禁断の罪と愛の螺旋~GARNET~
ま、間に合ったかな
美しい森と湖の国であるランドリス王宮で王太子のルーフスは国王から小さな少女を紹介されていた。
「今日からお前の妹になるガーネットだ。仲良くするがいい」
「私の妹にですか?」
目の前の少女は国王の弟、マッシモ叔父上の娘だった。
「そうだ。実際は従姉妹になるのだが、先日マッシモがとうとう離縁しただろう?」
「はい。お聞きしております」
その原因はお互いの不貞。結婚したもののやはり初恋の人が忘れられないとお互いの恋人を呼び寄せて別に生活を始めたのだ。王弟である叔父のマッシモは公爵家に婿入りしていて娘もいたのに破綻してしまった。
王弟は娘を王宮には連れてくることが無かったのでルーフスは会うのはこれが初めてであった。国王である父のマントに隠れるようにしてルーフスを見ていた。
館で放ったらかしだったのを見かねて引き取ることにしたらしい。
「マッシモには困ったものだ。かといってガーネットには王家の血が流れておる。粗末に扱う訳にはいかない」
「そうですが……」
王妃はルーフスが五歳の時亡くなり、もう五年になる。後添えをもらうようにと家臣達からはせっつかれているが、王は頑として肯かなかった。
「お前はしっかりしている。どうにか兄妹として仲良くしてやってくれ」
ルーフスは少女を眺めた。痩せすぎな上に顔色も酷く悪い。養育環境は悪かったのだろう。終始怯えていた。ルーフスも母を失ったときの喪失感を思い出し、ガーネットを慈しもうと思った。両親から捨てられたガーネットのことを思うとますます彼女を甘やかすようになった。王宮にきたときは怯えて誰にも懐かないガーネットだったが、ルーフスにはとても懐いた。子ども同士だったのも功を奏したのだろう。
十歳のルーフスと五歳のガーネットは瞬く間に仲良くなり本当の兄弟のように育った。
「お兄様。大好き」
「私もだよ。可愛いガーネット」
王宮で仲良く過ごす二人に対して周囲の大人は微笑ましく思っていた。
――それから十年ほど過ぎ、隣国との国境では小競り合いが起きていた。
「ご挨拶に参りました。ルーフス殿下」
和平のために隣国に嫁ぐことになったガーネットがルーフスの執務室へ入ってきた。
「もう、行くのか?」
「ええ」
ガーネットの顔は少し青褪めていたがその美しさは損ねてはいなかった。ガーネットは成長するにつれてとても美しくなっていた。
「そうか……」
「お兄さ、いえ、ルーフス王太子殿下には恙なくこれからもランドリス王国の繁栄を……」
「ふっ。まだ兄と呼んでくれるのか、これからそなたを隣国へ人質のように差し出さねばならない不甲斐ない者であっても……」
ガーネットは黙って首を左右に振った。
「いいえ。両親を亡くした私を引き取って育ててくださった陛下と兄妹のように接してくださったルーフス兄様には感謝しかございません」
ガーネットの煌めく星を写し取ったかのような瞳でルーフスを見返していた。その瞳の奥に秘められているのは――、
「それに人質ではありません。王太子妃として嫁ぐのですから、栄誉なことです」
ふふと軽やかに笑い声を立てるガーネット。
「ガーネットなら王太子妃としてだって、いや大国の王妃としても十分務まるよ。きっと素晴らしい妃となって……」
「そう仰って頂きますと嬉しゅうございます」
万感の想いを秘めて穏やか微笑みあう二人。
ガーネットの後ろに控えていた侍女が時間を告げてきた。
「それでは……、今までありがとうございました」
ガーネットはもう一度礼を取ると王太子の執務室から退出した。
扉が閉まるのを見ていられなくてルーフス王太子は視線を背けていた。ぱたんと閉まる音に弾かれた様に面を上げると、その扉に向かって堪らず手を伸ばしていた。
「……っ、ガーネット!! ……行くな」
粛々と隣国へ向かうガーネットの一行には大臣等も随行していた。ガーネットは側にいる侍女と護衛騎士に話しかけた。
「あなた達には迷惑をかけるわね。私と共に隣国に行くことになってしまって」
「いいえ、姫様。姫様の行かれるところに私は何処までも付いて参ります」
ガーネットが現王の王女として王宮に引き取られてからずっと世話をしてくれていた侍女と騎士達が口を揃えて返した。
ガーネットは申し訳ない気持ちと彼らが一緒にいてくれるだけでもこれから始まる大国での生活の支えになると考えていた。婚姻とは言え人質として差し出されるようなものなのでどのような待遇になるかは正直分からない。
隣国の王子とは直接お会いしたことはないが、送られてきた姿絵は端正な青年であった。でも人となりまでは分からない。ただ複数の王子から勝ち抜いてきた人物で最近まで存在さえも周辺国には知られていない王子であったのだ。
今回の輿入れで国境まで王太子自らが迎えに来てくれると聞いている。事前にドレスや装飾品も立派なものがガーネットに贈られてきていた。今日はその一部を身に着けていた。
「あなた達がきてくれるなら本当に心強いわ」
そう言ってガーネットは微笑んだ。
もう直ぐ国境というところで、前方から叫び声が聞こえてきた。最初はそれが歓迎の声に聞こえた。
「まあ、もう着いたのかしら?」
「いえ、まだ早すぎ……、姫様っ! どうやら賊のようです!」
外では護衛騎士が奮闘していたけれどそれを上回るほどの盗賊達が押し寄せてきていた。
「姫様をお守りするのだ!」
しかし、奮戦の甲斐もなく次々と倒れ伏す騎士達。王太子の迎えもあるといった油断があった。
