15話 ※とある昼休みの風景です。②
昼休みももう終わりに差し掛かる頃。
トイレも済ませ、後は授業の準備でもするかといったタイミングで鉢合わせたのは、まさかの友戯であった。
まだ他の生徒たちもそこそこ残っている廊下で、いったい何の用だろうかと身構えていると、
「その、日並……くん、ちょっといい?」
どこか他人行儀な口調で話しかけてくる。
「えっと、何かな友戯さん?」
おそらく誤解を避けるための対策だろうと、トオルもこれに乗ることにした。
──それにしても、何の用だろうか。
思い浮かぶのは今夜の予定に関してだけだったが、
──まさか、取り消し……!?
そうなると、予想されるのは恐るべき展開だった。
今日一日楽しみにしていたので流石にそれだと堪えるトオルだったが、
「あ、えっと……どう、今日は?」
若干人気の少ない場所まで誘導されたトオルに待っていたのは、何とも曖昧な話題の提供だった。
「え? うーん、順調……強いて言うなら、夜が楽しみ、とか?」
「そっか……」
トオルは返答に困りつつ、友戯もどこか余所余所しい。
そのため、何とも気まずい空気が流れてしまう。
「ええっと、話が終わりならもう──」
できるだけ言葉を待とうとしたトオルも、とうとう沈黙に耐えかねて切り上げようとし、
「──あの、さっ。さっき話してたのって、景井くん……だっけ?」
そこでようやく、本題らしき会話が持ちかけられた。
「うん、そうだけど」
「何というか……仲、いいんだね」
「ああ、まあ中学から一緒だったからね」
やっとかと思いつつも、特に否定することでもないので正直に答えるトオル。
「ふーん……」
一方、質問してきた友戯の反応はと言えば、その答えを吟味するかのように、こちらをじっと見つめてきている。
──ドキッとするからやめてほしいな……。
未だに慣れない友戯の美少女顔にドギマギしつつ、
「じゃあ、毎日遊んでたりするの?」
「どうだろ……まあ、週に三回か四回くらいじゃないかな」
続く質問にも答えてみれば、
「ゾンハン……とかもやったり?」
「そこら編の定番タイトルは割とやるかな」
「家とかにも呼んだりする?」
「休みの日とかはそこそこ来るかな。平日は本当に時たまって感じだけど……」
「基本、ネットとかで遊んでる感じなんだ?」
「まあ、割合で言えばそっちの方が多いかも」
次から次へと質問攻めに合うこととなった。
もはや質問というより尋問ではないかというくらいの細かい内容に、友戯の意図を測りかねる。
──何だろ、さっきから景井との事ばっかり聴いてきてるような。
分かることと言えば、質問の内容が景井に関わりのあるものしかないという点くらいだろう。
「それじゃあ──」
そんな思考をまとめる暇もないまま、次の質問が飛んできそうになった時、
──キーンコーンカーンコーンッ……。
昼休み終了五分前のチャイムが鳴り響いた。
「──あ」
どうやら、質問コーナーはここで終了のようである。
「えっと、それじゃあそろそろ戻るよ?」
友戯との会話が終わるのは少し寂しいが、あまり長話するのも目立つのでちょうど良いタイミングだろう。
そう思い、教室へと戻ろうとするが、
「あっ……!」
大きな声に驚き足を止める。
恐る恐る周りを見れば、もうほとんど教室の中に戻っているのか誰にも聞かれていなさそうだったので一安心した。
「ど、どうしたの?」
「あと、一つだけ……」
友戯らしくもないと思い尋ねてみれば、どうやら聴きそびれたことがあったようである。
本来は授業の準備もあるので早々に戻るべきだが、友戯たっての願いとあれば留まらぬわけにはいかない。
いったい、何が聴きたいのだろうかと待っていると、
「…………今日って、楽しみだったりする?」
少しの間を空けた後に、友戯はそんなことを聴いてきた。
今日というのはもちろん、今朝に約束したことについてだろう。
「? そりゃあ、ここ最近で言えば一番なくらいは楽しみだよ。昨日は友戯の一人プレイだったけど、今日は協力プレイだろ? 久々に友戯とわちゃわちゃゲームできると思ってワクワクしてたら、授業もいつの間にか終わってたし……。それに──」
当然、トオルは淀むことなくすらすら答えられるのだが、友戯的にはそんなに心配だったのだろうか。
「──友戯?」
そんなことを思いながら彼女を見てみると、なぜかさっと顔を逸らして、口もとを手で覆い隠していた。
「へ、へえ……そっか……」
訝しむトオルに、友戯はそうとだけ返すと、
「色々ありがと、それじゃ──」
こちらを一瞥することもなく、教室へと戻っていってしまった。
──何だったんだ……。
結局、何でこのタイミングで話しかけてきたのか分からなかったトオルは、
──も、もしかして、断りづらくしちゃったかっ……!?
実は今日の約束を反故にしたかったのかもしれないと、戦々恐々するのだった。
教室前方の席。
そこにくたびれた様子で机にしなだれかかる少女がいた。
──遊愛のやつ、遅いなぁ。
先ほど『用事があるから』と席を外した友人が中々帰ってこず、半端に暇だったからである。
昼休みも終わる間近なので、てっきりすぐに帰ってくるとでも思ったのだが、何故かチャイムが鳴った今もまだこの場に存在しなかった。
「ごめん、レン」
そう思った直後、タイミングよく自分の名を呼ぶ声が聞こえてきたので、
「もー遅いよ遊愛──」
身体を起こして振り返るが、
「──え、んんっ……!?」
そこにあった友の顔を見て、思わず固まる。
「どうしたの、変な顔して」
「あ、いや、あれ……?」
が、強烈な違和感を覚えたのも束の間、瞬きをしている間にいつもの無表情顔に戻っていた。
──おかしいな、今、確かに……。
見慣れたはずのその顔はしかし、先ほどの一瞬だけ明らかに、
──ニヤけてたように見えたんだけど……。
そう、見たことないほどに嬉しそうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。
例え一番笑っている時でも、微笑程度しか浮かべたことのない彼女が、である。
──うん、まあ多分気のせいかな。
おそらく、授業の疲れから幻覚を見ていたのだろう。
「まあいいや……それで、遊愛はこんな可愛い私を待たせて何してたのかな〜──」
そう結論づけた少女は、気持ちを切り替えていつものようにだる絡みを始めるのだった。