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恋愛短編

青春サマーツアー

作者: ぷか

 山口はじめは文学部である。

 本を読んだり、文章を書いたり、と難しいものではない。

 文学部は昼休みや放課後、司書代わりに図書室の本を管理するだけである。


 放課後。

 俺の隣では、西園寺みくがせっせと土日の課題に取り組んでいた。

 みくは透き通った白い肌に頬杖をつき、ため息交じりに言う。

「課題、多すぎる~」

「本当にね」

 彼女は西園寺財閥のお嬢様で有名だ。お金持ちで成績も優秀。色白で少しウェーブの掛かった黒髪が美しく、目がくりっとしていて可愛らしい。

 みくは俺をみて問う。

「山口さんは課題やらないの?」

「もう終わったよ」

「すごい。早いわね」

「授業中にやっていただけだよ」

 俺は本来真面目じゃない。だが、計画的に物事は行わざる負えなかった。

 俺の家は超がつく程の貧乏だった。

 さっさと良いところに就職して家族を養わないと、現在小学生の妹と弟二人を進学させられないのは間違いない。

 新聞配達のバイトは朝3時に起床しなければならないので、凄く眠い。

 疲れてウトウトしていると、みくは俺の顔を覗き込んで言った。

「そうだ、あのさ、妹が早帰りでお弁当要らなかったんだけど、作っちゃったの。良かったら…」

「いいの?」

 一気に眠気が吹き飛び、食い気味に俺は身を乗り出す。

 みくは保冷バッグから桃色の布巾で包んだ手作り弁当を取り出す。

 みくはとても優しい。容姿も可愛く、性格も明るくて男女からも好かれる人気者だ。

 だから俺の事情を知り、同情してくれるのだと思う。

 こうしてみくはたまに、お弁当を作ってくれる。みくはしっかりしているし、間違って余分に弁当を作る失態などしないだろうから、妹のことは建前だと思う。

「本当にいつもありがとう」

 みくは慈愛の笑みを浮かべて言う。

「今どこかで食べてきてもいいし、持って帰ってもいいよ。仕事はやっておくから」

「いやいや、流石にそれは悪いよ」

 すると、後ろで本の貸出カードを確認していた先輩が振り返って言った。

「人全然いないし、私が貸し借りやるよ。二人は休憩しておいで」

「いえ」

 先輩はにやにやして背を押して来る。

「いいからいいから」

 みくとの関係を誤解されている気がするが、俺は目の前の弁当しか眼中になく、ただ早く食べたかった。礼を言ってそそくさと図書室を出る。

 みくが付いてくる。

 図書室前の廊下は静かで、黒い革張りの長椅子に座って、俺は弁当を広げた。

 唐揚げ、チーズ入りの卵焼き、アスパラのベーコン巻き。二段目は生姜焼きの乗った白米だ。どれも本当に美味しい。

 俺はあっという間に完食して、感嘆(かんたん)のため息をついた。

「本当にありがとう。野菜ばっかで、ずっと肉が食べたかったんだ。全部美味しい。最高」

 みくは嬉しそうに笑う。

「良かった。そんなに美味しく食べてくれるなら作った甲斐(かい)があったわ」

 他人のためにここまで優しくなれる彼女は本当に女神かもしれない。

 俺は考えて言う。

「みくさんには色々もらってばかりだから、俺も何か返せると良いんだけど」

「そんなの良いのよ。気にしないで」

「うーん」

 手作りのお弁当は、コンビニで買って来たおにぎりとは訳が違う。すごく手間が掛かっているだろうし、わざわざ早起きして作ってくれているのだ。

 やはり何かお礼をしたい。

 同じ食べ物系が妥当だろうか。とはいえ、皆のよくやるカフェのギフトカードなんてものは無理だ。お金が無いし、逆に気を遣わせてしまいそうだ。

 俺はふと閃いて言った。

「そうだ、しそジュース飲んだことある?」

「え?しそ?どこで売ってるやつ?」

「自家製なんだけど、甘くておいしいんだ。今度作って持ってくるね」

 いっぱく置き、みくは首をかしげて問う。

「自家製ってすごいわ。どうやって作るの?」

「しそを煮出して、リンゴ酢と砂糖を入れるだけ。俺の家族はみんな大好きなんだ」

「へ、へえ」

「あ、大丈夫。しそは野草じゃなくて、家で育ててるやつだから綺麗だよ」

 みくはうなづく。

「しそって育てられるのね。スーパーで売っているのしか見た事がないわ」

「うん、しそは夏が旬の多年草なんだ。今が収穫時期」

「すごい。野草(やそう)を育てるって発想なかったわ」

「普通の野菜よりも育てやすいし、いっぱい採れるんだ。今の時期だと、ヨモギ、ドクダミ、オオバコ、ヤブガラシなんかも旬だよ。天ぷらにして塩をかけると凄く美味しい」

「へえ」

 みくは目を丸くした後、楽しそうにくすくす笑う。

「山口さんといると面白いわ。みんな勉強やゲームの話ばっかりなんだもの」

 お嬢様のみくにとっては、庶民の暮らしぶりが面白いのだろう。

 実際、偏差値が高い高校では、両親も優秀で裕福な生徒が多い。俺もあまり話は合わない。というか、貧乏性がにじみ出ているのか少し遠巻きにされている気がする。聞かなくても良い授業は寝てしまうし、バイトのせいで遅刻するし、素行が悪いと思われているのかもしれない。

