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111話 ※変わった結果、止まっています。

 昼休みの教室における、至って普通の風景。



「でねでねっ、前に話した浜辺で会ったあの男の子がねっ──」



 男女入り交じって、仲睦まじく会話を交わす楽しげな雰囲気のそれに、



「えっ、凄いじゃん。レンにもようやく春が来たんだ」

「でしょ!? だから私、思い切って聴いてみたの!」



 しかし、一人静かに聞き専に徹していた少年──日並ひなみトオルは、



「『付き合ってる人いるんですか?』って!」

「わぁ! それでそれで、どうなったの!?」



 目の前で楽しげに恋バナに乗っかる白髪の少女の姿を見た途端、決して表には出さなかったものの、心の中でため息をついていた。



 ──石徹白いとしろさん、すっかり元通りだな。



 言うまでもなく、理由は明白である。



『──今日のこと、忘れて……?』



 あの日──プールサイドで聞かされた、儚げにも感じた言葉。


 作ったような笑顔が、今になっても呪いのように頭の中にこびりついていたからだ。


 トオルの考えに彼女は同意し、それなりに円満に終わった、そのはず。



 ──もし、俺のことをもうどうでもいいと思ってくれているなら、それでいい。



 だというのに、トオルは未だ、心の奥にある妙な気持ち悪さが拭えずにいる。



 ──でも、そうじゃないなら。



 仮に、彼女の気持ちが何一つ変わっていないのだとしたら。


 その可能性を考えるだけで、トオルの心は罪悪感と自身への強い嫌悪感に蝕まれていく。



 ──それに、友戯ともぎも。



 加えて、今現在トオルを悩ませるのはそれだけではない。


 一見、以前と何も変わっていないはずのこの光景に──否、変わっていないからこそ不自然なこの状況に、酷く違和感を覚えていたのだ。



 ──これが普通なのかもしれない、けど……。



 女子同士でキャッキャと盛り上がり、時おり男子であるこちら側に話題を振って巻き込んでくる。


 それに、少し戸惑いつつも返答し、共感されたり、からかわれたりする、何もおかしくはないはずの日常の風景だ。



「それで──と、言いたいところだけど〜……その前にっ、遊愛ゆあの方はどうなってるのっ!?」

「え……」



 しかし、明確と言っていいほどにトオルには変化が見えており、



「どうせ、夏休みの間も、その後も、ずっと日並くんと遊んでたんでしょ〜? 何か起きてたりとか──」

「何も無いよ」

「──へ?」



 その答えは、あれだけいろいろあったにも関わらず、あっけらかんと言い放つ友戯の様子からも一目瞭然だろう。



「いやいやっ、もう半年近く経つんだよ!? 流石にこう、一度くらいドキっとしたこととか──」

「無い無い、ゲームやってるだけだし」



 もちろん、単純にバレたら面倒だから隠しているだけなのかもしれない。



「こ、こっそり手繋いだりとかっ……!」

「……無いよ」



 実際のところ、そう考えるのが自然であるべきではあったのだが、



 ──何だったろうな、あれ。



 ただ、そう思えないだけの引っかかりがあるのもまた、事実である。


 ある時は手を握りたいと言ってきたり、ある時はいきなり抱きついてきたり──つい勘違いしそうになるほどに距離を詰めてきていたはずの彼女だったが、



 ──いつの間にか、前に戻ったみたいだ。



 何を隠そう、最近では人が変わったかのように、構って欲しがることが無くなったのである。


 本来であれば、これが年頃の男女としては正しい付き合い方であると思う一方、心のどこかで一抹の寂しさを覚えしまうのも仕方のないことだろう。



 ──まるで、夢を見ていたような……。



 あの真夏の一日からはや一ヶ月以上が経つも、結局誰との関係性も変わってはいない。


 むしろ後退しているとすら言える今の状況に微かな退屈さを感じたトオルは、まるであの夏の出来事が全て妄想だったのではないかとさえ錯覚しそうになる。



「ね、日並?」

「え、あ、おうっ……!」



 と、そんな風に考え込んでいた時、不意に件の少女から話を振られる。


 パッと意識を現実に戻すと、すっかり見慣れた親友の美少女顔が映った。


 そのクールながらもほんのりと柔らかな表情には確かな親しみがあり、



 ──まあ、考えても仕方ない、か。



 それを見たトオルは、別に仲違いをしているわけでもないのだからと、そう結論づけて思考を切り替えることにした。


 最近はこんなネガティブなことを考えてばかりだが、思ったより自分も構ってちゃんなのかもしれない。



「友戯とはあくまで友達だからなっ──」



 そう自嘲しつつ、トオルもまたなんて事ない日常へと回帰するのだった。








 その日の放課後。



「なあ今日さ、また日並んち行ってもいいかー?」

「おう、構わんぞ」



 もう一人の親友である少年──景井静雄かげいしずおから、平時と変わらず気兼ねのない提案をされる。


 トオル的には断る理由も無かったので、間髪入れずに頷いてみせたのだが、



「……そうかー。じゃ、お言葉に甘えさせて貰おうかなー」



 なぜか、景井は妙な間を空けてきた。



「どうかしたか?」



 ほんの些細な疑問だったが、何となく確認してみることにし、



「ん? ああいや、なんだろうな。最近、割とすんなりオッケー貰えるなーって」



 景井もまたそこまで深く考えてはいなかったのか、若干質問の意図を測りかねた後、ふと気づいたようにそう説明してくれる。



「え、そこそんなに気になるか?」

「んーなんだろうな……」



 荷物の支度をしつつ思ったことをそのまま口にすると、景井は少し考える素振りを見せ、



「あ、そっか」



 何か閃いたのか、ポンっと手鼓を打つと、



「最近、普通にオッケーしか貰ってないけど、友戯さんとの約束と被らないんだなーとか、思ったのかもだわ」

「っ!」



 そう言えばとばかりに、これじゃないかという理由を述べてきた。


 これに、トオルはドキリと心臓を跳ねさせられるも、



「……はは、景井が思ってるほど毎日一緒ってわけじゃないからな。普通だろ」

「へー、そんなもんかー?」



 努めて平静に、何も問題が無いことを教えてやった。



 ──本当のこと言ってもな……。



 実のところ、彼の言っていることは的を射ており、トオルはちょっとした嘘をついたことに罪悪感を覚える。


 が、こればかりはどうしようもない。


 正直に、最近は友戯と距離ができつつあると言ったところで、余計な心配をかけるだけなことは分かりきっている。


 それに、遊ぶ機会やスキンシップが減りはしたものの、常識的な範囲に戻っただけで、特別おかしなことが起きているわけでもないのだ。


 ことさら騒ぎ立てるようなことでもないだろうと、頭の片隅に浮かんできていた友戯の顔を振り払い、



「それより、今日は何する?」

「んー、久しぶりにゾンビモードとかー?」

「うわ、懐かしっ」



 そんなことよりもと、大切な時間を楽しむための建設的な話題へとシフトしていく。


 そうして支度を終えたところで、二人して教室の出口へと向かうと、



 ──どうしちゃったんだろうな、ほんと。



 未だ教室内で楽しげに話したままこちらを一瞥もしない友戯に対してか、はたまた、その彼女に一声もかけられなくなった自分に対してか、答えの出そうにない疑問を抱えながら帰路へとつくのだった。

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