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43話 ※決闘といえば屋上です。

 恐怖の人形少女──石徹白エルナに監視されるようになってからはや四日が過ぎた。


 当然、その間は友戯と会話一つすることさえできていない。



 ──流石に、ここらが限界だろう。



 当初は一過性のようなものだと思いもしたが、どうやらあちらは本気らしい。


 未だトオルの中に友戯を諦めてない気持ちがあるのを悟っているのか、執念深く付きまとってきていた。


 故に、トオルも決断を下すことに決める。


 それはもちろん、



 ──石徹白さんと決着をつけるっ……!



 あの強敵、石徹白エルナに直接対決を挑むというものだ。


 そもそも、トオルに諦める気がない以上、こうなることは必然とも言えた。


 最初こそ彼女の異常さに日和ったりもしたが、これ以上友戯と離れ離れでいるのは、友戯のためにも、そして自分自身のためにも良くないはずである。



「で、出てきたらどうだ石徹白さん!」



 そう決意したトオルはわざわざ例の場所──旧校舎の屋上前までやってきて、声を張り上げた。



「……ふーん、旧校舎に向かったからまさかとは思ったけど……やっぱりそういう感じなんだ?」



 すると、少し遅れて階段を上ってきた石徹白さんと目が合う。



「いいよ、行こっか」



 ずっと後をつけていたのだろう彼女はこちらの意図を何となく把握しているのか。


 トオルの横を通り過ぎて屋上の鍵を開けると、そのまま先を行き、



「で、わざわざこんな所まで誘い出してくれたわけだけど……やめておいた方がいいと思うよ?」



 くるりと可憐な所作で振り返ると、後ろ手を組みながらあざ笑うような表情を向けてきた。


 そのあざとい仕草とは真逆の冷たいオーラに、トオルはぞくりと寒気が走る。



「私って結構背が低いし、日並くんと違って女の子だから、もしかしたらって思ってるのかな? 良くないな、力づくでどうこうしようなんて」



 酷薄な笑みに気圧されて固まるトオルに、石徹白さんはなおも一方的に言葉を続け、



「欲しいのはこれ? それとも、私の恥ずかしい動画とか? まあ、何でもいいけど──」



 取り出した盗聴器を適当に放り投げると、



「──不可能だと思うよ、それ」



 半身に構えながら片腕だけをこちらへと突き出し、素早く戦闘態勢に入った。



 ──いや、無理ゲーだろこれ。



 ゲームなら確実に戦闘へと突入するそんな場面に、濃厚な敗北フラグを悟ったトオル。


 だが、



「待った!!」



 この世界はゲームではない。


 選択肢は無数に存在し、その中から自分で選ぶことができるのだ。


 当然、誰とも戦わずに平和を勝ち取ることだってできるはずで、



「……なにかな?」



 そう信じて突き出されたトオルの手には確かな覚悟が宿っていた。


 これには、さしもの石徹白さんも何かを感じ取ったのか、訝しむような表情を向けてきながら動きを止める。



「石徹白さんは大きな誤解をしてるんだ!」

「誤解?」

「そう! 誤解ッ!!」



 これはチャンスだと、トオルは単刀直入に弁解を始め、



「まさか、この期に及んで自分は悪くないとでも?」

「ああ、俺と友戯は友達なんだ。石徹白さんが想像しているようなことは一つもやってない」



 はっきりと自身が無実であることを告白した。



「……じゃあ、あれは何なの?」



 その真剣さが伝わったのか、にべもなく否定されるようなことは無かったが、床に落ちた盗聴器を指差してそう尋ねられてしまう。


 正直、答えにくい内容ではあったが、ここで真実を話さねば理解させることは難しいだろう。



「それはその、俺と友戯でくすぐり合いをしてた時の声だ」



 故に当時のことをそのまま口にするが、



「あははっ……何その苦しい言い訳。いい歳した高校生の男女が、そんな小学生みたいなことするわけないよね?」

「うっ……」



 石徹白さんには乾いた笑いをこぼされるだけだった。


 実際、彼女が言うとおりのことをしていた自覚はあるので、トオルも言葉に詰まってしまう。



「はぁ、話にならない……もういいから、やるならやろうよ。本当はそっちがメインなんでしょ?」



 そして、それが決め手となったのか、石徹白さんはもう充分だとばかりにため息をついた。


 すぐに臨戦態勢に入っているあたり、戦闘狂なのだろうかとも疑ってしまうが、おそらくはトオルを痛めつける正当な理由が欲しいだけだろう。



 ──こうなったらもう、やるしかない。



 本当は使いたくなかったが、向こうがその気なら仕方がない。



「っ──」



 トオルの両腕を上げる動きに、石徹白さんがピクリと反応をする。