 みくは伸びをして言う。

「あーあ、夏休みも習い事とか講習とかで全部予定が埋まっちゃったわ。毎年、夏っぽいことをせずに夏が終わっちゃうの。ちょっと寂しいな」

「そうなんだ。別荘とか行かないの?」

「あるけど、そんな余裕ないもの。山口さんは、夏休み何するの?」

「主にバイトかな。でも夏っぽい事はするよ。祖父母が田舎に住んでて、遊びに行く。一緒に川遊びしたり、花火やったり、カブトムシ取ったり」

 みくは目を輝かせて身を乗り出した。

「えー素敵!いいないいな!私もやってみたい!」

 普段穏やかなみくがここまで食い付く話題も珍しい。

 よっぽど憧れなのだろう。

 俺は軽い気持ちで提案した。

「一緒に来る?大家族だし、一人くらい増えても変わらないと思うけど」

 みくは顔を赤らめた。

 俺はハッとし、慌てて言い(つくろ)った。

「いや、その、他意はなくて、お礼になるかなって思ったんだ」

 みくは俺をじっと見て言う。

「行きたい」

 急に色々と自信が無くなってきた。

「山の中だから、虫出るし暑いしクーラー無いし、全く快適じゃないよ」

「ぜんぜん平気」

「でもみくさんお嬢様だし」

 みくはムッと口を尖らせた。

「違うわ。私、平気だもの。テニスもやってるし、体力には自信があるわ。そういう文句も絶対言わないから」

 そして犬がしっぽを下げるように、しゅんとして言った。

「山口さんが嫌ならいいんだけど」

 そう言われると、弱かった。

「わかった」

「あ!でも私、毎日予定が入っているんだった」

 肩を落としてガッカリするみくに、俺は悪魔の(ささや)きをした。

「休んじゃえば?休憩は大事。塾なんて同じ内容を家で勉強すれば良いんだしさ」

 みくは目を丸くする。

「ずる休み?」

 彼女にとってはハードルが高いのかもしれない。

 俺は笑って言い直す。

「リフレッシュのための休暇」

 みくは口元に手をあてて、小声で言う。

「ずる休みなんてして良いのかな」

「みくさん次第じゃない?俺の方は実際一人増えても問題ないし、女の子は俺の妹が一人いるよ。いつも男子ばっかりだから、みくさん来たら絶対喜ぶと思う」

「厚かましくないかな」

「大丈夫。みんな仲良くて優しいから」

 みくはそっと顔を上げて言った。

「考えてみても良い?」

「もちろん」


 ☆彡   ☆彡    ☆彡


 はじめの妹は「二葉(ふたば)」。小学校6年生。

 弟は「三郎(さぶろう)」と言う。小学校3年生だ。

 順番に名づけられている。


 俺は明日の夕飯の支度をしていた。

 売れ残りでカボチャが安かったので、カボチャと収穫したじゃがいも、オクラと大葉の煮物だ。夏野菜はどれも水分やカリウムが多く、ビタミンも豊富で成長期には良い。

 三郎は首を傾げる。

「兄ちゃんのカノジョ?」

「いや、そういうんじゃないんだけどさ」

 隣で食器洗いをしていた二葉が、バッサリと言った。

「デートなら二人で行けば良いじゃん」

「彼女じゃないよ。友達。部活が一緒の子だよ」

「可愛いの?」

「…世間一般の基準じゃ、愛嬌があって明るい子だと思うよ」

「はいはい。素直に可愛いって言えばイイじゃん」

 俺は思わず二葉の背を突いて言った。

「だから、違うって」

 三郎が食パンの切れ端を食べながら言う。

「姉ちゃん、違うってよ」

 二葉は肩を竦め、エプロンを脱いで言う。

「そこまでの関係じゃないのよたぶん。友達以上、恋人未満っていうやつよ、絶対」

「二葉、どこでそんな言葉覚えてくるんだ」

「月9のドラマで言ってた。お兄ちゃんまさか、問恥(トイハジ)知らないの?」

「知らないよ何それ」

「えー、信じらんない」

 妹は俺を四十(しじゅう)のおっさんを見るような目つきで見てくる。

 妹は最近色気づいてきたというか、ちょっと厄介な年ごろである。

 俺は火を止め、テレビを切る。

「あ!なんで切るの」

「あんまりそういうのは見ちゃ駄目だ。もう寝る時間だ」

「えー」

 非難の嵐だったが、一緒に行くかもしれないことは了承してもらえた。


  ☆彡    ☆彡    ☆彡


 みくは自室ではじめと電話をしていた。予定が決まった。

 ワクワクして電話を切ると、そっと戸が開いて妹が顔を出した。

 ビックリしてみくが硬直すると、妹が言った。

「その、盗み聞きしてごめんなさい。でもお姉ちゃんが心配で」

「心配って、何が?」

「山口先輩って、めっちゃ頭良いけど不良の人だよね」

 妹はみくの一歳差で、高校一年生だ。

「うーんと」

「変わり者なんでしょ」

「そうかもしれないけど、悪い人じゃないわ」

 新聞配達のバイトをしていると自分には教えてくれたが、学校はバイト禁止だ。

 気軽に誰かに話して、彼がバイトを出来無くなれば、話から(うかが)い知れる情報限りだと、学校に通えなくなる恐れまである。妹を信じていない訳じゃないが、万が一何かあったら困る。

 だからこれはトップシークレットだ、とみくは口をつぐむ。

 妹は心配顔で言う。

「お姉ちゃん、あんまり悪い人と関わらない方が良いよ。あの人の良い噂聞かないし」

「う、うん」

 はじめは、どうでも良い授業は完全に寝ていて教師の言葉にも全く反応しないし、朝はよく遅刻するし、そのくせ、全国模試では上位二桁に食い込む程、頭が良いのだ。

 協調性もなく、二年生になった初日はみんなで丸くなってお弁当を食べたのに、一人で窓の席で勉強や読書をし、眠っていた。友達といるところを見た事がない。

 事情を知らなければ自分もちょっと気取った人だと思っていたかもしれない。

 成績第一の進学校では妬みも酷くて、悪い噂に尾ひれがついて回るが、本人は全く興味がないのか、いつものんびり眠っている。他人の悪口にもへらっと笑うだけで、それが余計に一部の人間の気を逆撫でしていることに、本人は気づいていない。

 (でもそこが可愛くて格好良い)

