おばけゆうれい もんもんじ! さとこちゃんのお留守ばん in かぼちゃ祭り【ほっこり童話集2020】
10月の最後の土曜日は、成郎町商店街の『かぼちゃ祭り』の日です。
“パティスリー・キムラ” のさとこちゃんも、大はりきり。
保育園から帰ってくるなり園服をぬいで、桃色のエプロンを腰に巻きました。
「さとこ。お弁当はこたつの上にあるから、ちゃんと手をあらってから食べるんだぞ」
「はぁーい!」
白いコックコートにぎゅっと抱きついて、元気よくお返事します。
さとこちゃんのお父さんはパティシエ。
お母さんはパティシエール。
ふたりとも、お菓子やケーキを作る職人なのです。
「お留守ばん頼むね。お父さんもお店にいってくる」
小さな頭をコクンとさせて、階段を下りるお父さんを見おくりました。
さとこちゃんのおうちはイート・インできるケーキ屋さんです。
かぼちゃ祭りの日には、魔女やミイラ男のすがたに仮装した客さんたちが、おいしいケーキやお菓子を食べにやってきます。
ケーキを焼いたりレジをうったり、お父さんもお母さんも大いそがし。
ですから、さとこちゃんも『夕方の4時まで、ひとりでお留守ばん』をまかされました。
いまはちょうど12時。
4時間もお留守ばんするのは、今日がはじめてです。
腹がへっては何とやら。
まずはお弁当を食べましょう。
洗面所で手をあらって、蛇口をしっかりしめました。
「じゃぐち、いじょうなし!」
廊下を走って、お台所を抜けて、
こたつの部屋に行くと――――――
そこには、まっ白なオバケがいました。
オバケはお弁当をぱくぱく食べていました。
甘いおだしのたまごやきも
トマトケチャップで煮こんだミートボールも
ほうれん草のバター炒めも
桜でんぶをふりかけた、あわいピンクいろのごはんも
あっというまに全部なくなりました。
タッパーウェアに入っていたチョコレートケーキもぺろり。
「あーーーー! さとこのケーキ、たべたーー!」
さとこちゃんの声に、オバケはびくっと反応しました。
「なな、なんだ、子どもじゃないか」
オバケはすっくと立ちあがり、えらそうに胸をはります。
背丈はさとこちゃんより、ちょっと低いでしょうか。
「ぼくは、おばけゆうれい もんもんじ! コワガラ世界の王子なんだぞ。
今日は “Go To いたずらキャンペーン” のかぼちゃ祭りだけど、おいしいケーキをもらったから、お前にはいたずらしない。
ついでにお弁当も、ごちそうさま!」
不法侵入罪(※勝手におうちに入った罪)に、窃盗罪(※他人のごはん等を食べた罪)を重ねておきながら、もんもんじはドヤ顔です。
さとこちゃんはプルプル震えだしました。
お弁当とケーキを楽しみにしていたのに、目の前で食べられてしまって、とっても怒っていたのです。
「さとこのケーキ、たべたーーー!」
さとこちゃんは容赦なく、大きな声で責めました。
もんもんじは目を丸くしてタジタジ。
「いやその、今日はかぼちゃ祭りだか…」
「さとこのケーキ、たべちゃったーーー! かってに、たべちゃったーーー!」
「だ、だって、ぼく、おばけゆうれ…」
「あーあー、ひどいんだー!」
「ごめんなさい。勝手に食べてごめんなさい」
「たべちゃった! たべちゃった! いけないんだ!」
「本当にごめんなさい。反省してます。許してください」
さとこちゃんは5才にして、女王様のような女の子なのです。
もんもんじはぺこぺこ頭をさげて謝りました。
「ちゃんとあやまったからゆるしてあげるー。だけど、さとこといっしょに、お留守ばんしなきゃダメなんだからねー!」
「……お留守ばん?」もんもんじは目をぱちくり。「それは労働に当たると思うんだが、給料はもらえるのか?」
さとこちゃんはこたつの上を指差します。
空っぽのお弁当箱と、フタが開いたままのタッパーウェアが転がっていました。
「もんもんじ、ケーキとおべんとう、たべたでしょ!」
「そ、そりゃ食べたけど……物納なんてブラックすぎるだろう。
労働基準法の第24条によれば賃金は現金(通貨)で、直接手渡しで払うのが原則とされているんだぞ?」
「さとこ5才だもん。わかんないもん」
さとこちゃんがぷいっと顔をそむけると、もんもんじはブツブツ呟きました。
「くっ、これだから子どもはズルいんだ!