 そして、想定通りの構えを取るため、トオルはぬるりと膝を曲げ、



「──え?」



 両膝と両手、そして額を惜しげもなく地面へと擦りつけた。


 直後、石徹白さんが呆けた声を漏らす。


 その顔は見えないが、声からして驚愕しているのだろう。



 ──ふっ、決まったな……。



 それもそのはず、この構えこそ古代中国に伝わる伝説の奥義──などではなく、有り体に言う土下座だったのだから。



「な、何のつもり──」



 戸惑った声色の石徹白さんに、



「石徹白さん、一つ、言っておきたいことがあるんだ」



 トオルは頭を下げたまま粛々と語っていく。



「石徹白さんと友戯がどういう関係なのかは分からないけど、少なくとも君が友戯のことを大切に思ってることだけは伝わってきてる」



 できるだけ、目の前の少女の心に寄り添いながら、



「だから、こうして怒ってるのも分かるし、俺の言葉なんか信じたくないって気持ちも理解できる」



 慎重に言葉を紡いでいき、



「でも──」



 ただ、一言だけ、



「──それでも俺は、友戯と友達でいることを諦める気はないんだ。だから、どうか信じてください、お願いしますっ……!!」



 どうしても言いたかったことを、可能な限り真摯にぶつけた。


 そう、友戯と友人でありたいという願いは、小学生であったあの頃から変わっていない。



『なあトモギ、今日遊ぼうぜ!』



 思い返すのは、友戯が遠くに行ってしまったあの時のこと。



『あ、えっと……ごめん、今日は──ちゃん達と遊ぶ約束があって──』



 あれだけ親しかった人間が、まるで他人のような存在へと変わっていく、そんな儚い記憶。



 ──もう二度と、離れ離れになってあんな思いを味わうのは御免だ。



 ここ数日、友戯と話さなくなって改めて知った。


 自分の中で、彼女が占める割合がどれだけ大きいのかということを。



「そ、そんなこと、言われても……」



 故に、明らかな動揺を見せる石徹白さんへ、



「俺はきっと、友戯のことが好きなんだと思う」

「っ!?」



 畳みかけるように、ありったけの想いを告白していく。



「少なくとも、そのくらい大切に想ってる。だから、ここはどうか穏便に……!」



 そんな、切実な想いを込めた言葉に、



「う、うぅ……」



 石徹白さんも心を打たれたのか、困ったように唸り始める。



 ──さあ、もうできることはやったぞ。



 後はもう、彼女の判断に任せるしかない。


 これで駄目なら、その時はその時だ。


 もし根も葉もない噂が流布されたとしても、友戯にはしっかりと事情を説明して、友達でいることを願うだけである。



「そ、そこまで言う、なら──」



 しかし、そこまで考えたところで、杞憂に終わりそうな気配が漂い出し、



「──っ! 誰ッ!?」



 突如、事態が急変した。


 石徹白さんの叫びに顔を上げれば、



「逃さないッ──」



 すでに彼女が全力で疾走を開始しているのが視界に映る。


 両腕を振り、綺麗なフォームで走る石徹白さんは、その背の低さからは想像できない俊足で瞬く間に扉の向こうへと消えていき、



 ──は、はっや……。



 トオルはただ呆然と固まるしかないのだった。











 旧校舎の階段を高速で駆け下りる、何者かの足音が聞こえてくる。



 ──逃しはしない。



 それを追いかける石徹白エルナは冷え切った心で、階段の手すりさえ飛び越えて追随していた。



 ──せめて、顔だけでも見ておかないと。



 どの部分から聴かれていたかは分からない。


 だが、少なくとも自分が男子生徒と揉めて土下座させていたという部分だけは見られていたはず。


 弱みになりかねない情報を握っているのは誰なのか、それだけはどうしても確認しておく必要があった。



 ──階段を使うのは良い判断だけど、相手が悪かったね?



 そして、エルナは決して獲物を逃しはしない。


 ただの陸上選手が相手なら障害物を使えばある程度張り合えるかもしれないが、あいにくこちらにはパルクールの心得もあるのだ。



 ──見つけたッ!!



 ほんの数秒で一階まで到達したエルナは非常口から外へと飛び出す女子生徒の背中を捉え、



「はい、捕まえッ──」



 一足飛びでその腕を掴みにかかるが、



「──あ」



 直後、相手の顔を見て、ピタリと固まる。



 ──うそ。



 脳が現実を理解していく度、徐々に全身から熱が引いていき、



「ゆ、遊愛、ちゃん──」



 その、見たことがないほどの憤怒の表情を前に、エルナは絶望に打ちひしがれるのだった。

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