 みくは妹と向き合い、しっかりと言った。

「噂は噂でしかないわ。同じ部活で一年以上一緒に過ごして分かったけれど、あの人はマイペースでちょっと変わっているだけよ。根は真面目で、勉強だって努力しているわ。みんなはそれを知らないだけよ」

「ふうん、まあ、お姉ちゃんがそこまで言うならしょうがないか」

「うん。ごめんね。その…」

「ずる休みは良くないと思うけど」

 みくは目をくの字にさせて頭を下げた。

「うぅっ、ごめんなさい秘密にして」

 妹は腰に手を当て、笑って言った。

「しょうがないなぁ。口裏合わせてあげる」

「え!ありがとう。あ、でも、別にデートとかじゃないの。ただ夏休みに山口さんのご家族と一緒に遊ぶだけ」

「分かったよ。気を付けて行って来てね」

「うん」


   ☆彡    ☆彡    ☆彡


 夏休みに入り、約束の日時となった。

 遠くからみくが走って来る。

 みくは、肩のところが少しフワッと膨らんだ白いTシャツを着ていた。半ズボンに靴で普通の格好なのにとても可愛らしい。

 いつもは下ろしている黒髪は、後ろでポニーテールにしていた。シャンプーの香りがする。

 はあはあと息を切らせて、みくは元気に言った。

「お待たせ!」

「歩きで来たの?」

「うん、だってズル休みだもの。送ってもらうことは出来ないわ」

 みくは胸に手をあてて、顔を火照らせながら言う。

「ドキドキするわ。スリルがあって、とっても楽しいわね」

 二葉が(ひじ)で俺を突いた。

「ねえまさかと思うけど、お兄ちゃんがずる休みをさせたんじゃないよね?」

「そ、そんなことする訳…」

 みくは手を合わせて、ニコニコして二葉を見る。

「あら!あなたが山口さんの妹ね!」

「あ、はい。初めまして。二葉(ふたば)って言います。今日はよろしくお願いします」

「うん!よろしくね」

 俺は弟の三郎を紹介する。

 三郎はみくの可愛さに驚いたのか、無口になっていて面白い。

 四人で家の前に待っていると、大きなバンがやって来た。

 乗り込むと、大学生のいとこが軽い調子で言った。

「可愛いね」

 みくはふるふると首を振り、身体を折って頭を下げた。

「今日はよろしくお願いします。みくと言います」

「はーい、みくちゃん。気楽にしてて良いよ」

「はい」

「じゃあ出発しまーす」

 いぇーい、と子供たちは声を揃える。

 車が発進する。

 大学生がみんなに言った。

「クーラーボックスにチューチュー入ってるから食べていいぞ」

 みくは小首を傾げる。

「チューチュー?」

「棒状の細長いシャーベットアイスのことだよ」

 俺は説明しながらクーラーボックスの蓋を開け、四本取り出し、二つに割って配った。

 それぞれじゃんけんをして好きな味を取っていく。

「二つに割って食べるのね」

 子供がみくに問う。

「食べたことないの?」

「うん。有名なの?」

 子供たちはみくの気を引きたいのか、えー知らないのー?と声を合わせる。

 みくはあたふたして答える。

「ふ、普段はカップのアイスクリームが多くって」

 子供たちはみくの反応を面白がって揶揄(からか)い始める。

 みくは子供に慣れていないようで、少し困っているようだった。

 俺はみんなに聞こえるように、みくに言った。

「田舎の小僧は照れ屋だから、みくさんの気を引こうとして揶揄(からか)ってるんだよ。なにもおかしい事じゃないのにね」

 小学生の子供たちは顔を赤くしてそっぽを向く。

「みくさん、溶けるから早く食べちゃいな」

「う、うん」

 みくはチューチューをパクリと咥えて、目を開いた。

「すごく美味しいわ!」

「良かった」

 食べ終えると、みくは少し身を屈め、子供たちに目線を合わせて言った。

「あのね、私虫を採ったり、花火をしたりとか、やった事がないんだ。それで、山口さんの話を聞いていたら楽しそうだなーって思って、連れてきてもらったの。だから、みんなも色々教えてくれると嬉しいな」