こっちはおばけゆうれいの王子として “いたずら日間目標” が課せられているんだ。奉仕活動なんてやってられるか!
べろべろべーーだ!
ハッ……いや、まてよ。相手は子どもなんだし、アレを使えば……!」
もんもんじは両手を大きく広げて、もにゃもにゃと呪文を唱えました。
「もにゃもにゃもにゃ!……いでよ、強制☆実現JINSEIゲーム!」
ぽぽん!
“とつぜんだが、ここで説明せねばなるまい!
もんもんじが召喚した【強制☆実現JINSEIゲーム】とは、コワガラ世界を一世風靡した電源不要の玩具であり、お年寄りからお子様まで(※対象年齢6才以上)、2~6名が楽しく遊べるボードゲームなのである!”
「さとこ、まだ6才になってないよ?」
「大丈夫。ぼくも5才だし、音声ナビの “じいや” が付属されているから、止まったマスの文字は読み上げてくれる。ルールの説明もしてくれるぞ。
さあ、好きな色の車を選んでくれ」
もんもんじは6色の車を並べて、さとこちゃんを促します。
さとこちゃんはぴかぴか光る白い車を選びました。
「あっ、ぼくの専用車がとられた……!」
「だってピンクがないんだもん。もんもんじは男の子だから、青でいいでしょ」
「青い車か。戦わずして後退できないしな、いいだろう。――――ポチっと」
ボードゲームのスイッチをいれると、小さなじいやが現れておじぎをしました。
『プレイヤ―設定完了です。さとこ様、ルーレットをまわしてください』
おそるおそる手を伸ばす、さとこちゃん。
カラカラカラ……
ルーレットの数字は8。
車を進めた先のマスには “一緒に遊んでいるプレイヤーの似顔絵をかく” とありました。
「にがおえ……? あっ、手がうごく!」
さとこちゃんの手が勝手に動いて、えんぴつをにぎります。
サラサラ、サラサラ。
新聞折込のチラシのうらに、もんもんじの姿が描かれていきました。
どこかのQ太郎ソックリですが、どちらもオバケ属性ですから似通うのも仕方ありません。
「ふふふ、子どもらしくノビノビした良い絵だな」
もんもんじはニヤニヤしながらルーレットをまわします。
カラカラカラ……
8でピタっと止まりました。
「うげげ、最悪だ」
じいやのアナウンスに従ってしぶしぶ描かれたのは、失敗した福笑いのような、晩年のピカソの自画像のような、女の子? の似顔絵でした。
「こんなかおじゃない! さとこは口裂け女じゃないもん! もんもんじのヘタっぴ!」
「し、しかたないだろ! 絵は、ぼくは、苦手なんだ」
しどろもどろになるのも無理はありません。
コワガラ世界のエリートな王子様に対して、ここまでズケズケと物を言える女の子は、一人もいませんでしたから。
それでも二人は気が合うようです。
わあわあギャアギャア言いながら、楽しくゲームを進めていきました。
カラカラカラ……
『さとこ様、ルーレットで10が出ました。
……えっ、……えーと。
…………す……ストリップをする……と、ありますが……王子、こ、これは……?』
「すとっぷ? さとこ、すとっぷしてるよ?」
キョトンとした表情のさとこちゃんの前で、じいやが気まずそうな顔をしています。
ストリップとは音楽などに合わせて服を脱ぐこと。大人による、大人のためのエンターテインメントなのです。
慌てたもんもんじがパッケージを確認すると、ゲームのタイトルの末尾に小さく【R18】の表記がありました。
「しまった! これは成人向けのアダルトバージョンだ!