ガーネットは侍女と馬車の中で震えて抱き合っていた。今にも気を失いそうであったが、盗賊達に馬車から引きずり出されて、盗賊の首魁と思われるものの前に連れて行かれた。
「あなたは! 隣国王太……」
結婚相手である隣国王太子のロセウスがそこにいたのだった。
「はははは。お前がガーネット王女か。絵姿より大分美しいな。だがお前はランドリス王国を制圧するための道具となってもらおう。ランドリスは花嫁を寄こさなかったとしてここで死んでもらう」
「……何を。仰っているのです?」
「ふん。何度も説明するつもりはない。切り捨てようと思ったが、本当に美しいな……。折角だから奴隷として宮に連れて帰るか」
「おやめください! このようなことをされて……、戦をされるおつもりですか?」
「今、言っただろう。これ以上煩いと切って捨てるぞ」
ロセウスから喉元に剣を突き付けられてガーネットは黙るしかなかった。
――このまま、この男にいいようにされるなら死んだ方が……。いえ、生き抜いてお兄様にこのことをお知らせすべき……。
ガーネットは王太子に連れられて離宮へと閉じ込められた。
「ちっ。所詮美しいだけのものか」
心身ともに傷つけられて寝台に投げ出されたガーネットを見下ろすとロセウスは不快気に部屋から出て行った。
その頃、あの中で逃げ逃げ延びたランドリス王国の騎士が王宮まで逃げ延びてルーフス王太子に真実を知らせた。
「なんだと! ロセウス王太子がそのような狼藉を。ガーネットは!」
国王も共に聞いていて頭を抱えていた。
「何と言うことだ……」
「父上。挙兵の許可を! ガーネットを助け出さねば!」
「……駄目だ。いたずらに戦を起こすものではなるまい」
「父上! では私一人でも参ります!」
「ううむ……」
「恐れながら、陛下。ロセウス王子はこれを契機としてこちらに攻め入る所存だと……」
満身創痍の騎士が息も絶え絶えに奏上した。
「父上!」
「……分かった。戦の準備を……、ルーフスに全権を委ねよう」
「はっ!」
それとともに王宮は一気に慌ただしくなった。隣国への道を精鋭らと一気にルーフスは駆け抜けた。
「間に合ってくれっ! ガーネット」
殺されずにロセウス王子に連れて行かれたと聞いたルーフスは万に一つの望みを抱いて駆け抜けた。
隣国との国境も超え、その勢いは王宮まで迫った。小競り合いとなりながらルーフスは王宮前の城門へたどり着く。
「良くここまで来たな」
城門の前にはガーネットを盾にするようにロセウスがいた。
「ロセウス! ガーネットを放せ! 我が国に対してなんという所業! 両国の和平を……」
「和平など。元々する気はなかったさ」
「何だと! 早くガーネットを返せ!」
「ああ、綺麗なだけの王女様ね。閨のことは何も知らないつまらない女だったよ。ほらっ。帰してやる」
そう言うと後ろからロセウスはガーネットを剣で心臓を貫いていた。そして無造作に突き倒した。ルーフスは慌てて駆け寄ってその体を抱き抱えた。
「ガーネット!」
「……ルー……、お兄様、の花嫁になりた……かった」
そうしてガーネットはルーフスの腕の中で目を閉じた。
「君が生きていてくれていたならそれで良かったのだ。君が幸せだと笑っていてくれたら、私はただそれだけで良かったのだ! 何故だ!」
「あははは! 笑わせてくれる。 そんなことは世迷いごとだ! 力こそ正義!」
そう言って高笑いするロセウスをルーフスは切り伏せていた。呪いのような断末魔を言いながらロセウスはルーフスの足元に倒れた。真っ赤な返り血に染まったルーフスは再びガーネットに近寄りをその体を掻き抱いた。
「今度こそ君を私の花嫁に迎えよう。君は幸せな花嫁になるんだ……」
だがもうガーネットの瞳は開かれることはなかった。
「君はいない。この世界の何処にも……」
ルーフスの慟哭が辺りに響いた。何処までも悲しいそれに応えるものはなく。ただ紅く染まったランドリスの悲しい嗚咽だけがどこまでも響いていた。
そのとき不思議な光がルーフスを包んだ。何もかも眩い光に消し去られてしまった。
次にルーフスが気が付くとランドリス王国の王宮であった。
「何だ? いつの間に……」
すると見える周囲の視点がいつもより低い。
「一体……」
戸惑うルーフス。隣国と開戦したとは思えない穏やかな王宮の雰囲気。何が起こったのか分からずルーフスは呆然としていた。
「おお、ここにいたか。ルーフス」
「父上?」
そこには何だか若くなった父であるランドリス王国国王が立っていた。
「今日からお前の妹になるガーネットだ。仲良くするがいい」
「……僕の、妹にですか?」
そこには――、
「そうだ。実際は従姉妹になるのだが、先日マッシモがとうとう離縁しただろう」
「はい。お聞きしております」
そして、私は再び見つけたのだった……。
「何だ。ルーフス。泣いているのか?」
「いえ……。少し目にゴミが入ったようです」
怯えるように国王の後ろにしがみついている少女に私は微笑んだ。国王はそんな少女をルーフスの前に押しやった。
「お前はしっかりしている。どうにか兄妹として仲良くしてやってくれ」
「はい。父上」
私はそう言うと少女に手を差し伸べた。
「もう大丈夫だよ。ガーネット。今日からここで一緒に暮らそう。幸せになろう」
……今度こそ。君を誰よりも幸せな花嫁に。私のガーネット。
もう誰にも邪魔はさせない。
禁断の罪と愛の螺旋 ~GARNET~
了