 いいよ、と小学生は生意気に言う。

「じゃあまず、みんなの名前を教えてくれる?」

 子供たちは口々に話し始める。

 みくは一人一人、懸命に話を聞いて、真面目にお喋りしていた。



 途中、パーキングエリアで休憩しつつ、車で山を上っていく。

 小学生の集団が言う。

「お腹すいたー」

 大学生が(さと)すように言った。

「あとちょっとで着くから待ってろ」

 みくがちらっと俺を見て問う。

「山の中でお昼ご飯?」

 俺は微笑んで返す。

「どうだと思う?」

 大学生のいとこはミラー越しに俺を見てたずねる。

「予定言ってないのか?」

「うん、みくさんには普段お世話になっているお礼も兼ねているんだ。お楽しみサマーツアーって事にしてる」

「そうか、じゃあ皆これからの計画は秘密だぞ」

 子供達の中では、「はーい」「えー」と両方の声が上がる。

 みくは目を細めて笑った。

「楽しみー」



 現地に着くと、いとこの両親と祖父母が駐車場で待っていた。

 実はいとこの家と俺の家は近く、子供たちが大学生の大きなバンで、みんなで行きたいと言ったから、このような状況になっている。

 挨拶をしてから、みんなでキャンプ場へ向かう。

 場所は予約してあるので、一式バーベキューのセットと肉は用意されている。

 陽気な祖父が俺をいじって来る。

「その可愛いお嬢さんは?」

「だから友達、同じ部活の子だって言ったでしょお爺ちゃん」

「本当に?」

「もう。同じ事ばっかり言って、ボケちゃったの?」

 俺の冗談に、祖父はケラケラ笑う。

 みくも釣られるように沢山笑っている。

 荷物を置いてから、みんなでバーベキューの準備に取り掛かる。

 まず火起こしだ。

 バーベキューコンロは三つあり、その内一つを点火させる。

 もう一つはみんなが集中していて、余った一つをみくが頑張っていた。

「ぜ、全然火がつかない」

 俺は唖然(あぜん)とするみくの隣にしゃがんで、コンロの中を覗き込む。

「新聞紙じゃなくて、木片の方に火をつけることが大事だよ」

「でも、その木に火がつかないの」

「ちょっと貸して」

 火ばさみを受け取ろうとすると、手が触れ合った。

 白くて柔らかい、滑らかな感触。

 顔を上げると、みくと目が合った。

 俺は平静を装い、火ばさみを使う。

「大切なのは空気の通る向きなんだ。火がつくと下から上へ向かって空気が抜ける。燃焼は酸素がないと出来ないから、水平に積むんじゃなくて、とんがり帽子みたいにして風遠しを良くするのがコツだよ」