すす、すとりっぷ……って、どどどど、どうすればいいんだ……!?」
あわあわワタワタしている横で、さとこちゃんが「あっ」と声を上げました。
「青いくるま、まちがってうごかしちゃった……」
「それ、ぼくのじゃないか!」
強制☆実現JINSEIゲームは、誰かがゴールするか、リセットボタンを押さない限り、強制的にプレイヤーを従わせ続けます。
もんもんじはボタンに手を伸ばしたのですが、ほんの数秒遅かったようです。
白くてふわふわしたバニラアイスの綿あめの衣装が、するりと落ちました。
「わあっ、おばけゆうれいの正装が……!」
ひんやりした空気の中に現れたのは、プラチナブロンドがキラキラまぶしい、とても可愛い王子様でした。
さとこちゃんの顔がポッと赤らみます。
※安心してください。
※全裸ではなく、豪華な衣装を着用していました。
「もんもんじ、ほんとうに王子さまなんだ……」
「うっ、恥ずかしいからあんまり見るなよ。それから、ぼくに近づいちゃダメだ。うっかり触ると凍傷するぞ」
ストリップは一枚脱げばOKだったようです。
おばけゆうれいの正しい姿にもどって、ホッと胸をなでおろしました。
「まったくもう。ぼくの車をお前が動かしたんだから、次はぼくが同じことをするからな~」
思わぬハプニングでしたが、おかげでもんもんじは冷静になりました。
(そうだ、楽しく遊んでる場合じゃなかった。
ここでケリをつける! おばけゆうれいチート “サーティー・ワン” 発動!)
青い目がピカリと光ると、ルーレットがぐるぐる回り出しました。
もんもんじのチートは、サイコロの目や、トランプや、ルーレットの数字を31にするという、使いどころが難しい能力なのです。
ですが、子どもが相手ならイカサマが可能なのでした。
カラカラカラ……
『31が出ました。さとこ様の車を動かします。
いー、りゃん、さん、すー、うー、りゅー、ちー、ぱ……。おや、ここは一回休みですね。
さとこ様、30分間たっぷりお昼寝してください』
じいやの声が終わると同時に、さとこちゃんはパタリと倒れました。
スヤスヤと気持ちよさそうな寝息が聞こえます。
「ふふっ、計画どおり! さあ、片付けて撤収だ」
もんもんじはこのゲームに “お昼寝のマス” が幾つかあることを知っていたのです。
にやりと笑って立ち上がりました。
『王子、ルーレットをまわしてください』
「もう終わりだぞ? じいや、はやく車をかたづけて……あ、あっ……手が…」
ぷるぷる震える白い手が、ルーレットに伸びていきます。
もんもんじは決着をつけた気でいましたが、まだ誰もゴールに到達していないのです。
ゲームが終わる条件を満たしていませんでした。
しかもこの先のマスには、R18↑的な内容のものしかありません。
作品的にも大ピンチ。絶体絶命です。
さあ、どうする!? もんもんじ!
もんもんじは――――
右腕を押え込みながら、短い足をリセットボタンに向けて、懸命にのばしました。
もうちょっと、あとちょっとです!
……カチリ☆
『リセットにより、ゲームを強制終了します。おつかれさまでした』
アナウンスと同時に、さとこちゃんは目を覚まし、大きく伸びをしました。
脱力したもんもんじはドテッと倒れます。
「ふわぁ、よくねちゃった。
あれ、ゲームおわっちゃった? じゃあ次はトランプしたーい! 神経衰弱と、七並べと、ばばぬきと」
「……はい」
「それから、お絵かきも! あとねー、しりとりとねー、あやとりとねー、ゆびずもうとねー……
えっと、えっと、お姫さまごっこと、悪役令嬢ごっこと、婚約破棄ごっこもやる!」
「“ごっこ”ってつければ良いってもんじゃないぞ!」
「もんもんじ、“はい”って、いった!」
わあわあギャアギャア言いあって、たくさん笑って。
二人はクタクタになるまで遊んで――……
――――さとこ、さとこ。
「さとこ、こたつで寝ると風邪ひくわよ」
「んっ……。んぅ、おかーさん……?」
「今日はお留守ばんありがとうね。すぐにお風呂沸かすから、ちょっと待っててちょうだい」
さとこちゃんはのそのそ体を起こしました。
さっきまで、とても楽しい夢を見ていたようです。
はっきり思い出せませんが、誰かと遊んでいた夢でした。
「…………?」
部屋のすみに目をむけると、チラシが一枚おちています。
ペラッとひっくりかえせば、そこには…………
「もんじ……」
~ おしまい ~