 そして、まるで当たり前かのように、そんなことを言ってのけた。



「と、友戯ぃっ……」

「え、どうしたの!?」



 感動のあまりトオルはその場に膝から崩れ落ちてしまう。


 同時に、自身の愚かさに呆れ果ててもいた。



 ──友戯は、本当に友達に戻ろうとしてくれてるんだな。



 何せその言葉はつまり、友戯はこの部屋に遊びに来るのが今日で最後とは微塵も思ってないということなのだ。


 それこそ、トオルを正しく友として思ってくれていることの証明と言ってもいいだろう。


 先ほどまで、チラリズムがどうだの考えていた自分が恥ずかしい。



「いや、大丈夫だ──」



 不審がる友戯を安心させるため、トオルは再び立ち上がると、



 ──決めた、俺は友戯とちゃんとした友達に……いや、純度100%の友達になるっ!



 胸の内に大いなる覚悟を決め、



「──それよりやろうぜっ、ゲームっ!」



 改めて友として、声を張り上げるのだった。

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