 直ぐに火がついた。

 みくははにかんで言った。

「山口さんは意外に頼りになるのね」

 俺は笑って言い返す。

「学校じゃ頼りない?」

「そんなことないけど、普段はこんな姿見ないもの」

「確かに火起こしはしないね」

「そうじゃなくて、みんなと話していると、優しくて頼りになるお兄さんって感じがする」

 みくの黒い大きな瞳が、じっと俺に向く。

 俺は視線を逸らして答えた。

「そう?ありがとう」


  ☆彡    ☆彡    ☆彡



 みくは椅子に座り、はじめがよそってくれた肉を食べながら、はじめと、いとこの母親の会話に耳を立てた。

 はじめのいとこの母親が、さりげなくはじめに話し掛ける。

「はじめ君、最近どう?大丈夫?」

「はい。何とかやってます」

「無理してない?」

「はい」

「お母さんの体調は少しは良いのかしら」

「はい、そこそこです」

 はじめは安心させるように、愛想のよい笑みを浮かべる。

 みくは言いようのないモヤモヤが心に広がるのを感じた。

 全然大丈夫じゃない。

 もっと支えてあげればいいのに。家庭の事情はよく分からないけれど、はじめが一人で小学生の子二人の世話をして、学校にも行ってバイトもしているこの状況はおかしい。

 はじめが迷惑をかけないように言っているのは分かっているはずなのに…

 それとも、いとこの家も精一杯なのだろうか。裕福で恵まれた環境にいる自分には、理解できない事なのかもしれない。


 ぼうっとしていると、いつの間にかはじめがしゃがみ込んで顔を覗いてきた。

「わっ」

「大丈夫?」

「あ、うん」

「考え事?」

「う、うん。そんなところ」

 はじめは、ニッと笑って、たずねてくる。

「マシュマロ食べられる?」

「マシュマロ?」

「焼きマシュマロ。デザートだよ」

「食べたい!」

「はいどうぞ」

 準備していたのか、はじめは串に刺したものをくれた。

「すごい、トロトロ」

「熱いから気をつけて」

「ありがとう」

「いいえ」

 はじめは見ていないようで、いつも周りを見ている。

 たまにだけれど、あまり元気のない人には自分から笑いかけて、話しかけたりしている時がある。

 男子も女子も分け隔てない。

 協調性がゼロで不良っぽく思われていても、いじめられたりしていない微妙なラインを保っているのは、みんなが心のどこかで悪いヤツじゃないというのを理解しているからだと思う。

 というか、今年のバレンタインでチョコを4つも貰っているらしい、という話を男子が話しているのを小耳にはさみ、みくは胸がドキっとした。

 敢えて義理チョコの体を保って渡したけれど、後悔している。

 はじめはのけ者にされているようで、絶対モテるタイプだ。

「どうした?」

「ううん、何でもない」

「そう?何かあったら言ってよ?」

「うん」

「片付けは爺ちゃん婆ちゃんがやってくれるみたいだし、俺達は川遊びに行こう」

「うん!」


   ☆彡    ☆彡    ☆彡


 川の付近では多くの人でにぎわっていた。

 更衣室もあり、水着に着替えることもできる。

 俺はてっきり、というか、完全に膝下でちゃぷちゃぷするだけだと思っていた。

 だが、みくはしっかり水着を持ってきていて、急に男子勢がソワソワし始める。

 二葉が腕を組んで言う。

「しょーもな」


 ドキドキして待っていると、みくがやって来た。

 白いセパレートタイプの、短いワンピースみたいな水着だ。

 お腹の露出がないものだが、太ももまで覗くふわっとした短パンとキャミソールの長く細いしなやかな腕がさらされている水着は清楚で可愛かった。

 感想にひどく困り、俺は、覗く形の大きな水中スコープを渡したのだった。

「魚が見られるよ」

「え、こんな人がいっぱいいるなかで?」

「うん、すごく小さい魚。ぜんぜん採れないよ、ほら、網つかっても子供たち逃げられてるだろ」

 魚を見つけると、みくはとても喜んでいた。

「すごいすごい!本当にいる!」

 無邪気な姿が可愛らしかった。


 川遊びの後は、祖父母の家に行った。

 スイカを食べて少し休憩すると、もう夕陽が出ていた。

 大学生が言う。

「じゃあ虫採りに行きますか」

 みくは驚く。

「山の中では、そんなに簡単にカブトムシが採れるの?」

 俺は網を渡して答える。

「大学生のいとこが前日に蜜を塗ってくれたみたい。カブトムシは分からないけど、コクワガタくらいなら大体採れるよ。本当は夜とか朝が一番いいんだけど」

「へぇー!コクワガタってなに?」

「小さいクワガタだね」

 子供達が、一斉に喋り出す。

「いたいたいた!」

「え、どこ?」

「ほら、あの高い枝」

 大学生が小学生を肩車して捕まえようとしたが、カブトムシは飛んでいってしまった。

 小学生たちのテンションが一気にダウンする。

 それを見たみくは励ますように言った。

「見つけられたのはすごいわ。みんなはとっても目がいいのね」

 その後は蜂とカナブン、コクワガタを発見した。

 分かれて虫取りをしていた二葉が、ちゃっかりとカブトムシを捕まえていたのだった。


 すっかり辺りは暗くなり、みんながバケツと花火セットを持ちだしてくる。

 みくはパッと笑う。

「もしかして、花火?」

 俺も笑みを返して言う。

「サマーツアーもこれが最後のイベントです」

 みくは暗闇の中でも分かるほど、まぶしい笑顔で言った。

「すっごく楽しかった。ありがとう山口さん」

「俺じゃなくて、準備してくれたみんなのお陰ではあるけどね」

「うん、でも、山口さんが誘ってくれなかったら、こんな楽しい思い出作れなかった」

「大袈裟じゃない?」

「ううん、大袈裟じゃないよ。私、花火もしたことないの。両親は煙臭くなってしまうから止めなさいって言ってきて、花火大会みたいな、遠くの花火しか見たことが無いの」

 俺は驚く。 

「そっか。なら良かった」

「うん」

「花火にも種類があってさ、やる順番があるんだ」

「順番?」

「まあ何でもいいんだけど、風流を意識するなら、この細いへなへなの花火はとっておくんだ」

「これは知ってるわ。線香花火でしょう」

「そうそう」

「それしか知らないけど」

 棒状の花火に火をつけると、一気に花火が吹き出す。

 みくは小さく悲鳴を上げて、後ずさる。

「て、手が燃えそう」

「大丈夫大丈夫」

「すこし怖いわ」

 怯える様子が小動物のようで可愛い。

 俺はみくの手から花火を受け取り、もっと柄の長いものに変えてあげた。

「ありがとう」

「俺も子供の頃、少し怖かった。気持ち分かるよ」

 俺が笑いかけると、みくは顔を赤くした、ように見えた。

 金色から青く変わる火花を見ながら、俺は言う。

「みくさんは前、俺といると面白いって言ったけど、俺も同じだよ。みくさんの反応見てると、こっちまで楽しくなる」

「ふふ、じゃあお互い様ね」

 花火はどんどんなくなって、線香花火を点火する。

 みくはすぐに玉を落としてしまった。

 ぐつぐつ地面で煮える玉をじっと見つめて、光が消えるとみくは首を傾げた。

「終わり?」

 俺は吹き出した。

「ほら、見て。玉を落としちゃいけないんだよ」

「ええ!そうなんだ、線香花火ってそんなに繊細なのね」

「コツがあるよ。少し斜めに傾けるんだ」

「こう?」

「そうそう」

「…火花の種類がどんどん変わっていくのね」

「うん、確か、四種類に分かれているんだ。はじめが牡丹で、松葉、柳、ちり菊」

「へえ!確かに、それぞれ火花の散り方が似ているわ」

「うん。花火屋さんは、最後のちり菊を特に大切にしていて、線香花火は一つの物語を作るように作っているって話をどっかで読んだな」

「へえ!とっても素敵!」


 静かに線香花火をしながら、みくは言った。

「さっき二葉ちゃんと話をしたんだ」

「あ、そうなんだ」

「うん。お兄ちゃんをよろしくって言われたよ」

「二葉のやつ、最近ちょっとませてきてさ」

「ふふ、そうだね。だからね、私に相談してきたよ。お兄ちゃんがすごく頭がいいのは知ってる。だから、進学して欲しいって。でも、それをお兄ちゃんに言っても絶対にすぐ却下されるから、説得して欲しいって頼まれた」

「はあ?あいつ本当に…」

 みくは俺をみて言う。

「山口さんは、文系なのに理系の勉強もしているよね」

 俺は驚いてみくを見返した。

 恥ずかしいのでなるべく人の見ないところで問題集を開いているつもりだったが、見られていたのか。

「勉強っていうか、ちょっと気になってるだけだよ。ほら、読書みたいな感じだよ、真面目にやってないっていうか」

「私もね、山口さんってストイックで努力家で、センスがあると思う。私が口出しするのはおかしいんだけれど、同じように勉強を頑張っているからこそ、山口さんの能力が勿体ないって思うの。やっぱり努力で補えないものはあると思うから」

「…」

「ごめんね、でも少し気になったことだから、言っておきたかったんだ」

「そっか。アドバイスありがとう」

「ううん、二葉ちゃんに頼まれたように、説得はできないけど、話をすることは出来るかなって思って」

「そうだな。盲点だった。二葉も高学年だし、ちゃんと話し合えば良かったな。ある意味、二葉が進学して欲しいとか、そういうのって、俺の押しつけではあるもんな」

「ううん、そんなことないよ。二葉ちゃんも山口さんがすごく大事に想ってくれていること、分かっているみたいだった。だから私にそんなお願いをしてきたんだから」

「…ありがとう」

「山口さんはすごく偉いね。私も山口さんみたいに、自分をしっかり持って、努力して、自分の道を作りたいって思うの」

「大袈裟だって」

「ううん。私にとって、山口さんは憧れなの」

 照れくさそうに、みくは俺をみて笑う。

 それから、俺をじっと見つめて、みくは小声で言った。

「今日はとってもかっこよかったよ」

 心を射抜かれた気がした。

 頭が真っ白になり、それから俺は色々と観念して、最後に覚悟をした。

 口を開く。

「俺って結構頑固だし、あんまり人と仲良くするのが得意じゃなかったんだけど、みくさんに会ってから凄く楽しかった。最初は話なんて合うわけ無いって思ってたんだけど、俺の些細な話を聞いてくれて嬉しかった。弁当も美味しいし、本当に好きです。みくさんには迷惑かけるけど、気持ちだけは伝えておきたいから」

 流れるように告白すると、沈黙が落ちる。

 俺が顔を上げると、暗闇でも分かる程顔を赤くしたみくがいた。

「もう、どうして気づいてくれないの?私はずっと前から好きなのに」

 俺は耳を疑った。

「え」

 みくは言う。

「て、手作り弁当なんて、凄くテンプレじゃない」

「…」

 様々な意見が頭の中をぐるりと回る。

 夢?これは勘違いか?

 自分はまったく格好良くない。スクールカースト底辺の変人扱いされている男だ。こんな美少女に好かれる訳が無い。

 俺が言葉を返せずにいると、みくは笑って言う。

「一年の時に、席替えで山口さんと隣になったでしょう?私、居眠りばかりしている人だと思っていたんだけど、山口さんが家計簿をつけているのが見えて…あ、ごめんなさい、覗いていた訳じゃないんだけど」

「うん」

「それで、想像していた人と違うのかもしれないって思ったの」

「そっか。それで興味を持ってくれたんだ」

「うん、話をしてみたら面白くて、山口さんは本も好きだったから、まさか話が合うとは思わなくて嬉しかった。今時アンデルセンとか江戸川乱歩、小林多喜二なんて読んで人いないもの」

 俺はこの瞬間、「青空文庫」(著作権切れの作品を載せたネット上の無料電子図書館)に心の底から感謝した。

「私、今時の話より純文学が好きだから、話せる人が出来て嬉しかったの」

「俺もだよ」

「うん。私、学校はそんなに好きじゃないんだけど、毎日楽しくて、放課後に近づくと不思議なくらいワクワクして、ずっと変だなって思ってた。私、誰かを好きになったこと無かったの。だから、二年生になってから、山口さんが好きだって気づいたの」

「そうだったんだ」

「うん」

 線香花火が終わり、周囲がしんと暗くなる。

 こんな時、どうしていいか分からない。

 嬉しさと恥ずかしさがないまぜになり、俺はただみくを見つめた。

 みくも俺を見つめ返し、はにかんで言った。

「来年の夏も、一緒に遊ぼうね」

「もちろん」

 俺達は笑い合って立ち上がり、火の消えた線香花火をバケツにそっと浸けた。




読んで下さりありがとうございました!

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